エピローグ ③

 とどのつまり、まああれだね。


 吸血鬼というものはどうやら寂しがりの種族らしい。


 いや、これは吸血鬼がなのか。この子がなのかはちょっと判別が難しいけど。


 ただ、血を啜るというのは、私にはどうも心を満たすためにやっているようにしか想えない。


 だって、栄養的には血なんかよりいいものは一杯あるでしょう。普段、植物の汁ばっかり啜ってる蚊じゃああるまいし。今の飽食の時代に、どうしても血を啜らないといけない種族なんて考えにくい。


 事実、彼女の吸血衝動はおおよそ月に一回。


 その時期になると、きっと寂しくなるのだと、私は勝手に解釈してる。


 だから、他人を取り込むのだ。その人の、体温を、生きている証を、そして心を取り込むのだ。


 その象徴がただ血液なだけなんじゃないだろうか。


 事実、血を吸い取った彼女は段々と私への理解を深めている。


 言葉にしないことも、すぐ気が付くようになるし。私の感情のちょっとした変化にも随分と敏感になった。


 ただ単に一緒にいる時間が長いから、気付くことが増えただけかな。わかんないけど。


 とはいっても、彼女はそれで全てを察してくれるわけじゃない。


 以心伝心っていうのは、まあある種の夢物語。


 「言いたいことはちゃんと言ってね、私も言えるように頑張るから」


 それが彼女の口癖だった。


 たとえ、どれだけ感覚が鋭かろうが。


 たとえ、どれけ血を通して心を読み取ろうが。


 それだけは外してはいけないらしい。


 たとえそこにどれだけの理不尽があろうとも。


 どれだけ自分そのものが嫌いになって、逃げ出して無くなってしまいそうでも。


 言葉にしなければ、それは誰にも伝わらないし。それでは誰も助けることもできない。


 つまり、まあちゃんと言葉にできたなら。


 この世界は意外と話していけるのかもしれない。


 吸血鬼の一人や二人、生かしていくくらいの度量はあるのかもしれない。


 「おねーさん、血ぃ欲しい」


 「ん」


 私は彼女の部屋でだらだらと本を読みながら、カバンに入れていたビニール袋を差し出した。


 彼女は嬉々としてそれを受け取って……しばらくして、思いっきり顔をしかめた。


 「おねーさん……これ昨日、使ったやつでしょ」


 「……え、わかんの?」


 「わかるよそりゃ、血固まってるし……。はあ、しゃあない」


 そうやってため息を尽くと、彼女は優しく私の口に指を突っ込んだ。


 「にゃ……っんがぁ……っゃあ!」


 何とか反撃を試みようとするが、喉が塞がれて上手く言葉にできない。彼女の指から漂ってくる甘い香りが脳みそを刺激して、身体がどうしても熱くなる。


 「はーい、ぬぎぬぎしましょーねー」


 「んがっぁ! んゃぁあんっ!」


 抗議の声を完全に無視して、吸血鬼は妖し気に笑いながら、スカートを脱がして、私のショーツまで脱がしてくる。


 くそう、この吸血鬼。前はナプキンだけ綺麗に剝ぎ取っていたのに、一度許可してからなんというか遠慮がない。


 絶賛生理中の私の大事なところから、赤い線が糸を引いてショーツと一緒に足から離れていく。


 彼女はその空中に垂れた糸を丁寧に口で嘗めとると、ショーツに張り付いたままのナプキンをどこか愛おしそうに眺め出した。


 それから、少しだけ私に意地悪気な笑みを向けると、指を口から引き抜いた後、勢いよく私の目の前で、ナプキンを啜りだした。


 背筋がぞくっとして身体が震える。ただ最近はこれが悪寒ではない何かに身体が震えているのだと気が付いた。どちらかというと、身体が火照る感覚にどうも近くて―――。


 と、私が自分の身体を抱いて、ぶるぶると震えていると、彼女は少し呆けたような顔でぼーっと天井を見上げだした。


 口元にはほんの少しだけ、私の経血が滲んでいる。


 うう……やっぱおりもの混じってるから粘度高くて生々しいなあ。今も何か、口から糸引いているし。


 自分の物とはいえ、やっぱりちょっとショッキングの絵面だなあ。


 なんて考える私をよそに、彼女はじゅるじゅると私の経血を吸い続ける。


 なんかいつもより念入りに味わわれている気がするんだけど……。


 下半身真っ裸の私を置いて、彼女はぷはぁと声を上げながら、ナプキン及びショーツから顔を上げた。それからじっと、真剣な眼で私を見る。


 「歴代とっぷにうまいです……」


 「それはどうも……」


 恐らく、世界中で私しかされない褒め方だろうな……。


 「あと……


 「え……?」


 言いながら、彼女がべろっとナプキンを舐めあげた。


 同時に私の背筋がぶるっと震える。


 熱く、小刻みに、身体が、何かを求めるみたいに。


 経血。おりもの。それにまじった何か。そして身体の熱さ。


 あ―――—。


 それの正体に察しがついた瞬間に、思わず顔が熱くなった。


 「確かめたいので、直で舐めてもいいです?」


 「ぜっっっったいダメ!!」


 そう断っても、彼女の顔はふらふらと真っ裸の私の下半身に少しずつ寄ってくる。前も想ったけど、血を舐めると酔っぱらいくさくなるというか、若干正気を失っていると言うか。


 じゅるりと涎を垂らす吸血鬼に足で反撃しようとするが、案の定、躱されて太ももの付け根から抑えられる。


 ああ、もう相変わらず力が強い! 指もすべすべしてるし、細くて身体がまたぞわっとする! ……違う! ああ、もう指を口に突っ込まれたせいで私の思考まで変になる!!


 こうなったら、私の大事な処に顔を突っ込んで来た瞬間に、思いっきりビンタしてやる。それで正気に戻ればよし……戻らなかったら……どうしよ。後で思いっきり仕返ししてやる!!


 そう熱くなる頬と身体をどうにか動かして決心した。


 決心した瞬間だった。



















 口が塞がれた。


















 ?



 ?



 ……?



 …………。



 ………………!?



 ………………!!???!???!!!!


 

 息がぷはぁと口から漏れた。



 私の口と彼女の口を繋ぐように赤い糸が垂れ堕ちる。



 それをぼんやりと眺めていたら、彼女は満足げに頷いた。



 「うん、おいし。色々混ぜると尚、おいしくなるのかな?」



 それから、そう言ってそっと私に笑いかけた。



 いや、おいしくなるのかな、じゃないよ。こっちは色々といたたまれなかったと言うか、いろんな動揺と不安と期待が折り重なったせいで、心臓が痛くて仕方がないんだけど。



 ……なんて言えるはずもなくて。



 「ああ、そう……」



 私はそう言って、呻くことしか出来なかった。



 ああ、もう。本当にこの出会いはとんだ災難だ。



 彼女との、吸血鬼との、この出会いは――――。



 そこまで考えて、ふと気づく。



 「ねえ」



 未だに少しとろんとした瞳の君は、少し不思議そうに首を傾げた。



 「なに?」



 いつまでも、吸血鬼や、君、じゃ味気ない。



 どうせ一か月に一回は血を提供する仲なのだから。


 

 名前くらい知っていてもバチは当たらないだろう。



 「今更だけど、名前教えて? 私は—――私は紗優さゆ。赤崎 紗優」




 私がそう言うと、君は少し驚いたように私を見て、それから、楽し気に笑い返した。




 「ほんと今更だね……。えーと、私はね―――幸本 ひかり。ひらがなで、ひかり、ね?」





 それから二人して目を見合わせる。





 「吸血鬼なのに、ひかりなんだ」




 「ふふ、いいでしょ?」




 「うん、いいね。いい―――名前だねえ」




 うんうん、ふと思い立ったわりには我ながらいい雰囲気。




 これなら、すっと次の話も通るでしょ。




 「じゃ、いい加減、下着返して?」




 「え、やだ?」





 真夜中も随分暗い頃、他に誰も知らないアパートの中。




 私達は笑いながら転がって、二人でショーツを取り合ってった。




 誰も知らない夜の頃。




 寂しがり屋がこっそり二人。




 今は少しだけ、寂しくなかった。






 おしまい

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