Roaling Thunder!!!

第53話 報復式荷電粒子砲台

 FORCE露府ロス支部は、米国の西海岸に構える世界有数の規模の支部である。その使命は、一般魔物への対応に加えて、太平洋沖に坐す特別指定魔物第一種「グロウム」への対応と研究だった。

 ――その露府支部に勤務するとある研究者に連絡が入ったのは、1週間前のことである。メールの文面を見ると、彼は思わず声を上げた。


「BMプロジェクト……! アルトリヱスが来るのか!」


 そして彼はメールの返信に、「空港まで迎えにいきます」と打ち込んだ。



「じゃあケイ、元気でね」

「ああ、みんなも達者でな!」


 セレンと湯川景が互いにハグをして別れを告げる――傍から見てると、子供を抱きかかえようとする母親の図に見えた。『またいずれ会おう!』と勇者も別れを告げた。

 BMプロジェクトは次の拠点である露府ロサンゼルスを目指した。日本から一度欧州へと戻り、さらに欧州から米国へと渡り、さらに乗り継いで露府の空港にたどり着くために要した時間は、丸2日以上だった。しかしながら、太平洋を横切るリスクと比べれば、時間をかける方がはるかにましである。


 空港に降り立つと、ある人物が彼らを迎えた。無精ひげに、ぼさぼさの髪の毛が真っ先に目に入る。格好に無頓着な男――チェスター・グッドイナフは、人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「グッドイナフさん、こんにちは! お久しぶりです」

「ああ、シャルルさん、それにアルトリヱス! 他の皆さんも、久しぶりだ」


 チェスターは、前回の作戦時にBMプロジェクトに協力した研究者である。以前はマッターホルンに巣食うトリコーダス専属の「予報士」だったが、勇者により討伐が果たされたことで露府の支部に配属となっていた。


『チェスター殿、久しぶりだ。また世話になる』

「良いのさ。英雄の手伝いなんて、むしろ光栄なことだよ。支部長から、君たちにグロウムの討伐作戦についてやり取りを任せられてる。よろしく頼むよ。まずは移動だ」

 そしてチェスターの後についていき、大きなバンに乗り込んだ。

「ちなみに、グロウムのことはどれくらい聞いてるんだ?」

 エンジンをかける前に、チェスターはそんな質問をした。後部座席に座るテルルがそれに応じる。


「そうですね――」


 まず、グロウムの見た目である銀色の球体は「電子殻」であること、その変形により周囲に強力な電磁パルスを放つこと、磁気異常による宇宙放射線と巨大な電圧による電解で周囲の環境は「反応炉リアクタ」と化していること――

 列挙すればするほど、途轍もない力を持つ魔物であることが実感できる。今まで人類が受けた被害が少なすぎると思うほどだ。テルルの説明を聞き、チェスターは頷く。


「うん、かなり良く分かってるな。まさに奴は生きるリアクタだ。それで、支部長から露府支部の装備で奴の電子殻を破壊するって話を聞いたと思うんだが……」

「気になっていたんですけど、どうやって破壊するんですか?」とテルルが尋ねる。


「それは――」車が長いカーブを曲がり始めると、一度チェスターは口を閉じる。カーブが終わって遠心力が無くなると、再びチェスターは話を始めた。

「荷電粒子砲台、CPTを使う。アーカイアの企業と一緒に作った兵器だよ」

「兵器? CPT……?」テルルが難しい顔になる。

「ああ、あれのこと」と、頷いたのはセレンだった。

「知ってるんですか?」


「聞いたことある。“荷電粒子砲”――文字通りだけど、帯電した粒子を砲弾として発射する兵器。その弾速は光速クラスも不可能じゃないから、レーザーを除くと原理上最速の弾丸かも。でもこれ理論上可能だけど、空気粒子の抵抗と地磁気の影響がある地球だと、まっすぐ飛ばすことすらできないはず……」


「そう。キュリイさんはよく知っているな。理論上は可能で、実現は不可能だった……グロウムが現れるまでは」

「え?」

「グロウムも魔法を使って荷電粒子砲を撃つことができる。露府支部はそれを観測したんだ――」



 ことの発端は、無人軍艦「ゴーストシップ」による偵察作戦だった。

 グロウムの嵐の付近では、生身の人間は活動に支障をきたす。それどころか、通常の仕様の船では運行すら困難になる。しかし露府支部はグロウムの嵐では中心から外側へ向かって風を吹くことと地磁気が狂うことを利用し、「風向」と「コンパスの乱れ」、そして燃料エンジンだけを頼りにグロウムへ向かう無人船「ゴーストシップ」を開発した。

 最小限の計器を積んだゴーストシップは、ついに2隻がグロウムの半径1キロまでたどり着いた。しかしその瞬間、一隻がまばゆい閃光に呑まれて、大破したのである。その瞬間が記録されたのもつかの間、残りの一隻も破壊されて、木っ端みじんとなった――データと浮袋を備えたブラックボックスを残して。

 ブラックボックスは、グロウムの嵐の風によって流されて、やがて安全地帯で回収された……



―――チェスターが車内のモニターに映した映像を見て、皆が固唾をのむ。

「すみませんセレンさん、見えないです」

「あ、ごめんリンちゃん」


「でも……グロウムが荷電粒子砲を撃てるからと言って、兵器として運用できるわけじゃないですよね?」

「それができるんだ。荷電粒子砲の難点はキュリイさんの言ったように、空気抵抗と地磁気だ。それを解決する方法があるんだ。とんでもない発想だが……」

「どうするんです?」


だ。敵視誘導ヘイトコントロールによって、こちらの荷電粒子砲台を目掛けてグロウムに荷電粒子砲を撃たせる。そして、その弾道を辿って今度は荷電粒子を撃ち返す――細かい原理など分からなくても原則的に、奴が使った弾道においては空気抵抗と地磁気の問題が解決されているはずだ。やつの魔力によってね」


「ぐ、グロウム自身の魔法を利用して、撃ち返すんですか……!?」

 テルルは驚く。自然の摂理などねじ伏せて放たれるグロウムの魔法の軌道を逆手にとって、最速の弾丸を無理やり通す。破天荒な作戦だった。



 やがて車が止まった。「ついた。ここだよ」とチェスターが告げる……車窓の外には、大規模な設備がすでに見えていた。

 テルルは車から降りると、上空を仰いで嘆息する。首をどれだけ垂直に上げても見切れてしまうほど大きく、湾曲した壁がそこにはあった。十枚以上の壁がファランクスのように並んでいる――


「な、なんですかこれ……? これが荷電粒子砲?」

「ははっ、違うさ。この壁はただのシールド――だが、この設備のもう一つの肝になる。グロウムの荷電粒子砲は壁をぶち抜く威力をしているが、それで減衰される。あとはこっちから撃ち返すわけだ。あとの細かい駆動原理が知りたかったらエンジニアを紹介するけど――動かすのは彼らに任せておけばいい。これを運用する日を、みんな今か今かと待っていたみたいだからな」


 テルルがふと顔を上げると――数人の整備士が、高い場所からこちらを見下ろしていた。一人がにっと笑うと、ガッツポーズを見せた。


「……はは」とついテルルも釣られて笑う。

 どうやら士気は高いらしい。セレンも手を振り返していた。

 一方、チェスターが「忙しくて申し訳ないが、ちょっと会ってほしい人がいる。ピタゴラス支部長がこの作戦における重要人物に上げてる人だ。来てくれるか?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 テルルが応じると、チェスターは施設の中へと皆を招いた。ひんやりとした空気の屋内を進み、会議室へと入る。

「……ん? まだ来てないのか」

「どなたがここに?」と、セレンが尋ねる。

「ラプラスって人だ。ゴルド・ラプラス」

「らっ――!?」

と、セレンが絶句した様子を見て、テルルは首を傾げた。と、同時に、会議室の入口に長身の男性が立っていたのを見たのである。細身でありながら、筋張った腕は鍛えあげられた肉体を示していた。白い帽子を目深にかぶり、その奥に三白眼が光る。


『なにやつだ?』と、勇者が尋ねると、彼は帽子を取った。


「ああ失礼。名はラプラスだ。遅れて申し訳ない」

「ら、ラプラス……」


 セレンが名を呼ぶと、彼は眉を少し上げた。


「ん、キュリイか? 久しいな。お前こんなところで何をしている? またグロウムを見に来たのか」

「いやいやいや、あなたの船は酔うから嫌」と、首を振るセレン。

「違う、あれはグロウムのせいで平衡感覚が狂っただけだ。……そうだよな?」と、助け舟を求めるように彼はチェスターに同意を求めた。

「さあ、かもな。君ら、知り合いだったのか?」

と、テルルたち他一同が聞きたかったことをチェスターが尋ねた。ラプラスは一回頷いた。


「こちらのキュリイが、以前グロウムを見たいと言った。だから俺が船を出したのだが、こいつは酷く酔ってな。グロウムを見たら、すぐさま帰ると言った。勝手な奴だ。だが、あの後にお前が提唱した電子殻理論は見事実証されたぞ。良かったな」


 ははは、とラプラスは笑って、乾いた拍手を送った。たっぱの高い男の目は笑っていないので、大変不気味である。

 テルルは話を概ね理解した……かつてセレンがグロウムを肉眼で確認した、という話。それにかかわったのが、このラプラスという男らしい。


「そういうことがあったのか。まあ知り合いなら話が早いな。さてアルトリヱス、こちらのラプラスが君をグロウムの近くまで連れていく予定だ。以前、マッターホルンでフェルミに送迎を頼んだようにね」

『ふむ、そういうことか。では、なにとぞ頼んだ、ラプラス殿』


 ――そうして協力関係が築かれるのを、セレンは苦い表情で見ていた。

「ええー、大丈夫? 勇者さん。きっと酔うよ」

「いや……旦那は大丈夫じゃないっすかねえ?」と、ヨウドが口をはさんだ。なぜなら、機械の肉体なのだから。

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