第11話疑念の視線を回避するために

 食堂(レストラン)で令嬢ヒドリーナさんと、無事に友だちになった。


 直後、“壁ドンなオレ様”ことラインハルトがやって来た。


 更に彼の紹介で姿を現したのは、銀髪のクールな美男騎士ジーク様だった。


 ◇


 ――――通称“ジーク様”


 学園内での彼の名はジークフリード=スザミ。


 本名は“ジークフリード=ザン=ミューザス”。


 ゲームだと隣と国ミューザス王国の王子様で、身分を隠して学園に入学している設定。


 この学園都市ファルマは周囲を、三つの国に囲まれている。


 一つは“帝国”……私やヒドリーナさんはここに属している。


 二つ目は"共和国”……庶民であるジャンヌちゃんはここ。


 そして最後の一つが"王国”……正式にはミューザス王国であり、“隠れ王子”ことジークフリード・ザン・ミューザスが王族である国だ。


 三カ国の中間にあるファルマの街は、中立都市である。


 ここは全人類の宿敵である妖魔(ヨーム)。

 対抗するため、三カ国が出資して設立された中立都市なのだ。


 各国で騎士と乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーの才能ある若人が、候補者としてファルマ学園に送られる。


 三年間の厳しい訓練と実戦を経て、無事に卒業したら各国に帰国。


 これは乙女ゲーム《聖剣学園》の設定。

 滅びの運命にある大陸を守るために、国籍と性別の垣根を越えて戦い、成長してゆく青春ストーリーなのだ


 ◇


(うわー、どうしよう……でも、“あのジーク様”が目の前にいるんだ……本物だよ……)


 そんな中なゲーム中で“隠れ王子”ことジーク様は、ファンの間では一、二を争う人気キャラである。


 超レアキャラという事もあり、作中での性能は上位クラス。

 特殊な固有スキルもいつくか所有。


 仲間ゲットにできたならば、最終戦までバリバリ第一線で活躍しちゃう美男騎士。


 素敵なのは見た目の、イケメン偏差値の高さだけではない。

 そのクールな美声が、プレイする乙女心(乙女じゃないご婦人も)をくすぐり、人気なの。


 もちろん私も大好きな美男騎士の一人!

 炎天下の夏コ○のビックサイ○に命がけで並んで、ジーク様の限定タペストリーもゲットした猛者だし。


 そんな訳でジーク様は凄いの。

 生の実物に対面できて私は感動していたの!


 ぜえぜえ……興奮しすぎて、過呼吸になっちゃった。

 深呼吸しないと。


 ふう……あれ?


 でも、やっぱりこんな序盤で、ジーク様は出てこないはずなのに?

 どうしてだろう?


 とにかくボロを出さないように、冷静に対応しないと。


「マリアンヌ様……一つ、お聞きしてよろしいですか。なぜ、私の“スザミ”の姓をご存知でしたのですか?」


 ジーク様のクールな瞳が、さらに妖しく光る。

 私のことを明らかに疑っていた。


「これは失礼いたしました、ジーク様。はい、ご存知でございました」


「ん? なんだ、マリア、ジークのことを知っていたのか?」


 ラインハルトも話に入ってきた。

 これは流れを変えるチャンスだ。


「実は私の若執事ハンスから、"名前だけ”聞いたことがありましたの。優秀な騎士がいらっしゃると。誤解を与えて失礼いたしました、ジーク様」


「いえ、恐れ入ります。こちらこそ名を知っていただき恐縮です」


 ジーク様から氷のオーラが消える。


 ふー、よかった。

 何とか誤魔化すことに成功できた。


「なんだ、名前だけ知っていただけのか! それならマリアに紹介し甲斐があるな、コイツのことを!」


 ラインハルトの方も納得して、いつもの勝気な表情に戻る。

 こっちはけっこう単純な性格で助かる。


 正直な私の個人的な好みだと、このラインハルトも嫌いではない。

 いつもは自己中心的で距離が近い"壁ドンくん”だけど、純な性格は母性本能をくすぐるんだよね。

 あと顔もかなりイケメンだし。


 でもラインハルトとは、今回はあまり仲良く出来ない。

 ゲームの展開的に彼と親密が高くなると、私の死亡フラグがどんどん進んじゃうだ。



「バルマン侯爵家のマリアンヌ……様か」


 おっと、ジーク様から、また氷のようなオーラが発せられる。

 まだ私のことを警戒しているのかな?


 これはマズイな。


 何とかしてジーク様の警戒を、急いで解かないと。

 変な死亡フラグが立っちゃう前に。


 よし、ちょっとアホなフリをして、警戒を解いてみよう。


「そういえば皆さん知っていましたか? この食堂(レストラン)の食事は、大変美味しゅうございますわ、オッホホホ……」


「ん?」


 ジーク様の目が一瞬、点になる。

 これでよし。


 私の意味不明なおバカさん風な演技に、ジーク様の警戒も解除された感じだ。


 でも、ちょっと痛い子だったかも。

 今度からこれは、あまり多用はしないようにしよう。


「なぁ、マリア。お前は昔に比べて、少し変わったか? まあいい、ところで今は暇か?」


 幼なじみのラインハルトですら、私の見事な演技に騙されている。

 もしかしたら私には女優の才能あり?


 そして続いて問われている。『今は暇か?』と。


 ええ、自慢じゃありませんけど、かなり暇です。

 今日は時間が沢山ある。


 何しろ本格的な学園生活は、明日以降。

 面倒くさい手続きや準備は、有能な若執事や侍女たちが済ませてくれる。


 だから今は本当に暇。


 これからの予定は、食後のお茶とお菓子を食べることくらいかな?

 何しろ、ここはお菓子も食べ放題だからね!


 あっ、でも食べ過ぎたら、体型がプニプニになっちゃうのかな?

 この辺の設定は現実的(リアル)系なのか、それともゲーム的なのか、ちゃんと確認しないと。


 太めの悪役令嬢なんて、嫌だからね。


 あっ、そうだ。

 ラインハルトに答えないと。


 本当は暇だけど、少しだけ勿体ぶっておこう。


「本当はいろいろと忙しいですが、『どうしても』というのなら、多少の時間はございますわ、ラインハルト様?」


「おお、そうか! それだったら俺とジークと一緒に、《修練場(しゅうれんじょう)》に行かないか? 学園内の案内のついでに、どうだ?」


「修練場ですか……」


 ゲームで聞きなれたその言葉。

 反応して、深く思慮すること一秒。


「……仕方がありませんわね。こちらのドルム伯爵家のヒドリーナ様も、ご一緒でもよければ参りますわ」


 私は即決する。


「えっ、私(わたくし)も同伴してよろしいのですか!」


 いきなりの指名に、ヒドリーナさんの驚きの声をあげる。


「ああ、別に構わないぞ! では、四人で行くか!」


「あ、ありがとうございます!」


 ヒドリーナさんはさっきまで、貝のように口を閉ざしていた。

 けど今はとっても嬉しそう。


 何しろラインハルトとジーク様は学園のエリート騎士で、全女子の憧れるある蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)の一員だからね。


 食堂(レストラン)内にいた他の令嬢たちも、羨(うらや)ましそうヒドリーナさんを見てくる。


 でも、そんな中でも、私マリアンヌは冷静を装う。


「では参りますか。食後のお散歩がてらに」


 上級貴族令嬢として余裕の態度。


 ――――でも心の中では、私のガッツポーズを連発していた。


 何しろ《修練場(しゅうれんじょう)》に行くのだ!


 ということは“あのシーン”が見られるかもしれない。


 ゲーム内の《修練場(しゅうれんじょう)》には、特殊なビジュアルシーンがあった。


 それを見るためだけに、《聖剣学園》プレイするする自称乙女たちも多いのだ。


 もちろん私のそう!


 むふふふ……


 えへへ……


 楽しみだな。


「さぁ、いくぞ。ジーク!」


「ああ、わかった」


「あとマリアたちも遅れるなよ!」


 こうしてラインハルトとジーク様の二人のイケメン騎士に先導されながら、私はヒドリーナさんと"修練場”に行くのであった。

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