ばんぷおぶちきん

 誰かに虐げられる自分が嫌だった。


 上手く言いたいことも言えない自分が嫌だった。


 小学校でいじめられていた時から。


 中学校で後ろ指をさされた時から。


 誰かをひたすらに憎んで生きてきた。


 でもきっと、そんな風に虐げられるだけの自分が何より嫌だった。


 それに延々と言い訳をし続ける自分が誰より嫌いだった。


 だって、私の力は人より弱い。


 だって、私の声は人より小さい。


 だって、私の身体は人より小さい。


 だって、私の見栄えは人より魅力的じゃない。


 ―――だって、私の心はこんなに弱い。


 だから、どれだけ虐げられたってやり返すことも、言い返すことも、助けを呼ぶことも―――できない。


 だから仕方ないって想ってた。


 誰か助けてって―――そんな願いすらいつか忘れて。


 上司に叱責されるたびに、それが当然なんだって想ってた。


 両親に詰られるたびに、それが妥当なんだって想ってた。


 痴漢に触られても―――、なんて声を上げればいいのかわからなかった。


 助けられなかったら、どうしよう―――?


 相手の怒りを買ったらどうしよう―――?


 余計理不尽な目にあったらどうしよう―――?


 そんな言い訳が自分の弱さだって、ずっとずっと気づいていながら。


 私はただ怖くて震えていただけだった。










 ※









 息が荒れる。


 心が震える。


 今日も来る。


 いつも、いつもそう。


 電車の時間や場所を変えても、追いかけてきているのか、いつかまた出会ってしまう。


 怖い。


 辛い。


 苦しい。







 ―――はずなのに、今日はなんだか頭の奥の方が冷えている。


 息は荒れてる。


 胸は激しく上下に動いてる。


 指先は震えて、涙は薄く目尻に滲み始めた。


 でも、軽く指を握ると、私の身体は確かに動いた。


 満員電車の中、背後に人影が立った。


 気配でわかる、いつもの人だ。


 不自然に腰に手が回る。


 息遣いが耳を打つ。




 ああ、もう。






 ―――


 




 手のひらを強く握った。





 怖い、怖い、怖いけれど。






 きっと―――吸血鬼に比べたら、怖くない。





 そうだ。突然夜中に家に押しかけて、ナプキンだけ持って帰るような変態吸血鬼に比べれば。こんなよくいる痴漢なんてことない。





 昨日の彼女の言葉が頭の中で反響する。





 『なんだ、ちゃんと自分守れるじゃん』





 そうだ。




 身体を思いっきり捩じった。




 足を捻った。




 腰を捻った。




 肩を捻った。




 腕を。




 掌を。




 精一杯力を込めて。




 想いっきり。




 今、私を虐げてくる名前も知らない誰かに向けて。








 想いっきり、振り上げた。





 

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