第9話 お茶会革命

「初めまして。皐月さん、稀星さん、カミーラです」

 金髪の長い髪の毛をポニーテールにしているカミーラが可愛らしい顔をニコニコさせて上の階から降りて来た。シャングリラでカミーラと挨拶をしたのは3日前のことだ。


 その日からJK3人組+デュークは毎日馬車に乗り、ユウジーン王立学園から王都まで通った。カミーラ主催のお茶会のチラシを多くの女性達に配るためだ。

 朝、王都に到着するとシャングリラでお茶会のチラシを預かり、王都内のあちらこちらに出向いて女性にチラシを配る。途中、魔術師団が警邏していることが分かると、いなくなるまでローブのフードを深く被ってやり過ごしたり、デュークがわざと話しかけて目を反らすそうに仕向けたりした。そして、魔術師団がいなくなると再び積極的声をかけるのだ。


「こんにちは。明日噴水の広場で開催します。お菓子やエルダーフラワーのコーディアルのドリンクもありますから遊びに来てください~」

 

「シャングリラで作ったジャムやパンなども販売します」


「お子さんも大歓迎ですわ。よろしかったら、是非、遊びに来てくださいませ」


 初日から変わらず穂積、皐月、稀星は3人がそれぞれの言葉で女性を見かけると声を掛けていった。しかし、だ、街を歩いている女性が本当に少なく、一見、女性なのかよく分からない人も多く非常に効率が悪かった。

 そこで、穂積は市が立った日のことを思い出した。台所は女性の仕事のため買い物に出るのも女性が多く、市場では多くの女性が買い物をしていた。王都では二週に一度市が立つ。運よくお茶会の前日である今日が市の日だったから、集中して女性を誘うことにしたのだ。しかも市場の露店は今でこそ宰相の御触れが出て女性が売り子に立つことは無くなったが、従来は女性が売り子に立つことが多かったそうだ。裏を返せば女性であっても労働力の一員と男性が認めているということだろう。

 穂積達は買い物に来ている女性と露店の店主の男性にもチラシを配ることにした。市は通りに沿って長く露店が並んでいることから、露店担当の穂積とデューク、買い物客担当の皐月、稀星に分かれることにした。予想通り午前中から市がある通りは多くの買い物客で賑わっている。


「じゃあ、皐月と稀星、丁度お日様が真上にきた頃にまたこの市の入口に集合な」


「うん、穂積わかった」

 皐月が現時点の太陽の位置を確認すると眩しそうに目を細めた。



「稀星、これを護身用に持っていてくれ。魔力返しも仕込んであるから」

 デュークが剣を稀星に渡した。


「人が多く出るときは魔術団もかなりの人数で警邏していると思う。何しろ前回の市の時には2回も魔術師のやつらに絡まれたんだから」


 穂積はその時のことを思い出し、プリプリと怒った。

「だから、本当に注意してくれ。何かあったら大声で叫ぶんだ。いい?」

 穂積は皐月と稀星を心配そうに見た。


「大丈夫ですわ。デュークさん短剣を有難うございます。私は剣さえあれば鬼に金棒ですのよ。それにローブで取り敢えず性別は隠していますので」

 稀星は預かった短剣をスカートのベルトにグイと差し込んでからローブで隠した。

 今日のJK3人組は揃って足元まで隠れる長いローブを羽織っている。


「じゃあ、また後で!」

 と皐月が元気な声を出すと、皐月と稀星のペアは雑踏に消えていった。


「よし、自分達も頑張ろう!」


 穂積が気合を入れてデュークを見上げると視線が合ってドキッとした。最近の穂積は心臓病に罹ったのではないかと思うくらいにデュークを見ると動悸がして困る。この前、デュークが気の迷いで(と、いう事にしている)口付けしてきた時からモヤモヤと動悸に悩まされっぱなしだ。

 デュークが悪いと穂積は思う。なぜなら、前にも増して穂積にスキンシップを仕掛けてくるようになったからだ。前の意地悪な雰囲気はすっかり息を潜め、代わりに甘ったるい砂糖菓子のような雰囲気を出してくるのにはホトホト困り果てていた。硬派の穂積は甘いものが全般に渡り苦手なのだ。

 デュークが赤い顔をしている穂積の頬にそっと触れた。穂積の身体がビクッと跳ねた。

「だからぁ、お触り禁止!!」


「熱があるのではないかと心配しただけだ。それとも俺を意識しているのか?」


「ち、違うよ!」

 違うと言ってしまったが、穂積は腕を組んで考えた。

(やっぱり自分はデュークを意識しているのか……)


 デュークは面白そうに穂積を見ていたが、穂積が抱えているチラシをさっと奪うと歩き出した。


「デューク、自分が持つから大丈夫だよ」


「重いだろう?」


「重くないし。自分を女性扱いしなくていいから」


 変なことを言うなぁとデュークは立ち止まって振り返った。

「穂積はか弱い女性じゃないか」


「か弱くないし、馬鹿力だ」


「力が強いのは知っているが、とても優しく素敵な女性だ。穂積に自覚が無いのなら言うが、漆黒の髪の毛は絹糸のように滑らかで、抱き心地のよい腰は華奢でくびれているし、何より俺が好きなのは、その意思の強さを物語っている黒曜石のような美しい目だ。ずっと見ていても飽きない」


 穂積はデュークの明け透けな言葉に、まるで経験が浅い中学生男子みたいに耳まで赤くなった。穂積の経験なんて中学生男子並みなので致し方ないのだが、男性の甘い言葉を上手に受け流すスキルなんてまるで持っていない。


「な、な、な、何てことを言うんだっ。真昼間から!!」


「なんだ、穂積は夜に言ってほしかったのか。それならそうと早く言ってくれ。添い寝をしながら穂積の素敵なところを一つ一つ囁いてあげよう……」

 デュークは至極真面目に言った。


「――分かった。もう勘弁してくれ。デューク、色んなことが全部終わってから二人で話し合おう。それまでは自分も極力デュークのことを意識しないようにするつもりだ」


 穂積が言ったことを全て真に受け取られたら、たまったもんじゃないし身が持たない。穂積は羞恥心から意識が遠のきそうになったが、何とか踏み止まった。

 デュークは納得したような、納得していないような不思議な顔をしたが、小さく溜息を落とすと改めて2人で話す機会があるのだと理解し、「分かった」と了承した。

 皐月達より随分出遅れてしまったが、その分を取り返すように穂積は巻きを入れて露店にチラシを配って歩いた。


 ******



「ねぇ、皐月、穂積とデュークってどうなっているのかしらね?」


「何が?」


「だって、この前の作戦会議の夜だって、途中2人で外に抜け出していたでしょう。戻ったとき、穂積の顔が真っ赤だったから、何かあったのだと思いますわ」


「下衆な勘ぐりをするんじゃないの、稀星」


「だって、あの穂積ですわよ! あの穂積が恋に落ちたなんてレア過ぎますわ」

 稀星の目が興味津々にキラキラ光った。


「もし、穂積が恋をしたのだとしたら、それは喜ばしいことだと思うな。基本穂積は自分のことよりも他人のことばかりでしょう? だから自分の気持ちに向き合うことも大事な成長の一過程なんだよ。穂積だって脳筋の短腹ってことだけじゃないんだからさ」


「もう、皐月は難しく言うからよく分かりませんわ。女性は恋をして美しくなるんですから、少し羨ましいだけですわ。わたくしだってもちろん穂積の恋を応援しますわよ。それにしても、わたくしの恋はどこに落ちているのかしら……」


「……はい、はい」


 うっとりと惚ける稀星を尻目に、皐月は前を歩く年配の女性に声を掛けた。


「あの、明日よかったら噴水の広場でお茶会を開催します。シャングリラのお菓子なども無料で食べられるし、ジャムなどの物販もありますから、是非遊びに来てください」


 50歳代くらいの年配の女性は「ふ~ん、お茶会ねぇ」と片方の眉毛を跳ね上げ訝った様子たが、まんざら興味が無さそうな感じでもなかった。

「前にシャングリラのジャムを貰ったことがあるんだけど、とっても美味しかったんだよ。娘を誘って買いにいくかねぇ」


 皐月は嬉しくなって明るい声を出した。

「はい。是非、是非買いに来てください。シャングリラの女性達が作るものはお菓子でも、コーディアルでも、もちろんジャムでも全部とっても美味しいんです」


 年配の女性は頷いた。


「あの、娘さんがいるのですか?」


「ああ、もう嫁いでいるよ。初めの子は男の子だったから良かったけど、一か月前に女の子を産んでしまってねぇ……。今日は法王様の洗礼に行ったはずだけど、気落ちしていたから、こういう所へ出向いて気分転換でもと思ったけど、女の身では差し出がましいかねぇ」


「いいえ、そんなことはありません。是非、娘さんを誘っておいで下さい。あのぉ、ついでに一つ伺ってもいいでしょうか」


 皐月は女性の話しの中で疑問に思ったところがあった。


「なんだい?」


「法王様の洗礼とはどのような儀式なのですか? 私は外国出身なのでよく分からなくて」


 女性は変なことを聞く子だねと呆れた顔をしたが、詳しく教えてくれた。

 女性に生まれると魔力を使うことが出来ないため、女児が生まれて一か月経った前後に教会へ行き、幸多い人生が送れますようにと神の恵みを受けるための儀式なのだと教えてくれた。日本で言うお宮参りみたいなものかもしれない。


「男の子は洗礼を受けないのでしょうか?」


「ああ、男の子は受けないよ。男性で生まれてきた時点で魔力を持っているという揺るぎない神の加護があるのだからね」


「……ちなみに、60年前頃って、何か大きな出来事ってありましたか?」


 その女性は「唐突に何だい?」と驚いたが、直ぐに再び呆れた顔をすると「現在の国王陛下がお生まれになったんじゃないか。若い人はそんなことも知らないのかい」と、大きな溜息をついた。


「――そうですか、国王が……」


 皐月は丁寧にお礼を言うと、チラシを10枚程度渡し、「良かったらお友達も誘ってください。明日待っていますから来てくださいね」とお願いして女性と別れた。


 皐月は何かがストンと落ちてカチャっと嵌った気がした。まるでずっと探していたパズルのピースが見つかったときのように気持ちが逸る……。

 


「皐月、わたくし、いっぱいチラシを配れましたわ!」稀星が駆け寄ってきた。


「……」皐月は無言で一点を見つめている。


「皐月、皐月さんってば! 聞こえていますの?」

 稀星が皐月の耳元で大きな声を出した

 

 皐月が瞠若した。「閃いた!!!! 点と線が繋がったよ」


「点と線? 何のことですの?」


 最近の忙しさで皐月がおかしくなっちゃったのではと、稀星が心配そうに皐月の顔を覗き込んだ。

 一方の皐月は、ずっと引っ掛かって痞えていたものが解消されたような晴れやかな表情だ。


「さあ、穂積達と合流しよう。とても大事な話があるんだ」


 皐月は稀星の手を引っ張って、穂積達との待ち合わせ場所に向かった。

 お日様は待ち合わせ時刻を示すてっぺんの位置にあった。



 ******



 その日は清々しい快晴で、常春のラドメフィール王国の代名詞ともいえるような心地よい日だった。暑くもなく寒くもなく、時々そよ風に乗って花の香が漂う。シンボルである円形の大きな噴水の水しぶきは周辺にマイナスイオンと涼をもたらした。

 王都メルトの中心地である噴水広場には今朝から簡易テントが立てられ、小さなテーブルとイスのセットがあちらこちらに設置されている。とりわけ大きなテントでは今日無料で配られるお菓子とドリンクのセットが小さなトレイにセットされ、100セット程用意されていた。そして一番目立ちそうな場所にお立ち台が設けられ、魔女カミーラが演説する予定なのである。

 そう、今日はこれまで入念に準備した『お茶会』の日なのだ。

 普段は滅多に外に出ることのないインキュベート『シャングリラ』の女性達も、この日は、事前に準備したお揃いのエプロンドレスを身に着けた。髪には菫色のライラックの花を飾って気分を盛り上げ、会場の準備に奔走している。


 JK3人組とデューク、キアヌとヘンリー殿下、ミランダ姫は早くからこの広場に集まり、テントの下に集っていた。ヘンリー殿下とミランダ姫はいつもの煌びやかな宮殿ファッションではなく、町の青年と町娘風に装っている。軽装の2人であっても醸し出されるオーラは隠しきれないなと穂積は苦笑した。穂積達も今日は女性を隠す必要がなかったので、動きやすい膝丈のワンピースなどの服装にした。いつもの事であるが、稀星だけはパニエを何枚も重ねたエプロンドレスのゴシックロリータファッションでかなり目立っている。


「やあ、穂積、皐月、稀星、ご無沙汰して申し訳ない。今日はカミーラとの対話の機会を設けてくれて有難う。順調に事が運んだようだね」

 ヘンリー殿下が軽やかに挨拶した。


「皆様、御機嫌よう。今日はお茶会のお招きを頂戴して参上いたしました。お招き有難うございます」ミランダ姫が両手でワンピースのスカートを少し持ち上げた。


「ミランダ姫、今日は女性の集まりだけど、ほとんどが平民だと思うから、堅苦しいのは抜きだよ。前に自分達の国にきた時の『みゆき』のように振舞ってくれ」


 ヘンリー殿下は驚いたようにミランダ姫を見た。

「姫は、いつもと異なった振舞いをされたのか?」


「嫌ですわ殿下、少しお転婆が過ぎただけですのよ」と口元を両手で隠した。


 穂積はずっと心配して気になっていたことをミランダ姫に聞いた。

「姫、その、御父上には今日のこと言っていないよね……?」


「もちろんですわ。お父様に知られたらこんな素敵なこと直ぐに潰されてしまいますもの」

 ミランダ姫は上品に笑った。

 それを聞いて安心した穂積は、2人に改めて今日の進行を説明した。

 

 特に何時から開催というわけでもなく、バラバラと参加者に集まってもらい、女性達自らが情報交換をしてもらうのが目的だ。なので、女性達が家を出やすいように物販もすることになっている。女性達が多く集まったタイミングでカミーラは自分の言葉で皆に演説をすることにしていた。

 まだ時間的に早く誰も来ていないので、この時間帯にヘンリー殿下とカミーラが面会することになった。一応一目を避けるために、オープンなテントではなく、周りが囲まれている天幕に席を設けた。ヘンリー殿下はキアヌとデュークを伴い、一方の魔女カミーラは侍女長を同席させた。ヘンリー殿下から穂積もと名指しされたが、この国の話し合いであるため、穂積は辞退させてもらった。


 天幕にヘンリー殿下が入って話し合いはスタートした。ヘンリー殿下は魔女カミーラが可憐な女性であったころに驚いた様子であったが、カミーラの真剣な話に引き込まれ、話し合いは1時間にも及んだ。


 その間、ミランダ姫は稀星と今日振舞われるお菓子とドリンクの試食をしながら、王都のファッションや化粧について盛り上がっている。お嬢様同志で通じることも多いのだろう。


 穂積は賑わいから少し離れた石垣の花壇の端に腰をかけると、お茶会を楽しそうに準備している様子をぼんやり眺めた。


「穂積、どうした?」皐月が穂積の隣に腰を下ろした。


「ああ、昨日の皐月の話しが余りにも衝撃的で、それを知ったらヘンリー殿下がどう思うのかと思ってさ」


「そうだよね。きっとショックを受けるよね……。まだ確かめた訳じゃないから真否は分からないけど、私、この結論には自信あるんだよね」


「皐月が自信あるのなら、間違いないだろう……」


 穂積の顔が曇った。昨日、皐月が導き出した因果関係の仮説を受けて、穂積達は直ぐに手を打った。そのことがどう作用するのは分からないまま今日に至っている。

 空はこんなにも晴れ渡って清々しいのに、恐らく昨日皐月の話を聞いた稀星、デューク、カミーラは自分と同じ心境なのかもしれない。いや、デュークとカミーラは笑い飛ばして否定していたから、そうでもないのか、穂積はグルグルと思考を回転させていた。

 穂積は詰めていた息を吐くと、準備の手伝いに戻ろうと重い腰を上げた。

「皐月、女性達は沢山来てくれるかな」


「きっと来るよ。穂積が信じてあげないと、ね」

 

 

 お茶会の準備が整ったころ、ヘンリー殿下とカミーラが天幕から出てきた。二人ががっちり握手をしている様子から話し合いは同じ方向性を向くことができたのだと、穂積は胸を撫でおろした。


 シャングリラの女性達がバイオリンや笛などの楽器の演奏を始め、会場はますます良いムードに包まれた。楽しそうな音楽にも誘われ、最初は遠巻きに様子を見ていた女性達がどんどん中に入ってくる。まだ踏ん切りがつかないような女性達などは、JK3人組が手を引っ張って、中へ連れ込んだ。


「ああ、昨日のおばさんだ!」

 皐月が昨日勧誘した年配の女性が自分の娘と美味しそうに焼き菓子を頬張っているのを見て嬉しそうな声を出した。

 彼女との会話が糸口となり謎が解明できたこともあり、皐月は声をかけに行った。穂積や稀星、ミランダ姫まで集まった女性達と沢山お喋りをして、また、女性達も今まで交流の無かった他の女性達との会話を楽しみ、会場は大きな賑わいの渦の中にあった。


 魔女カミーラが会場を見渡すと、ざっと100名弱の女性達が集まっている。今が絶好のタイミングと思い、予め準備してあったお立ち台に上がって、魔力で自分の声を拡声した。カミーラが壇上に上がったのを確認して、音楽担当の女性達は一時演奏を中断したので、必然的にカミーラに会場の視線が集まった。


「あーあー、音声テスト中、穂積、私の声は良く聞こえますかあぁ?」


 穂積は両腕を頭の上に持ち上げると大きな丸を作ってカミーラに示した。


「丸ですねぇ。はい。分かりました」


 カミーラは見事な金髪のロングヘアを風に靡かせなから、とても目立つスカイブルーのロングドレスを着ていた。まるで空から降り立った女神みたいだと穂積は思った。今日、主催者側の女性達は性別を隠す重たいローブを一切つけていない。お茶会に参加した女性達の目にはそんな彼女達がとても美しく、そして爽やかに映った。


「皆さ~ん、今日はようこそお越しくださいました。私は本日のお茶会を主催したカミーラです。今日はこんなにも沢山の女性が参加してくれて、私は本当に感激して、感謝カンゲキ雨嵐……、ぅううう、ゴホン。……えー済みません……。私は人前でお話しするのが余り慣れていませんねぇ。なので、伝わりにくいかもですが、どうか耳だけお貸しいただいて、口はそのまま休まずにお菓子を食べて下さいねぇ~」


 相変わらずのカミーラ節に穂積は笑い声を上げた。


「私はシャングリラの出身です。女でもなぜか魔力が使えます。でも、だからといって、この国の男性と同等に振舞うことはできません。魔力のあるものが正しいなら、私だって大手を振って闊歩することが出来るはずなのにできませんね。なんでですかぁ? それは、魔力のあるものが正義では無いということですねぇ。男性は女性を蔑視しているのです。女性は男性に隷属する必要は、まあぁったくありません。女性は何も考えることができない生き物ですか? いえ、そんなことはありません。皆さんはそれぞれ自分の考えを持っているはずですが、それを言うことができないのです。でも、それは変で、歪んだ世の中ですねぇ。

 男性も女性も皆平等のはずです。私はその疑問を王家のヘンリー殿下に伝えましたよぉ。

 ヘンリー殿下はとっても素敵なナイスガイでイケメンでナイスガイで……、頭の中もイケメンでした。私の『女性のための学校設立と職業訓練』の提案について前向きに考えて下さるとお約束して下さいましたぁ。色々とやりたいことがありますが、欲張っては失敗しますので、まずはその二つから始めますよぉ。

 魔力がないから女性はダメなのですか? 魔力が無くても出来ることは沢山あるし、皆さんは自立して社会に出て、自由に生きていいのですよぉ。その権利があるんですから。

 皆さあぁ~ん、一度よおおおおぉくぅ、考えてみて下さい。私はこれからも女性達のために活動し続けますっ!」


 穂積は感動して涙が出た。

「カーラ、なんて立派なんだよぉ。少し残念でポンコツな演説でも気持ちはよく伝わったよ。きっと、参加している女性達の心にも届いたと思う」


「確かに気持ちのこもった演説だったね。でも反応は色々だと思うよ。直ぐに今までの慣習が覆るとも思えないしね。でも、女性達に考えてもらう初めの一歩としては良かったんじゃないかな」


 遠くから手を振っているカミーラに穂積と皐月は手を振り返した。

 皐月が稀星を見ると、ミランダ姫とがっちり握手している。よく分からないがこちらも意気投合したみたいだ。


 参加した女性達はカミーラの演説を聞いて複雑な表情をしていたが、各々がそれぞれ何かを感じ取った様子だった。楽器の演奏が再開され、会場は大きく盛り上がり、熱気が冷めやらない、


 ――その時だった。突然激しい突風が吹いた。


 テントが傾き崩れ、お菓子や物販の商品が吹き飛ばされてジャムの瓶が次々と割れた。噴水の水は生き物のように大きくうねり飛び跳ね、噴水の囲いから飛び出して辺りを水浸しにする。さっきまでの和やかムードが一変し、女性達の笑い声が突如悲鳴に変わった。日中なのに急に空が薄暗くなり始め、穂積はとても嫌な予感がした。


「お前たちは誰の許しを得てこんな集会を開いているのだあぁ?」


 ねっとりとした奇怪な声が空に響き渡った。

 

「お父様の声だわ!」ミランダ姫は急激に顔色を悪くし、ガタガタと震え出した。


 ヘンリー殿下はミランダ姫に寄り添い、姫の冷たい手を強く握って辺りを注意深く見回す。キアヌも即座にヘンリー殿下の横に立つと険しいで表情で周囲を警戒した。


 穂積達は急いで女性達を誘導し、会場から避難させた。

 急転直下の事態に、さっきまで全く姿が見えなかった、フェニックス騎士団の面々が転移魔法で姿を現した。建物の陰に隠れていた騎士団員たちも一斉に飛び出し、女性達の避難誘導に急いであたる。お陰で参加した女性達は全員無事に広場から避難することができ、噴水広場には穂積達JK3人組とデューク、キアヌ、ヘンリー殿下とミランダ姫、魔女カミーラ、カミーラの侍女長、そしてフェニックス騎士団のエイダン団長他50名の団員のみが残った。


 空がどんどん暗くなり、稲妻が轟音をたて、魔術師団の魔術師達が錫杖を片手に次々と現れた。魔術師は暗闇から湧いて出るように現れると、穂積達をすっかり包囲した。


「最悪の事態だね。魔術師団がくるかもしれないと想定はしていたけど、想定以上の人数と臨戦体制で現れたよ。内戦が始まっちゃう……」皐月が珍しく青白い顔になった。


「負けないよ。戦うんだ」


 穂積は必死で己を奮い立たせ、デュークは庇う様に穂積の前に立ち塞がった。


「わたくしも負けません。御門流の師範として正々堂々戦いますわ」


 稀星はキアヌから剣を渡されると、背筋を正してすっと構えた。


「稀星! 俺があなたをお守りしますっ」

 ウィリアム・ブラウンが稀星の前に転がり出る。


「ウィル、来てくれたのですね」稀星は嬉しそうに目を細めたが、すぐに真剣な表情で「ウィル、この前伝授した間合いを披露するときです」と師範剣士の顔つきになった。


「私達はお茶会を楽しんでいただけですよぉ、どこの誰に許可を取る必要があるのですかねぇ」

 魔女カミーラは先頭に立つと誰よりも光り輝く玉が収まる錫杖を顕現させた。


「女が大きな集会を開催するとは分不相応なこと、断じて許すわけにはいくまい」


 大きな怒声と共にユウキ宰相が姿を現した。まるで悪魔が闇からぬらりと這い出たかのような物凄まじい存在感だ。


「――お父様っ」


「おや、そこに見えるは我が家の愚女ではないか。ヘンリー殿下もご一緒とは、親睦を深めるのは良いが、立っている場所が違っている。こちらに来なさい」


 ミランダ姫は一歩も動かない。


「デューク・ウルフェンとキアヌ・ダンビュライトもいるな。お前たちは何を血迷っているのか、今こちらに来れば、私は全てを水に流そう」


 何の感情も含まれない口調に、デュークもキアヌも動かない。


 キアヌは宰相を見ると苦し紛れに口を開いた。

「宰相閣下、僭越ながら私は閣下に忠誠を誓っているわけではない。ヘンリー殿下に忠誠を誓っているのです」


「ふん、キアヌ。お前も偉くなったものだな、この身の程知らずが!!」


 宰相が手を振ると、宰相の手から稲妻が放たれキアヌに命中した。キアヌは途端に苦しい表情になりその場に崩れ落ちた。


「キアヌ! 止めるんだユウキ宰相」ヘンリー殿下が大声を出す。


 宰相はフンと鼻を鳴らした。


「キアヌはその魔力の強さを見込んで、ヘンリー殿下の護衛役に抜擢してやったのに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだな」


 ユウキ宰相は血走った獣の目をヘンリー殿下に向けた。


「殿下、僭越ながら先程のキアヌの論理ですがねぇ、私は国王に忠誠を誓っていますが、殿下にはこれっぽっちも忠誠を誓っていないんだ!!」


 宰相が両手を振りあげると、魔術師数名が一斉に攻撃をしてきた。


 デュークが特大のシールドを瞬時に構築し皆を保護すると、カミーラが炎の赤い竜を出して魔術師団に反撃した。激しい魔術合戦の最中、歩兵隊の騎士や穂積、稀星、ウイルは魔術から攻撃される光をかわして敵陣に乗り込み魔術師を倒していく。皐月とミランダ姫は前線でケガをした騎士達を後方に連れて行き怪我の治療に努めた。


 しかし、初めこそは対等に戦えていたが、そもそもが兵力に大差があるため、形成は常に悪かった。気が付けば周りをすっかり魔術師団に取り囲まれ、彼らの包囲の輪がじりじりと小さくなっていく。穂積達は徐々に追い詰められると、とうとう背中合わせで立ち尽くした。この頃には皆、疲労を覚え、カミーラの魔力量も限界が近い。もし、デュークのシールドが無くなれば、魔術師達の攻撃を一斉に受け、穂積達はハチの巣状態となってしまうだろう。


「まだまだ、ですわ」既に体力の限界を迎え肩で息をしている稀星だったが、剣を構えると敵陣に走った。切羽詰まった絶望感が稀星を駆り立てるのだ。


「稀星、無理をするな!」穂積が叫んだが、間に合わない。稀星は自分が傷つくことも顧みず剣を振り下ろした。


「稀星、後ろ!!」

 稀星の背中を目掛けて一人の魔術師が錫杖を向けた。


「危ないっっ」


「稀星!!」


 穂積と皐月は目を手で覆った。


 ハッとした稀星が慌てて背後を振り返ると、稀星の盾となったウィリアム・ブラウンが魔術師の攻撃を胸に受け倒れこんだ。


「え、――ウィル!?」


 ウィルは苦しそうな表情をし、胸を押さえながらも稀星を見て微笑んだ。

「――き、……きら、ら……っ、……こっ、――これで借りが返せました……っ」


「ウィル!! ウィル、黙って! 話さないで――」


 稀星はどうして良いか分からず頭が真っ白になった。

 穂積と皐月は急いで稀星とウィルを抱えて引き戻した。カミーラの侍女長とデュークがウィルに治癒魔法を施すが、デュークはシールドにも魔力を使っているため、充分なことができない。

 稀星は半泣きになり、助けを求めた。


「お願い、誰かウィルを助けて下さい。お願いです、ウィル死なないで――お願いだからあぁ……」


 ウィルは真っ青な顔をして、既に意識がない。稀星は自分の膝にウィルの頭を乗せ、必死に頭や額を撫でた。

 怪我をしている騎士団員が大勢いるし、ウィルの為だけに大量の魔力を使って治療する余力がない。それに攻撃し続けなければ、穂積達はすぐにでも全滅させられそうな最悪の状態にある。


 ヘンリー殿下は、切羽詰まった状態にも関わらず足掻き続ける仲間たちを見回し項垂れた。この惨事に王家の一員として自分は、何もできない自分の無能さを嘆くことしかできないのか。喉が焼け爛れてしまったかのような深い痛みを覚える。このままでは宰相率いる魔術師団に全員殺されるだろう。それだけは絶対に避けなければならない。


 もう、これしかない。ヘンリー殿下は降伏して、自分の命と引き換えに仲間の命だけは助けてもらおうと決意した。

 このラドメフィール王国の歪んだ世の中を自分の代で変えたかったが、自分には過ぎた夢だと諦めよう。ヘンリー殿下がそう思った瞬間、とうとうデュークのシールドが解除され、穂積達は丸裸になってしまう。

 デュークはシールドを保持することよりも、ウィルを助けるために魔力を使ったのだ。なぜなら、デュークもヘンリー殿下と同じ考えに至っており、これ以上は無理だ、降伏するしかないと考えていた。

 ヘンリー殿下とデュークが前に出て、お互いの目を見た。紛れもなく降伏を決意した瞳だった。

 カミーラはそんな2人を見ると、膝から崩れ落ちるように地面に座り込み下を向いた。肩が震えているのは宰相に敵わなかった不甲斐なさを悔いているのか、大声で叫びたい衝動を必死で堪えているからか、なのかは分からない。


「デューク」

 穂積は前に出るデュークを呼んだ。穂積の声は頼りなく震えてしまった。

 デュークは穂積と目を合わせると「大丈夫だ」と一言だけ呟いた。


 ヘンリー殿下とデュークがユウキ宰相と向かい合う。

 双方の攻撃が一時止み、辺りは静まり返った。深淵の底に佇むような静けさだ。


「ユウキ宰相、もうこれ以上の攻撃はしないでくれ」


「おや、ヘンリー殿下、降伏するおつもりか。あなたは王家の人間なのに謀反者のカミーラに手を貸した逆賊ですぞ。当然厳罰をもって対処することになりますがね。それでもいいと?」


「私はどうなってもいい、私の命一つで、他の皆を助けるならそれで手を打とう」

 ヘンリー殿下の表情からは全ての感情がそぎ落とされていた。


 ユウキ宰相は狡猾な顔つきになると、更にいやらしく口角を釣り上げた。


「ほう、さすがに私も殿下の命を取ることは出来ますまい」


 宰相は声を一段高く張り上げた。


「しかし! 今回のクーデターは王都を混乱させ、国政を乱した。今後同じようなことが二度と起きないように見せしめが必要ですぞ。少なくとも首謀者のカミーラ、カミーラに与した騎士団のエイダン団長、デューク、キアヌの4人は絞首刑に処することになりますがな」


 ユウキ宰相は楽しそうに強圧的な権力を振りかざす。


「私の命だけでいい、仲間たちを巻き込まないでくれ」

 ヘンリー殿下は必死に食い下がった。


「殿下、大丈夫です。俺は初めから命を捨てる覚悟はできています」

 デュークがヘンリー殿下の肩を掴むと静かに目を伏せた。


 穂積は胸が締め付けられる思いでユウキ宰相とのやり取りを見守っていたが、死で償う発想に心底嫌気がさした。平和ボケした国からきた女子高生が彼らの心境を100%理解することなんて到底不可能であるが、命で償うのも、命を差し出すのも絶対にやってはいけないのだ。


「どうしてだ、どうして命を解決の道具にするんだよ。このサディスト!!」


 穂積が吼えた。


「お前みたいな悪魔の支配者は間違いなく歴史に淘汰されていく」


 皐月が穂積の後に続いた。


「女性だって自由に生きる権利があるし、私達は何一つ間違った行動をしていませんわ」


 涙でぐちゃぐちゃになった稀星も皐月に続いた。


「これはこれは、どこから現れたのか生意気な女ども。まだ自分の置かれている状況を飲み込めていないようだな」


 宰相は腕を上げた。魔術を仕向ける気だ。

「私を侮辱した罪を死で償うんだな」


 デュークは素早くJK3人組の前に飛び出した。結界の呪文が間に合うか、

――万事休す。JK3人組は揃って目をぎゅっと強く瞑った。



「もう、止めるんだ、ユウキ」



 と、聞こえた途端に一筋の明るい光が舞い込んだ。まるで流星が降ったかと思うような小さい光の粒が空から降り注ぐ。さっきまで空を覆っていた暗黒雲は瞬く間に消えていった。


 穂積が見上げると空に金色の大きな蝶が一匹ふわりふわりと優雅にゆっくり飛んでいる。

 空から降ってきたのはこの蝶の鱗粉だった。よく見ると蝶の羽の左右に王家の紋章である2匹の獅子がそれぞれ蝶の胴体を挟んで向かい合っている。

 蝶はこの国の連絡手段だ。この金色の蝶は王からの連絡であることを物語っていた。リアルな夢のような光景と美しさに穂積達は息をのんだ。


 魔術師団も騎士団もヘンリー殿下もデューク達も一同が一斉に跪いた。


 JK3人組は他所者感が丸出しになってしまったが、茫然とその場に立ち尽くす。


 金色の蝶は空中で大きなスクリーンに変化すると、現国王であるマクシミリアン・ヘンリー・ド・オスカービッツが映し出された。


「――父上」


 ヘンリー殿下が叫んだ。


「父上ってことは、現国王陛下ってこと!?」


 穂積が驚く隣で、皐月は「間に合って良かったぁ……」と小声で呟いた。


「現国王のマクシミリアンだ。皆の者、病床から失礼する。我が美しい王都メルトをよくも無残な姿にしたものだな。いや、それも全て朕の責任で、不徳の致すところである。知らない者がいるかもしれないが、朕の命の灯は、あと幾ばくか残されたきりだ。このところとても胸が苦しく、それは良心の呵責であるということを朕は知っている。そしてこの朕が原因で国を混乱させてしまった。誰のせいでもなく全て朕の責任なのだ。朕はこれから皆に懺悔したい。よく聞いてくれ……」


「――陛下、お待ちください。陛下がお気に病むことは何一つ無いのです。一体、何を仰るおつもりですか!」


 宰相は国王のスクリーンに食い下がった。


「ユウキ、もういいのだ。――昨日、勇者と名乗るものから手紙が届き、そこには事実が記されておったよ。誰か独りでも国王の秘密を知る者がでれば、朕は国民に自らの言葉で伝えようとずっと考えていたのだ。だが、この何十年もそんな輩は現れず、朕は朕の罪を上塗りしていってしまった」


 ユウキ宰相は悔しそうに歯を食いしばると、地面を思い切り強く拳で叩いた。


 一同はそのまま跪いて国王の話しを拝聴し、穂積達は佇んだまま聴いた。


「――朕は生まれつき魔力を作り出すことができない体質だった」


 ラドメフィール王国の一同に衝撃が走った。その場が凍り付き、特にヘンリー殿下は愕然としたが、スクリーンの国王には場の雰囲気が伝わっていないのだろう、国王は手紙を読むように淡々と告白を続けた。


「朕が生まれた60余年前に、魔力が無い、自身で魔力を作ることができない子であったことを医師団から告知された先の国王は、とてもショックを受けたと聞いている。朕は長子であったが、王は魔力を使って国の安寧を祈る大事な儀式を任されており、魔力が無い者に王位を継ぐことは難しかった。しかし、何年待っても先代の国王夫妻に次のお子が生まれることは無かった。

 このままでは王家の血統が途絶えてしまうことを危惧した先代国王は、極秘に法王と宰相に相談をしたのだ……」


 先の国王は、法王と宰相に相談をした際に輸力をすることを提案された。しかし、大量の魔力を確保することが課題であり、一番確実なのは、税金のように定期的に国民から魔力を納めてもらうことだった。そこで法王は、女性は魔力を貯める器官が生まれつき小さいため、魔力を使える者が少ない。要らない魔力なら、赤ん坊のうちに器官ごと魔力を抜き取ってしまうことを考えつく。もともと国には男子を家の跡継ぎにする風習が根強くあったため、男子から魔力を抜くことはできないが、女子ならそれ程悪影響はないという結論に至った。

 早速、宰相はそれを受けて、女は魔力が無い。持てない。という事と、故に神の加護を得るために洗礼を受けることが必要だという事の二つを国中に流し情報操作をしてきたのだ。そして、法王から一任された教会が、洗礼を受けにきた女児から魔力を抜き続けてきたのだった。

 子供は毎月生まれてくるため、今まで魔力不足に陥ることは無かった。だが長い間の中には、女児が生まれる数が少ない年もあり、そんな時は、近隣の村へ魔術師団を派遣し、魔力の強い子供たちを集めて育て、次の世代に魔力が強い子が生まれるよう王都の民と結婚させた。カミーラやデュークの村もそんな村の一つだったのだろう。

 近隣の村から連れてこられた女児は洗礼を受けていないので、必然的にカミーラのような魔力持ちが混ざっており、シャングリラはなるべくして反国政の思想を持つ女達の温床となった。

 以来、先の国王が逝去し、法王と宰相が今の人に代替わりをしても、マクシミリアン国王が在位するうちは輸力し続けることが必要であり、宰相らは国王を支え続けた。そして、女児から魔力を抜いても怪しまれない様に男尊女卑思想に拍車がかかっても、国や王は容認するようになっていったのだ。


「しかし、朕はもう年だ。自分の勤めは果たし、今後は国民から魔力を搾取してまで生きようとは思わない。これまで協力をし続けてきてくれた現法王と現宰相には心から感謝して、朕はここに王位をヘンリー王子に譲位することを宣下する」


 静まり返った場が一転し、割れるような騒めきが駆け巡った。

 スクリーンの中の国王がヘンリー殿下を一瞥すると話を続けた。


「ヘンリー、お前は朕とは違う。魔力も強い。朕の御代で乱れてしまった世の中を修正してほしい。この身勝手な父を許してくれ……。そして、我が愛する民たちよ、朕は女性に対し取り返しのないことをし続けた。その償いとして、王家は国中の女性に自由に生きる権利と尊厳を認めるものとし、男性はそれを如何なる理由があっても否定してはいけないという憲章を履行する」


 国王はそう告げると目を閉じ、スクリーンごと霧のように消えてしまった。



「やったよ! 皐月、稀星。私達は女性の権利を勝ち取ったんだ!!」

 穂積は皐月と稀星の3人で抱き合って喜んだ。


 JK3人組が歓喜に沸く一方で、騎士団と魔術師団の団員達は皆、複雑な思いを抱えていた。皐月は彼らの表情を見て、直ぐに気持ちや考え方を変えることは難しいし、やむを得ない事だと思った。今後、色々と改革をするなかで、時間が解決していくのを待つしか方法が無いのかもしれない。


「宰相が男尊女卑の思想をここまで誇示し続けていたのは、王様の為だったんだな……」


 改めて穂積が確認すると皐月はゆっくり頷いた。


「自分はずっと疑問だったんだよ。宰相はどうして女性が表立つことを異常なほど禁じるのか……。きっと女性自身に「どうして」や「何故」といった疑問を持たせ無いために奥に閉じ込め孤立させておきたかったんだよね」


「そうだね。そう考えるのが自然だよ。そういえば……、宰相はどうした?」

 皐月がキョロキョロと辺りを見回した。


「――宰相なら姿を消していた」

 ヘンリー王子が穂積達の側に来た。


「ヘンリー王子、気は確かか? 正気を保てているのか?」


 穂積はヘンリー殿下を心配そうに見た。彼の顔はひどく憔悴しており、目が窪んでいた。いつものイケメンぶりがすっかり息を潜めている。

 ヘンリー殿下は国王の告白の衝撃が未だ冷めやらない様子で、穂積達を前に何度か深く息を吐いて呼吸を整えた。何度目かの深呼吸のあと、穂積に真剣な眼差しを向けた。


「――穂積は真の勇者だったな。国家を上げた極秘事項を明るみに引っ張り出し、世の中を変える一石を投じた」


「がむしゃらに行動していたら結果的にそうなったんだよ。でも、自分の力だけでは無理で、やっぱり3人揃っての勇者だったんだと思うよ」


「ああ、そのとおりだ。君たちはそれぞれの得意分野で見事な連携プレーを繰り広げたのだ」


「ヘンリー王子、これからが大変だよ。でも、期待しているし。王子はきっといい王様になる」


 皐月が力強く王子に言い放った。


「そうだな」

「もちろんですわ」

 穂積、稀星も即座に賛同した。


 穂積は「気合いだ! 気合いっ」と憔悴顔のヘンリー殿下の背中をバシバシ叩いて気合を入れた。


 混沌とした噴水広場は、ヘンリー殿下の「痛いよ、穂積」という嘆き声と、その他大勢の雑多な声や響きが遠く近くでいつまでも交差した。


 後に『お茶会革命』と呼ばれ歴史の一幕となったその日は、異世界からの勇者達の活躍により一人の死者も出す事なく、悪しき慣習の排除と国王の交代を成功させ、後世にまで語り継がれることになる。

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