第7章…苦み


◎千尋side◎


翔のお母さんに呼ばれた私は

家の中に入る

何日ぶりに翔の家に入るんだろう?

このアパートになっても翔は何も変わらなかったのに

突然姿を消した


「私たちがこのアパートに住むことになった理由は知ってるよね?」


「……知ってます」


翔の家はお父さんが大量に残した借金があったため

やむを得ず一軒家を売って今のアパートになってる

今、そのお父さんはどこに居るかわからない

それは翔から直接聞いた話で空や結衣たちは知らないはず


翔のお母さんはまだ悲しそうな目をする


「翔に何かあったんですか?」


私が質問すると


「翔は……もう帰ってこないの」


「…………え?」


言葉の意味が理解できなかった


「……それって亡くなったとか?」


「違うの…」


翔のお母さんはまたあの悲しそうな目になり


やがて涙を溢れさせた


「翔は……暴力団につれてかれたの」


「…………っ!」


私は言葉が出なかった

やはり言葉の意味が理解できなかった

けど……

その意味がじわじわとわかってくる

翔らしいやり方だ……

自分を犠牲にして借金を返したんだろう……


「なんとなくわかりました………」


「だから今回千尋ちゃんには迷惑掛けて本当にごめんなさい。」


「大丈夫です。親とかも話せばわかってくれると思うんで

じゃあお邪魔しました」


翔はやっぱり理由があって私たちの前から姿を消したんだ

そういうことなら仕方ないのかな…

許していい事なのかわからないけど

私は翔に対しての腹立たしい感情はなくなって

ほんの少しだけど翔を待ってみようと思う


だから…私は空にも伝えないといけない


私は翔の家を後にして空たちの元へ戻る







◎空side◎


「千尋、まだ来ないね」


結衣が心配そうにアパートを見上げる


「焦っても仕方ないだろ」


きっと翔のお母さんは千尋にだけ何かを伝えるはずだ


「空は千尋とどうすんの?」


「………何が?」


「空が千尋のお世話するのかなぁって思って」


「どうだろうな」


「どうだろうなってなんだし

素直になって色々してあげればいいのに」


そうか……

結衣は来月千尋が広島に帰ることまだ知らないのか……

とりあえずその事を結衣に伝えてあげると


「マジかよー!!

どうしよ…あたし、千尋と結婚出来ない……」


「どこ心配してんだよバカが!」


ダメだこいつ…

真剣な話だってのに何が結婚出来ないだよ

…………結婚……


「そうか!」


これさえ親に承諾貰えば……


ガチャ……


翔の家から出てきた千尋

まずは翔の話からだ

ゆっくりと階段を下りる千尋

そして俺と結衣のもとへ


「なに話してきたの?」


結衣が話の内容にふれた


「………………」


千尋は黙ったまま


「言えないなら言わなくて良いよ」


千尋はゆっくりと首を縦に振った

そうか…言えないことなのか


「んじゃ帰るか」


一旦仕切り直しだ

てかもう帰り道だ

すっと帰ればいい話だろうが

三人は家路を急いだ

それに俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ

千尋と一緒に暮らすこと…

俺と千尋の両親に承諾を得ること…

まずはそれからだ


なんとなく歩くスピードを遅くする

なんて切り出すか…

結衣も居るしな~

いや、結衣が先に家に着くからそれは良いだろう

そんなことを考えてるうちに


「空豆!ぼーっとしてんじゃないよ!」


結衣は小声で俺に言う


「う、うるせーな」


「早く私に帰ってほしいんでしょ?」


「うん、まあ」


「ふぁっく!」


結衣は俺に中指を立てる


そしてしばらくして


「ばいばい、空豆、千尋にチューすんなよ」


「しねえよ!」


結衣の家に着いてしまった……

まずいぞー!

何も考えてなかった

てか考えがまとまらなかった

ちっきしょー!!


「空?」


「え?」


あ、見られてた?


「な、なんですか千尋ちゃん?」


「なんですかじゃないよ

どうしたの?怖い顔して」


「はっはっは…何でもないんだよ!」


この時は笑ってごまかしたぜ

こんなに大変なのか一大決心を伝えるのは


千尋と二人で歩く帰り道

千尋はさっきの話があってかあまり喋らない

俺も緊張してるし


「ねぇ空」


「ん?」


先に話をふったのは千尋


「言いたいことあるなら言ってよね」


「んがぁ!?」


なぜバレてる!


「なぜバレてる!みたいな顔してるけど」


これもバレてる!


「空はわかりやすいんだよ

何でも言っていいよ。

聞いたげる」


聞いたげるじゃなくて…

お前が一番重要なんだよ!


「ほらー早く」


千尋も待ってくれてる

言うなら今しかない


「えっとー

俺と暮らさない?」


「………ふぉえ?」


思わずまぬけな声を出す千尋

待って!言い方が悪かった!


「ほら!千尋、広島に帰ることなっちゃっただろ?

それじゃ赤ちゃんが産まれるまで一緒に居られないだろ?」


「……一緒に居られない…か」


ドキッ!!


どこ繰り返してんだよ!

ちょっとドキッとしちまった


「だから、もしできるなら今度両親と話して決めたりとか」


「……そうだね」


よっしゃ!言えた!

もう言い残すことはないぞ!


「あのさ、」


川の近くで立ち止まった千尋


「なんだ?」


「中3の頃に撮ったプリクラまだある?」


あぁ、あれか

財布の中にちゃんと入ってるぞ

ちょっともったいない気がして一回も貼ってない


「ちょっと貸して」


ん?何するんだ?

とりあえず貸してみる

千尋は自分のプリクラを取りだし


「…………」


俺のプリクラごと川へ投げた


「……ちょ、何してんだよ」


俺は川に流れるプリクラを鋭い目で見た


「もう親友なんて言葉で誤魔化したくないの」


「…………」


唐突な千尋の行動


「どういうこと?」


「私にとって空は特別だよ

けどね、私は私だし、空は空なの

私の思いは変わらないから空に言いたい」


俺は息を飲んだ

千尋の言葉の意味を理解するのに必死だった


「私と空は…ううん

私と翔はまだ繋がってるんだよ

お腹に居る赤ちゃんがいる限りね」


「……そっか」


「あのプリクラも、正直まだ空への思いが残ってた

だからそれも全部消したい」


千尋はそれでも翔を選ぶのか

…‥難しいな、恋愛って


「でもさ、一応両親に話してみるね」


俺は自分の言った言葉に今更恥じらいを感じた


「うん、ありがと」


千尋にそう告げる


俺はこのままでいいのか?

いや、俺も変わらないとダメか


「千尋」


「……ん?」


「俺は今でも千尋のこと好きだぞ」


言った

今の溢れる思いを千尋にぶつけた

しかし千尋は


「ありがと……」


千尋はそう言うだけだった

もう伝わらないとわかっていてもこれだけは伝えたい

千尋を守りたいだけだ

それしか俺は考えていない

その後は俺らは何も話さずに家に着き

そのまま帰宅した

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