第8章…無駄


次の日の朝

昨日の余韻がまだ残っているからか

少し足が重たく感じる

色んな思いを頭に巡らせながらどんな顔をして千尋に会えばいいのかを考えていた


「よー!」


背中を軽くポンッと叩かれる

誰だ!こんなにも悩んでる俺をバカにしてるやつは!

バカにしてるやつはあいつしかいなかった


「おうおうおう!しけたツラしやがって!空豆が!」


このテンション

結衣だ。


「うるせーなー」


「まさかお前、本当に千尋にちゅーしたんじゃないよな!?」


ば、ばかやろー!

ちゅーはしてない

しかし何もなかったと言えば嘘になる

だからこそ少し動揺した


「し、してねーわ!」


「はあ!?なんだその動揺は!

吐け!なにした!」


「何もしてない」


「吐けこらー!」


俺の口を無理矢理開けようとする結衣


「口開けても吐かねーよ!」


という具合に朝から疲れたわけで

少し気が楽になったのも結衣のおかげなのかも知れない


学校に着き結衣は自分のクラスに戻った

教室に行くと千尋が自分の席に座っていた

ど、どうする…

少し緊張しながら千尋の斜め前の俺の席に座って


振り向いた


「よ!千尋!」


「あ、おっふぁーい」


話しかけると千尋は案外普通で

相変わらずわけのわからない挨拶をしていた


「空、よく寝れた?」


千尋の意外な言葉で俺は少しドキッとした

また動揺を隠しながら俺は千尋に言う


「うん、ぼちぼちとな」


千尋は軽く俯いて「そっか」と言いながら一時間目の授業の準備をした


な、なんだよそれーーー!!?

いちいち千尋の反応を確かめてしまう


授業が始まるまで少し時間が空く

その間に


「空、ちょっと話さない?」


千尋に呼ばれた

絶対に昨日のことだろうと思いつつ俺は立ち上がり

千尋について行く

人気の少ない場所に行き


「ごめんね、急に呼び出しちゃって」


「いや、大丈夫だよ」


少しだけ間が空いて

千尋は重たい口を開いた


「昨日のこと、やっぱ無理だよ

広島に帰ることは絶対変えられない」


「……そっか」


「うん…それに」


千尋の表情から読み取るとあまりよくない話だということは気付いていた


「翔にしてもらったこととか

翔との思い出も忘れられないよ」


この1年間の翔のことを思い出していたようだ


俺はそんな千尋を見て

言いたくない言葉をあえて言った


「やっぱ、まだ翔のこと好きなの?」


自分で言ったはずなのに胸がきゅーっと苦しくなる


「んーどうだろ?空よりは好きかな?」


心にグサっと何かが刺さった

そうだよな……

何に期待してたんだ俺は

俺よりも翔の方が千尋との思い出がある

きっとキスもしてる。いや、子供出来たんだからそれ以上のことももちろんしてる

当然っちゃ当然だ


「そ、そうだよな!翔の方が好きなのは当たり前のことだよな!」


俺はわざと明るく振る舞った


「うん、空は初恋の人だったけど

やっぱ翔との思い出の方が大事だなって思って」


「うん、気にすんなよ」


「ごめんね」


少し俺も気持ちが軽くなった気がした

千尋の気持ちを知れて

まあショックではあるけど


「そういや、いつ広島に帰るの?」


「あ、うん、色々準備があるからまだなんだけど

来月の中旬とかそのくらいには帰るよ」


「また何で急に?」


「家の事情だよ」


「そうか」


千尋がこっちに来たのは理由があった

中2くらいから聞いた話だけど

両親の離婚が原因らしい

詳しくは聞いていないけど

もしかしたらそれが理由でまた広島に戻るのかも知れない

千尋には両親はいるけど再婚したらしいからな

深い事情まではわからないけど

どうしたもんかなー

何をしたら千尋を守れるのか

俺よりも翔の方が大事って言われて

俺はどうしたらいいんだろう


俺は無表情で俯いていた


「ねえ空」


そんな俺を真っ直ぐ見て千尋は俺を呼んだ


「ん?」


「空が一緒に居たいとか一緒に暮らそうって言ってくれたのすごく嬉しかったよ

だから本当は空と一緒に居たいけど

私の両親さ、元々広島で働いてたから

そこの職場に戻りたいんだってさ

私も一人っ子だし置いてかれるのは絶対やだし、両親も置いてくつもりないって言ってくれたから」


俺が聞けずにいた事情を千尋は教えてくれた

辛い話をしてくれる千尋の顔は少し引きずっていたが

俺の手を取って千尋は言った


「だからこそ、昨日言ってくれたこととか

守ってくれるって言ってくれたりすごく嬉しかったんだけど

やっぱ今は翔が好きだから、どこかで諦めたくないから、空の言ってくれたことが全部申し訳なくなるんだよね

翔も別れるきっかけを作ろうとして私が空をまだ好きだって言ってたけど

昔はそうだったけど、今は絶対に違う」


「……そーだよな」


「それにね、」


千尋はまだ続ける


「私、空を好きになってよかった

昨日、よーく考えて思い返してみれば

小さい時の思い出ってほとんど空と一緒だったんだよね」


小さい頃の話…?


「覚えてる?私が小学5年生の時に

公園で空が助けてくれたこと」


「あーそんなこともあったなー」


俺は千尋の話を聞いていないが適当に答えた


「うん、その時に私は空とずっと一緒にいようって決めたの」


そんなこと言っても一緒には居られないじゃん

俺は少し嫌な顔をしてから千尋に言った


「昔の話したって今一緒に居られないなら意味なくね?」


「……なにそれ」


千尋も嫌な顔をした


「私は空との思い出だって大事だよ

その思い出があるから今だって前向きに考えて進んでんだよ?」


「よくわかんねーよ、

千尋さ、俺には未練ないようにプリクラ捨てたりしたくせにまだ俺を特別扱いするなよ

昔の思い出なんて関係ないだろ」


俺は思わず言いたいことを言ってしまった

千尋はしばらく固まってから

口を歪ませながら言った


「もう空はなんもわかってない!」


「はあ?何が?」


「わかってないならいい!」


そう言って千尋はこの場から離れていった


俺だけが悪いのか

それはわからなかった

でも罪悪感はない

俺は今現在の千尋と向き合いたかっただけだ

なのになんでそんなに怒るんだ

千尋の心境を読み取ることが出来ず

俺はしけた顔をして教室に向かった

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