第8話 作戦会議

 皐月はユウジーン王立学園内で使わせて貰っている一軒家のリビングにいる。ここは特別な客が使用する独立したゲストルームになっている。

 リビングのソファーセットのテーブルには、10冊~15冊くらいの本を乱雑に積み上げたブックタワーが3棟も所狭しげに立っていた。これらは皐月が取り寄せた歴史書が中心で、その他、ラドメフィール王国の風土記、大衆演芸、風俗や文化などの専門書であり多岐に渡る。

 デュークにラドメフィール王国の文字を翻訳できる魔力を仕込んだ眼鏡を用意してもらい、

(この眼鏡をかけるだけでこの国の本が読めるのだから凄い! 一体、どんな仕組みなんだろう……)

 一人で黙々と本を読んでいたが、いささか疲れと眠気を感じてソファーにひっくり返った。その目線上に大きな窓があり、皐月はぼんやりと外を眺めた。窓の外は真っ青な青空が広がり、白い雲がぷかぷか浮かぶ。そして、少し開いている窓からはどこかで嗅いだことのある懐かしい田舎の匂いが入ってくるのだ。


「――平和だなぁ、それに静かだなぁ――……」ポツリと独り言をこぼす皐月。


 皐月は、青空を眺めて、仲間の事を思い出す。今頃は、穂積は市井を見学、稀星は騎士団を見学していることだろう。穂積は短気だし、稀星は頭にお花が咲くことがあるから一抹の不安があるが、皐月が心配することは一つもない。長い付き合いから二人は任された仕事をきちんとこなし、大体はプラスアルファのお土産まで付いてくる。

(逆に厄介ごとが持ち込まれる方が多いか……)


 皐月はこの国の建国からの歴史を調べ、不思議に思ったことがある。現在はこんなにも男尊女卑の思想が主流で蔓延っているのだが、歴史を紐解くと女性の王様がいたり、女性が祭祀の責任者だったり、女性領主が存在したりすることがあるのだ。


 日本も諸説あるが、男系優先主義が貫かれたのは江戸時代の幕藩体制以降のことだ。それまでは弥生時代の卑弥呼で有名なとおり、祭祀を行うのは女性で地位が高かったり、それ以降も女性天皇が統治した時代もあった。儒教の教えが入ってきて家父長制などの男尊女卑を内包しているものが伝わり社会的な男女差が広がるなか、武士が刀という武器を持ち、即ち力を得て女性を支配し、女性は男性に養われて奥の仕事を行う構図が出来上がるのだ。当然、日本に於いて近代以降は、時代の背景や女性達自身の活動により地位を獲得していくのだが、この国は日本が辿ってきた歴史と同じく、まだ発展の途上にあるということなのか。でも、もし男尊女卑思想に繋がる原因があれば、それを取り除くことで改善になり、事態は大きく好転するはずだ。


 皐月は、昨日色々と書き出したブレインストーミングの大きな模造紙を床に広げた。

 これを見る限り、魔女カミーラに対立する宰相と宰相率いる魔術師団が男尊女卑思想をけん引しており、大きな原因の一つになる。国王だって今は病気で臥せっていると言っていたけど、宰相を容認していたんだと皐月は思う。いくら宰相だって一家臣に過ぎず、国王を無視できないと思うし、もし国王が違う考えを持って宰相を是正していれば、今の世の中はもっと違っていたはず。


 では、国王や宰相が女性を虐げる事をする大きな理由は何か。単なる保守的な思想だけではないように思える。だって、歴史から考えると、この国は多分、昔から男尊女卑では無かったはずと推測した。「そー言えばっ」と、思い立ち皐月は宗教関係の本に目を通した。


(日本の事を考えれば儒教が日本に入ったことで男尊女卑が正当化されていったんだった)


 皐月がページを進めていくうちに法王が子供を洗礼している挿絵に目が留まった。説明書きには洗礼を受けるとある。


(大した情報はないか……。多分、ここ60年くらいの間で、王都中心に男尊女卑思想が急激に大きくなり、それは国王と宰相が関係していると思うんだけど……、そして、昔は男尊女卑では無かった。――と、いっても仮設だけどねぇ)


 皐月は辿り着いた仮設を模造紙に書き込むと再びソファーの上に寝っ転がった。

さっきまで読んでいた本をブックタワーの一番上にポンと無造作に積んだら、その拍子でタワーがぐらっとバランスを崩して倒れてしまった。


「あーあ……、やっちまった……」


 皐月は起き上がると「チッ」と口を鳴らして、崩れた本を新たに積み上げた。本を積み上げ直していたら一冊のレシピ本があったことに気が付く。


「なんで、レシピ本? こんなのあったっけ」


 皐月が学園の図書館であれこれと選択しているうちに間違って持ってきてしまったのかもしれない。中を開くとこの国の伝統料理と作り方が書いてある。鶏肉の煮込みやキッシュ、シチュー、お菓子などどれも美味しそうなメニューばかり。皐月はキッチンに沢山の食材があったことを思い出した。

 皐月は勉強をすると甘いものが食べたくなる。稀星のように四六時中甘いものを食べたいわけではないのだが、勉強すると脳に糖分が不足して甘いものを欲するのだと考える。さっきもその欲求に負けてしまい、キッチンを物色していたら、冷蔵庫のような入れ物に沢山の生鮮食品が保管されているのを見つけた。この国に電気は通って無さそうなのだが、何故か中が冷たくなっている。きっと、特殊なおまじないでも仕掛けてあるのだろう。

 結局甘いものといえば、瓶に入った白いヌガーを見つけたが、余りにも歯にくっつくので、一つ食べて御しまいにしたのだった。

 

「よし、皐月さん、久しぶりにやっちゃおうかな!」


 皐月は腕まくりをすると、自室からお仕着せのエプロンを持ち出し身に着けた。

 今日は穂積も稀星も外へ行ってお腹を空かして帰ってくるだろうし、一緒に出掛けているデュークに何もかもお世話になるのは気が引ける。皐月はレシピ本を片手に鶏肉の煮込みとホットケーキを作ることにした。

 お料理は化学の実験に似ていると皐月は思っている。レシピ通りに分量を量り、手順さえ間違えなければ、そこそこ美味しいものが出来上がるのだ。天才の皐月に抜かりはない。


 まずは手始めにパンを焼こうと考えたが、パンは発酵するのに時間が掛かり過ぎるので、ホットケーキが閃いた。ホットケーキはお砂糖を控えれば立派にパン代わりになる。

 皐月は「ふん、ふ~ん」と鼻歌まじりで料理に着手した。



 山際の夕焼けがどんどんと暗闇に飲み込まれていき、夕方から夜へとバトンタッチする頃、キッチンからリビングまで美味しそうな匂いが漂った。皐月がそろそろ帰ってくるかなと、外を気にしていたらエントランスから賑やかな声が聞こえてきた。しかも、穂積と稀星の両方の声が聞こえてくる。同時のタイミングで着いたのだと分かった皐月は、急いでエントランスへ出迎えに行った。


 皐月は二人の姿を確認すると同時に口をあんぐりとさせた。


「お帰り――っ、……って、二人ともどうしたの!? ボロボロじゃないの」


「皐月、ただいま。ふふふ……」後でゆっくりお話ししますわとにっこりとする稀星。

 

「疲れた~。お腹すいた――」暑苦しいと帰宅早々ローブを脱ぎ捨てて、お腹をさする穂積。


 皐月は相変わらずな様子に小さく溜息を落としたものの、二人が元気に帰ってきたことに安堵し、

「さあ、入った入った、2人はシャワーでも浴びてスッキリしておいで!」と穂積と稀星の背中を後ろからグイグイ押して促した。2人が中に消えると、1日中女子達に付き合って、これまた疲労の色を隠せない男子二人を見やった。


「デュークさんとキアヌさんもお疲れ様でした。中で一息入れて下さい。丁度いい具合にチキンの煮込みが完成しているから食べてって」と、エプロンのポケットに手を突っ込んだ。


 デュークとキアヌは目を合わすと、お互いの疲労度を確認して苦笑いを頬に乗せた。そして皐月に「早く、早く!」と促されるまま無言で中へ入っていった。



 

「旨い! 皐月って勉強だけでなく料理も天才なの!?」


 腹ペコの穂積ががっついて煮込みとホットケーキを食べている。皐月は結局メイン料理のほか、簡単なサラダとチーズ、プディングを用意した。この国の料理は初めて作るし、どうなのかなとデュークとキアヌを見ると、二人とも手が止まらない様子なので及第点だったかと皐月は胸を撫でおろした。


「ほら、あっちに積んであるけど、色んな本を読んでいたら、このレシピ本が混ざっていたんだ。みんな今日は外に出ているから、ここは私がやるしかないでしょう」

 皐月は腕を曲げて力こぶを見せるポーズを取って、はにかんだ。


「ああ、その本は昔からあるレシピ本だ。それにしても、ここまで完璧に作られるのなら大したものだ」

 デュークは皐月に笑みを向けた。


「ああ、うちのメイドより旨い」

 キアヌも満足の様子で舌鼓を打った。


「キアヌさんは皐月には素直なのですわね」

 稀星が不満げに頬を膨らます。


 予想外の指摘にキアヌがホットケーキを喉に詰まらせそうになり、慌ててワインで流し込んだ。いつもムスッと機嫌の悪い顔をしているキアヌが慌てる様はとても面白く、ダイニングは和やかな雰囲気に包まれた。


 皐月は満足げに皆を見渡した。

「きっと皆お腹が空いていたんだよね。でも褒めてくれてありがと。お替り沢山あるから、どんどん食べて!」



 ******


 食事が一段落ついたので、作戦会議2夜目に入った。

 リビングのソファーセットのテーブルの上に、例の模造紙が広げられている。

 昨日より書き込みが増えて、新たに皐月の仮説が追記された。


 皐月は本を読んで感じたこと、仮説に至ったまでの考察について皆に語った。


「くだらん! 大昔は確かに今と同じでは無かったのかもしれんが、この国の女は男に従い、何より魔力が強いものが優位に立つのは当然の理だ。誰しもそれに疑問を持つ者なんていないんだ」


 キアヌが皐月の説明を聞いて憤った。突然席を立ったと思ったら、ワインの瓶を持ち込み、瓶ごと口をつけて呷っている。


「しかも、国王と宰相がこの件に関わっているなんて、有り得ないこと。関わるとしたら、この国を他国の脅威に脅かされないよう統治し、革新的な発想にも左右されず、古い慣習を守り続けていることで国政を上手く運営しているという事実だけだ」


「キアヌさん、男性が表に立つことは間違っていることではありません。ですが、女性は男性の所有物ではないのです。抑圧することなく自立を認めてあげるべきですわ。しかも、ヘンリー殿下はかなり革新的な発想をお持ちとのこと。あなたの考えと随分異なっておりますのね」

 稀星が挑戦的な目をキアヌに向けながら、額に人差し指をあて首を傾げるポーズをした。


「……俺は、ヘンリー殿下に忠誠を誓っている」


「と、言うことは、例え自分の考えを曲げてもヘンリー殿下には従うのですか?」


「……主君を裏切ることは無い」


 JK3人組は顔を見合わせた。


「稀星、ついでに聞くけど騎士団はどうだった?」皐月が模造紙を睨みながら聞いた。


「はい。とても面白いことを聞きました。騎士団はやはり魔女カミーラを支持しています。というのも平民や魔力の使えない者が多くいるからです」


 稀星は自分の置かれた境遇に嘆くことなく真摯に運命と向き合い、日々鍛錬している若者、ウィリアム・ブラウンの話しを聞かせた。もちろん稽古をつけたことも。


「それで、あんた、あんなにボロボロだったんだね」

 穂積が感心した。

「ええ、彼は剣の素質がありましたわ」

 稀星は腕を組んで遠い目をし、稽古をつけてあげた時のことを思い出している風だった。 

 

 皐月は模造紙の騎士団の横に『平民、魔力なしの団員』と書き加える。


「生まれつき魔力が無い男の人がいるということだけど、その場合は他の誰かから魔力を分けてもらって使うことはできるのかな?」

 皐月が疑問を口にする。


「ああ、できる」デュークがいとも簡単に答えた。


「この国の人間は魔力を貯められる器官があり、それは男女共にあるが、女性は極端に小さいから魔力を使えないんだ。逆に器官は普通に持っているが、生まれつきの障碍で魔力そのものを体内から発生させられない男もいる。一方、女性と同じく器官そのものが小さいのが原因の男もいる。そのウィリアム・ブラウンがどちらに該当するのかは知らないが……」


 JK3人組は真剣な表情で頷いた。


「で、器官を持つが魔力を体内から発生させられない男の場合は、場合によっては『輸力』することができる」


「ゆ、輸力!?」JK3人組の声が揃った。


 穂積がフンと鼻をならした。「なんだか輸血みたいだな」


「まあ、考え方は輸血と一緒だ。魔力を多く持つものから移すか、又は貯めてある場所から魔力を移すことができる」


「その、デュークさん」

「なんだ、稀星?」

「輸力してもらった男性は、その後ずっと魔力が使えるようになるのですか?」


 稀星はウィリアム・ブラウンのことを考えているのだろうと穂積は思った。

「いや、一時しのぎに過ぎない。一定間隔で輸力し続けなければ魔力はすぐ欠乏になる。しかも、魔力は簡単に人から譲ってもらえるものではないし、専門機関から購入する場合は多額な費用が必要になり庶民にはまず無理だろう」


「そうですか……」稀星はしょんぼりと項垂れた。


 皐月は模造紙に『輸力』と書き加えた。「穂積の話しも聞かせてよ」

 穂積は「分かった」と答えると確かめるような視線でデュークを見た。デュークは静かに頷いた。


「実は、今日自分は、魔女カミーラに会ったんだ」


「えっ、ええええええええええええ!!」


 皐月と稀星はひっくり返るのではないかと思うくらいに大声を出した。

 キアヌも穂積を刺すような目で見た。


「穂積、カミーラは怖くはなかったですか?」


「うん、稀星、とっても可愛い感じで、話しやすかった」


「詳しく聞かせてよ、穂積」

 皐月は前のめりで穂積に詰め寄った。


 穂積は初めから話した。

 市井で宰相に会ったこと、市井は女性が抑圧されていて、魔術師団がかなりの頻度で警邏し目立つ女性を取り締まっていたこと、そして魔術師と一悶着あった時、魔女カミーラが助けてくれたこと、インキュベートのシャングリラへ行ったこと、そして菫の瞳の村の話しなども全部話した。


 皐月が模造紙に書き込みながら質問した。

「なるほどね。連れてこられた菫の瞳の村の子供たちは今や大人になって、その魔力量の強さからあちこちで活躍しているってことなんだね。……――――ん! んんん!?」

 皐月はもっとも身近にいる菫の瞳を見た。かなりガン見した。

 デュークは静かに頷いた。――彼もその村の出身なのだ。

 キアヌは何も発せず、ただ強張った顔をしていた。


「そう言えば、わたくしも今日菫とグリーンのオッドアイを見ました。騎士団の団長さんなのですけど……」


「――ああ、同じ村の出身だ。彼は目立ちすぎないように、魔力で敢えて片目の色を変えているんだ」


「そうなのですか……、返って悪目立ちしているように見えますけどぉ……」

 尻つぼみしていく小さな声で稀星の本音が零れている。



「何というか、小さい頃に私なんかが想像を絶する物凄い経験をしてきたんだろうね。お気の毒だったとしかかける言葉が思い浮かばない。同情もするし、本当に可哀想だと思う。でも、これだけは確認しておきたいんだけど……」


 皐月が至極真面目な顔で穂積と稀星を見た。

 その表情から穂積は皐月が何を言いたいのか分かり、質問を引き取った。


「つまり、魔女カミーラがクーデターを起こしたのは、菫の瞳の者たちの私怨で、単に国を相手どり恨みを晴らしたいからって事では無いという理解で良いのかってこと」


「そうですわ。わたくし達は元の世界でも大義名分があればどんな戦いにも応じますけど、個人的な恨みや私怨には一切加担しない主義ですもの」


「そのとおりだよ」皐月が言い放った。

 穂積は三行半を突きつけたような心境になり、デュークが何と答えるのか不安で固唾を吞んだ。


 デュークは暫くの間俯いていたが、顔を真っ直ぐ持ち上げると、菫の瞳を揺らしながら皆を見た。覚悟を決めたような迷いのない表情だ。


「私怨ではない。個人的には全く恨みが無いかと問われれば答えは『違う』になる。魔術師団が村を襲った時のことは今でも夢に出るほど強烈な出来事だったから……。もし、恨みで行動を起こすならもっと前にやっていただろうが、それでは解決にはならないと我々は分かったんだ。

 このままでは第二、第三の俺たちの村のようなことが起こるかもしれない。――あんな思いは絶対に誰にも味わってほしくない。だから、まずは、魔力が強い者が正義という世の中を改め、取り分け、抑圧されている女性に対して、女性の尊厳を守る行動から始めようという考えに至った。

 もう一度言うが、決して恨みを晴らすための行動ではないことを信じてくれ。魔女カミーラを信じてほしい」


 一同は沈黙した。

 特にキアヌはいつもの澄ました顔が崩壊し、怒ったり、落ち込んだり、悩んだり、イライラしたり一人百面相状態だ。この中で最も国のスタンダードな考えをもつキアヌだけに、今までの内容に混乱して葛藤しているのだろう。キアヌは頭を激しく掻きむしると、首をブンブンと横に振り、また険しい表情に戻って口を開いた。


「俺は、ヘンリー殿下が魔女カミーラに協力するのなら、俺も協力しよう」


 デュークはキアヌの予想外の返答に瞠若し、頭を下げた。


「――キアヌ、感謝する」


「デューク、自分はもちろん信じるよ!」


 穂積はデュークの前に移動すると、珍しく自分から彼の手を取った。デュークの手はとても冷たくて彼が緊張していることが伺えた。穂積の手の温もりにデュークは固い表情を緩め、穂積の手を握り返した。


「有難う、穂積。穂積は自分の力でシャングリラに辿り着き、俺の助けなくカミーラの信頼を得ることができた。あなたは間違いなくこの国の勇者だ。この先も我々を導いてくれるだろう。感謝する」


「私達も信じたよ」

 皐月が稀星と腕組してデュークを見た。デュークは二人の方を向くと「有難う、皐月、稀星」と丁寧に感謝を告げた。デュークは改めて皆を見回して頭を下げた。まるで、初めて幸福を感じたような言葉にできない高揚感を覚えた。


「良かったな、デューク」と穂積はデュークの背中をバシンと強く叩いてから、明るい声を出した。


「それで、みんなにお願いなんだけどね、カミーラがお茶会を開くんだ、そこで色々と一気に片付けようかと思っているんだけど……」


「お茶会とはどういった感じですの?」

 お茶会は慣れていますのよ、とでも言いたげに稀星は近くにあったティーカップを小指を立てて持ち上げた。


「カミーラは女性達を集めて、ちょっとしたパーティーを開いて、演説をするつもりだ。内容としては、女性達に自覚を促し、住みよい国を作っていきたいカミーラの想いを熱く語るらしい。

 次いでにヘンリー殿下とカミーラが面会する件も同じ日にしちゃおうって魂胆だよ。ヘンリー殿下にお出ましいただければ本人がどう思ってもこちら側に付いたと見えるだろう?」


「かなり危険ですわねぇ。間違いなく魔術師団が現れると思いますわ」


「うん、それも想定の範囲内で、騎士団が護衛にあたる計画だ。な、デューク」


 穂積が見るとデュークが頷いた。

 稀星はお茶会の話を聞いて一番重要なことが心配になる。


「でも、本当に女性達が参加してくれますかしら? 女性達が来るか来ないかが成功の大きなポイントだと思いますわ。イベントは参加者数が多いほど影響力が大きく成功なのです」


「稀星、そのとおりだよ。だから、皐月と稀星と自分の3人で明日から開催当日まで5日間毎日王都へ行ってビラ配りをするから、よろしくな」


「はあぁ!? 穂積はもうそんな約束をしてきたんですの?」


「ああ、だって、協力してくれるだろう?」


 穂積は飄々とした態度で2人を見た。

 それは大変と稀星は、「それならば1日中外歩きですわよね。日焼け止めクリームが無いから、日傘とか色々と準備しないと!」と自分の手の指を一本ずつ折り曲げて必要なものを思い描く。

 通常運転の稀星を横目に皐月を見ると、皐月は無言でじっくり穴が開くほど模造紙を見つめていた。



「皐月」


「……」


「皐月ってば!」


「ああ、ごめん穂積なに? ビラ配りならもちろん協力するけど」


「皐月どうした? さっきから真剣に考えているけど」


 皐月は模造紙に書かれていることが相互に因果関係が無いとはとても思えないのだ。(よく考えろ! 天才って呼ばれているだろう自分!!)


 なぜ宰相と魔術師団は魔力がある男性をたてて、女性を奥に閉じ込める政策を守るのか。

 なぜ宰相は魔力の強い菫色の瞳を持つ者達を王都へ連れて行きたかったのか。

 なぜ60年前頃から男尊女卑思想が強まったのか。

 そのような行動に行き着く原点の要因があるのか。

(何故、何故、何故……)


 魔力のある男、魔力のない男、魔力のない女……魔力のある女……。

 輸力…………。


 何かを掴みかけているのだが、何も出てこないもどかしさに皐月は苛立った。

「あ――――って もうっ!! 馬鹿、馬鹿、馬鹿っ」

 皐月は頭をフル稼働させすぎて、頭からボフンと湯気が噴火した。――気がした……。


「皐月大丈夫、大丈夫だよ。皐月は天才だよ!」


 穂積が必死でフォローするが、皐月はまだ顔を紅潮させプスプスと小さく湯気を放出している。

 稀星はさっきから美容のことで頭がいっぱいで、鏡の中の自分の顔に釘付けだ。

 キアヌは居眠りしている。足元にワインの空き瓶が転がっているところからして酔いが回ったのだろう。


「デューク!」


 穂積がデュークに助けを求めたが、いつの間にかデュークの姿がリビングから消えていた。

 何処へ行ったのかと心配になりエントランスまで探しに出ると、デュークは一人外に出て星空を見上げていた。


 デュークの背中を見ていたら、彼の葛藤と苦しみとが思い起こされて、ひどくやるせない心持ちになった。彼はどんな気持ちで魔術師団に入り宰相に従って今まで生きてきたのか――。彼の考えていることは分からないし、意地悪をする彼のことは理解もしたくない穂積だったが、今はどうしても彼の後ろ姿が小さい少年に見えてしまい、デュークに寄り添いたい気持ちになるのだ。

 穂積はそっとデュークに近づくと、後ろからデュークを優しく包み込むように両腕を回して抱きしめた。デュークは驚いて身体をビクッと強張らせたが、穂積だと分かるとその場に佇んだままじっと動かなかった。


「デューク、これは小さい頃のお前を抱いているんだと思ってくれ。幸せだったお前が突然王都に連れてこられて、どんなに心細い思いをしてきたのか、そんなデューク少年を自分は癒したいんだ」


 デュークは回された穂積の手を握りしめた。

「穂積、俺はもう大人だ。心配する必要はない」


「デューク、自分の前では無理しなくていいんだぞ。甘えてもいい。頼りないけどな……」


 穂積の口からは自分でも信じられない言葉が出てくる。でも恥じらいよりも、伝えたい気持ちの方が強くて自然と溢れ出てくるのだ。

 デュークは急にくるっと穂積の方を向いた。抱き合う形になり、今度は穂積が身体を強張らせた。


「穂積は強いな。突然異世界に連れてこられて、大変な事に巻き込まれているのに、それでも他人を思いやることを忘れない……」


 穂積は自分より背が高いデュークの顔を見上げた。


「それを言うならデュークもだよ。いつも自分を助けてくれる」


 二人は少しの間見つめ合った。デュークの菫色の瞳に穂積が映っている。


「許してくれるか、穂積。先に誤る……」


 デュークがそう言うと同時に穂積に顔を近づけて、そっと穂積に口付けした。

 初めて口付けしたのは夢の中だったが、現実はやっぱり違う。湿った感触が唇に伝わり熱を感じる。穂積は自分で感情がコントロールできず勝手に唇が震えてしまった。デュークはそんな穂積を気遣う様に唇を離すと、名残惜しそうに穂積の額にもう一度優しく口付けを落とした。

 

 穂積は自分が今どんな気持ちでいるのか、自分ですら分からない。ただ、満点の星空の下でデュークの温もりを感じていたいと、抱きしめられた胸の中で静かに目を閉じた。



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