第6話ようやく見つけた、けど

 前世の記憶を取り戻した私は、ゲームのメイン場となる聖剣学園に入学。


 悪役令嬢としての死亡フラグを折るため、裏ワザ狙いで主人公の元に向かう。


 色んな邪魔があったけど、ようやく主人公ジャンヌちゃんを発見した。


 ◇


 少女ジャンヌは乙女ゲーム《聖剣乱舞》の主人公である。


 彼女は庶民の出ながらも、世界を救う乙女な指揮官の適正を有していた。

 それ故にファルマ学園に入学する事を許される。


 だが基本的に乙女な指揮官の適正は、貴族令嬢に多く現れる。

 また学園のメイン出資者は貴族たち。


 そのため学園内には多くの身分の差がある。

 “生徒は全て平等”という教育方針を、掲げているにも関わらず。


 顕著なのは貴族用の宿舎が存在していること。

 それ以外にも学園内は、身分の差が至るところに存在している。


 中でも一番大きい身分差は、在籍生徒の中にある“偏見”だ。


 このファルマ学園内にあって、紛れ込んだ庶民の娘――――少女ジャンヌは最初から異質だった。


 ◇


 そんな主人公のジャンヌちゃんが、今はピンチの状態。

 数人の貴族令嬢に取り込まれていた。


 しかも雰囲気は、かなりピリピリしている。


 いったい、何が起きているんだろう?

 私は二列目から、こっそり様子を伺うことにした。


 この騒ぎの中心人物は二人いた。


「あなた、なんて無礼なの⁉ 私(わたくし)のこの特注のドレス、いったい幾らしたと思っておりますの⁉」


 一人目は、このヒステリックに叫んでいる貴族令嬢。


 マリアンヌさんの記憶で見たことはあるが、名前は出てこない。

 たしか伯爵家クラスの令嬢だ。


「…………」


 もう一人は主人公ジャンヌちゃん。

 こっちは表情を変えずに無言。


 ヒステリックな令嬢のことを、じっと見ている。

 かなり肝がすわった感じだ。


 まだ状況が分からないので、近くの令嬢たちの話を盗み聞きしてみよう。


「いったい、どうしたのかしら?」


「何でもあの薄汚い庶民の子が、ドルム伯爵家ヒドリーナ様にぶつかって、飲み物でドレスを汚してしまったらしいですわ……」


「なんて無作法な。これだから庶民を、この格式ある学園に入れるのは、以前から反対なのよ……」


 ふむふむ、なるほど。

 周りの令嬢たちのひそひそ話によると、状況はそんな感じらしい。


 どうやら主人公ジャンヌちゃんが、あのヒドリーナという令嬢と騒動を起こしているのだ。


 あっ、あの令嬢のこと思い出した。


 "ヒドリーナ・ドルム”


 彼女とは貴族同士のダンスパーティーや社交界で、何度か挨拶をしたことがあるらしい。

 マリアンヌさんとは、あまり深い仲ではない。


 彼女の性格は、今怒っているあのままな感じ。

 良くも悪くも、感情の起伏が激しい。


 あとドルム家は貴族界でも、上級に近い伯爵家。

 しかも彼女の父親は軍部の上級職で、学園内でもけっこう権力もある。


 記憶をまとめるとヒドリーナさんは、ちょっと面倒なタイプの令嬢。

 あんまり令嬢の友だちも多くはない。


 あとヒステリックだから男性かから、少し敬遠されている。

 だから、こんな本騒動でも誰も仲裁にこない。


 本来なら上級貴族の家の美男騎士が、颯爽そうっそうと仲裁にくるはずなのに。

 みんなヒドリーナさんのヒステリックと、軍部の父親に睨まれたくないのだ。


 華やかに見えて、貴族界も面倒くさいものだね。


(うーん、どうしようかな……)


 だから私もちょっと迷っている。

 ここは傍観するべきか、何か策をこうじるべきか?


 我が家とヒドリーナさん家を比べた時。

 家柄的には侯爵家のウチが格上。


 でも、あのヒステリックはかなり大変そう。

 やっぱり、あまりお近づきしたくない女性かな。


 学園生活でも色々とトラブルを、持ち込んできそうな感じだし。


 この辺の貴族令嬢での、階級パワーバランスは、頭を使うんだよねー。


 あっ、ちなみに。

 この世界での貴族の階級は、上から次のようになる。


 ――――◇――――


 王族


 ――――ちょっと超えられない壁――――


 公爵


 ――――かなり超えられない壁――――


 侯爵:私


 伯爵:ヒドリーナさん


 子爵


 男爵


 ――――絶対に超えられない壁――――


 庶民:主人公ジャンヌちゃん


 ――――◇――――



 現実のヨーロッパとは違うけど、大まかにこんな感だ。

 貴族の中にもかなりのパワー順位がある。


 そんな中でも私の転生したバルマン侯爵家は、かなりの上位になる。

 運のいいことに生活に関しては、何の不自由もなく有り難い。


 ヒステリックなヒドリーナさん伯爵令嬢で、結構な貴族。


 そして庶民であるジャンヌちゃんは、もちろん最下層だ


 今二人は公然の場で対立しているけど、家柄パワーは全然違う。

 月とスッポン、象とアリ、ダイヤと小石、みたいな感じかな。


 なんか酷い感じがするけど、これが貴族社会。

 この世界の文化であり社会常識なのだ。


 だから、この騒ぎは学園の中で異例の事件。


 普通、庶民生は貴族生に対して、トラブルなんかを起こしては駄目。

 それこそ平謝りをして命乞いぐらいしないと、社会的に消されちゃうのだ。


 でもジャンヌちゃんは先ほどから、一歩も退いていない。

 謝り気配は皆無だ。


「…………」


「先ほどから、何を黙っているのかしら、アナタは⁉ 早く謝罪してくださいませ! もちろん弁償はけっこうですわ。何故ならこのドレスは、庶民のアナタに弁償など出来ませんから!」


 無言を貫くジャンヌちゃんに、ヒドリーナさんは侮蔑の言葉をなげる。

 どうやら彼女は、ジャンヌちゃんに謝罪させたいのであろう。


 この公衆の面前で貴族令嬢として、生意気な庶民の鼻を叩き折ろうとしているのだ。


 ざわざわ……ざわざわ……。


 周囲の野次馬たちも騒ぎ始めてきた。

 ……『きっと庶民の子が、これから土下座でもするはず』と誰もが口にしている。


(でもさ、皆さん、甘いよ、その予想は。彼女は、普通の子じゃないんだよ……)


 私は知っていた。

 彼女、主人公であるジャンヌちゃんが、普通の庶民の子ではないことを。


「私は謝りません!」


「えっ……」


 シーーーン


 ジャンヌちゃんのまさかの言葉に、ヒドリーナさんは絶句。

 野次馬たちも一斉に静かになる。


 何事が起きたか、理解できていないのだ。


 そんな雰囲気にジャンヌちゃんは追い打ちを掛ける。


「私は知っています。先ほどアナタがワザと、私にぶつかろうとしてきたことを! でも失敗して自分で、飲み物をドレスにこぼした事を!」


「なっ……なっ……何を、言いがかりを!」


 ジャンヌちゃんの指摘に、ヒドリーナさんの顔が真っ赤なる。


「証拠はアナタ自身が知っているはず! だから私は謝罪しない! それが、わたしの信念だから、世界を救うための!」


「なっ、なっ、なにを……生意気な……この……」


 ヒドリーナさんは絶句していた。

 怒りで顔を真っ赤に染めて、口をパクパクさせている。


(あの反応は……ジャンヌちゃんの方が、やっぱり正しかっただね……)


 きっとヒドリーナさんは遊び半分で、ジャンヌちゃんに近づいていったのだろう。


 でも結果はこの通り。

 相手に回避されて、なおかつ論破されてしまった。


 令嬢としてのヒドリーナさんの面目は丸つぶれだ。


(あー、やっぱり“こうなっちゃった”か……さすが主人公パワーだよね……)


 途中から私は知っていた。

 この騒動の結末が、こうなることを。


 何故ならこれは【強制イベント】だったのだ。

 乙女ゲーム【聖剣乱舞】の序盤顔合わせ会のストーリー展開、そのものだったのだ。


(あー、ワインをワザとこぼしてとか、言いがかりとか、懐かしいな……)


 ちなみにゲーム内では、今回の序盤イベントは次のような感じだ。


 ◇


 プレイヤーが操作する主人公ジャンヌは、ゲーム開始のプロローグからストーリー風に話が進んでゆく。

 いわゆるプレイヤーを物語に、導入させるための冒頭部分だ。


 そして学園に入学。

 この《顔合わせ会で貴族令嬢に絡まれるイベント》じゃ必ず起こる。

 つまり強制イベントというやつだ。


 ゲームでも主人公ジャンヌは、先ほどと同じセリフを吐く。

 その後、彼女は令嬢グループと対立して、ボッチからのスタート。


 でもその後、主人公は成り上がっていく。

 必死で努力を重ね、美男騎士とのイベントを繰り広げ、仲間たちをドンドン増やしていく。


 ◇


 こんな感じで、主人公ジャンヌちゃんと令嬢との、このトラブルもテンプイベントなのだ。


 それにしても乙女ゲームって、なんで最初はどん底からのスタートになっちゃうかな?

 いつも不思議に思う。


 まあ、そう言う私も、こういうベタな展開は、大好物好きなんだけね。


 ん?


 あれ?


 でも、何かが、おかしいぞ?


 ストーリーを思い出しながら、私は“あること”に気が付く。


 ゲームと現実、今回のイベントでの違いがあるのだ。


(あっ……そうだった……)


 完璧に思い出した。

 ゲームの中では、主人公ジャンヌに言いがかりをつけるのは、悪役令嬢マリアンヌ


 ヒドリーナさんのポジションにいるのは、本来は私マリアンヌなはずなのだ


(あれ……? 何で人がズレちゃったのかな?)。


 あっ……!


 もしかして原因は、私が《顔合わせ会》に遅刻してきたから?


 その影響で、ヒドリーナさんはと役割が、微妙にズレちゃったのかも。


(でも……これは好都合かもしれない、私にとっては……)


 なぜなら、これでは私は主人公ジャンヌちゃんと、いきなり対立しなくなったから。

 きっと死亡フラグも、一つくらいは消えたかもしれない。


 おお、そう考えたら、すごくラッキーな展開かも。


 もしかして遅刻した私って、もしかしたら有能だったのかな?

 後でハンスにドヤ顔しておかないと。


 それにしても私って無意識的に、危険を回避する天才なのかな?


 ふっ……自分の才能が怖いわ。


(よし、それなら今回のイベントは、傍観でオーケーね)


 今は二人が睨(にら)み合っている。

 かなり会場の空気は悪い。


 けど私はこのまま石のように、動かないことにしたよ。


 あと私の受けるはずだった死亡フラグの一つを、ヒドリーナさんに贈呈。

 プレゼント・フォーユー、死亡フラグ。


 ――――私が油断していた、その時だった。


「おい、前は……どなっているんだ……?」


「おい、押すなよ……」


 ドン!


 後ろの野次馬が、私に軽くぶつかってきた。


「おっ、とっとっと……ですわ」


 私は思わず、前によろけてしまう。


 でも、転ぶ寸前で、何とか持ちこたえる。


 ふう……危なかった。


 もう少しで群衆の前で、盛大に大コケするところだった。


 それにしても後ろに皆さん。

 危ないから、押さないでくださいませ。


 ん?


 なんだ、この視線は?


 急に私に向けられてきた、野次馬からの視線は何?


「あの方は……マリアンヌ様よ」


「あのバルマン侯爵家のマリアンヌ様よ……」


「きっと、この場の仲介に、名乗り出たのね……」


「さすがマリアンヌ様ですわ……」


 えっ?


 みんな、私に何を期待しているの⁉


 たしかに私は、よろけて前に出ちゃったよ。


 すぐ目の前には、ヒドリーナさんとジャンヌちゃんがいるよ。


 でも、これは不可抗力なの。


 だから、みんな、そんな仲裁を期待した視線で、私のことを、見てこないでよー。


 うわー、これはマズイ状況。


 面倒に巻き込まれる前に、早く引っこまないと。


 ――――だが、時すでに遅し。


「ああ! これはマリアンヌ様! 良い所に来てくださいました! この生意気な庶民の娘に、正義の鉄槌をお願いしますわ!」


 ヒドリーナさんは私のことを、完全に味方だと勘違いしている。


「アナタ……誰ですか?」


 そしてジャンヌちゃんは真っ直ぐな瞳で、私のことを見てきた。


 これはヤバイ……明らかに、死亡フラグが復活しそうな雰囲気。


 誰から私のことを助けてください。

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