第52話 二刀流


「――ってわけだ」


 ノイマンからの聖剣の欠片を発見した時の経緯を聞き、BMプロジェクトメンバーは互いに顔を見合わせる。

「ネロが現れて、ノーネームを殺した…? 食べたんじゃないんですか?」

「いや、喰わなかった。ただ殺したんだ。不可解だ……魔物を殺すためだけに殺す魔物は確認されてない。そんなことをする目的は不明だ。勇者様、何かご存じねえか?」

『……いや、残念だが、拙者もそのような行動原理を持つ魔物は知らぬ。基本的に、見た目が違くとも奴らは敵同士になることはない……』


 思い返してみれば、最初に見つけた時からネロは魔物と敵対していたように思えた。勇者と三本尾の竜トリコーダスのマッターホルンの戦いにネロが乱入してきた時も、ネロもトリコーダスも、互いを友好的に見ている様子は微塵もなかった。


『やつは一体……何が目的なのだ……?』

「どちらにせよ、ネロが日本まで来ているのなら、急がないといけませんね。グロウムはすぐそこの海にいるのですから」


 結論としては、テルルがまとめた通りだった。なんにせよ急ぐ必要があることは変わらないのだ。


「それより、これが本当に聖剣の箱なの? ノイマンさん……」

 リンが眉を顰めて「箱」を見つめる。直視すら憚られる異様な箱である。「よく持って帰って来たな、こんなの……」

「ま、ノイマンさんは考古学者でしたからねえ。これくらいの遺物、お茶の子さいさいでしょう」ヨウドが冗談めかしく言う。

「いや、確かにミイラ取りとかそんなもんかもしれないけど……。絶対これ、触っちゃダメな奴だよ」

「おう、まあその認識で正しい。中身を知らねえ奴にとっては、聖剣の拒絶によって力を吸い取られる箱だ。誰も触らないようにすべきだ。ただ重さから察するに、外装の箱はかなり厚い。CTじゃあ何も見えんだろうな。しかし見ての通り蓋がねえ。中身を見るには、箱を溶断するしかない」

「早くやってみようよ」

とセレンが言う。


 すると、皆の視線がリンに向かった。


「……え? 私?」

「この中じゃリンちゃんくらいしか、そんな技術ないでしょ?」

「………うう、分かりましたよ……」

 内心、おどろおどろしい箱を溶断して中身を確認する作業を前に

(こわあ……!!)

と怯えているリンだが、ここで進むのをやめるわけにはいかないのである。リンは首元にかけたゴーグルに少し触れる。「……セレンさん、ケイさんに整備室に案内してもらっても良いですか?」





 数分後。

 整備室の一角で、眩い光が散っていた。リンが溶断用の器具を使い、箱の一部を切り取る作業を行っていた。


「……あの箱にアルトリヱス殿の聖剣の欠片が入ってるって?」

「そう」


 ケイが訝し気に尋ねると、セレンがあっけなく答えた。ますますケイの表情が曇る。「僕、そんな話初めて聞いたんだが……」

「まだこれ、一応機密事項だから。誰にも言わないでね?」

「それをな、教えてから言うなよ」


 溶断作業中のリンのそばには、アルトリヱスが立っていた。箱の溶断作業は、短辺を切り取るように進められていた。溶断している作業中に、リンは一度、アルトリヱスを見上げる。


『どうした? リン殿』

「あのさ……この聖剣の欠片があったら、本当にグロウムも斃せる?」

『――約束しよう。ここまで来たのだ。必ず斃す』


 リンはそれを聞くと、作業を再開した。眩い火の粉が散り、やがて、それは止まった……と同時に、切り離された箱の一部が床に落ち、“がこん!”と大きな音を立てた。


「おう、開いたか?」

と、背後からノイマンが声をかける。心配そうな顔つきで、テルルも箱を見つめる。

「あとは、中身ですね……」


 リンが息を呑み、少し手を伸ばす――そこに、勇者が彼女を制するように手を出した。

『中身の確認は拙者がやる。中身が聖剣であろうと何であろうと、カラクリの体で調べる方が安全だ』

「そ、そうだね。頼んだよ」

 リンはそう告げると、一歩箱から離れる。代わりに勇者がしゃがみ、箱の中身を覗く――テルルは、勇者の視界をスマホで確認していた。

 それゆえ。

 勇者とテルルは同時に同じものを見て――勇者は目を丸くし、テルルは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 テルルの只ならぬ様子に、「えっ、なに?」とリンがうろたえる。テルルはとっさにスマホを両手でもって胸に押し当て、誰にも見られないように画面を隠した。


『……これは、まさか……』

「ど、どうしたんだ? まさか聖剣の欠片じゃなかったか?」とノイマン。

『いや、合点がいった。これは聖剣の欠片だ。そういうことか――

「そ、そんな。じゃあ、はまさか……?」

 テルルは青い顔で勇者を見る。


「なんだ? 一体、箱に何が入ってたんだ? 勇者様」

「テルル、何を見たの?」


 只ならぬ様子を見て、離れたところにいたセレンやヨウド、ケイも近寄ってくる。

 アルトリヱスは躊躇いつつ、こう答えた。


だ。この箱には腕が入っている。その肉の中に――折れた聖剣の刃が、埋め込まれている』


・・・


 現在、BMプロジェクトで開発された「聖剣運搬用ケース」の構成は、ノイマンがヨウドの協力を得て考案、試作されたものである。詳細を省けば、まず聖剣を植物性干渉層で包み、さらにその外側を絶縁体の有機層で覆う、という構造である。


 ――「箱」の中身は、限りなくそれに近かった。

 箱には、絹に包まれた腕が入っていた。腕はミイラ化しており、細身で水を失っている。その腕の中に、骨と同じ方向に聖剣の破片が突き刺さっていた。

 作業場の台の上に置かれた片腕を前に、セレンは明らかに顔を顰めた。ふだん無表情の彼女にしてみれば、きわめて顕著な表情の変化だった。ノイマンとヨウドの表情も硬く強張っている。


「腕に聖剣を刺して運ぶとは――外装が金属製だったのは、保全のためか。木箱じゃ腐敗しちまう」

「とはいえ、なんでこんな悪趣味な方法で運んだんすかねえ…? 腕のミイラに聖剣を埋め込むように指すなんて猟奇的でさあ」

『…………』


 勇者は静かに、その腕を見つめていた。

 テルルとリンは一時退室している。テルルは特に、顔を真っ青にしてしまった。リンがその付き添いで傍にいる状態である。


「テルルがショックを受けるのも無理はねえな。こんな方法で包むとは……」

『……いや。おそらくテルル殿がショックを受けたのは……』

「なんですかい? こんなもん覚悟せずにまともに見たら、そりゃショック受けて当然だと思いますが……」


 ヨウドが言う。それは当然のことだった。ただし、アルトリヱスが硬く口を閉じている様子を観察していたセレンが、あることに勘付いた。


「……ああ、そういうこと。分かったかも。腕そのものが問題じゃないのね」

「え? どういうことです?」

か、ってこと。テルルちゃんは、それを察したのね」


 そのセレンの発言に、ノイマンとヨウドはぎょっとして、目を剥いた。おぞましい結論に同時に行きついたのだ。


『これは――おそらく、つまり拙者の肉体から切り離した腕だ』


「まさか……! 聖剣の拒絶を、勇者の肉体で防止しようとしたのか…?!」

とノイマンが言う。


『そうだ。いくらか有効だったようだが、聖剣の拒絶の影響を完全に免れるほどではなかったらしい。運搬しているうちに絹がずれ、聖剣の一部もむき出しになったからだ。箱自体は溶断しなければ中身を確認できない。運搬者は中身の状態を察して運び方に注意したかもしれないが、それ以外の者が触れたりするときには、聖剣の影響を受けてしまったようだ』


「マジかい……!?」

 ヨウドは驚きを隠せず、声が震える。


「勇者様、ちょっと待ってくれ! 一体、誰がそんなことを……!? 聖剣を折ったどころか、運搬のために勇者様の肉体を使ったってのか!?」


 それほどまで冒涜的な行為に及ぶ人間がいるのが、ノイマンは信じられなかった。勇者の死後に遺体から腕を切り離し、聖剣を折り――勇者の故郷から、遠く離れた日本まで持ち去った人物など、想像つくはずもない。


『覚えておらぬ。だが、失われた聖剣の欠片が戻ってきた今なら、きっと思い出せる』


 勇者はミイラの腕を掴み、さらにそこに埋め込まれた数十センチほどの金属の破片に手をかけ、引き抜いた――。

 同時に、破片に虹色の光が宿り、勇者の持つ聖剣と同期するように同じ光を宿した。さらに勇者自身の機体の輪郭をなぞるように淡い光が一瞬だけ灯った。


『…………む?』

「……どうだ?」

『聖剣の力が戻った。これは、“加護”だ。だが記憶が戻った感覚はない。なぜだ?』


 勇者は目を細める。手に持った聖剣の欠片は眩い光を取り戻している。ところが、記憶自体は戻ってこなかった。


『力と記憶は別なのか……?』と言うと、勇者は小さく唸った。


「――なにはともあれ、件の加護は取り戻せたんですかい? でしたら、例のグロウムにも対抗できそうですか?」

『うむ。聖剣の加護の下では、物理的な干渉を極端に弱める。通常の人間の肉体に、剣の刃が通らなくなるほどな。おそらく、カラクリの体に支障をきたすグロウムの攻撃も防げるだろう』

「完全に0になるの?」とセレン。


 勇者は首を振った。『加護の効果は完全ではない。極端に弱め、耐性を得るだけだ。無効にはできないはずだ』


「うん。じゃあちょっと、後で耐性チェックしよう。それで改めて、不足している部分をヨウドとリンちゃんに手伝ってもらうって感じで」

「そうだな! 分かんねえことも増えたが、とりあえず一歩前進だ!」


 勇者は頷き、そして聖剣の破片に目を落とした。

 聖剣はちょうど刃の半分あたりで折れていたらしく、元と破片の刃の長さはほとんど同じだった。機械の体である勇者は、折れた刃の破片であっても素手で掴むことができる――二つを両手で持つと、構えは「二刀流」のようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る