第11話 それぞれの別れ

 穂積へ


 私達は突然ラドメフィール王国から消えてしまいそうな予感がしてならないので、穂積が驚いて悲しまないように手紙を残します。

 穂積、私達がいなくなっても落ち込むんじゃないよ。ラドメフィール王国はこれからやることが沢山あるし、シャングリラの女性達の出店計画とかカミーラの学校建設とか手伝ってあげてほしい。


 前に穂積に話したとおり、無理やりこの国についてきてしまったので、いつかは帰る時が来ると感じていました。それがこんなに早かったのは残念だけど、日本では絶対に経験できなかったことが沢山やれて、とても楽しかった。魔法なんて日本じゃあ有り得ないことも自分の目で見られたしね。ホント、日本ではチンピラと喧嘩ばかりだったからさ(汗


 この前のパーティーでヘンリー新国王が言っていたように私たちとこの国は絆が出来たので、肌身離さず貰った勲章を身につけて日本へ帰ります。そうしたら、きっとこの国のことは忘れないと思う。そんな予感がするんだ。


 穂積、くれぐれも身体に気を付けて頑張ってね。日本から応援しています。 

                                

                                  皐月より




 TO.ほずみぃ――❤


 わたくしはまだこの国に居たかったですわ。でも、ウィルとはキチンとケジメをつけてお別れしました。剣士はどんな時でも背筋を正して堪えることができますから、心配しないで下さいね。そのための心・技・体の修行ですから。


 わたくしとウィルはダメでしたが、穂積は自分に素直になって、デュークと向き合って下さい。一度きりの人生ですわよ。わたくしも既にこんな一生に一度も経験できないようなことを経験できて最高です。だから、これからのわたくしの人生も楽しみで、きっと、バラ色のはずです。それはそうとして、寂しくて泣きたくなったらデュークに甘えて下さいね。

 何なら、結婚しちゃいます? (ゴン! << 皐月にぶたれた音。シクシク)


 わたくしたちは、ブラックエンジェルの神3です。

 どんな困難な問題も立ち向かえます! 

 穂積、大好きです。また逢える日までさようなら。

                                 By.きらら


******



 朝、自室から出てこない皐月と稀星を不審に思い、部屋を見に行った穂積は、もぬけの殻になった部屋を見て、その日が来たのかと愕然とした。毎日、夜遅くまで3人で語っていたが、朝方、自室へ戻った数時間の出来事だ。

 崩れ落ちそうになる穂積を支えたのは、皐月と稀星からの手紙だった。皐月の机の上に目立つように置いてあった。穂積は今更ながら何の覚悟もなしにこの世界に来て、皐月と稀星が一緒に居たからこそ自分らしく振舞えたのだと思い知る。


「ごめん、皐月、稀星。自分らしくないけど、――今だけ泣くことを許してくれ。――明日からは頑張るから……っ」


 穂積は自室のベッドで声を殺して泣いた。一生分の涙が出たのではないかと思うほど泣いた。親友の別れとはこんなにも辛いものだったのか。今まで自分は恵まれていたのだと、この時ほど、自覚したことは無かった。



 あれから、数週間経った。


 穂積は傍目からはいつもの元気な穂積だった。毎日シャングリラに通い、仕事をこなしているうちは、穂積は嫌な事を全部忘れられた。皐月と稀星が居なくなり、もしかしたら存在そのものが無になるのではと心配した穂積だったが、ヘンリー国王の勲章に特別な加護が仕込まれていたお陰なのか、みんな皐月と稀星を忘れることは無かった。ただ、穂積の手前、あまり触れないようにしていた。


 このころ魔術師団を仕切る新たな宰相として、ユウキ家の長男が就任したことにより、その補佐役に抜擢されたデュークは、以前にも増して忙しさに翻弄されていた。ただ、穂積が滞在する一軒家のゲストルームは一人では広すぎるし、何よりも穂積が心配だったので、デュークは、宮殿からまたゲストルームに滞在するようにした。


 デュークは召喚士としての仕事も持っており、このほど、穂積の魔法陣が完璧に仕上がったとの報告を受けた。穂積の憔悴ぶりからしても元の世界に戻してやるのが賢明であると思うが、ヘンリー国王からはなるべく長い期間、勇者をこの世界に留めるよう仰せつかっている。何よりデューク自身が穂積にこのまま居てほしいのだから、それをちゃんと自分の言葉で伝えるべきだと思っている。


 この日仕事から帰ったデュークは、居間のソファーで本を読んでいる穂積を見つけた。前に皐月に渡した翻訳できる眼鏡をかけて、この国の娯楽小説を読んでいた。

 穂積がデュークに気が付いた。


「デュークお帰りなさい」


「ああ……、ただいま。穂積、何を読んでいたんだ?」


「うん、前に皐月が面白いといっていた、娯楽小説なんだけど……」


 穂積は自分で皐月の名前を出してハッとした。穂積は首を横に振ると、「何でもない」と小さな声で呟いた。


「あ、それよりデューク、夕飯は食べた?」


「ああ、済ませた」


「それなら、デザートがあるぞ。稀星も大好きなシャングリラのパウンドケーキを今日貰ってな……、っと、ごめん、何でもない。――パウンドケーキはいかが?」


 また、穂積は「何でもない」と呟いた。

 

 デュークは、色々な感情を我慢して、自分を押し殺している穂積が不憫に思え、堪らず強く抱きしめた。穂積はびっくりしてデュークを見た。


「穂積、無理をするな、前に穂積は俺に甘えてもいいと言っただろう? 穂積も俺に甘えてもいいんだ。俺にお前の胸の内を全て吐き出せ」


 穂積は静かに首を横に振るだけだった。


 デュークは穂積の目を見つめた。黒曜石の瞳が寂しげに揺れている。


「穂積、俺と所帯を持たないか? 結婚して、子供を作って、この国の平和を見届けるんだ」


「……」穂積は一瞬驚いたような目をしたが、相変わらず瞳を揺らして無言のままだった。


「穂積、俺はお前が好きだ。きっと、初めてお前の夢に入って出会ったときから好きだった。お前の悲しむ顔は見たくない。俺は皐月や稀星の代わりにはなれないけど、お前と一緒に新しい生活を築いていくことはできる……」


 穂積は、デュークの告白をどう受け止めてよいのか分からなかった。正直な気持ちとして、嬉しいのに喜べない自分がいる。


「デューク、――自分も多分、デュークの事を好きだと思う。今まで男とは喧嘩ばかりして、異性を意識したことも好きになったこともない。でも初めて愛おしい、抱きしめたいと思ったのはデュークだけだ」


 デュークは予想外の穂積の告白に動転した。

 嬉しさからふわふわと身体が浮いたように感じたが、次の穂積の言葉で冷水を浴びせられた心境になった。


「でも、自分は今宙ぶらりんなんだ。皐月や稀星とは10年以上も一緒に過ごしていながら、急に回線が切断されたような別れ方じゃあ、気持ちの区切りがつかないんだよ」


 デュークは穂積の苦しみがよく理解できる。デュークだって、かつて自分の村に魔術師団が襲ってきた時、親や友達など皆殺しにされ、気持ちの整理が付かず宙ぶらりんの状態に陥ったではないか。


 デュークは自分や国の我儘で、苦しむ穂積をこの国に留めることは、そのうち激しい自己嫌悪になるだろうと気が付いた。まだ取り返しのつくうちに穂積の希望を叶えてやることが一番重要であると思い至ったのだ。


「……――穂積も元の世界に戻るか?」


「――えっ! 出来るのか……?」


 穂積の二つの黒曜石に強い感情がこもったのをデュークは見逃さなかった。


 数日後、穂積はユウジーン王立学園のあの礼拝堂にいた。召喚された時のように一段高い台には魔法陣が書かれており、その中央に穂積が立っていた。

 台の周りにはローブのフードを目深に被った召喚士達がぐるりと取り囲んでいる。

 今日はいよいよ穂積が元の世界に戻る日なのだ。


 デュークは数日前のあの晩から、ヘンリー新国王を説得し、穂積を元居た世界に返すことを決めた。それからは星読み達に吉日を占術してもらったところ、儀式は数日後に決定し、あっという間に当日になってしまった。


 穂積が魔法陣の中央に立ち、儀式が開始される直前に「ちょっと待って」と穂積はデュークを呼んだ。


 デュークが台の上に上がると、穂積はこの国に来た時と同じ元の世界のセーラー服を着て、胸にはこの国の勲章が下がっている。

 穂積はハラハラと静かに涙を流していた。


「デューク有難う。本当に有難う。自分は一生デュークを忘れないし、他の男のことは絶対に好きにならないから」と、言うと、自分の制服のスカーフを外してデュークの首元に結んだ。


 そして背伸びをしてからデュークに近づくと穂積から口付けた。唇が触れ合うだけの軽い口付けだった。


「デューク、自分のファーストネームは『愛』って言うんだ。似合っていないから滅多に人には教えないけど、デュークには自分の心と共に名前を置いていくよ」


 デュークは目頭がカッと熱くなった。

 穂積の言葉は、デュークが胸の奥に閉じ込めて蓋をした感情にいとも簡単に火をつける。デュークは穂積の腰を抱くように引き寄せると、むさぼる様であり、それでいて一生絶対に忘れないような熱いキスをした。

 周りで誰が見ていようとも関係無い。この数分間だけは、二人は二人の世界に没頭していたのだ。

 これ以上穂積に触れていたら手放せなくなる、元の世界には帰せなくなる、そう悟ったデュークは、名残惜しいように穂積から手を離した。そして、まるで執着を断ち切るように目を伏せながら離れていき、台から無言で降りて行った。


 周りの召喚士達が呪文を唱え始めた。それと共に魔法陣に光が灯り、薄暗い礼拝堂の中で怪しく煌めき出す。


 穂積はゆっくり目を閉じた、もう涙で何も見えない。


 魔法陣がさらに強く輝き出し、召喚された時と同じように何本もの光の触手が出てきた。誰もがいよいよと思ったその時、風のような素早い動きで台上に一人の男が飛び乗った。飛び乗った勢いでローブのフードが外れると、周囲は驚きで目を見張った。


「ユウキ宰相!」


 誰かが大声で叫んだ。


「この女あぁ、お前のお陰で全て破滅だ。俺も生きてはいられぬ身となった今、お前を道連れにしてやる!!! 死ねええええええ!!!」


 既に身体の半分以上が光に包まれて動けないでいる穂積に向けて、宰相が短剣を振りかざした。

 デュークは瞬時に転移魔法で穂積の前に立つと、間一髪で宰相を蹴り飛ばした。

 宰相は獣のような形相で目だけはギラギラと血走っていたが、長いこと姿を潜めて放浪していたためか骨と皮ばかりのように醜く痩せ、老いて亡霊のような姿だった。


 デュークは急いで魔法陣から飛び降りようと試みたが、光の触手はデュークにも強く巻きついてくる。光の隙間から、ユウキ宰相が仲間の召喚士達に取り押さえられているのが見えた。

 何とか魔法陣から脱出しようと藻掻くデュークであったが、光の触手の巻き込んでくるスピードがとても速くてどうにもならない。

 穂積専用の魔法陣だったはずが自分まで巻き込まれるとは、まだどこかに欠陥があったということか。

 もう無理だと観念したデュークは、意識が薄れていく穂積を必死で抱き締めて目を瞑った。



 ******




『ガタン、ガタン、ゴー…――』


 耳に懐かしい電車の音が聞こえて穂積は目を覚ました。


 周りを見渡せば穂積がよく知っている場所の一つで、この界隈では有名な高架下の喧嘩スポットだ。


 そして、穂積の腰にはやはり見慣れた、さっきまで熱い抱擁を交わして別れを惜しんだ男がヒシっとしがみ付いているではないか。


「デューク、おいデュークってば、起きろよ、おい!」


「――ん、んあ?」


 デュークがキョロキョロして周りを確認している。


「ああ――……、穂積の世界に付いてきてしまったようだな」


 デュークはその場で座り込んだまま、頭を搔きむしった。


「どうするんだよ、デューク!」


 焦る穂積と対照的に吞気なデューク。


「うーーーーーん、まあ、これで穂積と暫く一緒に居られるな。皐月達の例と同じで、いつかはラドメフィール王国に引き戻されるだろう?」


「何を悠長な事言ってるんだよ」


 深刻な事態にも関わらず、どこか嬉しそうな穂積とデューク。

 二人は笑いながら、「どうするんだよ」、「致し方ないな」といつまでも言い合った。

 既に日が暮れて空は夜の漆黒を包み込むなか、満月が煌々と輝き、穂積とデュークを優しく照らす。


 

 一方、ラドメフィール王国と絆を持つ女子高生2人は直ぐに異変を感じ、足が縺れて、何度も転びそうになりながらも急いで高架下に駆け付けた。


 遠くから駆け寄る足音が段々と穂積達に近づいてくる。


 息を切らしながらも「穂積なの!?」、「穂積ですか?」と叫んでくる懐かしい声と声。


「皐月ぃ――! 稀星ぁ――!」


 穂積は夢中になって2人に駆け寄った。穂積がここ数日で一番の満面の笑顔を見せたのは言うまでもない。

 デュークは嬉しそうに抱き合うJK3人組を見て、自分の決断が間違っていなかったことに格別の満足感を覚えた。


(さぁて、これからどうするかな……)


 デュークはゆっくり立ち上がると、今まで見た事が無い『電車』と、一つしか浮かんでいない月を不思議そうに眺めた。


 次はこの日本で、21世紀で、JK3人組+1(デューク)の物語が新しく幕を開けた――。


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