第10話 国王の戴冠式と異変

 皐月は夜中に突然目が覚めた。あのお茶会の日から数週間経った頃から身体に不調をきたすようになる。具体的にどこか痛いわけではないが、胸が落ち着かなくなり、手や足など体の一部が消えて見えなくなるようになった。それは目の錯覚のような感じで、心を落ち着けてよく見ると実際に手や足が消えているわけでは無いのだが、突然起こるのだ。

 一番初めに起こったのはお茶会の翌日だった。突然右手が消えた。いや、消えたように見えたが、二度見すると、そこに右手は確かについている。その日は色々あったから目が霞んでいるとか、疲れているのだと自己分析した。だが、その後も身体の一部分が見えなくなる現象が定期的に発症し、今ではずっと胸騒ぎのような動悸も感じるようになってしまった。

 皐月はこの現象が自分にだけ発症しているのか、それとも3人全員に起きているのか、いよいよ確認しなければと感じていた。


 穂積、稀星、そして皐月の3人は、お茶会の後でもずっと忙しい日々を送っている。

 シャングリラでは女性の自立の一助になればと店を開店する計画があった。何しろシャングリラの女性達がつくるお菓子やパン、ジャムなどの食品の他、石鹸や洗剤も質がよく、今までも好評を博していたため、店として正式に立ち上げて販売することにしたのだ。穂積は主にその手伝いをしたり、忙しい女性達に代わって小さな子供たちの遊び相手になったりした。


 稀星はフェニックス騎士団で剣の指導をしたり、稽古をつけたり、ウィリアム・ブラウンの看病をしたりした。ウィリアム・ブラウンはお茶会革命の戦闘で稀星を庇って一撃を受け、生死の境を彷徨った。だが、デュークの治癒魔法がウィルの命の綱を繋ぎ留め、何とか奇跡的に回復することができた。稀星は自分を庇って怪我をした負い目があったので看病を申し出たのだが、いつも楽しそうに看病に出かける稀星は傍から見ても微笑ましいものがある。


 皐月はカミーラの女学校建設の手伝いをした。場所の相談から対象年齢でのクラス分け、授業の内容や先生の確保などやることが多岐に渡っており、皐月も自分の知見を存分に披露して学校建設に貢献している。


 デュークやキアヌも当然忙しい。彼らは新しい国王の最も近い側近になることから、国の体制などの組織づくりを任されており、寝る暇もない忙しさのようだ。以前デュークは同じゲストルームに滞在していたが、今は護衛も必要ないだろうという事と、彼自身の忙しさもあり宮殿で寝泊まりしているらしい。皐月はここ何日も彼らの顔を見ていない。


 そうやって忙しい日々を送っている最中に度々発症する不調には困ったものであるが、皐月には不調が発症する原因について少し心当たりがあった。できれば今後予定されているヘンリー殿下の戴冠式までは波風を立てたくないと思っており、日々、少しずつ消える面積が大きくなる自分の手を見ながら深い溜息をついた。



 ******



 お茶会革命から一か月経ち、穂積達JK3人組はミランダ姫の私室に招かれていた。豪奢なロココ調の白い家具で一式整えられ、あちらこちらに切り花が飾られており、いい香りが漂う部屋の主は、穂積達を前に小指を立てて優雅にお茶を一口飲んだ。


 明日はいよいよヘンリー殿下の戴冠式だ。

 世の中はまだ不安定ではあるが、王都の雰囲気は悪くなく、通りは以前とまるで異なり、多くの女性達が闊歩していた。どの女性もハツラツと元気に見え、店や市場の露店などは女性の売り子が多く姿をみせた。

 先の国王がヘンリー殿下に王位を譲ると宣言したため、少なくともその一か月以内には戴冠式を行って新国王が所信表明する必要がある。なぜなら、国王が不在の国は隣国からの標的になることがあるし、国政においても良くないことだらけなのだ。先の国王が魔力を無理にでも保持して在位し、王国の安定を内外に示すことが重要であるからこそラドメフィール王国は他国から侵略されることなく発展し続けた。例え国内に大きな代償が必要であったとしても。

 そして、この程デューク達の頑張りもあり、やっと戴冠式を翌日に控えるまでとなった。


「ミランダ姫、本当に明日の為にドレスを貸していただけるのですか?」


「ええ、稀星さん、わたくしたちはサイズもそう違わないですし、――えーと、穂積さんは少し長さを調整する必要がありますけど、どれでもお好きなドレスをお選びになって下さいませね」


「ミランダ姫、自分はドレスなんて必要ないよ」

 穂積が焼き菓子を頬張って、まったく興味のない素振りをした。


「いけませんわ。あなた達3人は、ヘンリー殿下が戴冠されたあとの披露パーティーで、勲章を授与されることになっているのですから! そんな名誉で華々しい機会に平服では殿下に失礼ですわ。それに穂積さんも恥ずかしいと思います」


 ミランダ姫は穂積から焼き菓子を取り上げて息巻いた。

 穂積は少しムッとして、聞きづらいと思っていたことを敢えて口にした。


「それはそうとして、ユウキ宰相はどうしてる? あのお茶会の日に忽然と姿を消してしまったけど」


 ミランダ姫は途端に表情を硬くした。


「……正直、分からないんです。お父様はあの日から家に帰っていません。ヘンリー殿下が広範囲に探して下さったようですが、見つからなかったと伺っています。後日、ユウキ家の家督をお兄様に譲るという連絡が届きましたので、生きてはいると思いますが……。先の国王の為とはいえ、あれだけの罪を背負えば、二度と人前には出てこられないと思います……」


「ミランダ姫はそれでもいいの?」

 皐月がミランダ姫を見た。


「わたくしは、お父様の事を憎んでいます。小さい頃から折檻はあたりまえ、良い思い出は一つもないのですから」


「でもね、一応父親としての情はあったと思うよ」


「えっ?」

 ミランダ姫はどこにそんな情があったのかと皐月に訝る目を向けた。


「だって、ミランダ姫は魔力を使えるでしょう」


 皐月のその一言に穂積と稀星は目を合わせて納得した。まだよく理解していないミランダ姫に稀星が優しい声を出した。


「ミランダ姫が生まれた頃は、女の子であればみんな洗礼を受けていたはずです。洗礼を受けるということは魔力を抜かれて使えなくなるという意味です。魔力が使えるということはミランダ姫が洗礼を受けなくても良いようにしたか、或いは洗礼を受けたように見せかけるなどの画策を宰相が行ったからですわ」

 

 稀星の説明にミランダ姫は唇を噛んで、目を伏せた。


「さすがの宰相も自分の娘から魔力を抜くことはできなかったんだね。ミランダ姫が言う様に、人前には二度と出られない程の大罪を犯したし、出てきて欲しくないけど、親子は何があってもずっと親子なんだから、ミランダ姫が宰相を憎くむのは少し気の毒なのかもしれないね」


 親子間の問題はデリケートだから、「これ以上は口を挟まないけどね」と、穂積は頭の後ろで腕を組んだ。

 ミランダ姫はJK3人の話しを聞き、涙を堪えた表情で「分かりました。教えていただき有難うございました」と礼を口にした。


「さあ、この話はおしまいです。ところで、わたくし気になっていたのですが、ミランダ姫はいつヘンリー殿下と結婚するのですか?」


 稀星が場の雰囲気を一変させるように明るい話題をミランダ姫に振った。

 ミランダ姫は、恥ずかしそうに頬をピンクに染めたが、次の瞬間には再び顔に影を落として首を横に振った。


「わたくしが次の国王の妃になることは絶対に不可能ですわ。だって、宰相の娘だったのですから……」


 どう見てもヘンリー殿下とミランダ姫は思い合っている。ミランダ姫の言い分は最もであるが、二人を見て知っているだけに穂積は残念に思った。しかし、皐月の的を得た見方が皆を元気づけた。


「ヘンリー王子はそんなこと気にしないと思うけどね。出自よりも、その人となりをとてもよく見て、評価される人だと思うよ。この国の妃は、ヘンリー王子を支えられる人は、ミランダ姫しかいないよ」


 皐月の説得力ある言葉を聞いて気持ちが晴れたミランダ姫は、いかにも嬉しそうに表情を緩め、恋する乙女の瞳で3人を見た。


「皆様こそ、明日のパーティーにエスコートしてくれる人は決まりましたか? わたくし、こんな風にお友達と恋のお話しをするのは初めてですわ。とっても楽しいものなのですね」

 

「ミランダ姫。恋バナは聞いてもよし、自らお話しするもよしで、とっても楽しいものですわ」

 稀星が直ぐに意気投合した。

「ちなみにわたくしはですね、ウィルから誘われましたの。ウィルってば、明日わたくしをエスコートするために頑張って怪我を治療しましたのよ」


 稀星からは悪酔いしそうなくらいに幸せオーラが全開で、その表情から脳内の花畑が垣間見えそうだ。


「穂積さんはデュークから誘われているのでしょう? デュークはとてもモテるのですが、今まで特定の女性を作ったことが無いのですよ」


 稀星に話を振られて穂積は心臓がドキっとした。

「ああ、まぁ……、うん、誘われてはいる……。彼とは話をする約束もあるし……」


 稀星とミランダ姫は「それは結構ですこと」と、満面の笑みで穂積を見た。その視線の奥では二人の仲がどうなっているのかと興味津々のゴシップ記者のようにギラギラしている。


 ミランダ姫は、扇子で口元を隠しながら最後は皐月にロックオンした。

「では、皐月さんはキアヌとご一緒するのかしら?」


「私は特に誰とも約束していないから、男装してカミーラを誘おうかな……」


「!!!?」


 場が凍るほどの衝撃の発言とはこのことだ。


「ま、まさか皐月、いくらカミーラが美人で可愛いからって、百合の扉を開けてしまったのですか!?」

 稀星が頬を引きつらせている。穂積もほぼ同じ表情だ。


「違うよ! 二人とも本当に頭がお花畑だなぁ。そんなわけないでしょう!!」


 皐月は目を剥いて否定したが、稀星と穂積はまだ疑いの眼差しを止めない。稀星に至っては、「恋愛は個人の自由ですから、別に反対はいたしませんが……」とかブツブツ言っている始末。


「カミーラとは学校建設の件で詰めたい事が多いから、一緒だとそのことを沢山話せるでしょう。少しでも時間が惜しいんだよ。分かった?」

 

「それならさぁ、男装する必要がないんだから、皐月もドレス着なよ。自分だってドレスなんか本当は着たくもないんだから」


「――分かった、分かった。ちょっと冗談を言っただけなのに、とんだ濡れ衣だよ」と、皐月は口を尖らせた。


 その後4人はミランダ姫の衣裳部屋に移ると、壁一面のクローゼットに収まる色とりどりのドレスを前にして、特に稀星は目を輝かせて選び始めた。張り切る稀星にほとんどのコーディネートを丸投げした結果、とんでもないドレスをピックアップされた穂積は、その中から少しでも地味なドレスを選ぶことに集中した。


 ******



 ヘンリー殿下の戴冠式は、それは豪華なものだった。魔法が使える国だけあり、その日の空は虹色のオーロラのようなベールが朝から晩まで彩り、お祝いを伝える色とりどりの蝶が忙し気に空を舞っておりとても幻想的だった。戴冠式を終えたばかりのヘンリー新国王は会場となった教会から姿を見せると、国王として初めて民の前に立ち手を振った。沢山の国民が新国王を一目見ようと教会の周辺に詰め掛けており、割れんばかりの大歓声の中、王都はお祝いムードに包まれた。


 この日、戴冠を終えたばかりのヘンリー新国王は、宮殿で貴族達の祝福を受けたり、隣国の大使の挨拶を受けるなど分刻みの予定となっている。

 当然、穂積達と話す暇などなく、夕刻になって披露パーティーが始まってからも側にいくことさえ叶わなかった。

 

 穂積達3人はこの日、朝一番でミランダ姫の屋敷に出向き、ドレスを着付けてもらう予定だった。馬車に乗り込み世間話などしていたJK3人だったが、どうにも皐月と稀星に元気がない。いつもの様子と異なり不思議に思った穂積は単刀直入に聞いた。


「どうした? 二人とも。今日のパーティーに緊張しているのか?」


「いえ、穂積そういうことではありませんの。それはどちらかというと楽しみにしております」


「じゃあ、一体どうしたんだよ」


 伏し目がちの稀星が重い口を開いた。

「わたくしは少し体調が変なのです。とても不思議なのですが、時々身体の一部が消えて見えて、今朝などは起きると下半身が丸ごと消えて見えたのです。もう自分がここから消えて無くなってしまうのではないかと怖くなってしまって……」


 皐月は稀星の話しを聞くにつれて寒気を覚えて両肘を抱えていた。


「稀星……、……それ、私も同じだよ」


 穂積は瞠若して息をのんだ。


「えっ? 皐月もなのか! 二人に何が起こっているんだよ。自分には身体の一部が消えるなんて、そんなこと今まで一度もないけど」

 

 怯える目をする稀星と蒼白な顔をした皐月の手を、穂積は安心させるように力強く握った。皐月は穂積の手の温もりに後押しされるように意を決して穂積を見た。


「穂積、もしかしたら、私と稀星は元の世界に戻されるかもしれない」


 稀星は聞かされた言葉がとてつもなく破壊力を持っていたため、落ち着くために、一度ゆっくり深呼吸をした。

「皐月、それは、どういうことですの?」


 依然として青白い顔した皐月は、できるだけ冷静になるように努めながら、引っ掛かっていたことを口にした。

 

「ずっと考えていたことなんだけど、私と稀星は、穂積と違ってこの国に召喚された者でない。偶然に穂積が召喚された時に付いてきてしまったんだよ。実際に起こったことなので、それも有りなのかもしれないと思ったけど、ここ数週の間に現れる身体が消えて見える現象は、もしかしたら、召喚されていない者は元の世界から戻そうという引力が働き、強引に戻される前兆なのかもしれない。全ては因果応報で、歪みを正そうとする見えない力が働く原理なのだと思う……」


 穂積と稀星は強くショックを受け、何かを口から発することができなかった。


「最初は手のひらとか小さい範囲だけだったが、このところ、見えなくなる範囲が広範囲化している。辛いけど、私と稀星に残された時間は少ないかもしれない」


 皐月は研究論文を読み上げる教授のように淡々と分析した。


「――そ、そんなこと……、到底納得できないよ。急いで、召喚士でもあるデュークに相談しよう」


「……」


 混乱する穂積を前に皐月は無言だった。

 こんな時一番に大騒ぎしても良さそうな稀星ですら否定することなく無言でいる。穂積には分からないが、二人が納得するだけの目に見えない何かを感じているのかもしれない。

 穂積はただ焦る気持ちだけが逸り、二人が居なくなったらどうしようと、今にもワーワー大声で叫びたい心境だった。

 混乱する穂積とは逆に、無言で静かに俯く皐月と稀星の姿は、まるで死刑宣告を受け入れた囚われ人のようだと穂積は思った。

 とてもパーティーどころではなくなった穂積だが、無常にも馬車がミランダ姫の屋敷に到着したことを御者から伝えられた。


 エントランスでは、今日の日に相応しくとても晴れた表情をしたミランダ姫が出迎えてくれた。姫は既に支度が完了しており、髪は美しくハーフアップに結い上げ、輝くティアラが収まっている。フリルとレースとサテンを贅沢に使った美しい淡いピンク色のドレスは胸元に大きなリボンが飾られ、姫の愛らしさが一層際立っていた。


「皆様、ごきげんよう。今日は我が家の優秀な侍女たちが腕によりをかけて御仕度をお手伝いさせていただきます。さあ、皆様、お急ぎくださいませ」

 と、満面の笑みを向けた。


「穂積、行くよ」皐月が促した。


「――ああ、……うん……」


「穂積、そんな暗い顔されなくても大丈夫、私たちは今日直ぐにでも居なくなるということではありませんよ。今日は存分に楽しむことにいたしましょう。私もウィルと最後の夜を楽しみますから……」


「さ、最後って……」


「いやですわ。穂積、わたくしの言葉の上げ足を取らないで下さいな」


 稀星はさっさと馬車を降りると、ミランダ姫と談笑を始めた。

 穂積は何が何でも早くデュークと会って、皐月の話しが本当なのか確認しなければならないと強く思った。


 ******



 数百人の招待客がひしめいている宮殿の大広間に、突然ファンファーレが響き渡った。今朝の馬車でのやり取りをぼんやりと思い出していた穂積は、大きな音に反応して身体がビクッとなる。ファンファーレと共に新国王のお出ましとなり、披露パーティーの開催が宣言された。


 穂積は早くデュークと話さなければならないのに、まだデュークを見かける事すらなく、どこにいるのか全く分からないのだ。しかも今日の穂積は、いつもとは異なり、かなりドレスアップをされてしまったから、デュークがもしかしたら穂積に気が付かないのではないかと心配になる。


 穂積は胸元はシンプルであるが膝丈からタップリのレースが何重にも重なった水色のマーメイドドレスを着ており、髪の毛はポニーテールを結われ、サイドに大きな白いカトレアを飾られた。身長の高い穂積にはミランダ姫のようなドレスは似合わなかったため、すっきりとしているが、決して地味ではないこのドレスに決まった。


 皐月は穂積と同様にすっきりとしたAラインの光沢のあるグレーのドレスを選択した。袖だけがチュールのパフスリーブとなっており可愛らしさが添えられている。ショートカットの皐月は髪を耳にかけてカスミ草を思わせるような小さな白い花を髪飾りに選んだ。


 稀星は相当ゴテゴテしたフリルとリボンのまるでマリーアントワネットが着るようなドレスを選択し、結い上げた頭からは何本もの縦ロールがぶら下がっている。知らない人が見ればどこぞの姫のような貫禄があるが、知っている人が見れば、なるほど稀星だと納得する装いだ。エスコート役のウィルがフェニックス騎士団の正装で隣に立っているにも関わらず、どう見ても姫の護衛にしか見えない。それでもウィルは神々しいものでも拝むかのような視線で稀星をずっとリスペクトしている。


 さっさと勲章授与が終わらないかと、穂積がイライラしているとカミーラ達が姿をみせた。豊かな金髪を後ろにそのまま流し、真珠で飾ったアイボリーホワイトのドレスを着たカミーラは花嫁のように美しかった。カミーラと一緒に現れたのは侍女長とフェニックス騎士団のエイダン団長だ。二人は腕を組んでおり、恋人同士だった。お茶会革命によりやっと結婚できる運びになったそうだ。いつもお仕着せの侍女長は赤い大きなバラが肩に飾られた深紅のドレスを着こなし、大人の色気を醸し出す。侍女長とエイダン団長は、稀星とウィルに揶揄われて恥ずかしそうにしている様子がとても初々しい。


 新国王が玉座の前で立ち上がると再びファンファーレが鳴り、会場の招待客は一斉に新国王に注目した。


「皆さん、今日は私の即位披露パーティーを存分に楽しんでいただいているだろうか。私は今日、戴冠し、このラドメフィール王国の新国王となった。今まで性別により歪んだ利権があった我が国であるが、これからは個人としての素質や能力を重視し、やる気のある者なら誰しもが活躍できる、その人生を楽しめる世の中にしていきたいと思っている」


 会場は割れんばかりの大歓声の渦となった。


「そして、私が即位するきっかけになったのは、次の3人の勇者たちだ。穂積、皐月、稀星、前に出てきてくるか」


 会場はどよめいた。多くの人達は穂積のことを知らないのだから当然である。


「――……って、こんな派手な紹介参るなぁ……」


 皐月がぼやいた。

 JK3人がその場で立ちすくんでいると会場の照明が徐々に落とされ頭上からスポットライトが当てられた。その光の誘導により、不思議なことに自然と足が前方に進んでいく。


「穂積、皐月、このような場では背筋をピンと伸びして、笑顔で参りますわよ」

 堂々とした態度で稀星が先頭を切り、続いて穂積と稀星が重い足取りでついていく。


 途中、「すごいですわ」と感極まっているミランダ姫に見送られヘンリー国王の玉座の前に出た。

 JK3人は教わった礼儀作法のとおり、ドレスの裾を持ち上げ礼の姿勢を取った。


「面を上げよ」

 重々しいヘンリー国王の声により正面を向くJK3人組。

 重厚な王冠をつけた初々しい国王は、言葉こそいつもとは異なるが、いつもの親しみやすい笑顔を向けていた。

 

「貴殿たち3人の働きなくして、我が国の変革は在りえなかった。しかし、歴史が一晩で塗り替えられることはなく、まだまだ変革の途上にあるこのラドメフィール王国はこれからが本番となり、発展していかなければならない。今後も貴殿らに助力いただきたいことは多々ある。しかし、本日は一つの節目として、また、私が即位して初めての記念として、第一号の勲章を授与する。この勲章は未来永劫に渡り、新風を吹き込ませてくれた貴殿たちの働きを称えるものであり、貴殿らとこのラドメフィール王国を繋ぐ礎となるだろう」


 JK3人組は揃って頭を下げると、国王付きの家来がまるでオリンピックの金メダルを贈呈するときのように恭しく首にかけた。

 勲章は王家の紋章である2匹の獅子を模った作りで、2匹の獅子が向かい合って宝玉を持ち上げているデザインだ。金色の中に光る七色の宝玉。後から聞いた話だと、魔術師の錫杖に収まる用の魔力を持つ宝玉らしい。


 勲章が胸に収まった3人の姿を満足気に眺めたヘンリー国王は、いつもの砕けた雰囲気でくしゃっと破顔した。


「これで、私と君たちはずっと友人だ。そう思ってもいいだろうか? それにしても、馬子にも衣装だな。見違えたよ」


「もちろんだよ。ずっと友人だ」

 穂積もこの時ばかりは余所行きを止めて、いつもと同じ調子で頷いた。


 パーティーは進行に従い、ダンスの時間となった。王宮所属楽団の管弦楽のハーモニーに誘われ、中央の広場に人が集まる。ヘンリー国王はミランダ姫とファーストダンスを披露した。国王にファーストダンスを誘われたミランダ姫は、国王のパートナー候補と公言されたようなもので、ミランダ姫は頬を染めてダンスに応えた。


 稀星もウィルとダンスの輪に入り、一瞬、剣の稽古かと見間違えたが、楽しそうに踊っている。

 皐月は、カミーラと壁側の長椅子に座って、熱心に話し込んでいた。

 穂積はそんな様子を後目にそっとバルコニーに出た。こんなにも楽しそうな雰囲気なのに、楽しめていない自分がいる。バルコニーの手すりにもたれ掛かり、眼下に見える見事なバラ園を眺めた。


(……――!?)


 突然頬に冷たいものが押し当てられ、驚いて目を向けると、デューク・ウルフェンが立っている。いつもよりオシャレなドレスローブを着ており、人の気も知らず吞気に笑っているではないか。手にはシャンパングラスを2つ持っているので、その一つを頬に押し当てられたのだと分かった。


「穂積、久しぶりだな。ドレスがよく似合っている」


(デューク!! ――今までどこにいたんだよ)と、叫びたい穂積だったが、言葉がでてこない。


 デュークの顔を見た途端、張り詰めていた気持ちが一気に溢れ出し、まるで迷子になった幼い子供のようにただ涙がこぼれた。


「穂積、どうした?」


 デュークはベランダの手すりにグラスを置くと穂積の顔を覗き込んだ。様子がいつもと違うし、突然泣き出すなんて穂積らしくない。一向に涙が止まる気配がないため、落ち着くのを待つしかないと思ったデュークは、穂積をそっと胸に抱きしめた。

 穂積はもはや泣くことでしか気持ちを抑えられず、デュークの胸の中でわんわんと大声で泣きじゃくった。穂積は今までこれ程自分のために泣いたことはない。この涙は、2人が居なくなるかもしれないという不安な気持ちと、一人になってしまうという心配からきているのだ。思い返しても3人は小学生からの付き合いで、いつも3人でつるんでいたため、穂積が一人ぼっちになることが無かったし、そんな状況を想像したこともなかった。


 未だしゃくり上げてはいるが、少し落ち着きを取り戻した穂積を誘って、デュークは下の庭園に降りた。デュークに手を引かれながら穂積は何から話せばよいか考えていた。バラ園には四阿あずまやがあり、2人はそこに座ると、穂積は息を落ち着かせてから、今朝、馬車の中で皐月達から聞いたことをデュークに話した。デュークは黙って話を聞いた。


「デューク、皐月と稀星は本当に元いた世界に帰ってしまうのか?」


 口を開かないデュークに穂積は胸ぐらを掴んで引っ張った。


「デューク、デューク! デュークってば!!」


 穂積になされるままに首を揺らすデュークに、穂積の手が首元から外れてパタッと下に落ちた。暗い表情で目を伏せて何も発しないデュークは、肯定しているも同じなのだと穂積は悟ったのだ。


 乾ききっていない穂積の目からポロポロと涙が再び零れ落ちる。寂しくて、悲しくて、心が寒くて、どうしようもできない遣り切れない気持ちが穂積を捉えて離さない。


――そして、

  

 皐月と稀星がこのラドメフィール王国から消えたのは、このパーティーの夜から二日後のことだった。

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