第54話 緊急事態!

 会議室に全員が揃ったところで、グロウムの討伐作戦について確認した。

 作戦の肝となる点は二つ。どのようにしてグロウムの電子殻を破るか。そして、どのようにして聖剣の一撃を届かせるかである。

 前者の点に関しては、荷電粒子砲を撃つために敵視誘導作戦が立てられた。


『またヘイトコントロールか…』

「ま、それが十八番だからな」


 チェスターは肩をすくめると、青一色のマップを指差す。


「グロウムは北太平洋を中心に回るようにうろついている。日本の沖から、露府沖までおよそ7日から10日程度かけてね。位置とは別に勢力も変化するんだけど、今は弱い周期に入ってる。狙うなら次にグロウムがこちらに近づくころだ」

『いつごろだ?』

「予報によれば、およそ2日後…。やつは露府支部に沖300キロメートルまで接近する筈だ。そのタイミングでヘイトコントロールを仕掛けて、奴を接近させる」


 マップの上に赤色のマーカーが示されて、「グロウム」と記された。そこに向かって米国西海岸から数本の矢印が伸びていく。


「離島の分室基地からミサイルで集中的に攻撃する。電子殻を破るにはエネルギー不足だが、奴のヘイトを向けることは可能だ。奴は自分の魔法の射程圏内になるよう、基地まで接近するだろう」

「でも、さすがにリスクが高すぎるんじゃ……」テルルが眉を顰める。

「接近させる基地はCPTとは別の位置にする。位置調整が終わった後、本命のCPTに向けて二段階目のヘイトコントロールをする――これはおびき寄せるためじゃなくて、照準を向けさせるためだ。この時点で、奴は露府支部西南沖100キロメートル内に誘導されるはずだ」


 そこで、チェスターはアルトリヱスを見た。


「BMプロジェクトメンバーは沖で待機。電子殻を破壊したら、アルトリヱスが出動し――やつに止めを刺す。ただ電子殻の中身がどのようなものかは、解明されてない。十分注意してくれ」

『無論だ。聖剣の加護を取り戻したと言えども、奴の力もそこが知れぬからな』


「よし」とチェスターは頷いた。「君をグロウムの元へ送るや役目は、ラプラスに任せる。彼の操舵技術なら荒波にも耐えられる」


『そうか…だが、今回はマッターホルンのように地続きの場所ではない。海の上だ。近づくのはかなり危険だと思うが…』

「気にしなくて良い。俺は研究者だが軍人上がりだ。作戦が危険だと承知で参加してる」

 ラプラスはきっぱり告げた。

「まあ安心しろ勇者殿。すでに数回、俺はグロウム付近を航海してる。ゴーストシップの構想も、俺が作ったものだ。グロウムの嵐の中の進み方は知ってる。防護服は必須だがな」

「彼に任せておけば、接近自体は問題ないと思う。それに言った通り、グロウムの討伐作戦までは計算上あと二日ある。それまで、準備を――」


 その時、チェスターのスマホから振動音が鳴った。「失礼」と言い残して、チェスターは席から少し離れる……

 その隙に、テルルとノイマンは小さな声で話をした。


「……ネロのことを作戦に勘案しなくても大丈夫でしょうか。日本まで接近していることは、すでに全体通知されてるはずですが……この基地付近まで来る可能性も」

「祈るしかねえ……。もしネロとグロウムとの乱戦になった場合、その状況に対応できる策はないかもしれん」

 ノイマンは表情を険しくする。ネロは日本に来ていた。銘骸羅がすでに討伐済みだったから、その能力が集約されることは防止できたものの、今度はグロウムを狙っている可能性がある。

「グロウムがネロに喰われるのだけは、阻止しねえと……」


 かたや、部屋の隅で電話していたチェスターが声を上げた。

「――えっ!? グロウムが……!?」

 その発言によって、メンバーの視線が彼に集まった。慌てた顔をしたチェスターが口を開く。

「グロウムの移動速度が上がってるらしい! 計算だと最接近まで二日後だったのが……12時間後に……!」


「……12!?」

 テルルは時計を見る。今は午後14時。12時間後に最接近した場合――

「深夜には最接近する……!? 二倍以上速度を上げるなんて、一体何が…」

「ま、まだ分からない。だが、グロウムの嵐は既に夏威夷ハワイ分室を超えたらしい……」


 ――その時、頭上のスピーカーから「ビービービービーッ!!」と、他の一切の音をかき消すようなアナウンスがけたたましく鳴り響いた。


《第一種・グロウム迎撃戦闘配置!!!》

《繰り返す!第一種・グロウム迎撃戦闘配置!!!――グロウムが急接近中!作業員は作業を一時中断し、10時間以内に迎撃戦闘配置に待機!!!》

《これは訓練ではない、繰り返す――!》


「嘘だろ、マジでもう始まるのか! 緊急事態だな……!」

 チェスターはアルトリヱスとテルルたちを見た。「済まない皆、作戦開始だ! 僕らは作戦地点の分室まで移動しないといけない!」

「分かりました、行きましょう!」

「はあー、慌ただしいわね」


 メンバーは荷物をまとめて、すぐさま会議室を出た。廊下に出ると、アナウンスと指示・応答の声が重なり、基地内は騒がしさを増していた。


「訓練通りに動け! 慌てる必要はない、急がず迅速に動け!」「離島の分室と連絡着いたか!?」「BMプロジェクトが移動する船を用意しておけ!」


 様々な声が飛び交う殺伐とした雰囲気を呈している。その中を、BMプロジェクトメンバーとチェスターが移動していく……


「済まない皆、少しは休んでもらえると思ったが予定通りにはいかないもんだ……これから、待機位置まで船で移動してもらう」

「わ、分かりました!」


 面々は外に出ると、車に乗り込み、港へと向かう。

 露府支部では着々と準備が進められていた。と言うより、ずっと準備だけはされていて、作戦開始が一日早まっただけだった。訓練された動きを皆が見せるなか、訓練されていないのはBMプロジェクトメンバーだけである。

 そわそわとした視線で、リンが窓の外を見る。なんだか、少し天気が悪いように感じてしまう……

 一方、セレンは全く動揺を見せないまま、チェスターに話しかけた。


「例のグロウムの足が速くなった件だけど……ネロの影響、って線はある?」


 それを聞き、チェスターは下唇を一瞬噛んだ。「あり得るな……。あいつはアルプスの上空を散歩していたような奴だ。太平洋のど真ん中でも、グロウムの嵐の中でも、きっとお構いなしだ」

「じゃあ、ネロがグロウムに近付いたから……グロウムが逃げた?」

「ありえなくはない、と思うが……」


 もしそうだとしたら、やはりネロはグロウムと拮抗しうる能力の持ち主だということが暗に示されている。不吉な兆候だった。

 やがて港が見えて来た。水平線の向こうには日に沈みゆく太陽と、それと交代で暗雲が迫りつつあった……





 グロウム討伐作戦は予想より24時間以上早く開始されたものの、隊員や作業員たちは訓練通りの動きを見せた。荷電粒子砲(CPT)班は大充電系統とCPTの接続を開始。数時間かけて莫大な容量を持つ電源とCPTが接続され、真空サーキットの中で荷電粒子の加速が開始された。

 テルルたちは船に乗り込み、露府支部から真西に浮かぶ離島分室基地を目指した。波が荒れ、風が強くなっていく。


「アルトリヱス、今後の動きを確認しておくよ」と、チェスターは船の中で切り出した。

『うむ、頼む』


 アルトリヱスが頷くと、テルルも横に位置取る。チェスターは話を始めた。


「グロウムの出現に合わせて、誘導作戦が開始される。数時間以内に、奴は射撃ポイントに到達するはずだ。そして電子殻が破壊されるのを確認後、僕らは海に出る」


『電子殻が回復する可能性はないのか?』


「当然、回復しうる。だが、電子殻の材料となる電子を集める必要があるはずだ。それを阻止するために、中身が露になったタイミングでミサイルなどの物理的な手段で攻撃を続ける――物理的手段で魔物を討つことはできないが、肉体が破壊されたとき、奴らはまず回復を行うだろう?」


『ふむ。なるほど。奴が殻を再生するより早く、本体部分の回復に時間を使わせるわけか』アルトリヱスは数回頷く。

「その通りだ。だが電子殻の中身がどんな状態か、FORCEも知らない。せめて的の大きさだけでもわかれば良いんだが……あまりに小さいと、ミサイルによる破壊も難しい」

 その会話を横で聞いていたリンが、息を呑んだ。「……グロウムの中身、ですか?」


「そう。最初に姿を現した時、奴は最初から電子殻の形態だった。だが、魔物の肉体は魔力でしか不可逆的に破壊できない未解明の構成物のはずだ。電子の構成物の中に、魔物の本体があるはず――」


「――私、グロウムの中身を知ってるかもしれません」とリンが言う。チェスターは驚いた表情で彼女を見る。

「なんだって!? い、いや……でも、どうやって? いつ見たんだ?」


「それは……」


 リンは少し戸惑いながら、子供の頃の話をかいつまんでチェスターに伝えた。要点としては、子供の頃に見つけた「光のシルエット」と、世界的にグロウムとして知られる「銀色の球体」。これらのであることを、リンは知っていたのである。

 そしておそらく、これはFORCEの中でも彼女しか知らない情報だった。リンの記憶に基づき、それ以上の裏が取れないため、データーベースに乗ることのない情報である。


 チェスターは顎に手を当てる。「雲より上に浮かぶ光……?」

「は、はい。すみません、それしか情報はないんですけど……」


「いや、それが正しければ、奴はミサイルで狙える――しかも簡単に」チェスターは断言した。「雲は上空数千キロメートル上に浮かんでる。雲より上にある状態で目視確認できるのなら――半径100キロメートル以内にいる奴に照準を合わせるのは、視力検査で1を出すより簡単なはずだ」


「でも、電子殻は直径20メートルくらいのはず。そんな大きなものが、どうやってあの中に収まってるのか、分からなくて」

とリンは肩を竦める。

『……ふむ。魔物の体は普通の生き物とは異なる。経験則も当てにならない――奴は折りたたまれて、電子殻の中に体を収めているのだろう』

「お、折りたたまれて…?!」リンが驚く。

『的が大きい方が、拙者としてもやりやすい。今は、“光波”が使える。たとえ海上の戦いでも、物理的に離れた相手に致命傷を与えることはできるだろう』


「そうか。……なら、ともかく上手くいことを願うだけだ!」

 チェスターが言うと、アルトリヱスは頷いた。


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