第16話死の窮地

 《妖魔(ヨーム)》……それは人の形をした、人ならざる邪悪なる存在。

 ある日、突然として大陸各地に湧きい出たモノだ。


 形や大きさなどの、基本的な形は人に似ている。

 だが決して生物ではない存在。

 何故ならばヤツらには、"魂”がないからだ。


 妖魔(ヨーム)は妖穴(ヨーケツ)と呼ばれる存在から、湧くように突如として現れる。


 研究によると妖穴(ヨーケツ)は、負の感情が吹き溜まり。

 負の要素が結晶化だと言われている。


 それ故に妖穴(ヨーケツ)の出現する場所は、ある程度の規則性がある。

 人里離れた山岳地帯や湿地帯、また古戦場や霊所など、魂の漂う場所だ。


 人外の力を有する妖魔(ヨーム)の群れは驚異。

 だが、ある程度の出現ポイントは、今のところ特定できている。


 そのため人々は聖地や地脈と呼ばれる安全な場所に、教会を建て町として発展していった。


 妖穴(ヨーケツ)の出現の場所は、悠遠の時から生じた自然現象にも似ている。

 そのため堅牢な城壁を築き、安全な街の中で多くの人々は暮らしていた。


 "街の中は妖魔(ヨーム)が入ってこず、安全”


 ――――その、はずであった。


 ◇


 それなのに私たちは、ファルマの街中で妖魔(ヨーム)に遭遇していた。


「ひっ……マリアンヌ様! こちらかも妖魔(ヨーム)が……」


 妖魔(ヨーム)兵がゆっくりと迫ってくる。

 私と背中を合わせのヒドリーナさんが、悲鳴をあげる。


 彼女が悲鳴を上げるのも無理はない。

 乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーには戦闘能力はないのだ。


(ふう……絶体絶命……か)


 私は両側にある建物、窓の部分を壊そうと試みる。

 でも壊れなかった。


 そこは窓のようであり、固い壁の存在になっていたのだ。


 先ほどから大きな声で、助けも叫んでいる。

 でも周囲に悲しく響き渡るだけだった。


 理論は分からない。

 ここはファルマの街の裏通りに見えて、違う場所なのかもしれない。


『異空間に閉じ込められた』……そう考えた方がいい。


 いったい誰がこんな事を?

 まるで見当につかない。


 でも、そんな推測を立てている暇はない。

 今はここから生き延びて、逃げることが先決なのだ。


「マ、マリアンヌ様。妖魔(ヨーム)が……」


 恐怖に怯えているヒドリーナさんは、目に涙すら浮かべている。


 私たちは新入生。

 恐ろしい妖魔(ヨーム)兵を、実際に目にするのは初めてだ。

 ヒドリーナさんは、かなり恐ろしいのであろう。


 もちろん私も、現実の妖魔(ヨーム)は初めて見た。

 正直なところ怖くて、悲鳴を上げたい。


 ――――でも絶対に悲鳴はあげない。


 何故なら私は転生に気が付いた時に、心に誓ったから。


 絶対に死亡フラグを折って、この世界で生き残るって誓ったんだ。


 だからこんな所で死ぬわけにいかない!


 お願い……マリアンヌさん、私に力を貸してちょうだい。


 妖魔(ヨーム)を目の前にて、足が震えてしまいような私に。


 貴女の乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーとしての強さを、貸して!


 マリアンヌさんの強い言葉で、私とヒドリーナさんを奮い立たせて!


「マ、マリアンヌ……様……もう駄目です……私たち……」


「ヒドリーナ様! しっかりするのです!」


「えっ……マリアンヌ様?」


「ヒドリーナ=ドルム! 貴女は、なぜこのファルマに来たのですか⁉」


 私マリアンヌは問う。 

 涙を流し、心が折れそうになっていた友に


「えっ……わ、私は、学園に入学するために……」


「いえ、違いまわす! 貴女が忘れてしまったのですか? ファルマ学園の入学式で誓った言葉を? 私たち乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーの指名を⁉」


「マ、マリアンヌ様……はい、覚えております」


 ヒドリーナさんは深く深呼吸する。

 そして入学式で自分たちが誓った言葉を、口に発していく。


「私の名は乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)ヒドリーナ。このガイアース大陸の平和の為に戦う剣(ソード)……です!」


 ヒドリーナさんの顔に覇気が戻る。

 入学式の誓いを口にして、魂に火が戻ってきたのだ。


「これでもう大丈夫ですか? ヒドリーナ様」


「はい、マリアンヌ様、ありがとうございます。もう大丈夫です!」


 自分たち乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)は、戦闘能力を持たない。


 だからこそ、どんな時でも、冷静であることが必要。

 乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーの誓いを叫ぶことによって、ヒドリーナさんは冷静さを取り戻したのだ。 


 ちょっと強引だったけど、大事な友だちが冷静になってよかった。


 よし、ここからは反撃といきたい。


(考えるんだ私……考えてマリアンヌさん……『どんな窮地、死ぬ刹那までも冷静沈着に』、そうでしょ、マリアンヌさん?)


 この言葉はバルマン侯爵家の家訓の一つ。

 どんな窮地でも、冷静さを持つこと。


 マリアンヌさんの記憶がある私も、だから絶対に諦めない。


 もしかしたら、ここで朽ち果てる運命かもしれない。

 それでも死ぬギリギリの間際の瞬間、まで足掻(あが)いてみせるんだ。


 ――――でも、いったいどうやって、ここから脱出をしよう?


 今の戦力差は、妖魔(ヨーム)兵の数は圧倒的。

 相手は剣と槍で武装しており、こちらは非武装だ。


 逃げようにも、ここは狭い路地。

 戦うのも無理、逃げ出すこともできない、絶対的な窮地だ。


 でも、私は考えるのを止めない。

 何かこの窮地を脱出する手段が、必ずあるはずだ。


(ねえ、マリアンヌさん。力を貸して欲しい。ラスボスと言われていたら貴女の力を、今こそ貸してちょうだい!)


 私は呼びかけた。


 自分の中にいる、もう一人の自分に。

 “真紅の戦乙女”と呼ばれることなるマリアンヌ=バルマンに。


 ――――その時だった。


 私の身体が突然、光り出す。

 七色のような光を発して、オーロラのように発光する。


 この光はなに?

 もしかしたら死後の世界への扉だろうか?


 ――――そう思っていた直後、また異変が起きる。


「マリアンヌ様! 見てください! 空間が、割れていきます!」


 ヒドリーナさんの叫びで、そちらに視線を向ける。


 本当だった。

 何もない空間に、虹色に割れていく。


 まるで別世界への扉が開いたようだった。


「えっ……人が、来た?」


 虹色の空間から、誰かが出現する。

 大柄の男性の姿が、ゆっくりと姿を現していく。


(騎士……? いえ、剣士?)


 現れたのは一人の剣士だった。

 かなり長身で、たくましい筋肉の持ち主。


 やや褐色がかかった肌は、異国の血が混じっているのであろう。

 でも違和感はなく、艶のある長髪によく似あっている。


(剣士……大剣使いなの、この人は?)


 剣士が手に持つのは、巨大な大剣。

 全身から放たれる闘気(オーラ)は、間違いなく凄腕の騎士だ。


 そして段々見えてきた顔立ちに、私は気が付く。


 ――――私はこの人のことを知っている、と。


 でも隔離された異空間に、どうやって入ってきたの?


「マリアンヌ様! 騎士様が助けに来てくれたのですよ、きっと!」


 まさかの救援の登場に、ヒドリーナさんが歓喜の声をあげる。


 騎士か……その推測は間違っていない。

 でも少し違うのだ。


 私はこの褐色の剣士の風貌に、見覚えがあった。

 聖剣乱舞をプレイして前世の私の記憶として。


 そんな時、褐色の大剣使いが口を開く。


「あん? なんだ、テメエらは? 何で、こんな所の、乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーがいるんだ?」


 礼節を重んじる騎士とは、思えない野蛮な言葉。

 野獣のような眼光と共に、私たち向けられる。


「えっ……それは……」


 ヒドリーナさんは言葉を失ってしまう。

 助けに来てくれた、白馬の騎士さまだと思っていたから仕方がない反応だ。


(ふう……この風貌に、この乱暴な口調……間違いない。人がベルガだ……)


 この大剣使いの名は、“狂剣士(バーサーク)”ベルガ。


 乙女ゲーム【聖剣乱舞】の中でも数少ない、Sランクの凄腕の騎士(ナイツ)。


「はん。それに妖魔(ヨーム)共もいるのか? こいつは楽しめそうだなぁ!」


 そして蛮勇が過ぎて騎士の名誉を、はく奪される事となる狂気の剣士だ。


「さて、ここにいる奴らは、皆殺しだ!」


 猛獣のような大剣使いが、私たちの目の前で雄叫びを放つ。


 一体、どうなってしまうのだろうか……。

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