第19話 予想外の心配
稀星はすぐに実家の御門総合医療センターへ搬送された。
穂積と皐月は学園の後始末をデュークに頼み、急いで稀星の病室に駆け付けた。
稀星は実家の病院だけに一番豪華な特別室に入っており、二人は緊張してドアの前に立った。
息を整えてから皐月が静かにノックをしたら、中にいた看護師が出て来て、ブドウ糖の点滴をしているが大事はないと教えてもらい、二人は入室を許される。
顔色の悪い稀星が寝ているベッドの脇に椅子を運び、穂積と皐月はそっと静かに腰を下ろして稀星の顔を覗き込んだ。今までずっと一緒に行動してきたが、稀星が倒れたことなど一度もない。
「稀星、大丈夫かな……」
穂積が情けない声を出したら、皐月がよしよしと安心させるように穂積の頭を撫でた。
「大丈夫。甘いケーキを十個食べても平気な稀星なんだから、きっと大丈夫、大丈夫だよ――」
皐月は何度も「大丈夫」を呟きながら、自らをも落ち着かせるように努めている。
「でもさ、最近、食欲がなくなっていたよなぁ」
「それはそうだったかも……。よくムカムカするって言っていたし。心配だよね。色々あったからストレスが胃にきて、胃を悪くしたのかな……。今日だって久保さんに相当面倒な事言われていたからね」
二人は不安で仕方がなかったが、どうすることもできないし病院にいるのだからお任せするしかない。
稀星が起きて、稀星の元気な声を聞いて安心するまでは帰れないと、皐月は小説を取り出して読みだしたので、穂積は稀星の腕に繋がっている点滴の液がポタッ、ポタッと規則的に落ちるのを、ただ何となく眺めていた。静かな病室の中で、時々外から聞こえる救急車の音が不安を増長させる。
――――30分が経過した頃。
「ん、ん……、ふああぁぁ……」
大きな欠伸と共に稀星が目を覚ました。
「――あれれ? ここはどこでしょうか?」
「きららあぁ――ぁ――」
穂積は泣きそうな顔で、がばっと稀星のベッドに覆いかぶさり、稀星の手を取った。
「ほ、穂積??」
稀星は何が起こったのか、まだよく理解していない。
皐月も穂積の隣に立った。
「稀星、具合はどう? 気分は? 稀星は学校で倒れて、病院に運ばれたんだよ。ここは、稀星の実家の病院だから安心してね」
稀星はキョロキョロと辺りを見回し、自分の腕に繋がれている点滴を見た。
「――そうなの、ですか……。ご心配おかけして済みませんでした」
「本当に心配したよ!! 倒れたのを覚えていないのか!?」
「いえ、落ち着てみるとなんとなく……、胃がムカムカして、貧血のように眩暈を感じたまでは覚えているのですが……、――わたくしは、倒れてしまったのですね。鍛え方が甘くていけませんわね」
「稀星、最近ずっと胃の調子が悪いって言っていたから、この際、ちゃんと親父さんに診てもらうといいよ。私達も心配だし、学園のことは任せてくれていいからさ」
「うん、その通りだ! さやかさんもデュークに鎮静魔法をかけて貰ったからもう大丈夫だし安心していいよ。変な暗示があっても全部取り除かれるってさ」
「有難うございます。穂積、デュークさんにお礼を伝えて下さい。それと、もし、さやかさんが普通に戻ったのなら、デュークさんの鎮静魔法の効果が立証されたことにもなるので、他の生徒達にも、是非、鎮静魔法をかけて下さるようにお願いしてください」
「――うううむむぅぅ、お願いかぁ……っ、皐月からお願いしてよ」
「なんで、私なの。穂積のお願いでないとデュークさんは動かないよ」
皐月は「知らない」とそっぽを向いた。
「デュークには借りがいっぱいあるからさぁ、もう、まとめて払えなんて言われたら、何をされるか分からないよ。あのデュークだよ?」
「ああ、――穂積に溺愛のデュークさんね」
厭味ったらしく言い放つ皐月は、四の五の言わせない迫力があり、この顔にめっぽう弱い穂積は唸った。
「穂積が、キスの一つでもしてあげればすぐにご機嫌になるから、大丈夫だよ」
「キ、キス、ッテ、ナンノコトデスカ……」
機械仕掛けの人形と化した穂積に、稀星がクスクスと小さく笑った。
「そー言えば、ちゃんと聞いたことがありませんでしたが、穂積は、まだデュークさんとまだキスをしていないのですか?」
「えっ!?」
穂積はボフンと頭から湯気を出したように沸騰し、顔が真っ赤になった。
「うわあああぁ、あやしいなぁ、その顔なら絶対にありますわよね?」
稀星が楽しそうに茶化した。
「そういう稀星は、ウィルとキスしたことあるの?」
皐月が平然とした顔で興味を示した。
「もちろん、ありますわ」稀星はどや顔だった。
「あっそ」
愚問だったかと肩を竦めたが、皐月の興味は続いた。
「ちなみにだけど、その先は進んでないよね?」
「えっ?」
「だから、その先のこと」
「皐月、その先ってなんだよ」
穂積だけは全く分かっていない。
「つまり、子作りのような行為だけど……」
皐月の言葉に、穂積はやっと内容を理解して再度頭から湯気を出した。
一方の稀星は、ポーっと初めて顔を赤らめたと思ったら、急に思いついた事があるらしく表情を硬くすると指折り何かを勘定し始めた……。
「皐月! わたくしたちがラドメフィール王国から戻ってどの位経ちますか」
「そうだなぁ、2か月位かな?」
「2か月……、わたくし、今、急に気が付きましたが、……実は、そのぉ、ラドメフィール王国から戻ってきてから、ずっと生理がきていません。――まさか、このムカつきは……」
「稀星、あんた、ウィルとしちゃったの」
穂積は処理能力限界の会話内容に、皐月の言葉を恐る恐る一言一句確認する。
「一応確認するけど、しちゃったって、何をさ――」
「だから、子作り!」
「――――!!!」
穂積は倒れそうになった。
「だって、ウィルとは知り合ったばかりじゃないかよ!!」
「そうかな、私は理解できるよ」
皐月は大人びた顔をして腕を組んだ。
「かつてラドメフィール王国のお茶会革命で、稀星の命が危険な時に身を挺して護ったのは、まぎれもなくウィルだったし、その後、怪我したウィルを熱心に看病した稀星との間に何も起きないとは思えない。ましてや、それまで剣術の稽古をしたりして親しかった二人だからね。
しかも、よく知られていることだけど、人間は事件とか命の危険とか、大きな障害が起こったとき、子孫を残そうとする本能が自動的に働くんだよ。そういうふうにDNAにインプットされているらしいよ」
「えっ、だって、デュークはキス以上のことはしてこなかった」
口から零れたセリフに穂積自身が驚いて、慌てて両手で口を塞いだ。
「それは、もしかしたら、デュークさんとウィルの年齢の差かもね。ウィルは私達と同世代だから、漲る若い精力を我慢できなかったんじゃないの?」
稀星は皐月の説明にポポポポと頬をピンク色に染めた。その表情がもう十二分に肯定を物語っている。
「ひ、避妊はしなかったのか?」
穂積が囁くように小さな声で問いかけた。すると、稀星はベッドの上で目を伏せた。その仕草は穂積が今まで見た事もない様な色気を乗せた目元で、女の穂積でも思わずドキっとしてしまう。
「わたくしには分かりません。――わたくしだって初めての経験でしたし……」
「あの国に避妊はないよ。多分だけど。あっても外出しくらいじゃない?」
「さ、皐月、な、な、なんて事をサラッと言うんだよ」
穂積はまるで怖いものを見たような失神寸前の表情で皐月を見た。それなのに、さらに皐月は爆弾を投下した。
「しかも、誤解の無いように言うけど外出しは避妊じゃないから」
赤い顔をした穂積はゴクリと生唾を飲んだ。
「生理的なものだけど、男性機能は、精子を出す前にカウパー腺というところから弱アルカリ性の粘液が出るんだけど、そこにも精子は含まれているから妊娠する可能性はゼロではない。もしかしたら魔法で避妊方法があるか、アフターピルのようなポーションがあるのかもしれないけど、ウィルは魔力が無いしね。基本的にあの国は子供が多かったし、国として子供を増やすように仕向けていたみたいだし、避妊は禁止されていたか、もしかしたら避妊という概念自体が無いのかもしれない」
凄い内容を淡々とした口調で言う皐月に、穂積は思いっ切り引きつった顔をし、稀星は真剣に頷いていた。
「皐月さんってば、医者ですか。って、なんでそんなに詳しいんだ?」
穂積のディスりをスルーして、「本からの知識だよ。実物を見たわけではない」と言いながら、「でも、大事なことだよ。若い女子の性行為はリスクしかなくて、避妊の知識を持つことがとっても大切なんだ」
皐月は真面目な顔で稀星を見た。
「稀星、もしかしたら、稀星の親父さんは妊娠についても調べているかもしれないよ。違っていたら問題ないけど、もし、妊娠していたら父親のことはどう説明するのさ。しかも生まれてきた子供は間違いなく異国の血が入った顔になるはず」
三人はウィルの明るい茶色の髪色と、ヘーゼルナッツ色の瞳を思い浮かべた。
「わたくしとウィルの赤ちゃんが、もし、わたくしのお腹に宿っていたら……」
穂積と皐月は、色々と混乱して、悩んでいるであろう稀星を思いやり、次の言葉を辛抱強く待った。
「――――こんなに嬉しいことはありませんわ!!」
ポンポンと稀星の頭からお花が生えた、ように見えた……。むしろ、稀星は妊娠していたらいいなぁと喜んでさえいる。
「……ま、稀星は深刻に考えていないし、ちゃんと結果が分かってから考えるか、ね……」
どこまでも能天気の稀星に呆れ、でも癒されつつ、稀星の体調に大事がなかったことに心底ほっとした穂積と皐月だった。
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