第22話 閑話・穂積の恩返し

 デュークは、学園内でマインドコントロールされていた生徒を見つけては、片っ端から鎮静魔法をかけて解除していった。学園は大分落ち着きを取り戻し、生徒会のメンバーなどまだ怪しい生徒は残っているが、ほぼ順調に事が運んでいると思った。

 ただ、慣れない日本で毎日多くの魔力を費やしており、デュークはかなり疲弊していた。

 そんな疲れたデュークを慰労するためと、諸々の助けてもらった借りを返そうと思った穂積は、どうすればデュークが喜ぶのか悩んでいた。


 この頃、妊娠が分かった稀星は、親の無慈悲な物言いに反発して家出して隠れ家で生活していたので、JK3人組の放課後はいつも隠れ家に集っていた。


「なあ、皐月、デュークが喜ぶことってなんだろう?」


「――穂積のハグ又はキスでしょう」


 皐月は目線を手元の本から外さずに淡々と答えた。


「そ、それはダメ!! ダメに決まっているし、お礼じゃない」


「お礼ですわよね? じゃあ、栄養のあるお料理とお風呂で背中を流してあげるっていうのはどうでしょうか?」


 稀星は無責任にニタニタしながら穂積を見た。

 穂積はまんざらではない様子で、よし! 料理ならできそうだと制服の袖をまくり上げて、皐月と稀星にメニューを相談することにした。


「皐月はラドメフィール王国で料理を振舞ったよなぁ。なんでもいいから何か作り方を教えてよ」


 皐月は穂積の方を見ると本を閉じた。


「もう忘れたよ。それにレシピ本も無いし。あの時は手元にレシピ本があったから上手にできただけだし……」


「別にわたくし達が普段から戴いている食事でいいと思いますわ。例えばハンバーグとかどうですか? 前にデュークさんハンバーガーをとても気に入っていたようでしたから」


「……ハンバーグかぁ、いいかもしれない。よし、皐月、稀星、自分にハンバーグの作り方を教えてくれないか」


「もちろんです、早速、買い出しに行って練習しましょうか」


 稀星は自分の荷物から、3人分のエプロンを取り出した。

 早速今週末にでも借りを返そうかとはりきる穂積は、傍から見てもとても楽しそうだ。「タラッタッタッタ~」と口ずさむ穂積に皐月は小さく噴き出した。


 *****


「デューク、お帰り!」


 デュークが隠れ家にある自室に入ったら、髪の毛を後ろに一つで束ねて、シャツとジーンズの上に真新しい白いエプロンをつけた穂積が笑顔で出迎えてくれた。


「穂積来ていたのか?」


 デュークは、帰宅早々身に付けていた眼鏡を外してテーブルの上に置いた。デュークは休みごとに色んな図書館を回って、地域のこと、日本のこと、地球のことを勉強している。

 こちらの文字は読めないので、翻訳機能の魔法がかけられた眼鏡は必需品であり、デュークが外出するときは必ず眼鏡をかけていた。


 穂積は、誰がどんな格好をしていようが、何を身に着けていようが全く興味が無かったが、デュークの眼鏡姿だけはハートに刺さるものがあり、心臓にとても悪い。よく稀星が「男子が眼鏡をかけるとキュンですわ」と言っていたが、メガネ男子の破壊力の恐ろしさは今になってやっと理解できた。


「俺の部屋で何をしていたんだ。何かいい匂いがするな」


 穂積は真新しいエプロンの裾を弄りながら、ほんのり頬を染めた。


「うん、最近の借りを返すためにデュークに夕飯を用意したんだ。もしかしたら、口に合わないかもしれないけど、食べてもらえるか?」


 デュークは驚いた。穂積と長い間一緒にいるが、穂積は専ら食べる専門で、作るのは主に稀星か皐月だった。

 デュークは感激のあまり、穂積を抱きしめた。


「もちろんだ、まずくても全部食べる」


「一言余計だよ! じゃあ、そこに座っていて今出すから」


 穂積はデュークの胸を押して腕から逃れると、鼻歌混じりでキッチンへ向かう。


 デュークは専用のワインクーラーからワインのボトルを持ち出すと、ソファーに腰を下ろした。日本では世界中のワインが手に入ることから、デュークは色々と購入し、安くても口に合うものを選ぶのが楽しみの一つになっている。

 ワイングラスを傾けながら国からの連絡文書などを読んでいると、キッチンから物を落とした音や、穂積の驚く声などが聞こえてくる。座っていろと言われても、流石に心配になってきて、キッチンに向かって声をかけた。


「穂積、何か手伝おうか?」


「――――いや、いいから!! 座っていて――、うわっ! あちちっ……」


 相変わらず激しい音が聞こえてくるものの、デュークは覗きに行きたい気持ちを我慢して大人しく待つことにした。料理を作ってもらうなんて新婚みたいだと淡い恋心を思い出す。

 デュークは、ラドメフィール王国でもその容姿や上級魔術師という役職から女性に言い寄られた経験は多い方だと思っている。大抵は、言い寄ってくる女をワンナイトと割り切って相手をするか、端から袖にするかのどちらかであった。

 しかし、穂積と出会って、初対面から黒曜石のような綺麗な瞳に惹かれたことを否めないが、何でも真剣に向き合い、相手を思いやり、仲間を大事にする優しい気持ちに心を打たれてしまった。一時は異世界人同士のため別れを決意したが、予測できないトラブルで日本に来てしまったデューク。日本で生活するうちに、今まで以上に穂積に執着してしまう自分がいた。穂積は何にでも飛び込んでしまう性格だから危なっかしい面があり目を離したくないし、もう自分から手放すことはできないだろう。

 いずれ別れが来るその時まで、どうにか二人が離れないでいられる方法を見つけ出したいと焦燥感にかられてしまう。


「デューク、お待たせ。さあ、できた、できた!」


 穂積がトレイに料理を乗せてキッチンから出て来た。


 ソファーセットのローテーブルに並んだ2人分の食事。甘い人参のグラッセとバターコーンが添えられたハンバーグとグリーンサラダにスープ。それにロールパン。

 ハンバーグには、皐月のレシピどおりに作ったケチャップとウースターソースをミックスしたソースがかかっていて、ご飯にも合う味付けだ。


「少し、その……っ、ハンバーグが焦げちゃったけど、中まできちんと焼けているはずだから!」


 穂積のお皿は中の焼け具合を心配して何度も確認したのか、ハンバーグが細切れになっている。


「じゃあ、遠慮なく、いただきます」


 そう言うと、デュークはナイフで一口大に切ったハンバーグを口に運んだ。モグモグと咀嚼する様子を穂積は固唾を吞んで見守っている。デュークは何も言わずに二口目を口に運んだ。感想を何も言わないデュークに穂積はしびれを切らして問いかけた。


「……デューク、どうなんだ? まずくないか? 口に合うか??」


「…………穂積、すっごく……うん……」


 穂積が唾をのみ込んだ音がゴクリと聞こえた。


「……すごく、何だよ!?」


「……すごく、――旨い!! ほら、穂積も食べてみろ」


 穂積は「旨い」の一言に空気が抜けたビーチボールのように肩から力がプシューっと抜けて、ソファーに腰を深く沈めた。


「良かったぁ。自分はほとんど料理なんてしたことないから、皐月と稀星に特訓してもらったかいがあったよ」


 穂積もハンバーグを一口食べた。穂積は何度も何度も試作して味見していたので、今までと同じ味だったのを確かめて安心した。すっかり緊張が解けた穂積は、自分も食べようとハンバーグにフォークを入れたら、持ち手をデュークがじっと注目しているのに気が付いた。穂積の手は絆創膏だらけなのだ。


「穂積、その手はどうした?」


「嫌、その、見つかってしまったか……」慌てて隠すがもう遅い。


 穂積が観念して手を見せると、包丁で切った切り傷や、油が飛んで火傷した跡など、大きな怪我ではないが細かい傷が沢山あった。

 デュークは自分のために慣れない料理をして怪我をしたのだと察すると、穂積の隣に移動して、穂積の手を自分の手で優しく包み込んだ。

 デュークが目を瞑って案じると、手の周りが白いベールに包まれ、あっという間に穂積の傷が完治した。デュークは詠唱無しで穂積の手を治した。


「有難う……デューク」


 穂積が目を合わせると、デュークは微笑んだ。


「穂積、無理しなくても大丈夫だから。俺は穂積のことが好きだから、こうして一緒にいられるだけでとても嬉しいんだ。この奇跡に、いつも感謝している」


「デューク、自分もデュークと一緒にいられて安心するし、嬉しく思っている……」


 穂積は、ストレートに愛を伝えてくるデュークに対して、照れくさいのが上回って、いつも自分の気持ちをいつも素直に言えない。本当は自分も好きだときちんと伝えたくて、喉元まで出かかっているのに、最後の勇気を振り絞れない。

 それに、デュークは魔力を沢山使って疲れているのに、また自分の事で手間をかけさせてしまい、申し訳なく思ってしまう。

 穂積は、気を取り直して次のおもてなしを提案した。


「食事が終わったらさ、お風呂で背中を洗ってあげるよ。でも、迷惑だったら遠慮なく言ってくれ」

 デュークは驚いた。まさか穂積の口からそんなセリフが出るなんて。


「迷惑なわけがないだろう。是非、頼もう」


 乗り気のデュークに穂積は慌てて牽制した。

「でもさ、別に一緒に入るわけではないよ、背中を洗うだけだからね。背中ってさ、人に洗ってもらうと気持ちいいんだ。昔は皐月と稀星でたまに銭湯へ行って、お互いの背中を洗ったりしたんだ」


 デュークは穂積の子供の頃の話しを聞きながら楽しく食事をした。食後は断る穂積を強引に押し切り、2人で仲良く食器を片付けた後、お風呂にお湯が溜まるまでの間、またソファーに座ってくつろいだ。本当はデュークが魔法を使えばお風呂のお湯など一瞬で溜まるのだが、穂積とゆっくり過ごすのは久しぶりであり、2人で並んで座って、手なんかも自然に握りながらこんな素敵な時間を楽しみたかった。


 しかし、デュークがお茶を入れるために少し席を外して戻ってみれば、穂積はスヤスヤと寝息を立ててすっかり夢の中にいた。ここ2~3日はデュークに美味しいハンバーグを作るために無理をしていたのだろう、実際に振舞って、美味しいと言われて安心して眠ってしまったようだ。

 デュークは寝ている穂積にそっとブランケットをかけた。


「……デューク、自分もデュークのことが大好きだよ……むにゃむにゃ……」


 デュークは瞠目した。穂積は照れ屋なので穂積から好きという言葉を中々引き出せなかったのだが、思いがけずプレゼントをもらった気分になる。

 眠っているからこそ、無防備に思っていることが口から出たのであろう。デュークは眠っている穂積のおでこにそっと口付けをした。 


「お風呂の件は残念だったな、穂積。でも、ま、お楽しみはまた今度にとっておくか……」


 そう独り言ちり、デュークは浴室へと消えて行った。


 異世界から強引に渡ってきたものは、急に自国へ戻されることが分かっている。皐月や稀星がいい例だ。デュークが後どのくらい日本に居られるのか考えてしまうと、寝るよりも優先すべきことがあるのではないかと、どうにかここに留まる方法を探すために、今日も眠らない夜を過ごすデュークであった。




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