第25話【閑話】公爵令嬢エリザベス視点

 《公爵令嬢エリザベス視点》


 不思議な人に出会いました。


 彼女の名はマリアンヌ=バルマン。


 そう……帝国の“裏三役”を代々任せられ、帝国中の貴族に恐れられている“あの”バルマン家の令嬢だ。


 私は幼い時から父に、言われていた戒(いまし)めの言葉がある。


『バルマン家に縁(ゆかり)ある者と、いざこざを起こしてはならぬ』


 不思議な戒めであった。

 何しろバルマン家は帝国の中でも、治める領土はそれほど広くはない。

 保有する軍事力や経済力も、帝国貴族の中では中の上だ。



 だから私は父様に尋ねた。


『その程度の家ならば、我が公爵家の敵ではないですか?』


 何しろ当家は王族の親戚。

 宮中や軍部の中核にも、多数の血縁者を排出している。

 帝国内でかなりの権力を有しており、王族以外は敵なしの状態なのだ。


 何故そこまでバルマン家を警戒しているのだろうか?


 そんな無知な私に、父は真剣な顔で答えてくれた。


『バルマン家と事を構えたら、私の命は次の週には消えているであろう。それほどまでにバルマン家は恐ろしいのだ』


 “影の宰相”と呼ばれている父上は、目を細めながら静かに語っていた。


 この事の真意を知る者は、帝国内でも数少ない。

 だが帝国の裏の歴史が、それを事実として証明しているのだと。


「えっ……」


 父の言葉を聞いて、私は背筋に寒くなった。

 バルマン家の裏の力に、心より恐怖する。


「でも……だからこそ……私は」


 同時に強い想いも込み上げてきた。


 なぜなら私の野望は、尊敬する父を超えること。

 その為にはお父様ですらも恐れる者を、打ち倒す必要があった。 


「新学期か……」


 そういえばファルマ学園に、“バルマン家”の長女が入学してきたという噂があった。

 入学式の後の《顔合わせ会》で、早くもその存在感を示していたとも。


 学園内でいつか会うのが楽しみ。

 自分の心の爪を研ぎながら、私は心の中で微笑むのであった。


 ◇


 そんな彼女、バルマン家令嬢マリアンヌと初対面した。


 時は〝ファルマの花”が咲き乱れる花見会で。


 場面は、些細なトラブルの場だ。


 花見会での私(わたくし)の特等席……周りの同級生たちが、勝手に決めていた席。

 その取り合いが起きた時であった。


 相手は一年生のドルム伯爵家の令嬢が、マリアンヌさんの友人だったのだ。

 これも運命の女神のイタズラかしら、と心躍る。


 はたしてマリアンヌがどんな女性か、心を躍らせて待ちかまえていた。


 “真紅血(クリムゾン・レッド)のマリアンヌ”

 噂には聞いていたけど、実際に対面するのは初めてな相手。


 ……『遅くなりましたわ、ヒドリーナ様』


 だが聞いていた恐ろしい話とは違い、彼女は“平凡”であった。


 ……『さあ、ヒドリーナ様。一緒に皆様に謝って、向こうの席に行きましょう』


 他の令嬢と同じように、私の顔色を伺ってきた。

 自たちの過ちを認め、ここから逃げ去っていこうとしたのだ。


『なんだ、こんなものか』……そう残念に思いながらも、私は次なる行動に出る。

 彼女の友人を挑発したら、マリアンヌはどんな反応をするのか?


 ……「あら、これだけ言われても平気なのね。さすがは“媚(こ)び伯爵”として有名なドルム伯爵の娘さんであること。オッホホホ……」


 ……「オッホホホ……“媚(こ)び令嬢”というのはどうかしら、あの子のあだ名は?」


 庶民の常識で考えたら、褒められた言葉ではない。

 でもここは大陸中の貴族が集うファルマ学園だ。


 大人の貴族社会は、普通と常識では生き残れない場所。

 裏切りに賄賂(わいろ)に毒殺。とにかく油断できない魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈ばっこする世界


 この程度の挑発は、挨拶がわりにて飛び交う厳しい世界なのだ。


 だから私はあえ挑発した。

 帝国の“裏三役”と呼ばれているバルマン家、その血筋の者の真の実力を見たかったのだ。


 ◇


 その後の戦いの結果は、私の“惨敗”だった


 マリアンヌの提案による〝新しいスタイル”の観桜会が、その場の皆を賑わせていた。

 学園の生徒が、あれほど楽しそうにしていたのを、私は初めて見た。


 普段の彼らは、家柄や学年や成績を気にして、上辺だけの付き合いが多い。

 だがマリアンヌは行動によって、あの場にいた誰もが心を高めていたのだ。


 実が私もその一人。

 何故なら想い人である騎士ラインハルト様、そのすぐ隣でファルマの花を見る事が出来たからだ。


 その事に関しては、マリアンヌには……マリアンヌさんには感謝している。


 でも、あの場で気に入らなかったこともある。

 それはラインハルト様とマリアンヌさんの距離が、あまりにも近かったことだ。


『マリア!』『ラインハルトさま!』そんな愛称で、お互いに呼び合っていましたし。


 マリアンヌさん、悪い人ではなかった。


 ですが今後は、全力で潰していきます。


 何故なら私(わたくし)は“ファルマの女帝”エリザベス。


 生まれながらにして、偉大なる公爵家の血を受け継ぐ者。


 一つの学園(くに)に、女王は二人もいらないからだ。


 これが公爵の令嬢として生まれた者の定(さだめ)……いや女の意地。


 ――――絶対にラインハルト様のことは譲れないのです!

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