第4話 初めの洗礼と、男尊女卑と

 王都へ帰るヘンリー殿下とミランダ姫を見送りに行っていたデュークが戻ってきた。

 

 今3人がいる応接室は、召喚された場所である礼拝堂と渡り廊下で繋がっている建物の一室である。外見は石造りで城壁のように無骨な建物であるが、一歩中に入るとロココ調に統一されていて豪奢で優美に整えられている。てっきり、この建物の中にお部屋を用意してもらえるのかと思っていたら、3人は建物の外に案内された。辺りは既に薄暗く、さすがの3人もアウェイ感が手伝ってか心細く感じる。空には馴染みのない月が2つ浮かんでおり、異世界感を増長させていた。


「デューク、何処へ行くんだ?」隣に並んで歩く穂積がデュークを見上げた。


「そろそろ夕食の時間だし、食堂へ移動している。君たちの世界の食事とは違うかもしれないが、腹は満たせると思うから」


「ちなみに、今は何時ごろですか?」


 稀星がデュークの後ろから声をかけた。

 デュークは「どれ」と腕時計でも見る感じで左手の手のひらを上に向けると、腕時計ではなく羅針盤のようなものを空中に表示させた。

「ちょうど6時頃だな」


「へぇー、魔法が使えるって便利。何も持ち歩かなくてもいいんだね」

 皐月が不思議そうに空中に浮かぶ時計を覗き込んだ。


「ああ、このくらいの生活に必要な魔法は女性でもできる。個人差にもよるが、他には明かりを灯すとか火を起こすとかできる人が多いな」


「と、いうことは出来ない人もいると……」

 さっきの話を思い出して皐月が聞いた。


「――ああ、まぁそういうことだ」

 デュークはトーンを下げた声を出した。


 顔を曇らせたデュークを横目で見ながら、穂積は話題を変えるべく関心を外へ向けた。


「それにしても、ここは随分と広そうだ」


 王都メルトから少し郊外にあるこの場所は、魔術師や召喚士達の養成学校であるユウジーン王立学園の中にある。広大な敷地の中には礼拝堂、魔術や召喚の訓練場、講義棟、宿舎棟、食堂、馬場などがあり、関係者だけでも数百人は暮らしている大きなコミュニティとなっていた。また、学園全体を強力な結界の魔法が張り巡らされているため、異世界から来た3人が滞在するのにも最適な場所であった。


「まさか、ユウジーンのユウはユウキ宰相のユウとか?」


「正解だ、皐月。ここは魔術師の育成という冠があることから、代々ユウキ家が学園長になることになっている。まぁ、宰相がこちらに来ることは滅多に無いから安心してくれ」


 穂積はラドメフィール王国の保守派筆頭のお膝元に、どちらかというと改革派の自分達がいるのもどうなのかと複雑な気持ちがするが、それでも滅多に来ないというし、まずは腹ごしらえだ。ギューと鳴るお腹を撫でたら、稀星が笑った。


「穂積ったら、先程、あんなに沢山のお菓子を食べたではありませんか」


「ふん、お菓子は別腹! お腹へったぁ」


「さあ、食堂に着いたぞ」


 石造りの壁に三角屋根の平屋の建物。先ほど居た建物からほんの5分の移動距離だ。屋根から出ている太い煙突から美味しそうな匂いが漂ってきて穂積は再びお腹を鳴らした。入口の重たそうな丸太で組まれたドアをデュークが開けると、中から一斉に視線を向けられ注目された。


 食堂の中は、配膳のカウンターが壁側にあり、反対の壁側には食べ終わった食器を下げるカウンターがある。真ん中に長い机が4列配置され、片側には約15人座れるため、120人は収容できる大きな食堂である。ちょうど夕食時であり、約30名の生徒や学園の関係者が食事を取っていた。


 黒いローブを纏っている人が多くて一目で性別が判別できないが、恐らく男性ばかりなのだろう。なんで女がここにいるのかと非難めいた敵意の視線が痛い。デュークはわざと自分のローブのフードを外し、JK3人は自分の連れであることを表明した。食堂中が騒めいて、嘲笑に彩られたひそひそ声が聞こえる。


「デューク、中に入っても大丈夫なのか」


 さすがの穂積も歓迎されていないことが分かるし、騒ぎを起こすのは本意ではない。


「問題ない」


 デュークは、カツカツとブーツを鳴らして中に入り、一番奥の端の席に腰かけた。

 よりによって一番奥へ行くから、辿り着くわずか15メートルの距離でも皆からの視線が刺さって痛い。へらへらと愛想笑いをする稀星に憮然とした穂積、無表情の皐月が一列になって奥へ進んでいたら、通路に誰かの足がさっと出された。当然のことながら、それに引っ掛かった穂積が稀星を突き飛ばして派手に転がった。


「いっ、いったあぁ……。ごめん、稀星大丈夫だった?」


「わたくしは驚きましたけど大丈夫です。穂積こそ大丈夫ですか」


 稀星の手を借りて起き上がる穂積。膝をすりむいて血が滲んでいる。

「ああ、少し膝を擦りむいただけ……」


「場違いのヤツは身の程を知れ」

 フードを被った魔術師見習いの若い男が勝ち誇ったように声を上げた。


「ブ、ブハッハハ……」


 一緒に横並びで食事をしていた男も食事中にも関わらず下品に笑った。2人は明らかに馬鹿にしたような蔑んだ目で穂積を見ている。


「こっ、――この野郎っ」


 カチンときた穂積がその男に詰め寄ろうとした時、背後からカツカツと足音が近づいて肩を掴まれた。

「デューク!」


 デュークは男達の前に立つと低い声を出した。

「フードを取れ、足を出したのはどっちだ」

「……」

 男達はフードをパサリと外した。2人とも穂積達とそうは変わらない年齢の少年達だった。

 始め視線を彷徨わせて知らない風を装ったが、その内の一人がデュークに非難の目を向けた。


「デューク様、なんでデューク様ともあろう方が、こんな変な恰好の女を連れているのですか。それにここは学園の生徒又は関係者のみが入れる場所で、こいつらは相応しくありません」


 穂積はあまりの言われようにワナワナと拳を震わせたが、皐月に手を出すなと目配せされた。皐月が視線で「デュークに任せるんだ」と言ってくるから、穂積は歯を食いしばってじっと我慢した。短気の穂積にとって、穂積の暴走を止めるのは皐月の役目になっている。


「この方たちは、重要な任務があり、わざわざ外国からお越しいただいている。それゆえ我が国の民が失礼なことをすることは許されぬ」

 

 デュークの言葉を聞いて少年は不快感を増長させた。

「魔力を持たない女に何ができるって言うんですか」


 この国にクーデターが起こっていることは、実は国民にはまだ知られていない。何しろ大規模な戦争が起こっているわけでもないため、騎士団が掌握されたところで、騎士団としては機能しているので国民には関係がないのだ。

 ユウジーン王立学園もある意味閉鎖された中であり、穂積達を召喚するのに関わった人以外は、何も知らないのであろう。


「魔力を持たない女というが、もし、お前が魔力を持たなければお前もただの男だろう」

 デュークは少年に諭すように言った。


「そんなことはない、私が魔力を使わなくたって、この女に負けることは一つもないと断言できる」


「ほう、負けないと断言するのだな」


「男が女に劣ることはない」


「お前、名前は?」


「エリック・バーン……」


 JK3人はにんまりと笑った。なるほど、デュークの意図が見えてきた。


 デュークが穂積を呼んで、隣に立たせた。


「ではエリック、この人と腕相撲をしてみろ」


 穂積はにこっと愛想笑いをした。

 エリックは穂積を改めて見てみると、身長が高い女だが、腕なんて自分よりひと回りは細いし、身体も細い。エリックは内心楽勝だと思った。


「よし、受けて立とう」


 エリックが元気に承諾すると食堂の中に大きなどよめきが起こる。

 この勝負を一目見ようと食事中の人もフォークを置いて、みんな穂積とエリックを取り囲むように集まってきた。興味津々の野次馬達は、エリックが負けることは無いと思っているし、穂積に対して「せいぜい頑張れよ」とか「女が勝てるわけないだろう」とか野次を飛ばす。


 稀星は溜息を落としつつ「穂積って本当にトラブルメーカーですわね」っと皐月に囁いた。これは穂積のせいではないし、穂積は自他ともに認める馬鹿力の持ち主だ。エリックに負けることはないと思うが、珍しく皐月は心が落ち着かない。今は穂積を信じて見守るしかないのに。


「よし、二人はこのテーブルを挟んで向き合って座るんだ。腕をテーブルの上に乗せてお互いの手をしっかり握って……、そのままストップ」

 それからデュークは、穂積とエリックが腕相撲の体制を取って握っている2人の手の上に自分の手を乗せた。

「合図と同時に手を放したら勝負開始だ。いいな」


「おっけー」


「分かりました」


 穂積とエリックが共に返事をする。

 先程の騒めきが嘘のように食堂の中が静まり返ってピリッとした緊張感が漂う。


「始め!」

 勝負開始の合図がデュークから放たれた。


 真剣な表情のエリックにニヤリと不敵な笑みを浮かべる穂積。

 開始直後はエリックと穂積の腕がどちらか一方に傾くことなく、始まったままの位置で平行を保っている。しかし、3分が経過した頃から、エリックの表情が一変した。

 エリックの額に玉の様な汗が目立つようになる。同時に苦しそうな表情をし出し、焦りが見え始めた。一方の穂積は開始したときの表情から全く崩れていない。


「どういうことだ? エリックが苦しそうだ」とか「エリックが押されているのか?」とか野次馬達が口にし、騒めき始める。


 いよいよエリックの腕がプルプルと震え出したから、穂積はそれを見逃さず、一気に勝負をかけた。


(貰った!)

 穂積が腕に渾身の力を込めた。

「っ……ふん!! ――っう…………ふうぅ」


 テーブルにドンと腕がついた振動が伝わった。場が一気に凍り付く。

 清々しい表情の穂積とは対象的にエリックは倒された体制のまま「信じられない」と、強張った表情で動けないでいる。


「穂積が勝った!」


「穂積が勝ちましたわ!!」


 皐月と稀星はハイタッチして喜んだ。

 

「勝者は穂積」

 デュークが宣言した。食堂中に響き渡るような高らかな声で。


 エリックは今まで生きてきてこんな屈辱を味わったのは初めての経験だ。勝負で、しかも腕力で女に負けるなんて信じられない。エリックは他より優れた魔力があったからこの由緒正しい王立学園の入学を許可され、今日がある。でも、自分から魔力取ったら、女にも負けてしまう存在だったなんて――。プライドがズタズタに切り裂かれ、あまりにショックが大きすぎて微動だにできない。


 でも待てよ、エリックは思った。男には魔力があるから優れているのか。女は魔力が無いから劣るのか……。エリックはしばし考えをまとめると、悪魔に心を奪われたかのように突然ガラッと表情を変えた。

 それを知らずに穂積は「いい勝負だったなぁ」と清々しい顔でエリックに握手を求めている。


「おんなあぁぁ――、俺が負けることは認められん――っ」


 エリックは大声で叫び、服従の呪文を詠唱し始めた。


「なに? なんだ!?」突然のことに呆気にとられる穂積。


「穂積!!」

 デュークがローブを広げ、穂積を庇う様に自分のローブの内側に入れてきつく抱きしめた。

 それと同時に右手に錫杖を顕現させ、防衛の呪文を詠唱した。

 まだ見習い魔術師のエリックの詠唱よりデュークの詠唱が数秒早く、デュークと穂積の周りに光るシールドが構築された。エリックの呪文はそのシールドに激突し霧散した。


「くそっ!」


 エリックはシールドを破壊する攻撃の呪文を次々に詠唱し始めた。ヒステリックに喚きながら、めちゃくちゃに呪文をぶつけるエリック。

 エリックから金色に光った矢が次々とデュークのシールドに突き刺さる。

 シールドに当たった矢はもれなく吸収され霧散するが、シールドを外した矢は食堂内の椅子やら食器やらに命中してそこら中を壊していった。


 このままでは、周囲の人も怪我をするし、下手したら食堂全体を破壊される恐れがある。 

 デュークは錫杖を振り上げると詠唱を再び口にした。すると、錫杖から光る白い筋が現れた。白い筋は蛇に形を変え真っ直ぐにエリックをロックオンすると、エリックの額めがけてすっと頭の中に入っていった。

 エリックは一瞬目をカッと大きく見開いた後、失神してそのまま後ろにバタンと倒れた。


「エリックが暴走して危険な状態だったから、ひとまず大人しくさせた。1時間後には目を覚ますだろう。誰か彼を宿舎まで運んでくれないか」


 デュークが説明すると、エリックと一緒に食事をしていた少年が青白い顔でそっと手を上げ、エリックを背負って食堂から出て行った。

 

 穂積はデュークのローブに入れられたままになっており、何が何だか分からなかったが、状況が落ち着いたようだったので、ローブからひょこっと顔を覗かせてみた。

 デュークと密接していたことで熱気がこもって暑いし、全身に薄っすらと汗をかいている。

 穂積が顔を出したので、皐月と稀星が側に駆け寄ってきた。

 穂積も2人を見てデュークから離れようとしたが、デュークに腰を抱かれたままであり離してくれない。


「ちょっと、デューク!」


 デュークは平然として、顔色一つ変えないでいる。それどころか更にきつく抱いてきた。


(――この野郎……っ)


 穂積はムカついて回された手を思いっきりつねってやった。デュークの右の眉がぴくっと跳ね上がり、やっと穂積は解放されたが、ローブの中での攻防を知らない皐月と稀星は、ぷりぷり怒る穂積を不思議そうに見た。


 デュークは、穂積に苦笑して首と肩のストレッチを始めると、一回大きく伸びた。その後、錫杖を大きく振り回し、壊れて転がっている物を目掛けて呪文を唱えた。

 壊れた物はデュークの蘇りの呪文で元の姿を取り戻し、概ね穂積達が到着した時と同じ状態になった。デュークの魔術に野次馬達から歓声が上がり、元の食堂に戻ったところで、それぞれのテーブルに帰っていった。


 デュークはやれやれといった表情で大きく溜息をつくと厨房に声をかけ、大きなバスケットにワインや水、パン、チーズや果物等を入れてもらい、JK3人を伴って食堂を出た。




 *****


「うっまーい」


 穂積がチーズとハムとハーブの入ったケークサレをむしゃむしゃと頬張っている。


「ふふふ、穂積ったら、でもこのチーズもなかなかですわね」


「和食は無理でも、チーズやパン、スープなんかは日本と同じ感じだね。良かった」


 空腹だったJK3人はやっと落ち着いて食事を取っている。色んなことがあってもお腹が満たされれば自然と笑顔になるものだ。


 食堂での騒動のあと、JK3人を人目に晒すのは危険だと判断したデュークは、宿舎棟に隣接する離れの一軒家に3人を案内することにした。

 ここは特別なゲストルームであり国の上層部がこの学園に視察に訪れた際などに使用する場所だ。全てがこの建物の中だけで完結できるようになっており、2階にシャワー室が併設されているベッドルームが5つ、1階にキッチン、リビング、書斎、応接室等がある独立した建物なのだ。調度品なども質が良く、内装を豪奢に設えてある。初めは宿舎棟の中に部屋を設けようと考えていたデュークだが、安全を取ってこちらに変更することにした。

 特別なゲストルームに盛り上がっていた3人であったが、まずは遅い夕食を取ることになり、デュークが用意したバスケットの中身をリビングのテーブルに取り出して、JK3人組が楽しそうに食事をしている。デュークも少し離れた椅子に座り、それを眺めながらワインを飲んで一息入れた。


「デューク、そんな離れたところにいないで、こっちにおいでよ」

 穂積が声をかけた。


「そうですわ、ワインに合うチーズもありますわよ」

 チーズのお皿を持ち上げて稀星がニコリとした。


 じゃあ、遠慮なくとデュークがワイングラスとボトルを持って、穂積達が座っているソファーセットの一人掛け用に腰かけた。デュークはJK3人にもワインを注ごうとしたが、皐月に未成年だと断られた。残念そうにワインを見ている穂積が皐月に叱られている様子などをデュークはつい可愛く見てしまうのは何故だろう。

 デュークが我知らず微笑んでいたところを、JK3人にじーっと注目されてしまい慌てて咳払いするから激しくむせてしまった。


「それにしてもこの国の問題は根が深いね」

 皐月がリンゴをカプっとかじって咀嚼ししながら食堂での騒動を思い出す。


「だって、さっきの食堂の話しだけどさ。魔力抜きで男と女が勝負をして、女が勝つとそれに激高して、女にない魔力を持ち出すとかさ、どんだけ捻くれているのって思ったよ」


「皐月の言うとおりですわ。男性をたてて、男性の言う通りにしすぎた女性達も悪いと思っていましたが、この環境では女性が声を上げることも難しそうですわね」


「この国は昔からそうだ。特にこの学園の生徒は一般の人より魔力が強いヤツが多くて、女性を蔑む見方をする傾向が強い。市井に降りれば、ここよりは女性に柔軟な対応をする奴が多いとは思うがな……」


 穂積が視線を下に落とした。

「なんか、不安になってきたなぁ」


「どうしてだ?」

 デュークは穂積を見つめた。


「だって、勇者とか言われて召喚されたけど所詮にわかだし、こんなにも女性にとって住みにくい世界はないと思うし、女性の自分たちに何かできることはあるのかなぁ……って……」


 食堂の一件は思いの外、穂積達に暗い影を残した。


「法王が勇者を特定し、それが穂積だった。法王の占術は今まで外れたことがないから、自信を持ってほしい」

 デュークが心配そうに隣にいる穂積の手を取ったから、すぐさま手を振り払って元気なポーズをとり、おどけてみせた。


「改革派の魔女カミーラが、国のトップと直談判するのが一番いいのは分かる、そのための交渉役ぁ。そこまで本当に辿り着くことができるのかなぁ……」


「穂積、作戦を立てよう」

 皐月が弱気になる穂積に声をかけた。


「皐月!? 作戦って?」


 皐月はデュークに大きな模造紙を持ってきてもらうと、テーブルの上に広げた。


「ブレインストーミングだよ」

 皐月は胸ポケットに入れたままになっていた日本製のペンを取り出して、書き出した。

「まず、魔女カミーラとラドメフィール王国のヘンリー殿下との直接対話だよね。カミーラは国王の交代と議会の開催を求めている。なぜ、国のトップと話したいのか……」


 皐月が紙の中心にカミーラと国の対話と書く。


「それは多分、男尊女卑社会の是正ですわ。平等、公平、公正の世の中を構築すること。あんな男性ばかりでは、女性としてこの国に生を受けたら、わたくしなら死にたくなりますもの」


 皐月は男尊女卑社会の是正と大きく書いて、ぐるぐると線で囲った。


「でもさぁ……」

 穂積が口を挟む。

「日本を振り返っても、長い時間をかけて改革していったんだよね、そんな一朝一夕には人の考え方なんて簡単に変えられないんじゃないの、皐月?」


「うん、私もそう思うよ……。――あと、この国では今起きている問題は……」


「一応、クーデター中ですわよ? 騎士団ってカミーラ側に付いたのですわよね? デュークさん」


「そのとおりだ、稀星」


 皐月が紙にクーデター、騎士団+カミーラと追記する。


 皐月が紙をじっくり見つめている。


「この手法は皆のアイデア出しに役立つもので、すぐに結論は出さなくてもいいんだ。これは、私の予測だけど、この国は一枚岩ではない。そうでないと、最も縦社会のはずの騎士団がカミーラ側につくはずが無いと思う」


「そうだな、デュークみたいな割とフラットな男もいるし」

 穂積は別にデュークを褒めたつもりはないが、不覚にも照れて頬がほんのり赤くなった。


「じゃあ、明日からの行動だけど、まずは調査だね」


「調査!?」皆が一斉に皐月をみた。


「穂積はデュークさんと一緒に王都メルトの市井調査。街の様子とか実際に穂積が行って、肌で感じとってきてもらいたい」


「おっけー、任せて皐月」

 顔をパタパタと手で仰ぎながら即断する穂積。


 皐月は頷いてから稀星に視線を向ける。

「稀星は、騎士団の見学なんてどうかな? 稀星はこう見えて剣の使い手だから何かあっても大丈夫だし、稀星も興味あるでしょう?」


 稀星の顔がぱあああぁっと晴れ上がった。


「はいっ。異世界の騎士団なんてラノベの中のお話ですわ。是非、行きたいです」


 稀星は目をキラキラ輝かせて、胸の前で手を握り合わせている。

「でも、稀星一人では入れないし、例えばキアヌとか同行してくれないかな? デューク」


「ああ、確認して手配しよう。そうなると、残る皐月はどうするんだ」


「うん、私は可能ならこの学校内でもいいから、図書館とかで歴史書を読みたいんだけど。もちろんこっちの言語は読めないから翻訳機とかあるかな? あと本に詳しい人にサポートをお願いしたい」


「分かった。食堂のような騒ぎがあってはいけないから、図書館に貸し切り時間を設けて、そこで選んだ本をここへ移動させて読んでもらうのでもいいか?」


「うん、充分だよ」

 皐月が翌日の行動を模造紙に書き込んだ。


「ああっ、穂積がデュークさんのワインを舐めていますわ!!」


 ギクッとする穂積。


「味見だよ、あ・じ・み。それにこの国では皆がワインを水のように飲むんだろう?」


「穂積いぃぃ――っ」


 皐月が怖い顔して穂積を睨んでいる。


「なんだ穂積、飲みたかったのなら、俺が口移しで飲ませてやるのに……」


 デュークが悪い顔でニヤリとした。


「な、なななな、なんてことを……言ってやがるっ!!」


 途端に穂積が目を白黒させる。

「大体、デューク、お前は、よ、よくもそんな卑猥なことばかりっっ――」


「ねぇ皐月、初めからわたくし感じていましたが、穂積とデュークさんは仲良しですわね」


「うん、思った!」


「な、なななな、仲良しなんて……そ、そんなことない。貞操の危機を感じるだけだ!!」


「貞操の危機ねぇ……」


 皐月はあの穂積が異性を意識しているだけでも驚きだし、どうしたのかと思う。


「貞操で思い出したが、デューク、もう夜も更けた。お前は帰れ」

 穂積は入口を指さした。


「俺は、君たちの護衛だからここに滞在するつもりだが」


「な、なにぃ――っ!!」


 穂積はいよいよ両手で頭を覆ってしまった。

 稀星は大型犬を撫でるかのように穂積の頭をよしよしと撫でた。


「大丈夫ですわよ。私達もいますから。万が一何かあっても、それはそれで……」

 皐月と稀星はクククと声を殺して笑っている。


「穂積、もしかして俺が怖いのか?」


「怖いわけがない! よし、分かった。いいか、デュークの部屋は自分の部屋から一番遠い部屋だからな。絶対だからな」


「ああ」


「絶対に、自分の寝室には入るなよ。分かったか!」


「分かった」


 一人で取り乱している穂積とは対象的に、ワインを優雅に口に含み、唇から滴ったワインのしずくをわざと舌で舐めるようにして見せつけるデュークを見て穂積は沸騰寸前だ。「もう、寝るっ」と憤慨して、ドタドタ2階へ駆け上がってしまった。


 皐月はやれやれと首を竦めると、「穂積は硬派なんで、そこんとこ、よろしく頼みますね」とデュークに釘を刺した。デュークが理解したのかどうなのか不明であったが、そろそろ休めと勧められたので、皐月と稀星2人も「おやすみ」と2階へ上がっていった。


 デュークは穂積をからかいすぎたかなと些か反省しつつ、明日の段取りのために各方面に魔術で作成した連絡用の蝶を飛した。

 飛んでいく蝶を目で追いながら、拳をぎゅっと握り、らしくないと泡立つ気持ちを引き締めた。


 

 *****


 コンコンとノックの音が聞こえて、部屋の中から穂積が声をかけた。さっきの言動どおり、2階の一番端っこの部屋に穂積はいた。


「誰?」


「わたくしたちですわ」


「2人だけ?」


「そうだよ」


 穂積はそっとドアを開けた。

 穂積はシャワーを終えたばかりで髪が濡れてバスローブ姿だった。


 皐月と稀星は穂積の部屋に入った。


「他の部屋と造りは同じだね」

 皐月は穂積の部屋を見回して言った。


 部屋は日本でいうと15㎡くらいの広さだろうか。机とチェスト、ベッドが備えられており、チェストとクローゼットには女性用の着替えが一式揃えてあった。続き部屋にシャワーとトイレ、洗面台がある。壁紙は小花柄で部屋に可愛らしさを添えてある。


「――さつき~、きらら~。着替えようと思ったら、ここにある着替えは自分に似合わないものというか、ぴらっぴらの変なのばっかりなんだよ――」

 穂積が涙目で2人に訴えた。


 そー言えばと、皐月と稀星も踵をかえして自分の部屋のクローゼットを見に行き、用意してあった服を持ち出すと、穂積のベッドの上で重ならないように広げてみた。


「取り敢えず、みんな同じ服ではなくて色々なものがありますわね」


「うん、この中から自分の趣味に合うものをチョイスしよう」


 皐月が色々な服を持ち上げて吟味している。デューク達の装いをみても分かるが、やはり中世ヨーロッパ風の服で、基本は裾の長いスカートばかりだし、コルセットなんかもあった。


「さすがにブラはないよね」


「今つけているのがダメになったら大変ですわ」


「自分は、ノーブラでいいよ。苦しくなくて楽だし!」


「なっ、何てことを! 穂積、いけません。少なくとも胸が目立たないように何枚も重ね着してくださいね」


 稀星が何枚もの上着を取って、穂積に押し付けた。


「稀星はどうするんだ?」


 稀星は穂積が嫌厭したぴらっぴらのドレスを楽しそうに物色している。


「わたくしは、もちろんコルセットをつけます。少し憧れていましたから。ウエストがキュッと細くなりますわよ」


「皐月、稀星、真面目な話だけどさ……」と急に穂積が真剣な表情で2人のいるベッドの端に腰を下ろした。


「明日から別行動だろう? マジで気を付けてくれ。ここは女には厳しい世界だし、もしかしたらレイプとかそういうことも頻発しているかもしれない。自分と稀星は腕に自信はあるが、皐月は自分達ほどではないし……。そもそも自分達だって、相手に魔法を使われたら御終いだし……」 

 

 皐月が穂積の言葉に深く頷いた。


「確かにそれは言えるね。早く信頼できる人をできるだけ多く作らないと」



「ま、ブラックエンジェルの神3と呼ばれた自分たち!」


「売られた喧嘩は百戦錬磨で常勝無敗」


「難攻不落の困難な問題だって絶対に解決できますわ!」


 穂積、皐月、稀星の3人は、ベッドの上で円陣を組むと、がっちりと手を握り合わせてJKらしく笑い転げた。

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