第7話フラグのためなら

 乙女ゲーム内に転生した私、侯爵令嬢マリアンヌ=バルマンは、今とても窮地におちいっていた。


 無事に回避したはずの、自分の死亡フラグ。

 その強制イベントに、私はまき込まれてしまったのだ。


 本当は遠くから強制イベントを、傍観しているつもりだった。

 でも後ろから押されて、喧嘩のど真ん中に出ちゃったのだ。


 うっ……前に出たのは、たった三歩だけだった。


 でも、その三歩が、今さまに私の運命を大きく変えようとしている。


 とにかく私は今、かなり際どい状況にいたのだ。


 ◇



「あの方は……マリアンヌ様よ」


「あのバルマン侯爵家のマリアンヌ様よ……」


「きっと、この場の仲介に、名乗り出たのね……」


「さすがマリアンヌ様ですわ……」


 野次馬の令嬢と騎士たちは、期待の眼差しを私に向けてくる。

 この騒ぎの仲裁を期待しているのだ。



 え……、そんな目で見られても、困る。

 何でみんな私マリアンヌに、こんなに期待をしているの? 


 やっぱり位の高い侯爵家の令嬢だからかな?


 でも中身の私には、仲裁の技術も話術もない。

 私は日本の普通の子なんだよー。


 テレビの大岡越○みたいに、万事平等に真の悪を罰し正しき者を救う! 

 なんて出来ないんだからね。


 だから、そんなに期待しないでよ。



「アナタ……誰ですか?」


 うっ、主人公ジャンヌちゃんに、また質問されちゃった。


 彼女の大きな瞳は、真っ直ぐに私を見つめてくる。

 凄くキラキラした瞳。

 正義感に溢れ、この世界の平和を必ず取り戻す……そんな決意が秘めた瞳だ。


 うわー、お願い、そんな純粋な瞳で、この薄汚れた心の私を見ないでー。


「アナタも私の敵なの?」


 あっ……やばい。


 私が返事を出来ずにいたら、ジャンヌちゃんは口調を変えてきた。

 明らかにこちらを警戒している。


 このままだと、ジャンヌちゃんに敵認定されてしまう。


 そうなると私の死亡フラグは、最大値まで高まる。


 三年後に待っているのは私の悲しい未来。

 ジャンヌちゃん成敗され、死亡しちゃう未来の私だ。


 ゲームでは分岐によっては、ジャンヌちゃんの必殺技"聖なる浄化の炎”で、ラスボ化したマリアンヌは炎上しちゃうはずよね。


 あたしゃ、嫌だよー。

 生きたまま燃えたくないよー。


 ここで大死亡フラグが立つのだけは、絶対に回避しないと。


 なにかゲームから応用できないかな……


 あっ、そうだ。

 あのセリフ使ってみよう!


 よし、いくぞ。


「ふう……私(わたくし)が今まで無言だったのだは、呆れて言葉が出てこなかったからですわ。よろしくて、ジャンヌ様? それにヒドリーナ様も?」


「な、なにをおっしゃるのですか、マリアンヌ様⁉」


 ヒドリーナさんは私のことを、味方だと思っていた。

 だから私の言葉の意味が分からず、混乱している。


「呆れて……?」


 ジャンヌちゃんはこっちを見つめたまま、私の次の言葉を待っている。


 よし、最初の掴みは、いい感じだ。


 次に私は周囲の野次馬に、視線を向けていく。


「この場にいる皆さん今、私(わたくし)は呆れているのです! 傍観している、皆さんに対してもです!」


「「「え……」」」


 マリアンヌの厳しい言葉に、野次馬たちはシーンとなる。

 誰も私の言葉の真意に気が付いていない。


 だから答えを欲するかのように、全員が私の方に注目していた。


「皆さんに、お聞きします。私たち乙女な指揮官、そして騎士の皆さまは、今なぜ、この場にいらっしゃるのですか? 遠き自らの故郷を離れ、このファルマ学園に集まっているのですか?」


「「「……」」」


 私マリアンヌの問いかけに、誰もが自分に問いかけていた。


 なぜ自分たちは、この学園に入学したのか?


 だが誰も答えられない。


 だからこそマリアンヌは、言葉を続ける。


「この大地は今、悪しき妖魔ヨームの大軍によって、滅亡の危機にあります。それを打ち倒すために、わたくしたちは、この場に集まったのではないですか? 大事な故郷の者たちを、守るため……想い人を守るために、学園に入学したのではないですか?」


(((そうだ……)))


 誰かが心の中で賛同する。


 この世界は未曾有みぞうの危機が迫っていた。


 人や獣の形をした異形の妖魔ヨームの軍勢。

 大陸のいたるところに出現し、罪なき人々を襲っていた。


 人外なる妖魔は凶暴であり、凶悪だ。

 通常の武具が効きにくい、普通の兵士では歯が立たない。


 それに対抗できるのは、特殊な力を有した騎士だけ。


 そして騎士の潜在的な力を、100%引き出す事が出来るのは乙女な指揮官だけ。

 神より選ばれた、乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーだけなのだ。


 騎士と乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダー

 どちらが欠けても、妖魔ヨームの軍勢には勝てない。


 両者が揃い、想いを重ねてこそ、人類の希望の《聖剣》となるのだ。 


「学園の生徒の多くは貴族です。格式や身分の差も、時には大事でありましょう。ですが我々が学園でなすべき事は、本当に大切なことは、もっと他にあります! それは自らを鍛え上げ、大切な仲間を労わり、迫り来る妖魔ヨームに打ち勝つこと……そうでは、ありませんか、皆さま方?」


 マリアンヌの言葉は、この場の全員の胸に突き刺さる。


 いや、心に染み渡る。

 そう言った方が、正しいのかもしれない。


 今、この場にいる誰もが、胸を熱くしていた。


 自分たちの本来の目的を思い出していた。


 騎士と乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーとしての使命が、魂を熱くしていたのだ。


 そんな熱い静寂の中、マリアンヌはテーブルの赤ワインのグラスを手にする。


「世界を救う大義に比べたら、このようなワインの汚れなど、些細ささいなことですわ!」


 そして自分自身のドレスに、赤ワイン叩きかける。


「「「マリアンヌ様⁉」」」


 野次馬の令嬢たちから悲鳴が上がる。

 突然の奇行に、誰もが言葉を失っていた。


 だがマリアンヌは構わず、令嬢ヒドリーナさんに近づいていく。


「ヒドリーナ様、これでお揃いでございますわね、私たち。だからお気持ちを直してくださいませ」


「マ、マリアンヌ様……」


 ヒドリーナさんも言葉を失っていた。

 真っ赤に染まったマリアンヌのドレスを、じっと見つめている。


 だが構わずマリアンヌは周囲の令嬢騎士に、視線を向けていく。


「ここにいる皆さま、お聞きください! 私は誓います!」


 そして声高々に宣言する。


「このドレスは、今はまだ赤ワインの色。でも必ずや憎き妖魔ヨームどもを駆逐し、その返り血で真っ赤に染めることを! 人々の平和を守るために!」


 マリアンヌの声は高く、よく響く。


 静まり返っていた会場の、隅々まで響き渡っていた。


 そして全ての者の魂にも、強く響いていた。


「それでは皆さま、失礼いたしますわ。オーホッホホホホ……」



 最後はマリアンヌの得意技。

 高笑いを響かせながら、会場を後にするのであった。



 ◇


 ◇


 あ――――っ!


 そして会場の外に出て、ふと我に返り叫ぶ。


 やってしまった、と心の底から後悔する。


 ああ……なんで、あんなことを言っちゃったんだろう。


 どうして全員に向かって、あんな啖呵たんかをきっちゃたの、私は?


 最初はジャンヌちゃんと間に、負の溝が出来ないように、冷静に頑張っていた。


 でも途中から、自分の意識がちょっと変だった。


 マリアンヌさんとの意識が混濁して、豪快なセリフが自然と出てしまった感じだった。


 あれは、何だんったんだろ?


 まぁ、でも言ってしまったものは仕方がない。


 ああ……でも何か凄く、空回りしていたよね、私?


 最期には興奮しちゃって、途方もないことを宣言もしていたし。


 実はゲームでの主人公ジャンヌのセリフを、私は応用するつもりだった。


 シナリオの中盤あたりで、騎士と乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーが仲たがいするイベントが起きた時。


 両者を諫(いさ)めるために、主人公ジャンヌが使ったセリフだったのだ、私が言ったのは。


 でも私が言ったら、なんかゲームの主人公とは雰囲気が違ってしまった。


 やっぱり悪役令嬢である私が、言ったのが失敗だったかもしれない。


 あんなに目立って、本当にやっちゃったよー。


 明日からは本格的な学園生活がスタート


 あーーー私はどんな顔で、教室に入っていけばいいの……行きたくないよー。


 でも変な死亡フラグが立つといけないから、頑張っていかないと……。



 ◇


 こうして《顔合わせ会》のイベントは無事?に終わり、いよいよ学園生活がスタートするのであった。

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