第10話友だち

 生粋のトラブルメーカーな令嬢、ヒドリーナさんから友だちの誘いを受けた。


「マリアンヌ様とお友達となりたいです……わたくし。ご迷惑でございますか?」


 貴族用の宿舎の一階にある食堂(レストラン)。

 周りでは他の令嬢たちが、優雅にランチタイムを楽しんでいる。


 そんな中、私の中だけに、とてつもない緊張が走る。


 私に交友関係の契りを迫ってきた相手はヒドリーナさん。

 同じく学園の新入生のドルム伯爵家の令嬢だ。


 少し感情の起伏が激しいけど、彼女自身はそれほど悪い人ではない。

 性格は裏表がなく、真っ直ぐな感じの子だ。


 まぁ、あの一件を見た感じ。

 ヒドリーナさんは身分の低い人を、ちょっと見下す傾向にある。


 でも貴族至上主義のこの世界では、あの程度はよくあること。


 それに彼女はまだ新入生。

 見下す傾向は、今後の学生生活で改善していけそうかな?


(『先日は誠にありがとうございました、マリアンヌ様』……『本当にご迷惑をおかけしました』……か)


 あと彼女には、好感がもてる部分がある。

 それは素直に謝って、ちゃんと感謝を述べてきてくれた事。


 私は、マリアンヌは、素直に謝り、感謝を述べてくる人が好きだ。


(『失敗を恐れて、後悔しちゃだめ。失敗した時は素直に謝り、ありがとうと言いなさい、マリア』……だもんね、ママ……)


 これは私の母親の言葉。


 えーと、マリアンヌさんのお母さんの方ね。

 そのマリアンヌのお母さんが、いつも私に向かって言っていた、言葉なの、これは。


 今の私の中には二つの記憶がある。

 だからマリアンヌの記憶も、私の大事な一つの感情なの。


(そうだね……マリエル・ママ……何も迷う必要はなかったんだね、友だちを作るには……)


 自分の死亡フラグを気にして、私は本当に大切なモノを、見失うところだった。


「ヒドリーナ様」


「は、はい!」


 ヒドリーナさんは、ビクンと反応。

 両手はテーブルの下で組まれ、少し震えている。


 きっと、この人は勇気を出して、食堂(レストラン)にいた私に声をかけてくれたんだ。


 顔合わせ会から、ずっと考え抜いて、一歩踏みだして『友達になって』と、私に声をかけてくれたのだろう。


 今の自分にはテレパシーはない。

 でもヒドリーナさんはから、そんな真心が感じられる。


「ヒドリーナ様……こんな私(わたくし)でよければ、どうぞよろしくお願いいたしますわ。是非ともお友だちになってくださいませ」


「えっ? は、はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします、マリアンヌ様!」


 ヒドリーナさんは目を、うるうるさせていた。

 きっと嬉し涙なんだろうな。


 うっ……私まで、涙が。

 こっちまで、もらい泣きしちゃいそうだ


 あっ、ハンス。

 ハンカチをありがとう。

 気が利くわね。


 いつも冷酷非道な能面執事って、心の中で悪口を言っていてごめんね。


 じろり。


 う、……はい、口には気をつけます


 ふう……でも、よかった。


 これで私も一歩前進した感じ。

 学園生活で友達が一人もいない、ボッチから卒業できた!


 さて、これから学園生活も楽しくなりそうだな。

 色んな話をしようね、ヒドリーナさん。



 ――――そんな時だった。


「マリア、ここにいたのか!」


 自分の愛称を呼ぶ男性の声が、学食(レストラン)のホールに響く。


 少し強引な感じの人だ。

 でも、その美声は聞く者に、心地よささえ与える。


(この声は……)


 何日か前にも、聞いた声だった。


「マリア!」


 声の主はどんどん、こちらに近づいて来る。

 すごい勢い。


 そして目の前に到着。



「これはラインハルト……様。ご機嫌、うるわしゅうございます」


 やって来たのはラインハルト= ヘルトリング。


「マリア、心配していたぞ! あの顔合わせ会の事件以来、どこにいっていたんだ⁉」


 私マリアンヌの幼馴染で、この学園の美男騎士だ。


 長身のすらりとした体型で、赤髪のイケメンな青年。

 切れ長の鋭い瞳と、長いまつ毛が印象的なイケメンだ。


「見て……ラインハルト様よ……」


「あの蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)の一員の……」


「噂通りに、素敵な殿方でございますわ……」


 ラインハルトの登場により、食堂(レストラン)にいた他の令嬢たちがザワつき始める。 


 何しろラインハルトは、美男騎士の中でもトップクラスの美男子。(ゲーム公式情報)


 ちょっと強引なところがあるけど、令嬢たちの憧れの存在なのだ。


 でも今の私は、あまり関わりたくない。

 この人といると、ゲーム的に死亡フラグが立ちやすいのだ。


 こっそり逃げようかな……。


「マリア、おい逃げるな!」


 あっ、見つかってしまった。

 もしかしたら今日も、“壁ドン”されちゃうのかな? 


 でも今、私のいる場所は、食堂(レストラン)の真ん中。

 周りに壁はないから、物理的には壁ドンできないはず。


「ちっ、壁から離れていやがる……」


 えっ、ラインハルトが何か、ぶつぶつ言っている?


 この人はもしかして、本気でまた壁ドンしようとしたの? 

 公式設定とはいえ、すごい執念だ。


 さて、逃げられないから、ここで迎え撃つしかないな。


 いきなりのオレ様の登場に、怯えているヒドリーナさんを守らないと。

 よし、頑張ろう。


 悪役令嬢マリアンヌ・モード発動だ。


「このような公共の場で、大きな声を出されて、いかがなさいましたか、ラインハルト様?」


「いかがだと? さっきも言ったが、オレ様は心配していたんだぞ! あの顔合わせ会の事件以来、どこにいっていたんだ、マリア⁉」


「ああ、そのことですかた。寮の自室で、少し考えごとをしておりました」


 本当は恥ずかしくて、引き籠っていた。

 でも、そんなことは絶対に知られたくない。


「考えごとか。そうだっのか……ならいい。無事で良かった」


 おや?


 ここにやって来た時は、少しムッとしていたラインハルト。

 でも今は、ちょっと嬉しそうな表情になった。


 もしかしたら本当に心配してくれたのかな?


 その表情の変化に、私もちょっとドキドキしちゃった。


「元気で本当に良かった。それなら今日はマリアに、オレの友達(ダチ)を紹介しようと思って、ここに来たんだ。おい、ジーク、入ってもいいぞ!」


 ラインハルトの呼びかけに、食堂に一人の美男騎士が入ってくる。

 長身なラインハルトに負けないくらいの、すらりとした身長の人だ。


「いつまで経っても呼ばないから、私のことを忘れていたのかと思ったぞ、ライン?」


 私たちの所に近づいてきたのは、銀髪の青年。

 窓からの陽の光を浴びて、全身が美しく輝いている。


(う、うわっ……これまた、すごいイケメンが来ちゃったよ……)


 間近で見て、思わず心の中で叫んでしまう。


 ビックリするぐらい、顔立ちの整った美形さんだ。

 クールな感じの雰囲気で、北欧の氷のような美しさがある。


 こんな対照的な人が、オレ様なラインハルトの友達(ダチ)なのか。


 あれ、この人……ゲームで見たことが、ある。

 確実に見たことがある。


 だが私が思い出す前に、相手が先に動いてきた。


「初めましてマリアンヌ様。私は蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)の一員、ジークフリードと申します」


 ジークフリードと名乗った青年は、私の目の前で片ひざをつく。

 美男騎士が乙女に対する、正式な礼を形だ。


 クールな外見なのに、女性に対して凄く礼儀正しい人。

 いきなり壁ドンしてきたラインハルトとは、親友同士でも、えらい違いだ。


(あれ“ラインハルト=ヘルトリング”の親友……銀髪のクールな親友って……もしや……?)


 この人のことを、ようやく思い出した。


 いや、こんな大事なキャラを、私が忘れるはずはなかった。


 でも、ゲームと時系列的がズレて、私は今まで混乱していたのだ。


「ジークフリード様……もしかしたら、貴方様は、ジークフリード=スザミ……様でございますか、あの?」


「……ええ、よくご存知で」


 ジークフリードさんの返事で、私の推測が確信に変わった。


 この人、ジークフリードさん――――愛称ジーク様の正体が、分っちゃった!


 えっ、でも待ってよ。

 たしかジーク様の登場は、ゲームの中ではもっと後だったはずだよね?


 というか、隠れキャラであるジーク様は、こんな感じでストーリーモードには出てこないはず。


「マリアンヌ様……一つ、お聞きしてよろしいですか。なぜ、私の“スザミ”の姓をご存知でしたのですか?」


 クール瞳がさらに妖しく光る。

 私のことを明らかに疑っていうる。


(うわー、どうしよう……でも、“あのジーク様”が目の前にいるんだ……本当……)


 ゲーム内、ジーク様には大きな秘密がある。


 学園内での彼の名はジークフリード=スザミ。


 でも本名は“ジークフリード=ザン=ミューザス”。


 隣国ミューザス王国の王子様で、身分を隠して学園に入学している設定。


 そして超SSレアな隠れキャラ。


 まさかのレア人物の登場に、ゲーマーとしての私のアドレナリンは、先ほどから全開です。

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