第26章…優愛


千尋はその場で倒れた


「痛い!!痛いぃぃー!!!」


千尋はお腹を抑えて苦しんでいる

急な出来事に全員一瞬固まる

俺も結衣もどうすることもできなかった


「千尋!?どうした!?」


千尋のお父さんは思い切り千尋を揺さぶる


「陣痛だよ!救急車呼ぶから誰も触らないで!」


千尋のお母さんが千尋のお父さんを止める

……陣痛?

そうか!もう産まれるんだ!

今このタイミングかよ…

俺も慌てる中、千尋のお母さんがケータイを取り出し

救急車を呼んだ


「千尋!じっとしてろ!」


「じっとしてるってば!」


千尋と千尋のお父さんのコントみたいなやりとり

こんな時にも相変わらず鋭いツッコミの千尋

言ってる場合じゃない!


「めっちゃ汗出てる!」


結衣は千尋の汗をハンカチで拭く


「ありがとー結衣」


「こんな時にお礼なんていいよ

もうすぐで救急車来るからね」


5分後くらいに救急車が来る

救急隊の人が来ると


「歩けますか!?」


と千尋に聞く


「はい、大丈夫です」


といって千尋は救急車に乗った


みんな一緒に乗ろうとするが


「あ、何人かにしてください

せめて2人だけ」


と言われ


「じゃあ、俺と母さんで行くから

君たちは後からタクシーで来て

お金は渡しとくから」


と言って一万円渡される


「いや、いいですよ!」


と俺は断るが


「時間ねーんだよ!いいから受け取ってくれ!」


と強く言われる

俺は一万円を受け取り

救急車が走って行くのを見届けた


「じゃあ俺らも行こう」


翔と結衣は頷く


タクシーで病院まで行く


「千尋、子供産まれるじゃん

翔パパになるよ?」


と結衣が言う


「このタイミングかよ……

バタバタしすぎだろ」


と翔が答える


「しょうがないだろ

こればっかりは時間決められるとかじゃないからな」


翔は「まあな」と言ってまた黙り込む

病院に着いて中に入る

千尋が治療室にいる間

待合で結果を待つ


「ううわーー初めてだよこんなの」


結衣がそわそわしている


「千尋が出産かー変な気分だな」


子供が出来たと知らされた時はびっくりしたもんな

あれから色々変わりまくったけど

時が流れるのは早い

ずーーっと下を向いて座っている翔

やはりさっき言った翔の言葉はかっこよかったけど

今でも責任感じてるんだろうな

急に産まれるというのも慌てるし


そんな翔を見て

千尋のお父さんは翔の隣に座る

そして


「翔君、本音を言うと俺は君が大嫌いだ

千尋をこんな目に合わせてどっかに行くなんて最低な男だと思う

でも、千尋が君を信じてるなら

親である俺も君を信じたい」


千尋のお父さんが言う

すると翔はまた泣きながら


「ありがとうございます……」


そう言うだけだった


「千尋が君を選んだんだ

今から産まれる子は君と千尋との一生残る形だよ」


千尋のお父さんが言うと相当重みが伝わってくるな


千尋のお父さんはまた話を続ける


「翔君には言ってなかったけど

俺と前の奥さんが離婚した時も

千尋は何も文句言わなかったんだよ

しょうがないって言って飲み込んでたんだよ

俺はいつも千尋に助けられてる

千尋から色んなこと学ばせてもらってると思いながら今日まで育てて来た

だから翔君もそんな千尋を助けてあげてほしい」


「……はい」


「男なら泣くな!

産まれてくる子も泣いて産まれるんだから

親父が泣いてたらかっこ悪いぞ

ほら、おとなしく待ってるぞ」


千尋のお父さんは千尋のように心が広かった

親子ってすげーなーって改めて思った

大人の男ってかっこいいなって思った


そして

ゆっくりと扉が開く

そして先生が出てくる


「おめでとうございます

健康な女の子ですよ」


と笑顔で言った


「おおおー!!ちひろー!!」


結衣は分娩室に入ろうとするが


「ばか!勝手に入るな!」


と、俺は止める

ついに


ついに千尋が赤ちゃんを産んだ


「入って大丈夫ですよ」


と言うと

翔と千尋のお父さんはドタドタと急いで中に入る


「似た者同士かよ」


と俺は言う

中に入るとぐったりとした千尋の隣に真っ赤な赤ちゃんがいる

赤ちゃんの泣き声が響く


「ちひろー!やったなー!」


千尋のお父さんが泣きながら千尋に言う

おいおいさっきまで泣くなと言ってただろと言う言葉は飲み込む


「ありがとうお父さん」


「元気に泣いてるな」


俺が言うと


「おい!泣くな!お前もういくつだ!?」


「産まれたばっかだわ!」


結衣がわけわからないこと言うから俺はツッコミを入れる


「ふっふっふ、面白いね2人」


千尋は笑ってくれた

ありがとう、こんな茶番しか今の俺らには出来ないんだ


「空、ここまで来てくれてありがとね?」


千尋が弱々しく言う


「ううんいいんだ、それに」


俺はいつか千尋に言った言葉を思い出す


「千尋のこと守るって言ったろ?

こんな形だけどこれで千尋も幸せになれるかな?」


「うん!最高だよ」


千尋はまた笑った

うん、いい笑顔だ


「ほら、翔、見てみろ

お前の子供だぞ」


俺は翔をこちらへ呼んだ


「うぅ……うっ…」


また翔は泣く


「本当に……ごめん…

でも、こんな俺の子でも……

やっぱ…可愛いなぁ……」


そんな翔を見て


「翔、ここからが本当のスタートで全然いいから

ゆっくりでいいから、また始めよう」


千尋が翔に言う


「……うん、ありがとう」


「私ね、名前もう考えてたんだ」


千尋は一つの紙を取り出す

そこには


『優愛』と書かれていた


「優しい愛って書いて

“ゆめ”って読むの」


「……めちゃくちゃいい名前じゃん」


「でしょ?」


と言って千尋は親指を立てる

千尋と翔との間に出来た


"生まれた愛"


こんなにも暖かいものなら

一生離れることはないと思う


俺は小学校の頃から千尋が好きで

いつも一緒に居た

けど千尋は他の男たちにも好かれてて

俺は一歩踏み出せずにいた

だからこそ

翔が千尋に告って付き合った時

俺は情けない男だったんだって気づいた

嫉妬しまくって千尋と距離置いたりして

何がしたかったのか今じゃよくわからん


でも千尋が妊娠したって聞いた時

そして翔が千尋と別れると聞いた時

千尋への想いは強くなるばかりだった

俺がなんとかしてあげたいと思った

でも千尋は俺への思いを押し殺して

翔との子供と翔を選んで

逆にフラれてしまった

本当に悲しかったなあの時は


そこで来てくれたのが結衣だった

結衣は俺を慰めてくれて

優しくしてくれて、楽しませてくれて

一緒にいると気楽でよかった

結衣に好きって言われた時は

こんなに純粋な言葉なんて他にはないと思った

その結衣の純粋さは変わらず

結衣の家に泊まった時に見た卒業アルバムの中に書いてあった言葉

それを見てどんどん結衣への想いは伝わっていき

こんな子を守りたいと思い始めた


そして

千尋が広島に行く時泣きながら見送って

その後夏休みの時に結衣とプールと花火大会に行って

そこで付き合った


そして翔のところに行くために大阪に行って翔を説得させて

千尋に会わせて気持ちを伝えさせた

千尋が陣痛で倒れた時は本気で心配した


そして

病院で優愛ちゃんが生まれた

本当に色んなことがあったな

この色んな思い出は決して忘れることはない


俺と結衣と


千尋と翔の


“生まれた愛”の短いようで長い思い出だ

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