第14話 JK3人組再び集結 ――謎はセント・エターナル女子学院のなか

 カノンの調べが授業開始を知らせるともに、生徒のお嬢様方がそれぞれの自席に座った。観音開きの重厚で真っ白な扉が印象的な高級感漂う教室には、高等部2年薔薇組に在籍する25人の生徒がいる。

 教室の中は何とも言えない良い匂いがしており、ここがまごうこと無く女子だけの学園であることを主張していた。


 チャイム音が鳴り終えると同時に教室でひと際目立つ白い扉から菫色の瞳をした外国人教師が入ってきた。黒髪をベースに所々銀髪が筋を差し、身長は190センチに達するほど高く、東洋と西洋が混ざりあったクールな目元が印象的な美丈夫だ。


「皆様、起立、デューク・ウルフェン先生、ごきげんよう」


「ごきげんよう」


「着席」


 日直の掛け声に合わせ、本日一時限目の外国語の授業が始まる。

 デューク先生は教室内を見渡すと、一点を確認し、溜息とともに感情の感じられない低い声を出した。


「――さあ、英語の教科書を開いて、今日は23ページの『The Radmefir Tales』の音読から始めよう。先生が読むから、お嬢様がたは目で文字を追うように……」


 音読をしながら、デューク先生はゆっくりと教室の中をねり歩く。先生の低音ボイスが奏でる英語の文章と、一定間隔で響く靴音が一種の催眠効果を生むのか、教室のお嬢様方は皆、うっとりとした恍惚の表情を浮かべている。


「デューク先生、今日も麗しいですわね」

「本当に……、あの瞳で見つめられたら、わたくし失神してしまうかもしれませんわ」

「男性なのに色気がダダ洩れですのねぇ」


 当のデューク先生は生徒の囁き声など全く気にする素振りもなく、表情からは何も読み取れないが、視線の先を辿ればただ一人の生徒にロックオンしている。

 生徒たちの秋波とひそひそ声でむせ返りそうになりながら興味なさげに机にうつぶせているその生徒は、腰に届きそうなストレートのロングヘアをそのまま後ろに垂らし、制服の胸のリボンは結ばないで、やはりそのまま首にひっかけていた。

 セントエターナル女子学院の制服はハイブランドが手掛ける一流品である。上着は濃いグレーのブレザーで襟は赤いパイピングがされており、同色のブラウスに赤のタータンチェックのスカートと胸元にはスカートと同じ生地であつらえたリボンを結ぶことになっている。この学院の生徒は皆、制服が大変お気に入りだった。だから、制服を着崩している生徒は皆無なはずなのだが、ただ一人、この生徒を除いては……かなり珍しい。

 デューク先生が机にうつ伏せになっている生徒の脇で止まった。

 規則的な靴音が聞こえなくなり、不思議に思った生徒は、机から顔をそっと持ち上げた。


「――っ!?」


「――穂積さん、私の授業はつまらないですか? それとも具合が悪いとか?」

 デューク先生は、穂積と呼んだ生徒のおでこに手をあてた。


「ひっ!」


 穂積はひんやりとしたデューク先生の手にビクッと身体が強張った。

 周囲の生徒たちはひそひそ声でデューク先生と穂積のやり取りを噂し始める。


「ん、少し熱いかな? どれどれ、もう少し詳しく調べよう」

 デューク先生が穂積に顔を近づけてきた。その目はいたずらっ子のようにからかいの色を載せている。デューク先生はおでこで熱を計ろうとしているようだ。

 途端に隣の席の生徒がキャーと黄色い悲鳴を上げた。


「なっ、何するんだよ、熱なんてないから!!」


 穂積は自分の顔を先生から離すようにグイっと後ろに引いた。

 デューク先生はふむと残念そうな面持ちで、

「大丈夫ならいいんだが、それならば、授業はちゃんと聞くように。それと――」

 と、穂積を立たせると、デューク先生自らが穂積の胸元のリボンを手に取り結びあげた。穂積はされるがままに茫然と立っており、なす術もない。

「制服はキチンと着る事」

 穂積は無言でコクコクと頷いた。


 デューク先生の行動に対して、我慢が限界というように一人の生徒が、机にバンと叩きつけるように手を付いて、椅子をガタンと強く鳴らしながら立ち上がった。


「デューク先生、その方のことは気にされなくてよろしいですわ。久しぶりの転入生かと思いきや、とっても風変りで、この学院には向いていないお方ですから!」


 薔薇組のクラス委員で生徒会長を務める徳永花蓮が声を張り上げた。徳永家は一時代の将軍家にまでなった家柄で、戦国時代に戦に敗れて御家断絶したらしいが、世が世なら、徳永花蓮は姫であり、周囲からは姫の気品と風格を持つと言われて崇拝されている。


「そうですわ、花蓮様、いえ、白百合の上様の仰る通りですわ」

「高級メロンの中にかぼちゃが混ざったのですわね、クスクス……」

「全く、風変りなかぼちゃですこと」


 クラス中でクスクスと笑いが湧き起こり、誰もが穂積に対して悪口を言っている。お嬢様達の言葉はとても丁寧に聞こえるが、大変辛辣でもある。


「本当にあの方は、何故この学院に入れたのかしら? とてもセレブには見えないし、下品というのはあの方のための言葉ですわね」

「パパにお願いして、入学を許可した学院長に抗議しようかしら」

「御門様のご紹介らしいですわよ。本当に御門様も地に落ちたものですわね」


 穂積の耳にもはっきり聞こえるディスられる言葉の数々。


(どうせ、自分は下品だよ! でも、稀星の事まで言われるのには我慢がならない!)


 穂積の目にメラっと戦闘の炎が灯ったが、それを、デューク先生が見逃すわけがない。他の生徒に聞こえないようにそっと穂積の耳元で囁いた。


「――穂積、あまり目立つな。仕事がやりづらくなる」


「――ぐっ……」


 穂積は唇を噛みしめると、まるで己の怒りを握り潰すようにぎゅっと掌を強く握った。それから、不服そうな顔をしながらも「すみません」とぼそっと呟き、ストンと乱暴に着席した。


 穂積の様子に一先ず安心したデューク先生は、いつもより明るい声を出して生徒達の関心を集める。

「さあ、お嬢様方、中断して申し訳ない、授業を続けよう」

 デューク先生が仕切り直すように声を上げ、授業が再開された。

 穂積も今度は真面目に英語の教科書を持って眉間に皺を寄せながら教科書と格闘しているが、その様子を憎悪に満ちた眼差しで見ている者が一人いる。

 それは最初に声を上げた、徳永花蓮その人であり、手に握られている水晶体のような球体は怪しく光を放っていた。


 *****


 セントエターナル女子学院にお昼の時間がきた。

 この学院には三ツ星シェフが常駐する食堂やテラスのあるカフェ、一流ホテルからケータリングが届く売店などがあり、お弁当を持参する生徒はほとんどいない。

 それぞれの流派や派閥ごとに集合する場所があり、それはサロンと呼ばれていた。

 サロンの場所は寄付金の額で決まる仕組みになっており、一番広くて高価な家具が揃えられているサロンは徳永花蓮が所有している。

 その次にそこそこ広いこのサロンは御門稀星が所有していた。

 御門サロンは中央にリバティープリント製の布地のソファーセットを設置し、奥にはミニキッチンがある。稀星らしく全体的にピンク色で可愛らしく整えられている。


「あーー、ホント堅苦しい学校だよなああああぁーーっ」


 穂積は御門サロンの扉を乱暴に開けると、ズカズカと部屋に入って、我が物顔でソファーに深く腰掛けた。


「穂積、お行儀が悪いですわよ」

 稀星が溜息と共に肩を落として穂積を睨んだ。


「稀星、腹減ったぁ」


「はいはい。今日は我が家の家政婦さんに穂積と皐月の分までお弁当を作ってもらいましたの」


「おっ、サンキュー。稀星の家のご飯はマジでめっちゃ旨いよ。この学校の食事は気取っていて、量も少なくて自分は好かんよ」


「それはそうですわ、この学園の生徒はレディですから、小さなお口でお上品に小鳥のようにしか食事をとりませんの。量より質ですわ」


「――けっ、そうですかぁ。でも稀星はよく食べるよな?」


「わたくしは、甘いものに目が無いだけですわっ」


 稀星が部屋の中心にあるソファーセットのテーブルにお弁当を広げていると、お茶を乗せたトレイを持って、相川皐月が奥から現れた。


「お茶が入ったよ」


「まあ、皐月有難うございます。皐月の入れたお茶は本当に美味しいから大好きですわ」


「うん、今日はお弁当に合わせて宇治の玉露にしたんだ。お茶も温度と茶葉の蒸らすタイミングが分かれば簡単だよ。お湯と茶葉の量、それに時間と温度を独自の数式に当てはめて最適条件を導けば誰でも美味しいお茶が入れられるんだ」


「……そ、そうなのですわね……」

「お茶って、そんなに難しいものか?」

 穂積と稀星が目を点にしていると、コンコンと控えめなノック音が聞こえた。


「はい、どうぞ」

 稀星がドアに向かって返事をしたら、「少し邪魔しても大丈夫か?」と、デューク先生が入ってきた。

「デュークさん! ではなくて、デューク先生! 良かったらご一緒にランチをいかが?」


「ああ、戴こう。だが、――プライベートで先生は勘弁してくれ……」


 デュークは穂積の隣に座ると、ギュギュっとネクタイを緩めた。


「デューク、疲れた顔をしているが大丈夫か?」

 疲労感の隠せないデュークは隣接する穂積の右手を握った。

「ああ、穂積に心配してもらったから、幾分疲れが和らいだ」


「それならいいけど……」

 穂積は握られた手を意識して機械仕掛けの人形のように、カクカクと強張った動きでお茶を持ち上げたが、意表を突いて握られた手に口づけを落とされたので、驚いてお茶をひっくり返してしまった。

 デュークはそれを見るなり、全く動じる事なく自分の右手をさっと掲げると、まるで時間が巻き戻るように零れたお茶が湯吞に戻り、穂積が持つ前のお茶の状態に戻った。


「デューク、世話をかけて済まない」


「いや、穂積にかからなくて良かった」


 そして目前で起った魔法に驚く者は誰もいない。

 むしろ、稀星と皐月は二人の様子に関心があるようで、すかさずツッコミを入れる。


「穂積はデュークさんと付き合って、随分経つのにウブですわね」


「ホント、もういい加減に慣れなよ」


「ふっ、二人とも薄情だぞ! それに付き合ってないし!」


 慌てる穂積を後目に皐月はふぅっと湯呑に息を吹きかけるとお茶を一口飲んだ。

「それにしても、私達も慣れたものだね。今やデュークさんの魔法を見ても驚きもしないなんて……」


「初めは、それはそれは驚きましたわ。でも、あの『お茶会革命』を経験していますし、実際、魔法国家のラドメフィール王国で生活していたんだからそうなりますでしょう……」

 4人全員がそれぞれに遠い目をしてラドメフィール王国を思い浮かべた。


「国王となったヘンリー新国王は元気かなぁ」


 頷いてデュークが答える。

「ああ、穂積、国王はお元気で、いよいよミランダ姫と正式に結婚するらしい」


「へぇー、それは目出たいね。カミーラの学校は順調かな?」 


「ああ、皐月、魔女カミーラからは、学校の生徒は皆、真面目で、一生懸命に勉学に取り組んでいると報告があった。ここの学校とは全くもって異なるな……はぁ……」


 がっくりと肩を落としたデュークの瞳は光を失い、死んだ魚のようだと穂積は思った。


 *****


「よし、今日の相手は隣町の族だったか――」


 穂積が腕まくりすると、皐月は見渡しやすい場所まで下がって状況を確認し、稀星は木刀を構える。これがブラックエンジェルの戦闘時の体系で通常運転だ。相手が何人いようと3人いれば無敵を誇る。

 まだ、ラドメフィール王国の「ラ」の字も全く知らなかった頃のこと、JK3人組は、勝手知ったる幼馴染でもあり、ノルマをこなすように喧嘩に明け暮れていた。


 穂積 愛ほずみ あい、女性にしては身長が170cm近くと高く、涼し気な目元の美人。馬鹿力の持ち主。自分の名前が嫌いで他人には全て穂積と呼ばす。

 硬派で姉御気質。曲がったことや礼儀の無いことは許せない性格。


 相川皐月あいかわさつき、茶髪のショートヘアで中肉中背の平凡な女子高生に見えるが、IQ160以上を誇る。一見茶髪の不良少女に見えるが、実は天才のアンバランスな少女。元々地元で一番の進学校の首席を誇った。


 御門稀星みかどきらら、くりっとした大きな瞳とフワフワのカールヘアーが自慢の美少女。セントエターナル女子学院は小学部から在籍している。見た目通りのぶりっ子のミーハーで時々頭に花が咲くが、祖父が代表を務める剣術の御門流において師範の資格を持つ剣の使い手。

 日本全国に病院を展開する医療法人グループ総帥の一人娘でかなりのセレブ育ち。


 そんな、生まれも育ちも学校も全く異なる3人であったが、小さい頃から何度も顔を合わせているうちに、なんとなく気が合い、そのうちに腐れ縁になった。

 成長と共に穂積は生まれ持った短気な性格と喧嘩早さが災いし、周りから不良と見られるようになったが、無差別に喧嘩をするのではなく、大義名分があるのを周りは知らないだろう。例えば、穂積の信念に反する虐めのような喧嘩にはかならず負けている方に加勢した。

 高校に上がると、穂積は高校の制服を改造し、セーラ服のプリーツスカートをマキシ丈まで長くした。皐月はそんな穂積の真似をして茶髪にするなど不良的な見た目になり、姫ポジションの稀星を加えて、いつの頃からか穂積、皐月、稀星は一歩外を出ると泣く子も黙るレディース「ブラックエンジェル」の神3と呼ばれる3人組となり、3人の連係プレーと腕っぷしの強さで無敵を誇った。

 街を歩けばチンピラや暴走族に絡まれるため、そのたびに乱闘となり、百戦錬磨で鍛え上げられたJK3人組はこの界隈ではかなりの有名人だ。


「ブラックエンジェルの神3と呼ばれた自分たち!」

「売られた喧嘩は百戦錬磨で常勝無敗」

「難攻不落の困難なことだって絶対に解決できますわ!」


 アウトローな連中にはとても有名であったが、この学園の生徒たちとは全く異なる行動形態のため、セント・エターナル女子学院の生徒たちは穂積達を知らないし、怯むものは誰一人としていない。

 なぜ、もともと異なる高校に通っていたJK3人組とデュークがこの学園にいるのかと言えば、あれは先月、穂積が異世界のラドメフィール王国から日本に戻ってきてしばらく経ってからのこと。


 穂積はかつて自分でも計り知れない運命の波に翻弄された。

 自分の与り知らぬところで異世界の勇者として認定され、ラドメフィール王国に召喚されてしまう。ラドメフィール王国とは、オスカービッツ王家が統べる絶対王政で国民が魔法を使える異世界だった。

 あの日、穂積の足元に突然魔法陣が現れ召喚されたところに居合わせた皐月と稀星も一緒に異世界に飛んでしまう。ラドメフィール王国は王国の最大の危機を向かえていたための勇者召喚だった。実際にクーデターやら内戦やらあったけど3人は力を合わせて、そこで横行していた悪しき慣習を覆し、王家の陰謀を暴き、新しい新時代を築き上げることに成功した。


 そして、ラドメフィール王国が落ち着きを取り戻したころ、穂積は日本へ戻ることを決意する。

 そもそも、デュークにとって穂積は一目惚れでもあったが、ラドメフィール王国で過ごすうちに、自然と2人は惹かれ合った。穂積とデュークは両想いであり、お互いの気持ちを確かめ合っていた。しかし、皐月と稀星が先に元の世界に戻り、それも突然に戻されてしまったため、ラドメフィール王国に取り残された穂積は次第に元気がなくなり、寂しさを堪えている様子をデュークは見ていられなくなる。すぐさまデュークは己の心に蓋をして、自分の決心が鈍らないうちに、穂積を元の世紀に戻すことを決定した。


 しかし、運命の荒波はそう簡単に攻略できるものではない。穂積がラドメフィール王国から日本に戻る儀式の中、まさに魔法陣の上に立ち、目が眩むような光と共に術式が発動している最中に、陰謀の黒幕の一人であったユウキ宰相に襲われてしまう。それを阻止しようとしたデュークが魔法陣に上がって宰相を蹴り飛ばすが、魔法陣の術式に捕らわれてしまい、今度はデュークが穂積と一緒に日本へ飛んでしまった。

 気が付けば、穂積がよく知る喧嘩スポットとして有名な高架下に座っていた2人。穂積にとっては懐かしい電車の音がガタンゴトンと鳴り響いている。


「ああ――……、穂積の世界に付いてきてしまったようだな」

 デュークはその場で座り込んだまま、頭を搔きむしった。魂を殺すような別れだったのに、穂積と一緒に日本へ来てしまった。


「どうするんだよ、デューク!」

 焦る穂積と対照的に吞気なデューク。

「うーーーーん、まあ、これで穂積と暫く一緒に居られるな。皐月達の例と同じで、いつかはラドメフィール王国に引き戻されるだろう?」

「何を悠長な事を言っているんだよ」

 深刻な事態にも関わらず、お互いを見つめる目はどこか嬉しそうな穂積とデューク。

 笑いながら、「どうするんだよ」、「致し方ないな」と言い合っているうちに、まもなくすると皐月と稀星が合流し、穂積との再会に歓喜した。


「で、デュークさん、来ちゃったんだね」

「デュークさん、日本へようこそ! ですわ」


 久しぶりに穂積と再会した2人はテンションが高い。

 稀星が興奮した赤い顔で発言するように手をあげた。

「もう暗いですし、一先ず、いつもの隠れ家に行きませんこと?」


「そうだ稀星、デュークを暫く隠れ家においてやって欲しい」


「もちろん、構いませんわ。その前にコンビニによって、色々と買い込んで行きましょうね。穂積もひさしぶりにお米を食べたいでしょう? それともおうどん、おでん?」

 日本食を思い浮かべた穂積のお腹が大きく鳴った。

「全部食べたい!!」


 JK3人組が隠れ家と呼ぶ建物は、建物自体は古い平屋建ての洋館で、昔は稀星の家の病院のホスピスとして使っていたものだ。おどろおどろしい雰囲気もあり、地元の子供からはお化け屋敷と呼ばれている。

 稀星の親の所有であり、近く取り壊されることが決定しているから、取り壊すまでの間は3人が自由に使っていた。


 そのため病室の様に部屋が横並びにあり、ベッドが沢山置いたままになっている。

 使えそうなベッドには、自分たちで毛布などを持ち込んでいるから昼寝には最適な環境なのだ。唯一電気が使えないのが不便であるが、水道やトイレは使えるので最高の隠れ家と言える。


 空は夜の漆黒を包み込むなか、満月の光が建物を一層不気味に演出して見せる。

 電気が無いため、窓から入る月明りを頼りに一行は暗い室内を進む。

「夜に来たことはあまり無いので知らなかったですが、結構、暗いですわね」

 稀星はスマホのライトを頼りにそろりそろりと進む。一方で皐月はズカズカと室内に入るとランタンを点灯した。それでもかなり暗い。この広さだとランタンがあと10個は必要だ。


「時々、家出少女とか泊めてあげるから、この暗さは少し考えないとな」

「確かに、怖いですわ」


 デュークは物珍しそうにキョロキョロと見渡していたが、ブツブツと何か呪文を唱えると、いきなり室内が明るくなった。


「!!?」


 JK3人組は全員が勢いよくデュークに振り返り、詰め寄った。

「デューク、魔法が使えるのか?」

「他の魔法も試してみてください」

「ちょっと皐月ってば、デュークさん、日本では魔法は禁止ですわ!!」


 何をそんなに驚かれるのかデュークには理解できなかった。3人の勢いに唖然とした様子で、「魔法なんてラドメフィール王国で何度も見ているだろう?」と目を丸くした。


「それはそうだけど、日本でも使えることが驚きで」

 JK3人組があまりにも驚くので、デュークは改めて右腕の上にぽおっと羅針盤のような時計を表示させた。


 皐月は納得するように頷いた。

「やっぱりデュークさんは異世界人なんだよ。確か、ラドメフィール王国人は魔力を溜める器官が身体にあるから魔法が使えるんだったから、そもそも地球人とは身体の構造が違うんだね。いいなぁ、魔力……」


 ラドメフィール王国の国民は体内に魔力を溜められる器官を持つため、魔法が使えるのが特徴だ。特に菫色の瞳を持つ種族は魔力量が多く、デュークは上級魔術師であり召喚士でもあった。


 その後、隠れ家に住むことで決定したデュークは、自身の魔法で隠れ家を住みやすいようカスタマイズして、JK3人組を驚かせたのは言うまでもない。


 *****


 少し前のことを思い出していた穂積は、美味しそうな匂いに意識が引き戻された。

 稀星のサロンのテーブルに幕の内弁当が広げられている。煮物に焼き物、蒸し物、揚げ物と和食の王道が彩り鮮やかに詰められている。


「――早く、お昼ご飯食べようよ」

 穂積が稀星のサロンでお腹をさすった。

 

「忘れていたが、稀星、ウィルから手紙が届いたぞ。昨日、研究室の魔法陣の上に届いていた」

 そういうと、デュークは胸ポケットから折りたたまれた茶色い紙を取り出し稀星に渡した。


 デュークは魔力を使って、定期的に魔法陣を経由してラドメフィール王国の情報を入手していた。

 稀星は嬉しそうに、でも少し寂しそうに微笑むと、デュークから手紙を受け取り大事そうに胸の上に掲げた。


「稀星、読まないのか? ラドメフィール王国の言語が翻訳される眼鏡は確かその辺にあったはず」


「穂積もデュークさんも有難うございます。でも、わたくしは、今、ウィルの手紙を読んだら泣いてしまいそうなので、放課後ゆっくり読ませていただきますわ」


「そうだね。午後の授業に腫れた目で出席するわけにはいかないからね」

 皐月は皆のお茶をつぎ足しながら、独り言のように呟いた。


 ウィルことウィリアム・ブラウンは、ラドメフィール王国のフェニックス騎士団の騎士で、ラドメフィール王国では珍しく魔力を持たない青年だった。剣術の師範である稀星が剣を伝授し、その後2人は恋仲になったが、稀星が元の世界に強引に戻される前に、きっちりとケジメをつけてお別れした経緯がある。

 今でも2人が想い合っているのは明白で、この話題になると一堂はしんみりしてしまう。


「ウィルも日本にくればいいのに」

 穂積は心底そう思っているが、稀星は小さく首を横に振った。

「それは、無理ですわ。ウィルは魔力を持ちませんから、彼専用の魔法陣がないと日本に来ることは不可能です」

 稀星は穂積の向かい側の椅子に腰を掛けると無理して口角を上げてみせた。


「魔法陣を個人用にカスタマイズするのはかなり難しいみたいだから、すぐには無理だろうとは思うけどね……」

 皐月が冷静に状況を判断し、神妙な顔で何かを考えている。

「でも、デュークさん、例えばこの日本でできるオンライン通話のような、映像付きでラドメフィール王国とやり取りする方法はないのかな?」


 デュークは皐月の提案に「なるほど」と、顎に指を這わせて考える。

「そうだなぁ。――時間が掛かるが、魔法陣の構造を修正して、物体ではなく、物体の情報だけを転送する仕組みに変えればいいわけだから……」


「私も手伝うから、デュークさん、考えてみてよ」


「ラドメフィール王国の常識では、伝達は魔法で蝶を飛ばせばいいわけだし、用事があれば転移魔法を使えば一瞬で思う所に移動できるから、映像と声を魔法陣経由で飛ばすことなどは全く頭に無かった」


 穂積はなんだかワクワクしてデュークと皐月のやり取りを見守った。

「デューク、自分からも頼む!」


 デュークは穂積にお願いされると途端に悪い顔をした。

「穂積のお願いなら、聞かないわけにはいかないな。で、もちろんその報酬はあるんだろうな?」


「ほ、報酬!?」


「ああ、報酬だ。俺はこれから自分の余暇を全てこの魔法陣の研究に使わなければならないのだから、その対価が欲しい」


「なんだよ、コ、コイビトなんだから、いちいち、報酬とか対価とか他人行儀じゃないか!」


「穂積は、さっき、付き合っていないって言わなかった?」

 皐月がすかさずツッコミを入れる。


「――い、いやあぁ、付き合っているような、付き合っていないようなぁ……。あああぁ、もう、分かったよ。魔法陣を完成させてくれたらデュークのお願いも聞くから、それでいいだろう」


 デュークは腕組みをして満足げに頷いた。

「俄然、やる気が出てきた」


「デュークさんも、穂積も有難うございます、手紙も嬉しいですけど、ウィルと直接お話しできるなんて夢のようですわ。楽しみで仕方ありません!!」

 稀星はまるで「恋する乙女」そのものの顔をして、キラキラした瞳を皆に向けた。


 話しがまとまったところで、パンパンと皐月が手を打って仕切り直す。

「さあ、早くごお昼ご飯食べて、肝心な打ち合わせをしよう。あと20分で午後の授業だよ」


「デュークさん、よかったら私のお弁当を召し上がってください。なんだか胸が熱くて、食べられそうにもありませんから」

 稀星は口元にハンカチをあてて微笑んだ。


「稀星、さっきチョコ食べていなかった?」

 穂積が確認すると皐月まであきれた顔で頷いた。


「胸が熱いんじゃなくて、それ、胸やけでしょう!」


 稀星はぷぅーっと両方の頬をふくらました。


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