第7話 フェニックス騎士団
「うっわー、とてもカッコいいーです、めちゃくちゃクールですわ! あー、残念、手元にスマホがあればカメラで撮りまくりましたのにぃ……」
テンションを上げたり下げたり忙しい
フェニックス騎士団は辺境にあるため、道のりが悪く馬でしか交通手段がない。稀星はお嬢様育ちゆえ乗馬の経験はあるが、実践で山道などを走ったことがなく、安全をとって、キアヌの馬に乗せてもらった。今日は馬で行くと聞いていたので、稀星は濃いえんじ色の燕尾服に同色の広がりの抑えたロングスカートという淑女の馬術ファッションでバッチリ決めてきた。もちろんコルセットを装着しており、ウエストのくびれに大満足している。
フェニックス騎士団の本拠地は、砦のような造りをしており荘厳な雰囲気を持つ。正面にはシンボルのフェニックスが形どられた紋章が刺繍された大きなタペストリーが掲げられ、騎士団の威厳を放っていた。砦の敷地はとても広大であり、中では特にコロシアムのような騎士の訓練場がひと際存在感を見せつける。
二人が到着すると、早速、その訓練場に案内され、騎士達の馬上訓練を見学させてもらっていたところでの稀星のこのテンションなのだ。
馬上で槍や剣をもって実戦さながらの迫力ある訓練と、騎士達の逞しい身体からほとばしる汗、訓練前や訓練を終えた騎士達の歓声が拍車をかけ訓練場は雷鳴を轟かすような熱気に包まれている。すっかり雰囲気に飲み込まれた稀星の目にはハートが浮かんでおり、頭からお花が咲いていた。
昨日デュークは、稀星が騎士団を視察するための不自然ではない理由を考えた。それは、ヘンリー殿下の名代で、騎士団から魔女カミーラの一件を事情聴取するというものだ。
魔女カミーラがクーデターを起こして騎士団を掌握したとしても、今のところは宰相率いる魔術師団VS魔女カミーラの構図となっており、王家は表立って動いていない。ヘンリー殿下は一早く中立の立場を表明しているし、騎士団の運営資金の半分は王家から拠出されていることから騎士団側が断ることはできないと踏んだのだ。
ヘンリー殿下の名代ということもあって、稀星の護衛兼随行にはキアヌ・ダンビュライトが付いた。キアヌは殿下に忠誠を誓う魔術師であり、言い換えれば殿下以外には興味がないので稀星の随行として役立つ人物なのか分からないが、何しろ稀星である。そんなことは露程も気にせず、キアヌを自分のペースにグイグイ引っ張り込んでいる。
「キアヌさん、騎士の訓練は凄く熱気がありますのね」
「……。遊びじゃないんだ、あんまり黄色い声を出すんじゃない」
キアヌはなんで自分がこの女の随行になったのか納得がいかない顔で朝からずっと機嫌が悪い。
稀星は、「はーい」と言ったものの、直ぐ、あちらこちらに気が向いて「素敵だわ、カッコイイー」を連発し、うっとりとしていた。
「やあ、これは元気なお嬢さんだ」
稀星とキアヌの後ろから男性が声をかけた。ロイヤルブルーの生地に袖と正面に赤いラインが入った上着を着ており、胸には金糸でフェニックス騎士団の紋章が刺繍された制服をきっちり着こなし、腰にサーベルを帯剣している。年齢は30歳代中ごろ、ブラウンの髪を短くカットして清涼感があり、一番特徴的なのは、
「まあ、グリーンと菫のオッドアイですわ!」と、稀星が注目してポーっと見惚れた。
「わたくしオッドアイを見るのは初めてです。何しろわたくしの国では0.0001%の確率でしか現れないのですって!」
すかさずキアヌが渋い表情で咳払いをする。
「これは、エイダン・マーティン団長。今日はよろしくお願いする」
「キアヌ・ダンビュライト、久しぶりだ。ヘンリー殿下主催のパーティー以来だな」
エイダン団長はキアヌに握手を求めた。
「――まぁ、そうだな」
相変わらずの渋い表情を崩さないキアヌが握手に応じる。
「それで、キアヌ、ヘンリー殿下の名代の方はどちらに?」
「もちろん、わたくしですわ。初めまして
稀星が元気にエイダン団長に手を出して握手を求めた。一瞬、エイダン団長が握手してもよいのか躊躇したが、最終的には稀星と握手した。
「この国では、女性から握手を求めるのは失礼に当たる」
キアヌが稀星を睨んだ。
稀星はハッとして団長を見た。
「まあ、そうでしたか。わたくしは外国から来たばかりですので、まだこの国のことはよく分かっていないのですわ。失礼に当たりましたら、申し訳ございません」
「いえいえ、それにしても外国の方が、しかも女性が殿下の名代とは驚きましたな」
「第三者的な者がお話しを伺う方が公平なのだと、ヘンリー殿下の思し召しですわ」
エイダン団長は親指と人差し指を広げ、納得という表情で顎を触った。
「さすが革新的な発想をお持ちのヘンリー殿下ですな。感服しました」
エイダン団長は何度も納得するように頷くと、騒めき立つ訓練場に目を移した。
「訓練は御覧いただけましたかな、先程のはウォーミングアップで、これからが本番です」
稀星とキアヌも再び訓練場に注目した。先ほどの馬上訓練がウォーミングアップなんて驚くばかりで、これから何が始まるのかと思うとワクワクして落ち着きがない稀星。
「魔力を使った騎士と魔力を使わない騎士の訓練が始まります」
「訓練試合ですわね!?」
エイダン団長の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた稀星だったが、歓声とともに訓練が始まり、そちらに釘付けになる。
魔力を使う騎士が10名、全員錫杖を持ち赤いハチマキを付けた。一方、魔力を使わない騎士が10名、魔力除けの魔術を施した盾と剣を持ち白いハチマキを付けた。
中隊長の「赤、白、両陣とも始め!」という大声に伴い、それぞれが臨戦態勢に入った。紅組は錫杖を振り上げ中央に突進すると、魔術を使って一斉攻撃を始める。それに対する白組は2つのグループに分かれ、魔術の攻撃を盾で除けながら前後に分散し中央の紅組を挟みこんだ。魔術の攻撃は詠唱する時間を要するため、その隙を狙って相手の懐に飛び込めば、実は魔力を使わない方が瞬時に敵に大きなダメージを与えることができる。ただし、とてもリスクが大きく危険を伴うため、実戦訓練をより多く要し、強靭な身体と瞬時の判断力を養う必要があるのだ。
白熱する訓練試合を見ている稀星は体内から震えるような感動を覚え、心拍が速まる。身体が凍り付き、その場を動くことができないが、目だけは大きく見開き、些細な事も見逃さない構えだ。
(本当に凄いです。その昔地球上でも同じような戦闘が繰り広げられていたのですわね。ヒストリカル・ロマンスの一幕をこの目で見ているなんて感激ですわ――)
実戦さながらの訓練は負傷者が出て、血を流している者もいる。怪我をしたものは中隊長の指示で前線から次々に外されていき、救護班に囲まれていた。最後に残ったのは、赤と白の一対一の一騎打ち。「今日は面白い展開になりましたな」とエイダン団長も身を乗り出した。
「今、残った騎士達はどういった者達だ?」
「赤の魔力を使う方は貴族階級の出です。色々あって没落してしまい騎士団に入隊したんだったと思います。彼は魔力量が多く魔力をよく使えるので、魔術師団でもやっていけたでしょう。もう一方の白は、平民の出です。実は彼は生まれた時から男であったにも関わらず魔力を体内に宿していないのです。ですが、彼自身の頑張りで今では小隊を一つ任せられるようになりました」
「……なるほど」
キアヌは腕組みをして、その戦いを切るような視線で見ている。
稀星は自分の耳を疑った。今のエイダン団長のセリフに見逃してはいけない事実が含まれている気がしたのだ。
「あの、エイダン団長、質問をよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
団長は眉をキュッと寄せた顔で稀星を見た。キアヌも稀星がとんでもないことを言い出すのではないかと不審の面持ちで眉を寄せた。
「男性でも魔力を使えない人がいるのですか?」
そんなことかと、険しい表情を解いたキアヌが団長の代わりに答えた。
「人は千差万別だ。魔女カミーラが現れたように、逆に魔力の使えない男もいる」
「滅多にはいないですが、確率として10万人に1人位でしょうか」
エイダン団長が付け加えた。
稀星が分かりましたと頷くと、一同は訓練場にまた視線を戻した。
(魔力のない男性がいるなんて。彼もまた生きづらい世の中に身を置いているのかもしれない)
稀星は彼らの一騎打ちを見守った。
一騎打ちになると魔力を持たない者は途端に劣勢になる。それでも白いハチマキを巻いた彼は、歯を食いしばって、死に物狂いの形相で立ち向かう。
二人は訓練場の中央で、剣を打ち合い、二つの剣がキーン、カーンという激しい太刀音を響かせ、叫喚が戦いの激しさに拍車をかける。
外野からは「白にハンデが必要だろう」とか「もう赤の勝ちだ」とか試合を終わらせるような声が聞こえるが、中隊長は未だ無言を貫いている。
ついに試合が動いた。赤騎士はギラついた獣の目をニヤリとさせ呪文を詠唱した。すると、赤騎士の剣が瞬く間に一回り大きく変化し、次の瞬間、その剣を思いっきり振り切ったのだ。白騎士はあっという間に剣ごと数メートル先に吹き飛ばされしまい、稀星達のすぐ近くに砂埃を舞い上げて落下した。
キアヌが稀星を避難させようとしたが、稀星は動かない。稀星は同じ剣を学ぶ者として、この戦いを見届けなければならないと思ったのだ。
落下した時の衝撃からか、白騎士は苦しそうな表情を浮かべ、直ぐに立ち上がることができなかった。恐らくあばら骨の2~3本は折れたのかもしれない。それにも関わらず、赤騎士は彼の近くまで来ると容赦なく再び剣を振り上げた。
遠くから中隊長の「待て」の叫び声が聞こえたが、赤騎士は既に剣を振り下ろしている。
刹那、白騎士は目を瞑った。
「そのハンデ、頂戴いたします!!」――叫んだのは稀星だった。
稀星は側に立っていたキアヌの腰の剣をさっと引き抜くと、訓練場に飛び入り、赤騎士の剣を両手で受けた。大きな剣の重さで手がビリビリ痺れたが、流石にキアヌの剣だけあってビクともしない。恐らくキアヌの剣も魔力仕込み剣なのだろう。赤騎士は、急に飛び込んできた稀星に仰天し、一瞬怯んだ。
一瞬の隙をモノにして勝つのが御門流の真骨頂であり、稀星はタイミングを絶対に見逃さない。稀星は剣の向きを逆に構え、彼の間合いに入ると、柄の部分をみぞおちに深く突き刺した。数秒間、赤騎士と稀星の動きは静止する。傍からみると抱き合っているようにも見える。しかし、稀星がそっと避けると赤騎士はそのまま白目を剥いて倒れ込んだ。
「御門流、湧水斬り。峰打ちですわ」
誰もが息をのんで見守る中、緊張が途切れたように大歓声が沸き起こる。
稀星は元居た場所に急いで戻ると2人の前に立ち、舌をペロッと出した。
「キアヌさん、剣を勝手にごめんなさい。有難うございました。テヘペロ」
唖然とするエイダン団長と、怒りで肩が震えているキアヌを前に稀星は自分の頭をコンと軽く拳骨してウィンクした。
「貴様あぁ――、女の分際で目立つんじゃない!!」
「だあからぁ、ごめんなさいって~」
稀星とキアヌが口喧嘩を始めたので、まあまあ、とエイダン団長が口を挟む。
「それにしても驚いた。ヘンリー殿下は素晴らしい人脈をお持ちだ」
「嫌、それほどでもあるが――」
ヘンリー殿下に忠実なキアヌは、ヘンリー殿下が褒められると悪い気はしない。
「ご使者殿は剣の心得があるのですね?」
「はい。これでも御門流の師範ですのよ」
「不勉強で聞いたことがない流派ですが、もの凄い使い手であるとお見受けした」
稀星はにっこり笑った。
気を取り直したキアヌが、ふと思い出したように稀星に視線を合わせる。
「少し遅くなったが、今日訪問した本題の仕事をこなさなければなるまい。おい、貴様、早くしろ」
キアヌの言うことは最もではあるが、稀星はさっきの白騎士が気になって仕方が無かった。促されても、ついつい動きが緩慢になる。
「あのぉ、キアヌさん、殿下のお仕事はキアヌさんでなさって下さいませんか? わたくしはあの白いハチマキの騎士さんと少しお話しがしたいのです」
稀星の突拍子もない申し出に、キアヌの眉が跳ね上がり、眉間に青筋が入った。
「それに、わたくしは、貴様ではなく、きららとお呼び下さいませね」
キアヌの眉間の溝は更に深くなる。
「き、貴様は殿下の仕事を放り出すつもりかぁ……」
「いえ、滅相もございません。色んな人から話を伺うのも仕事の一つです。ここは分担ということで! ねっ」
キアヌは自分のペースを乱され、何一つ思い通りに動かない稀星にひどく苛立ちを感じた。今すぐ、稀星を置いて王都へ帰りたい気分だが、ヘンリー殿下に稀星を護衛するように言われている手前、そうすることもできない。主君の命令は絶対なのだ。相変わらずキアヌ相手に臆することもなく自分の提案を押し切ろうとする稀星にキアヌは「はああぁ」と大きな溜息をついた。
キアヌはいよいよ諦めの境地に思い至るしかない。
(異世界人の考えを理解しようとするだけ時間の無駄か……)
キアヌは自分の目を手で覆うと、稀星に背を向けた。そして背を向けたまま、自分の剣を稀星の足元に放り投げた。
「その剣は魔力が仕込まれているから、護符代わりに持っていけ。くれぐれも無茶はするな。いいな」
「はいっっ! 分かりましたわ。有難うございます。キアヌさんっ」
稀星はいつもの調子でにっこりと笑った。
*****
稀星はキアヌと別れると急いで訓練場の救護室に向かった。訓練場に併設される救護室は簡易ベッドが3つ並んでおり、その内の一つにさっきの白騎士が治療を受けていた。彼は上半身裸でベッドに横たわり、青白い顔で目を瞑っている。老齢の男性医師が治癒魔法で彼のあばら骨の骨折や脇腹の切り傷に光りを当てて、治療をしているところだった。
稀星は入口に立つと開かれっぱなしのドアをノックした。
「お邪魔をしてごめんなさい。彼の具合はいかがでしょうか」
医師が驚いて振り返ると、稀星をジロリと睨み眉をひそめた。
不審がられていると感じた稀星は「ああ、ごめんなさい。わたくしは、ヘンリー殿下の関係者です。先ほどの練習試合を拝見して、少し彼とお話ししたかったのですが、可能でしょうか?」と丁寧に伺った。
医師は稀星が王家の関係者だと分かる態度が一変し、中へ入るように促した。
治療は一通り終わったところで、少し休めば自室に戻れると言いおいて医師は退席した。
稀星は彼が横たわるベッドサイドの椅子に腰を掛けて、彼の顔色を覗き込む。まだ少年のあどけなさを残した顔からは稀星と同じ年頃に見えるが、露わになっている上半身は鍛えて厚みがあり少年のものではなかった。治療が終わったせいか、表情は悪くなく、規則正しい穏やかな寝息が聞こえてくる。この調子では今日お話しするのは無理かなと、諦めた稀星はキアヌに合流しようと立ち上がった。入口の方へ振り向いたところで後ろから突然手首を掴まれた。
「えっ」
びっくりして振り返るとベッドの彼が目を開き、稀星の手首を掴んでいる。
稀星と目が合うと掴んでいた手をパッと離した。最初に口火を切ったのは稀星だ。
「あの、具合が悪いところをお邪魔してごめんなさい。御門稀星と申します」
「いえ、お嬢様、こちらこそ先程は助けて頂いて有難うございました。私はウィリアム・ブラウンと言います。良かったらウィルと呼んでください」
「分かりましたわ、ウィル。先ほどの試合、お疲れ様でした。わたくしとても興奮して目が離せませんでしたわ」
「有難うございます。でも最終的には魔力には勝てないということを、毎度、思い知らされます」
ウィルは顔を紅潮させ、目を伏せた。
「失礼なことを申しますが、先程、エイダン団長に伺いまして、あなたは魔力を持っていないとか」
「そのとおりです」
ウィルは起き上がると稀星に向き合うようにベッドに腰を掛けた。稀星の予想どおり、彼は女性であっても見下すことなく、稀星の目を真っ直ぐ見て話をした。
「私は魔力無しの無能な男です」
ウィルは自虐して、投げやりな言葉を落とす。
稀星は「そんなことはない」と首を静かに横に振った。
「あなたはこの国の女性達をどの様に見ていますか? 最近、この騎士団は魔女カミーラに属すると表明したと聞いています」
ウィルは目を丸くしてベッドのシーツをぎゅっと強く握りしめた。
「ああ、わたくしはヘンリー殿下の関係者です。不審がらないで下さいね?」
ウィルはこくんと頷いた。彼は稀星の質問について、どう答えたらよいのか頭の中で自分なりの考えをまとめた。
「私はこんな体質なので女性の気持ちがよく分かります。この国では魔力を持たない人間は底辺に見られます。でもこの騎士団は平民出身者や魔力量が小さい者が少なからずいて、魔力を盾に威信を振りかざす魔術団に反発する者がほとんどです」
「なるほどですね」
「だから、魔女カミーラの女性の尊厳を認める改革はひいては私のような者などの少数派や多様性を認める事にも繋がるのではないかと思っています。私は力で支配する国は、大事なことを見失うのではないか、破滅へ向かうのではないかと心配なのです。騎士団は国を守ることを誇りに思って日々、訓練に励んでいますから」
稀星はウィルの話を聞いているうちに、心がじんわりと熱くなり、彼のために何かをしたい気持ちになった。
「ウィルは凄いです。自分に魔力が無くても諦めないで、この騎士団でよく頑張っていますね」
ウィルは、予想もしなかった稀星の言葉に目頭が熱くなるのを感じた。
稀星はそんな彼の様子に、上から目線の発言がウィルの気を悪くしたのではないかと思い、慌ててフォローした。
「偉そうにごめんなさい。わたくしは貴方の事を単純に褒めたかったのです。だって、本当に凄いんですもの! 凄く頑張っていることを、わたくしはあの試合を見てよく分かりました」
ウィルの目から一粒の涙が頬を伝って流れた。
稀星はどうしたらよいのかとオロオロしてウィルを見守った。
ウィルはスッキリした顔をして涙を手で拭うと「有難うございます」と感謝の言葉を何度も口にした。今までウィルのことを心から認めて褒めてくれた経験は片手に収まるくらいしかない。稀星の素直な言葉がウィルの心にストンと落ちて感極まった。
「ウィル、私もこの国のために、私ができることはやるつもりです。まずは、手始めにあなたの剣にアドバイスしてもよろしいでしょうか。先ほどの試合を拝見して、ウィルの剣は、間合いを取るときに無駄な動きが多々ありました。ちょっとしたコツで、あなたはもっと強くなれますわ」
稀星はこれ以上ない極上の笑顔をウィルに向けた。
日が傾き山際が赤く染まる頃、エイダン団長との聴取を終えたキアヌが外に出ると、訓練場で、一人の男と一人の女が真剣で稽古をしている様子が遠目で見えた。
キアヌは誰なのかを確認した途端、肩を落として立ち尽くした。
「――あんのおぉ、女はぁ、一体何をしているんだ!」
頭を搔きむしりながら、キアヌは訓練場に向けて怒鳴った。
「貴様あぁ、何をしている。帰るぞ!!」
キアヌが近づいて稀星を見ると、スカートは破れ、綺麗に結い上げていた髪はほどけて崩れ、汗と砂埃でドロドロの無残な姿になっていた。
稀星がキアヌに気が付くと、「キアヌさーん、キアヌさんの剣はすごいですねー」とトンチンカンな返答が戻る。
「稀星、早く来い!」
思わず、稀星の名前を呼んでしまい、しまったと顔にでるキアヌ。キアヌは生まれてこの方、家族以外の女性の名前を呼んだことが無いのだ。
稀星はキアヌが名前を呼んでくれたことに気が付いて破顔した。
「ウィル、私はそろそろ帰る時間のようです。さっきの間合いを覚えましたね?」
「はい稀星。今日は本当に有難うございました。あのっ、――その、……また稀星に会えますか?」
ウィルは訓練の熱気が冷めやらぬ上気した顔で稀星を見た。
「きっと、会えますわ」
稀星がウィルと握手している後ろでキアヌが叫んでいる。
「おい、早くしろって、聞こえているのか」
「はーい、今、参りますわ」
稀星はウィルに「さようなら」を言うと、急いでキアヌの元へ走った。
ウィルは訓練場に一人佇み、キアヌと稀星の姿が見えなくなるまで見送っていた。そして、二人の姿が見えなくなると、唇をぎゅっと強く結んで気合を入れてから、剣を握りなおした。
ウィルは日が沈んで暗くなるまでの間、稀星に稽古をつけてもらったことを思い出し、忘れないように身体に刻み込むまで、ずっと稽古に励んだのだった。
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