第17話大剣使いベルガ
大剣使い“狂剣士(バーサーク)”ベルガ。
「ここにいる奴らは、皆殺しだ!」
その男は獣気を放っていた。
口元には獣の様な不遜な笑みが浮かび、ギラついた両眼で周囲の状況を見回していた。
「ん? というか、ここはどこだ? それにお前らは、誰だ?」
大剣使いベルガは怒声のような声で、私に訪ねてくる。
とても人に訪ねてくる態度でない。
「私の名はマリアンヌよ。ファルマの街で買い物していたら、いきなりこの場に閉じ込められていたの」
細心の注意を払いながら、私は名乗る。
相手の"地雷”を踏まないように、平民風の口調で。
本来ならば騎士を相手に名乗る時は『
だが目の前の男……“貴族嫌い”のベルガには、ソレは地雷で禁句。
ゲーム内でのベルガの設定だと、私は記憶していたのだ。
「ふーん。マリアンヌね。オレはベルガだ。で、ここからは、どうすれば出られる?」
どうやら第一印象は、悪くなかったようだ。
鼻を鳴らしながら返答してきたの、その証拠だ。
ゲーム内の設定にそうあった。
(とにかく細心の注意を払って会話しないと……)
この男は本当に危険。
気に食わない相手なら、例え上官や王族であっても斬りかかっていく。
それがベルガという男の性格なのだ。
(ヒドリーナさん……は、大丈夫か)
隣にいるヒドリーナさんが、ベルガに怯えて口を閉ざしていている。
正直なところ、これは助かる。
彼女みたいな貴族令嬢を、ゲームの中のベルガは一番嫌っていたのだ。
「おい。お前は、出る方法は知らないのか?」
「ここから出る方法は分からないわ。でも、あの妖魔(ヨーム)の群れと関係があるはず」
この異空間が出現した原因は不明。
でも妖魔(ヨーム)が関わっていることだけは、間違いない。
ふう……。
それにしてもベルガ相手だと言葉使いが、前世の自分に戻ったような不思議な感じだ。
「ふーん。そうか。なら、さっさと片して、昼飯の続きでも食うとするか」
ベルガは異変の原因など、まったく興味なさそう。
妖魔(ヨーム)に向かって、大剣を構える。
「待って⁉ この数の妖魔(ヨーム)兵と、一人で戦うのは危険よ。せめて私と“仮契約”を!」
単騎で先走ろうとするベルガを、引き留める。
たしかにこの世界の騎士の戦闘能力は、常識外れに高い。
それは学園の修練場での、ラインハルトとジーク様。二人の模擬戦を見て、私は理解していた。
だが妖魔(ヨーム)兵も人外の力と凶暴性をもった、恐ろしい存在。
しかも相手は無勢。
例えベルガが強い騎士でも、この戦力差は無謀だ。
「あん? お前と“仮契約”だと?」
「そうです。“仮契約”したら、アナタの戦闘能力は、大幅に向上します!」
騎士の力を100%発揮するために、乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)と契約の契約が必要。
それはゲームの中の私の知識。
学園で学んだ
「そんなものは面倒くせぇぜ! 邪魔だから、お前らはそこで見ていろ! いくぜ!」
ベルガは提案を却下。
――――次の瞬間、自分の視界から消えていた。
えっ……?
どこに消えたの?
――――直後、妖魔(ヨーム)の叫びが響き渡る。
『ウギャー!』
『ギャルル⁉』
視線を向けると、
「はん! 手応えのない連中だな!」
ベルガが
鉄塊のような大剣を振るい、次々と
『ギャァアー!』
『グエエ!』
妖魔(ヨーム)兵も反撃に移る。
多勢に無勢の戦力差を利用して、ベルガを包囲しようとする。
「はん! 手間が省けたぜ!
だがベルガは一蹴。
一気に
「す、凄いですわ……」
その圧倒的な光景に、ヒドリーナさんが言葉を失っている。
でも彼女の眼は、しっかりと見開いていた。
この凄まじい戦いを、まぶたに焼き付けようとしていたのだ。
「これが……騎士の実戦……なのですわね」
彼女も乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)の一人。
戦いに魅せられた戦乙女として、恐怖に負けないように必死だったのだ。
◇
戦いは終わる。
「けっ、手応えのないヤツらだ」
戦いというよりは、一方的な殺戮(さつりく)だった。
それほどまでに圧倒的な展開であった。
妖魔(ヨーム)兵は一瞬で全滅したのだ。
ん?
この異空間が消えていく?
私たちを閉じ込めていた異空間が、ゆっくりと消えていた。
ファルマの街の現実の世界が、見えてきた。
あと声も聞こえてきた。
……『マリアンヌ様!』と叫ぶ、若執事ハンスの懐かしい声が。
ああ、そうか。
きっとこれで、元のファルマの街に帰れるのだ。
「ちっ。コイツ等、下級妖魔か。どうりで歯ごたえがなかった訳だ。おい、妖石(ヨーセキ)を集めるから手伝え。そこの女ども!」
「ひっ……」
妖魔(ヨーム)の返り血を浴びた、ベルガの恐ろしい姿。
ヒドリーナさんが思わず悲鳴をあげる。
「集めましょう、ヒドリーナ様。命を助けて頂いたお礼です」
「は、はい……マリアンヌ様がそうおっしゃるのなら……」
妖魔(ヨーム)を倒した跡に残る、小さな宝石……妖石(ヨーセキ)を拾い集めていく。
この世界では妖魔(ヨーム)を倒すと、必ず妖石(ヨーセキ)が落ちている。
強さによって大小様々だ。
石は貴重な法術の原動力として、各国で珍重され買い取られている。
つまり妖石(ヨーセキ)は金になるのだ。
これはゲーム内でも同じ設定だ。
敵を倒して、お金が貯まっていくのだ。
「はい、こちらをどうぞ」
「ひい、ふう、みい……まあ、下級ならこんなもんか。飯代にしとくか」
集めた妖石(ヨーセキ)を数えながら、ベルガはニヤリと笑みを浮かべる。
子どものように無邪気で、不思議が魅力のある笑みだ。
「助けてくれてありがとう、ベルガ」
相手が嫌がる敬語を、なるべく使わないように感謝を述べる。
最近は令嬢生活に慣れ染まっていたから、何気に難しい。
「あん? 別にてめぇらの為に、殺(ヤ)ったんじゃねえぞ、オレは。それに別料金は、貰っておく」
私の首に下げてあったネックレス。
ベルガは乱暴に手をかけてくる。
「こいつで助けてやって料金は、チャラにしといてやる」
ベルガが強引に、ネックレスを剥ぎ取る。
「あっ、それはマリアンヌ様の大事なネックレス⁉ 御母上さまの形見の……」
「いいのです、ヒドリーナ様……」
ヒドリーナさんを、私は手で制する。
心配ないと目で合図する。
「ほほう。女のくせに肝が座っているな? "マリアンヌ”……といったか。悪くない目だ」
「えっ……?」
思わず驚いてしまう。
何故なら他人に興味を持たないベルガは、人の名前を呼ばない設定。
それなのに私の名前を?
「じゃあな。また何か、あったら呼べ。遊びに来てやらぁ!」
そう言い残し、ベルガは消えるように立ち去って行った。
「ベルガ……か」
後ろ姿を見つめる私の心は、なんかチクリとしていた。
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