第15話:楽しい休日
学園に入学してから、初の自由な休日がやってきた。
現在、私はヒドリーナさんと買い物中。
学園の周囲にあるファルマの街へ、二人で買い物に来ていたのだ。
「マリアンヌ様、この髪飾りはいかがでしょうか?」
「あら、素敵。あら、こちらも素敵ですわね。どうかしら、ヒドリーナ様」
「本当ですわね!」
街に出てくる手続きは、意外なほど簡単だった
若執事ハンスが事前に、外出届を提出。
学園の正門を出る時も、かなりスムーズだった。
それでも正門では簡単な検査もされ、少し緊張した。
何しろ“ファルマ学園”は、人類の
未曾有の危機である妖魔(ヨーム)を警戒して、外部からの侵入に対しては厳重なのだ
広大な敷地内に様々な娯楽施設がある、学園内での暮らしは快適。
「楽しいですわね、ヒドリーナ様」
「そうですわね!」
でも年ごろな乙女たちには息抜きも、たまには必要かもしれない。
何しろ日々の訓練や勉学は、かなりハード内容も多い、
私たちも見えない心の部分が、疲れていたのかもしれない。
こうしてウィンドウショッピングしていると、その事がよく分かる。
やっぱり、たまの気晴らしは大事なんだと。
「マリアンヌ様。こちらは洋服の仕立て屋ですございますか?」
「みたいですわね。たしか王都にある"王族御用達”の直営店かもしれませんわね」
「そうなんですね! あのドレス、素敵ですわ!」
ファルマの街の大通りには、いろんな国の商館が並んでいた。
隣接する帝国、王国、共和国の品が、ウィンドウの中に並んでいる。
色鮮やかな商品を、外から見ているだけで楽しい。
これぞウィンドウショッピング魅力である。
前にも言ったかもしれないけど、ファルマは中立都市だ。
全人類の宿敵である妖魔(ヨーム)に対抗するため、三大国家が出資して設立された学園都市。
だからファルマには各国の大使館があり、商館も多く国際色が豊かなのだ。
大陸中から職人たちが移住し、交易商人たちが往来。
だからファルマは大陸有数の交易都市としての顔もある。
そんな背景もあり、この街は繁栄して賑やかなのだ。
「あら、ヒドリーナ様。こちらの裏通りは、秘密の抜け道みたでいで、素敵ですわね?」
「ですわね! もしかしたら掘り出し物が、あるかもしれませんわね、マリアンヌ様!」
女子同士の街の散策は、とにかく楽しい。
何しろ普段は、宿舎と学園の往復の毎日。
こうした休息日は、心が開放されるのだ。
「それでしたら、ちょっと行ってみますか、ヒドリーナ様?」
裏路地って、なんかワクワクするよね。
宝物探しとか秘密基地みたいで、私は好き。
「マリアンヌ様、お止まりください。そこから先は“下層街”です」
だがワクワク感は、後ろからの厳しい言葉で中止。
若執事ハンスだ。
「オッホホホ……冗談よ、ハンス」
「本当ですか、お嬢様?」
そう……今日の街への買い物は、ヒドリーナさんとの二人きりではない。
私の後ろにはハンスが付添い。
ヒドリーナさんには、ナイスミドルな執事セバスチャンさんがいた。
この付添いは上級貴族令嬢が外出する時の、必死の校則。
何しろ貴族の中には、小国家並の権力と財力を有している家もある
だから誘拐対策として、付添人が必須。
ハンスとセバスチャンさんは武道の
護衛役として買い物に同行していたのだ。
「それではあっちの通りを進んでいきましょう、ヒドリーナ様?」
「はい、かしこまりました!」
そんな訳で裏通り探索は中止。
ヒドリーナさんと大通りを進んでいく。
途中でランチをしたり、お茶したり休憩。
その後はまたウィンドウショッピング。
本当に楽しい一時だった。
そろそろ時間だから、戻ろう。
――――そう思っていた時だった。
事件が起きる。
◇
「マリアンヌ様……何かおかしくないですか?」
「いかがなさいましたか?」
大通りから一本入った道。
ヒドリーナさんが首を傾げている。
どうしたのだろうか?
「私の気のせいかもしれませんが……通行人が、誰もいないような……?」
「えっ……誰もですか?」
彼女の言葉に、私も周囲を見渡す。
あっ……本当だ。
誰もいないぞ。
さっきまで通行人が沢山いたのに、一人もいなくなっている。
でも、どうして?
偶然、こうなったのかな。
もしくは自分たちの知らないファルマの習慣があって、皆が家の中に戻ったとか?
いや、それにしては異様すぎる。
何しろ人の気配や、生活音までが全くないのだ
(ん? 何、この壁?)
ふと、横を見て気が付く。
自分たちのいる路地の両側には、先ほど同じように建物がある。
だが入り口と窓が消えていたのだ。
こんなことは現実的にありえない!
なんだ、これは?
魔法か幻術!?
この空間、違和感あり、とても嫌な感じがする。
まるで"異空間”に閉じ込められたような違和感だ。
誰か助け欲しい。
「あっ……ハンス⁉」
ハッとなり、若執事の名を叫ぶ。
だが、いつもの返事はない。
後ろを振り返っても姿がない。
ハンスが私の側にいないのは、生まれて初めてのことだ。
いつも融通の利かない口うるさいハンスだけど、責任感だけは誰よりもある。
それは自分が一番知っていた。
絶対に自分のことを、ハンスは見捨てたりしないはず。
では、どこに消えたというのだ?
「セバスチャン! どこにいるのですか⁉」
ヒドリーナさんの執事セバスチャンさんもいない。
一体に何が起きているのだ?
謎ばかりが深まり、嫌な予感しかしない。
――――そんな心細い時だった。
ヴゥウウウウウ!
「マリアンヌ様、アレは……何でございますか?」
ヒドリーナさんの言葉で視線を向ける。
その先には人影があった。
「アレは“人”? いえ、まさか……?」
だが直感でソレが、“人”ではない事を知る。
「ヒドリーナ様。アレは妖魔(ヨーム)ですわ」
「えっ……そんな⁉ 結界の張られている、この街の中に、どうして
叫ぶヒドリーナさんの疑問には、私も同感だ。
ファルマの街の中には、妖魔(ヨーム)は侵入できない。
だから疑問だけが浮かんでくる。
「ヒドリーナ様、落ち着いてくださいませ。現実を見ましょう……」
でも実際に目の前に
ヴゥウウウウウ!
自分たちにゆっくりと迫る武装集団は、間違いなく
漆黒の負のオーラをまとい、人にならざる忌まわしき存在だった。
(後ろは? くっ、あっちにも出現した。これは、かなりマズイ……かな……)
絶体絶命の状況だった。
私とヒドリーナさんは逃げ場のない路地で、武装した妖魔(ヨーム)に挟まれてしまったのだ。
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