第2部 JK3人組が学園で活躍します!

第13話 舞台は日本へ

 稲妻の光とともに雷鳴が轟いた。

「――春雷とは珍しいですわ……」


 放課後、生徒会室で年間行事のチェックをしていた生徒会長の徳永花蓮とくながかれんは、椅子から立ち上がると窓辺へ近づいた。

 窓から空を見上げると、暗黒の空に稲光がピリピリと裂ける様子が見て取れる。まだ雨は降っていないが、嵐になりそうだ。


 光るタイミングと音のタイミングが徐々に近くなってきた頃、爆音と共にはっきりと目視できるほどの太い稲妻が学園内に突き刺さるように落ちた。その振動は窓ガラスがびりびりと音を立てて震えるほど凄まじい。

(――神解け)

 花蓮は雷が落ちた様子に神解けという言葉を連想した。畏怖のようなものを感じて窓から数歩後ずさりし、周りを見渡したが、部屋の外も中も静まり返ったままだ。


 ここセント・エターナル女子学院は創立150年を迎える由緒正しい女子高である。都内にありながら、広大で緑豊かな敷地の中には講義棟や宿舎棟があり、幼稚舎から大学まであるエスカレーター式の良家の子女が通うお嬢様学園だ。

 高等部2年薔薇組に所属する徳永自身も代々続く歴史ある家柄で、今でこそ徳永ホールディングスの社長令嬢であるが、世が世ならお姫様であり、その気品や優雅さから生徒会長に抜擢され『白百合の上』とも呼ばれていた。

 セレブが集まるこの学園は、当然であるがセキュリティが万全で、警備員なども通常の学校の数倍は多く配置されている。仮に落雷して火が出たとしても慌てる必要など全くないが、何故か花蓮は気持ちの悪い胸騒ぎがした。


「念のため、落雷した場所を確認しに行くべきですわね……」


 花蓮は傘を握りしめて、生徒会室の扉を勢いよく開けた。

 扉の外には、神経質そうな黒いフレームの眼鏡をかけた書記の水森真紀子みずもりまきこが目を丸くして立っていた。


「会長、どちらへ?」


「ああ、水森書記。驚かせてごめんなさい。先ほど、大きな落雷がありましたよね?」


「――落雷、で、すか? 私は気が付きませんでしたが」 


「ええっ? 物凄く大きな音でしたけど、本当に聞こえませんでしたの?」


「――左様ですか……。私には全く……何も……はい」


 花蓮はあの爆音が聞こえないなんて信じられなかったが、水森書記は嘘をいう人柄ではない。本当に気がつかなかったのかもしれない。

 水森書記は、念のため近くの生徒にも確認したが、不思議なことにみんな「聞いていない」との一点張りだった。


「――っ、そんなはずありませんわ!」


 花蓮は居ても立っても居られない気持ちで、落雷の場所へ駆けつけた。

 外に出ると、ちょうど空から大粒の雨がボトボトと音を立てて落ちて来た。


「確か、テニスコート付近だったと思うけど」


 傘を差しながら落雷のあった場所を探すが、焦げている場所などないし、何事もなかったように普段通りで、テニスコートも雨のせいかがらんとして静まり返っていた。


「窓ガラスが振動する程の大きな衝撃だったのに……、わたくしの気のせいか、思い違いだったのかしら……」


 腑に落ちなかったが、校舎へ戻ろうとしたその時、花蓮の耳に突然誰かの声が飛び込んできた。


『……誰……か――っ、……だ、だれ……かっ……いな、いのかっ……』


 その声はとぎれとぎれでかすれており、チューニングの合わないラジオの音を聞いているようだ。

 花蓮は、音の出所を突き止めようと周辺を探した。

 侵入者なら断じて許すわけにはいかない。生徒会長としての使命感が恐怖感を上回った。


「誰、どこにいるのか!!」


 相変わらず、どこからか細くて消え入りそうな声が聞こえるが、人の姿はまるでない。


『……こ、――ここだ……あ、し、足元……』


 花蓮が声に応えるように目線を落とすと、水晶体のような丸い球体が鈍い光を纏って落ちているではないか。

 花蓮は怪しい球体をローファーのつま先でそっと蹴ってみた。


『蹴るな!』


「えっ? 本当に? 球が喋ったわ!」


 不思議なことに、球体は、続けざまに花蓮に話しかけてくる。


『娘よ、我を助けよ――っ、そうすれば、いかようにでも望を叶えよう……』


 花蓮は余りにも不思議な出来事に狐につままれた心境になった。


(何これ、玉が話すなんてありえない!)


 直ぐにハイテクの装置で遠隔操作しているのだと考えた。

 双方向型の盗聴器なんてざらにあり、そうに違いないと思った花蓮は、返り討ちにするつもりでその球体を拾い上げた。


「不思議な玉ね。継ぎ目などは見えないけど、どこに回路を埋め込んであるのかしら」


『回路とはなんだ? そんなものなどない』


 花蓮が球体を認識した時から、はっきりとした音が頭の中に直接伝わるように感じる。花蓮は恐怖よりイラつきを覚えた。


「遠隔で操作しているのは、誰なの! わたくしを、このセント・エターナル女子学院の生徒会長と知っての振るまいか? 正体を現さずに話すなど無礼千万!!」


『……我は古の異界の者、この世界へは強い恨み、辛み、怒りの対象を追って辿り着いたまで。娘よ、我に協力するなら、望を叶えて進ぜよう』


「……はぁあ?……、本当にどこで操作しているのかしら。悪戯にも程があるわ。この球は警察に渡します」


 会話が平行線と感じた花蓮は、これ以上話しても無駄とばかりに呆れた様子で踵を返した。


 その途端、急に球体から眩い光が放たれ、驚いた花蓮は咄嗟に球体を放り出す。

 玉は重力に従って地面に叩きつけられるはずなのに、まるでシャボン玉のようにふわりと空中に浮かび上がった。

 思い出したようにジワジワと恐怖が広がってきて、花蓮は尻込みした。


「――どうして、浮いているのかしら。一体、どんな仕掛けなの……」


 球体はフワフワと上昇すると花蓮の目線の高さと同じになる。

 キーンとした独特の周波数の音が頭に響き、信号のようにチカチカした光を見ていると、逃れたいのに身体が金縛りのように動かなくなった。

 音と光は花蓮の脳内に侵入すると、『我に従え・我に従え・我に従え……』と呪文のように繰り返しこだまする。


『――――我に従え、そして、我の手足となるのだ――』


 止めの一声で、玉の音と信号は花蓮の魂を彼女自身の意識のとても深いところに押しやる。

 花蓮が意識を手放した瞬間に持っていた傘が手から離れて、バサッと音が立った。

 微動だにせず30秒ほど直立不動のままでいると、次第に彼女の瞳の色がドロリと赤黒く変化していく。

 以前とはまるで別人のような顔つきになった花蓮は、定まらない視点でニヤリと口角を上げ、浮遊していた玉をサッと掴んでブレザーのポケットにしまった。

 そして何事も無かったように、ただ、ずぶ濡れになりながらゆっくりと校舎へ歩き出した。


 ポケットの中で怪しく光る球体。

 誰に向けるでもなく独り言を呟く花蓮。いや、もはや花蓮以外の何物かなのか――。


『我が精神だけでもこの世界に留まれ、依り代を得ることができたか。――この恨み、晴らさずにおくべきか。必ずや、あいつらをこの世から抹消してくれるわ――……クックック……』


 雷雲が立ち込め、激しい雨が辺り一面を水没させる。まるでこの世の終わりのような空だった。

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