第21話 人を呪わば穴一つ!? ――ユウキの誤算

 デュークの部屋のソファーに、まだ意識が戻らない穂積をそっと下ろした。

 先程、徳永花蓮の屋敷でデュークが鎮静魔法をかけたのに、どうしてか穂積は目を覚まさない。同じ場所にいた他の人には効いていたので、効果が無いわけでは無い。

 デュークと皐月は心配ではあるが、少し様子を見守る事にした。

 穂積は眉間に皺を寄せて、瞼の下で目がグルグル動いているように見える。

 皐月は、穂積が夢を見ているのだと感じた。



 ――そう、穂積は夢を見ていたのだ。


「ここは何処だ? 自分は何をしている?? 確か生徒会長の自宅に潜入していたはずなんだけど……」


 穂積はぼんやりとして意識がはっきりしない、感覚的にこれは夢だと分かった。

 だって、現実としては有り得ない風景が眼下に広がっているから。

 まず空には月が二つあった。そしてまるで太古にタイムスリップしたかのように推定樹齢百年を超えるような大木が林立し、鬱蒼とした森の中に穂積はポツンと立っていた。


「ここはラドメフィール王国かもしれない……」


 見覚えのある風景だ。確か、デュークに初めて出会ったのもこんな夢の中だった。

 穂積は日本にいるので、ラドメフィール王国にいることは有り得ない。穂積の潜在意識がこの光景を見せているのかもしれない。


「こうやって、ぶらぶら歩いていたら、突然ローブ姿のデュークが現れたんだよな。懐かしいなぁ」


 穂積は、デュークとの思い出を振り返り過ぎていたのだろう、しかも自分の夢の中だし、デュークが出てこないかなぁなどと勝手気儘に念じてしまった。

 すると、願いどおりに穂積の前にローブ姿の人が現れたではないか。

 黒いローブのフードに覆われて顔は確認できないが、穂積はデュークが来たと思った。


「デューク!」


 呼んでみたが、ローブ姿の人は何も発しない。


「……デュークなのか……?」


 デュークなのか、そうでないのか自信が無くなる。

 さっきまで、懐かしい思い出が過っていたが、今はむしろ嫌な予感しかしない。どうして今更ラドメフィール王国が夢に現れたのかと訝る。


 穂積は気味が悪くなり、走り出した。本能が目の前の人物から逃げろとたたみ掛けてくるのだ。

 樹々の間を縫って逃げるが、後ろを振り返るとローブ姿の人が追いかけてくる。


「なんで、追いかけてくるんだよ」


 穂積は必死で走っているのに、身体が重くてうまく走れない。とうとう、木の根っこに足を取られて転んでしまった。


「――つっ、――えっ、どうして!?」


 穂積が片手を付いて上体を起こすと、ローブ姿の誰かが前に立っていた。

 この時穂積は、初めてローブの中が見えたが、ローブの中は何も無い。

 何も無くて、ただ黒い霧のようなものが立ち込め、目だけが不気味に光っているのだ。


「自分に何か用事でもあるのか!? あるなら、早く言えよ」


 ローブ姿の人は何も発することはなく、誰も近づけなくて払えない程の暗いオーラをまとっているのが分かる。このままでは、傍に近寄られるだけで負のオーラに飲み込まれてしまいそうだ。

 穂積は目を閉じるとなるべく早く覚醒するように、親指に力を込めてぎゅっと手を握り、負のオーラに負けないように楽しかったことを思い浮かべようと努めた。


 ――――そうだ、あれは小学校の夏休み、皐月と稀星と穂積は3人でプールへ行った。帰りに3人でアイスを食べたら、皐月と稀星は当たりが出たのに、自分だけハズレだったけ。

(楽しくない……)

 あとは、そうだ、中学校に入ったら、やたら稀星と皐月が二人でこそこそして、自分には秘密の事をひそひそ、こそこそやっていて、聞いても教えてくれなくてムカついたことがあったよな。

(全くもって不愉快だった……)

 そうだ……、高校に入ったら、自分の長いスカートを馬鹿にして稀星が大笑いして……あそこまで笑わなくてもいいのに、皐月は自分には小言を言うくせに、稀星には全く言わないし。

(全然楽しくないし、腹の立つことばかりだ!)


 春夏秋冬いつも一緒にいたJK3人組。楽しかった思い出は沢山あるはずなのに、嫌なことしか思い出さない。

 一般的に3人組は付き合いが難しいらしい。2人と1人に分かれることが多いからだ。

 考えてみると1人になるのはいつも穂積ではなかったか?

(ズルい。ズルいよ。皐月、稀星)

 どうせ自分は馬鹿で、馬鹿力で、単なる脳筋で、本当は皐月からも稀星からも嫌われているに違いないんだ――。


『妬み、嫉み、恨み、羨み、辛み、僻み、やっかみ、……、やっと負の感情が回り始めたか。もっと、膨らますように嫌な事をどんどん思い出せ……』


 穂積は思考に霧がかかったようにボーっとして考えがまとまらない。普段は、なりを潜めている嫌な感情が、鍋の灰汁のように沸々と浮上してくる。

 穂積は苦しくなって胸元を握りしめた。


「――――どうせ、自分は皐月みたいに優秀じゃないし、稀星みたいに可愛くないし、貧乏だし、喧嘩っ早いし……」


『いいぞ、いいぞ、もっと負の思い出を思い起こせ、クックッ――』


「デュークだって、あんなクールなやつが、自分みたいな子供相手に本気になるはずがない。きっと揶揄われているだけだ……みんな、みんな本当は自分のことが嫌いなんだ!!」


 大切だと思っていた人達に見下されて、裏切られて傷つき、怒りと不信感で喉の奥がカッと熱くなり痛みを感じる。

 息が吸えなくて苦しい――。今まで信じていたものが足元からグラグラと崩れ落ちるような感覚に陥る。



「――穂積」


「――――穂積っ」



 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。

 とても心配している声だ。それによく知っている声。この声を聴いていると不思議と呼吸が楽になってくる。

 それに、なんだかじんわりと手が温かくなってきた。心と同じように冷え切っていた手を誰かが温めてくれている。大きくて、繊細で、良く知っている優しい手だ。


 穂積は、声と手の温もりに集中していたら徐々に意識がはっきりして戻ってきた。目には見えない温かい力によって引き上げられ、底無し沼から脱出できたように感じる。更にネガティブな思考を追い出すように集中すると、次第に力も戻ってきた。


 よくよく考えてみれば自分の思い違いで、被害妄想だらけだ。

 小学校のプールの帰りに食べたアイスは確かに自分だけは「はずれ」だったが、当たりの2人分を分け合って3人で仲良く食べたじゃないか。

 中学校の時の一件も穂積の誤解だった。単に穂積の誕生日プレゼントを皐月と稀星が相談していただけで、穂積をびっくりさせようとしていただけの事、高校のことだって然り。稀星が大笑いしたのはスカートではなく穂積の顔に昼食べたご飯粒がついていたからだ。一度だって、穂積の趣味に口を出されたことはない。いつだって、穂積のやること全部を尊重してくれる。全部、全て、穂積の誤解じゃないか。


 デュークだって、本気で真剣に考えて自分に結婚を申し込んでくれた。異世界のラドメフィール王国に召喚された時、誰よりも親身になって穂積を助けてくれたデュークをいつしか意識するようになり、デュークも穂積を好きになってくれたんだ。


 この負の感情はなんなんだ! 人の脳内に不法侵入してかき回すなんて絶対に許せない。穂積はマインドコントロールされたことに強い憤りを感じた。


「夢から早く覚めなければ」


 穂積は前に本で読んだことがある『夢から覚める方法』を実践してみた。

 確か、大きくジャンプすること。或いは、高いところから落ちること!


「よし、ここは夢の中だ。この先は断崖絶壁だと念じればそうなるに違いない」


 穂積は立ち上がると走り出した。もう後ろは振り返らない。


「この先は、崖だ、崖、崖、崖……」


 無我夢中で念じると、水飛沫が飛んできて、崖どころかもの凄い勢いの水量を放水している滝が現れた。滝の大迫力に圧倒されて、走っているスピードをついつい減速してしまう。


「うっわ――っ、マジか」一瞬怯んだ穂積だったが、「ブラックエンジェルを舐めるなよ――――!!」と叫びながら、滝の上から滝つぼ目掛けて思いっ切りダイブした。


「うわあああああああぁ――」

 穂積の絶叫が響き渡った。


 *****


「デュークさん、穂積は悪夢を見ているのですかね?」


「多分、そうだろうな……」


 穂積の目は瞑っているものの、眉間の皺がきつくなったり、緩くなったり、口元がきつく結ばれたり、笑ったり、起きているときと同じように表情が動く。


 デュークは穂積の様子を気にしつつも研究室とリビングを頻繁に往来していた。


「研究室に何かあるんですか?」


「ああ、そろそろ定期便の時間だから、魔法陣がラドメフィール王国と繋がる頃だと思って確認している」


 そう聞いた皐月が研究室の魔法陣を見に行くと、床に書かれている魔法陣が少しだけ発光しているようにも見える。

 この魔法陣は召喚士でもあるデュークによって構築されたものだが、デュークが国の情報を収集するために部下から送られてくる手紙をデュークは定期便と呼んでいた。日によっては、稀星の恋人のウィルが映像で送られてきて会話ができるなどのオプション機能まであり、色々と手を加えてかなり高精度である。しかし、この魔法陣は、血の通わない無機なものしか遣り取りできないといった特徴があった。


 実は、皐月は前にこっそり実験したことがある。

 ちょうどウィルが魔法陣の向こう側にいるのを承知で、色んなものを投げ込んでみた。

 例えば、石ころ、プラスチックの模型、おにぎり、本など、そこらですぐ手に取れるものだ。

 その結果、食品はNGだったが、それ以外は全部ウィルの方に届いた。

「面白い、巨大な穴みたいだ」それが皐月の率直な感想だった。


 しかも定期便用に一定間隔で自動的にラドメフィールに繋がるようにタイマー機能まで備わっている。皐月は日本で見られたくないものなどは、この魔法陣に投げ込めば楽なのにと、色んなものを投げ込んだ様を想像して一人で笑っていたら、スマートフォンに着信の振動を感じてポケットから取り出した。確認すると稀星だった。


「もしもし、稀星? 体調はどうなの?」


『皐月、ごきげんよう! わたくしはとっても元気ですわ。明日から学校にも登校するつもりです』


 元気そうな様子に皐月は安堵した。


『それで、ビックニュースがありますの。穂積も側にいますか?』


「ああ、ううん。穂積は、――昼寝している」

 皐月は稀星に心配させないように、穂積のことを咄嗟に隠した。


「それで、なに? もしかして、妊娠していた??」


『もう――っ、先に言ってはダメですわ。ジャジャジャジャーン!!』


「――早く言って!」皐月は前置きの長い稀星にイラついた。


『なんと、妊娠しておりました』


「……うっそ、本当に!?」


『嘘ではありません、ウィルとの赤ちゃんがわたくしのお腹にいましたの! コウノトリさんに感謝です!』


「………………お、おめでとう? で、いいのかな?」

 まだ高校生の稀星が妊娠するなんて喜んでいいものなのか、ついつい疑問形で聞き返したが、『ありがとうございます、皐月』と、稀星はとても喜んでいる様子だった。


 穂積にも伝えてほしいと言われて早々に電話を切ったが、

「……やっぱりかぁ――」と皐月は頭を抱えた。そして「避妊は大事……」と、目の前にいるカップルにも一抹の不安が頭を過った。

 そんな皐月の心配を余所にデュークは穂積の手を心配そうに握っている。デュークが振り返ると、皐月に視線を合わせた。


「皐月、来てくれ、穂積がうなされて苦しそうだ」


 穂積の側に戻ると、穂積はうなされて額に汗が浮かんでいた。苦しそうに顔をしかめている。


「――穂積」皐月が呼んだ。


「――――穂積っ」デュークも続けて呼びかけた。


「なんだか様子がおかしいな。まさか、俺の鎮静魔法が効いていないのか」


 デュークは、目を閉じると両腕を伸ばして掌を下に向けた。そして、寝ている穂積の頭の上から足先までを手でかざしている。

 皐月は、気功をあてているように見えた。皐月の持論だが、魔力がなくても人の手は不思議な能力を持っていると思っている。悲しいとき、困ったとき、寂しいとき、誰かが背中に手を当てて撫でてくれると、それだけで気持ちが落ち着くものだ。

 一方、デュークは医術系白魔術の第一人者でもあるので、デュークの魔力をかざすことで患者の病気やエネルギーの乱れを把握することができるらしい。


「穂積の身体のエネルギーが乱れている。何かに制御されているようにも感じる……」


 皐月は固唾を吞んでデュークのヒーリングの様子を見守った。


「………………ん? 穂積のスカートのポケットから僅かに魔力が感じられるが」


「そうだ! 忘れていたけど、徳永花蓮さんの屋敷ではラドメフィール王国の関係者と思われる奇妙な球体があって……」


 デュークは穂積のスカートのポケットに手を入れると、球体を取り出した。

「――これの事か?」


「そ、それだよ――っ! どうして穂積のポケットに入っているの!?」


 今、デュークの手にある球体は、何の変哲もない普通の水晶体に見える。

 だが、球体を取り出したと同時に穂積の意識が戻り始めた。


「………………うっ、ううっ……」


「穂積、穂積、穂積!! ……」


 皐月は何度も呼びかけた。

 すると穂積は、とても何かに驚いたように急に目をカッと大きく見開いた。


「穂積――っ」


 デュークは、手にあった球体を放り出し、皐月を押し退けて穂積をきつく抱きしめた。


「ちょっと、デューク、苦しいぃぃ……」


 覚醒したてで、ここがどこなのかも理解していな穂積は、急に強く抱きしめられて困惑しているようだ。

 穂積がデュークの背中をバシバシ叩いてもデュークの力は弱まらない。デュークはあまり顔に出さなかったが、穂積のことを酷く心配していたのだ。

 皐月は二人の様子に肩をすくめると、デュークが床に放り投げた球体をチラッと見た。相変わらずただの水晶体のままだ。さっきまであんなに発光して、言葉も聞こえてきて、明らかに魔法がかった球体だったのに……。


 やっとデュークが穂積を離して、穂積と向き合った。

「穂積、分かるか? ここは俺の部屋だ」


「穂積は徳永邸で倒れたんだよ」


 穂積はキョロキョロと周りを確認すると、安心したように「はぁ――」と息を深く吐いた。


「覚えているよ、確か徳永邸の物置に族のパンチパーマの男他2人が拘束されていて、生徒会のやつらにいたぶられていたんだ。3人ともゲッソリして気力がなくて、生きる屍ってあんなのを言うんだな、きっと……、で助けようと思ったら、気味の悪い球体が目も眩むほどの強い光を出して、自分はもろに食らっちゃって――。あの球体が黒幕で間違いないんだ」


 デュークは考え込むように顎に指を這わせた。


「実はユウキ宰相がこっちに渡ってきた可能性がある」


 皐月が瞠目した。


「やっぱり!! さっきの徳永邸で、その球体が私達をと言ったりして、恨んでいるように聞こえたからその可能性があると思って考えていたけど、……でも、分からないのが、どうやって日本に入ってきたんだろうか……」


 デュークは頷くと定期便に書いてあったことを穂積と皐月に共有した。


「ラドメフィール王国に残っている穂積専用の魔法陣を無理矢理使ったようだ。人の魔法陣を使うのはリスクしかなく、その場合は実体を失うことがほとんどで、辛うじて残った精神だけがこんな球体の中に納まることがある。ただし、ユウキ宰相はラドメフィール王国でも黒魔術に長けていた魔術師だったから、もしかしたら、黒魔術を使って学園で実体を得ようと動いていたのかもしれない……その球体がユウキ宰相なのかどうかもまだ確証はないのだが」


 デュークは厳しい顔で舌打ちした。


「その玉がユウキ宰相かどうか知らないけどね、どっちにしても相当悪いものだよ」


 穂積はいきり立った。考えれば考える程腹が立つ。


「許せないよ! 人んちを土足で踏みにじるようなマネをしやがって。何の関係もない生徒を苦しめたことだけは絶対に許せない!!」


「そうだね。しかも、球体(ユウキ宰相?)が協力者に選んだのは徳永花蓮で、生徒会長自らが生徒会の役員を巻き込んだと考えれば全て辻褄が合って納得いくよ。ただ……」

 皐月がデュークを見た。

「ただ、私が分からないのは、生徒達を集めて何をさせていたのかっていうこと。恐らくマインドコントロールされていたことは間違いないけど、体力も気力も急に落ちた生徒が沢山いたから、どうしたのかと思ってさ」


「それは恐らく――吸血鬼に血液が必要なように、ユウキ宰相が実体を蘇らせるには沢山の精気が必要なはずだ」


「精気!?」

 穂積と皐月は目を合わせた。


「ああ、しかもネガティブな感情は黒魔術と親和性があって、より強いエネルギーになる」


「それなら、あの学園のお嬢様達はとても恵まれているはずなのに嫉妬や欲求の塊だから、絶好の餌が多かったと思うよ」


 皐月の見解を聞いているうちに、穂積は反吐が出そうになった。


「畜生、ユウキ宰相のやつ、一度ならず二度までも自分達に関わってくるなんて絶対に許せねぇ――。そう言えば、皐月、その気持ち悪いユウキ玉はどこにあるんだ?」


「それなら、そこに……」


 皐月が振り返った時だった。

 刹那、――――球体がパチパチと火花を発して急回転した。

 激しい火花を放ちながら、ねずみ花火のように激しく回転する球体。


「なんで、これが、ここにあるんだよ」


 穂積は驚愕して立ち上がった。


「何言ってるの穂積、あんたのポケットに入っていたんじゃないのさ」


「ええええええっ! マジか……。自分の意志じゃないよ、皐月いぃ」


 自分が持ち込んだなんて、穂積は脳天にジャブを食らった気がして情けない声を出したが、もう遅い。


『――クックックックックックックックッ……』


 不気味な笑い声が部屋の中で響く。デュークは錫杖を顕現させ、穂積と皐月を背後に隠した。


『――クックックックックックックックックックックックッ……』


「デュークさん、この球体は目が眩むほどの光を発するので、まずその対策をしないと」


 皐月がデュークの背中に小声で話しかけた。

 すると頷いたデュークは何やら呪文を唱え、三人の目の周りにシールドを張った。一見ゴーグルのような感じだ。皐月は光が防げればこっちのものだと、時計を確認する。


「この球体の攻撃パターンは強烈な光と身体に触れることによる精気の吸引やマインドコントロール! だからみんな、絶対に触らないでね」


 そういうと、皐月はデュークの背中から飛び出し、キッチンを経由して研究室の扉を開けた。


「皐月、どうする気!?」


「デュークさん、定期便まであと何分ですか?」


 デュークはピンときて、ニヤリと左の口角を上げた。

「――――なるほど、……さすがだな、皐月」デュークは皐月の考えが読めた。

「皐月、まもなくだ!」


 皐月は頷くと、「穂積、これ持って」とフライパンを投げて渡した。


「……皐月!? これ、どうするの? 料理するのか???」


 穂積だけは皐月の考えが読めずにチンプンカンプン。


 球体は回転を止めると天井すれすれまで浮上し、今までにないほどの強い光で発光した。

 眼底まで眩ませるような強い光のはずであるが、デュークのゴーグルのお陰で穂積達はビクともしない。


 研究室の部屋の魔法陣から光が漏れてきた。それは、ラドメフィール王国と繋がったことを示している。


「皐月、今だ!!!」デュークが叫んだ。


 デュークの合図に皐月も叫んだ。


「穂積、その球体を魔法陣目掛けて、フライパンでアタックして!!」


「よく分からないけど、分かった――」


 穂積は、天井近くでミラーボールの100倍は強く光っている球体目掛けてジャンプすると、思いっきり強くフライパンでスマッシュした。

 フライパンにヒットした球体は、一端床に叩きつけられてワンバウンドしたところを、穂積は見逃さない。素早く球体に近付き、テニスラケットのようにフライパンを構えたら、球体目掛けて振り切った。フライパンに当たった球体は、魔法陣の方向へ一直線に飛んでいき、そのままスポッと魔法陣に吸い込まれていった。


「ナイスショット!! 見事なフォアハンドストロークだよ、穂積」


 ゴーグルを外して、今度は皐月が穂積に抱き着いた。


「ちょっと、皐月、苦しいぃぃ……」


 皐月とデュークは声を上げて笑った。


「それにしても、さすが皐月だ。見事な作戦だった」

 デュークが感嘆して拍手した。一方の穂積はキョトンとしている。


「自分はまだよく分かっていないんだけど、どうしてあの玉は魔法陣に吸い込まれたんだ?」


 ニタニタした皐月が得意げに口を開いた。

「さっき、デュークさんがもうすぐ定期便の時間だと言っていたし、この魔法陣は石とか無機なものなら通すことを知っていたので、この球体だって通るはずと思ったんだ。それならば即刻、国にお帰りいただこうと思ってね」


 穂積は、なるほどといった表情で頷いている。


「でもデュークさん、突然送り込んじゃって、あちら側は大丈夫だったかな?」


「問題ない。ラドメフィール王国側の魔法陣は、即ちこちらのと繋がっている魔法陣だが、ユウジーン王立学園の礼拝堂の中にある」


 穂積が目をパチクリした。


「それって、自分が使った魔法陣のことか」


「その隣にあるんだ。穂積の魔法陣はユウキ宰相が無理やり使ったことで今は厳戒態勢下に置かれている。騎士や魔術師達が何人も交代で警備しているはずだ。隣にある魔法陣から魔力を伴った球体が現れたら放っておくはずがない」


「それなら安心だね。これで一件落着なのかな……」


「一件落着の割には顔が曇っているな、皐月」


「なんだか、簡単すぎるんだよね」


 皐月の一言に2人は言葉を発っせず眉をひそめた。

 ユウキ宰相は実体を取り戻すために動いていた。それは紛れもない事実だ。

 まさか、既に身体が作られていたら……。

 でも今は確かめる術もなく、様子を見守るしかない。皐月は、知らずに詰めていた息を小さく吐いた。穂積もデュークも難しい顔をしている。どんよりした空気を変えるべく、皐月は思い出したことを口に出した。


「ああ、そうだ。大事なことを忘れていたけど、稀星が妊娠してたって連絡が来たよ」


 皐月の爆弾発言に穂積とデュークは顔を見合わせた。


「ええええええええええええ――――っ」


 珍しくデュークが動揺して声が幾分高く上ずっている。


「まさか、ウィリアム・ブラウンの子なのか!?」


「うん、そうみたい。老婆心ながら言うけど、お二人さんも避妊に失敗しないでね」


「………………」

「…………はいっ?」

 目を丸くするデュークと、ボフンと頭から湯気をだして赤面する穂積。


「………………穂積、避妊ってなんだ?」


「やっぱりね……」


 ラドメフィール王国には避妊の概念がないんだと分かった皐月は静かに首を横に振るのみで、「そんなこと女に聞くなよ!!」と憤慨する穂積にデュークはオロオロするばかりだった。

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