第51話 箱

◆◆◆

 ノイマンが京都に現着してから3時間が経った頃。

 目的である聖剣の欠片の所在の候補を絞って行動しているとはいえ、探すべき範囲はうんざりするほど広い。


(さて、何日かかるか……)


 ノイマンはメンバーと捜索範囲を3つに分けて、手分けして周辺の操作を行うことにした。付近のエリアは聖剣の欠片の魔払いの影響か、銘骸羅の攻撃を受けていない。ただし住人を失った街は廃墟同然の景観と化していた。


(聖剣の欠片が本当にここに渡ったんだとしても、数百年以上前の出来事のはずだ。数百年前から存在している場所に保管でもされてれば良いが……)


 その候補が寺院というわけだが、もし埋没でもしていたらお手上げだった。

「おい、この辺りの寺院の位置は……」

 ノイマンが他のメンバーに位置情報を確認しようとしたとき。



――ぁ唖啞……――



 小さな呻き声が聞こえた気がした。班員全員、その声を聴き逃さなかったらしく、表情が一気に強張る。

「……の、ノイマンさん!」

 メンバーが指をさす方向に、魔物はいた……登録なしノーネームとして知られる、脅威度の低い魔物だった。四本腕に未発達な二本足を引きづって、一つ目のような構造体を頭部に備えた外観できわめて異形だが、全長は子供たらずである。しかしいくら矮小なノーネームと言えども、生身の人間が熊やライオンと戦えないように、ノーネームとも戦えない。

 そもそも、すべての魔物に物理的致命傷は存在しない。ここにいるのがノイマンだろうが誰であろうが関係なく、魔物相手に人間が取るべき行動は一つ――“逃亡”である。


「退くぞ! あいつはとろい、人間の足でも撒けるはずだ!行け、行け!!」


 メンバーが慌てて走り出す。ノイマンは最後尾について、ノーネームを警戒しつつ逃げていく。魔物は呻き声を漏らしながら、這いずって彼らを追いかける……


(くそ、追ってくるか!!)


 魔物が人間を襲う理由は不明である。人間を捕食対象と見ているのかすら不明であった。例えば、雷王のように太平洋にずっと居座る魔物は当然人間を捕食していないし、それどころか、口も存在しない。一方、銘骸羅のように何でも喰らう怪物もいる――今、背後から追ってきているノーネームの主食は不明である。


「ともかく逃げしかないな!行け行け!!」


 ノイマンたちが一心不乱に走るなか、ある時、背後から呻き声が響いた。振り向くと、ノーネームが足を止めている。

「なんだ……?」

 メンバーもその様子に気付き、足を止める。目を細めて、ノーネームの動きを観察していた。まるで見えない壁に阻まれているかのように、うろうろとしている。一歩踏み出しては、うめいて一歩退く。左右にうろつき、ノイマンたちに視線を向けているのに一向に寄ってこない。

 ……ノイマンは、魔物の反対側を見遣る。

「まさか……こいつ、これ以上進めないのか? 聖剣に近付いてしまうから?」


 それに気づいたとき、ノイマンはリスキーな作戦を思いついた……脅威度の低い魔物をセンサー代わりにして、聖剣の所在地をさらに絞り込む。もし魔物が近寄れない範囲を囲めば、その中心に聖剣がある――

 ノイマンは、一歩踏み出した。


「の、ノイマンさん、何を……!?」

「こいつを利用して、聖剣の在りかを見つける!ここの座標をメモしておけ!」

「魔物を利用して?!」


 ノイマンはノーネームに近付き、視線を誘導する――ヘイトコントロールを自分自身に向けた瞬間である。

「ちゃんとついて来いよ……!」

 そして彼が脇道に向かって駆けだすと、魔物はそれに追従するように引き寄せられて、移動を始めた。碁盤の目のような道を利用して、位置関係を把握しながら魔物を誘導すると――再び、魔物は足を止めた。

「こちらノイマン。座標、▽△!!メモしてくれ!」

『座標▽△、了解!!』

「よし、次はこっちだ! ついて来い!!」

 そうして、さらに数点、ノイマンは魔物が近寄れなくなるポイントを絞り込んでいく。紡がれた座標は、とある位置を中心とする「円」の弧を描きつつあった。

『――ノイマンさん、中心特定できました!座標、送ります!』

「おう、よし! 儂もそっちに向かう、さきに向かっておいてくれ!!」

『了解!!』


 中心はそこから数百メートルほど離れている。ノイマンが踵を返して向かおうとした時だった。“……かしゃああん……”と、聞き覚えのある高音が響く――

(…?! おいおい、今の音はまさか!!)

 ノイマンが顔を上げると――その瞬間、ノーネームの頭上から何かが降り立ち、魔物を踏みつぶしたのである。

 その降り立った者を見ると、白いたてがみに、黒い鱗に覆われた体表。2対4本の角は一本が折れている。尻尾は三又に分かれ、さらにその先端にかぎ爪のような刃が光る。


「……ネ、ネロ……!!?」


 ノイマンは息を呑む。よく見ると、記憶に残っているネロの形態から微妙に変化し、蹄のようだった足が五本の鋭い指を備えた構造になっていた。ネロは捕食した魔物の特徴を奪う能力を有している。足の構造の変化も、その能力によるものだと察するのは容易かった。


(くそ、いつの間にか他の魔物を喰っていたのか…!?)


 どのような能力を持つ魔物を食べたのか、手の構造だけでは判然としなかった。もしかすると、FORCEに登録されていない未発見の魔物から能力を奪った可能性もある……ノイマンはスマホを起動して、手早く画像を取った。しかしそれ以上はじっと動けずにいた。背中を向けるのが躊躇われたからだ。

 一方、ネロの方もノイマンに興味がないのか、一瞥すると足元でもがいているノーネームを見下ろす――すると、ネロの足元に橙色の光がともり、“ズンッ!!”と地響きが轟いた。踏みつぶされた魔物は無残にも霧散し、後には何も残らなかった。

 その一部始終を眺めていたノイマンは、困惑して目を細める。


(喰わずに殺した……? なんのために……?)


 ネロはノイマンの方へゆっくり視線を向ける。今度はこちらか、と彼は身構えた――ところが、ネロはそのまま上空の方へと駆けあがってしまった。ノイマンは一目散に先ほど特定した中心座標の方へと駆けだしていく――


『……ノイマンさん! ノイマンさん、聞こえますか!?』

「おう、聞こえる! だが、ちっとまずいことになるかもしれねえ! その場所を調査したら、今日は一度退くぞ!」


 そして十数分後、ノイマンは指定された座標にたどり着いた。他の班員も彼の到来に気付き、声を上げる。

「ノイマンさん、無事でしたか……」

「おう、なんとかな。それより、中心は――」

「どうやら、この辺りのようです」と、メンバーの一人が指をさす。

「………ここが………」


 そこには、崩壊した建物があった。木造である。建物以外の周辺の建築物の様式から察するに、おそらく寺院が置かれていた場所だった。だが、倒壊してからどれほど経ったのか分からないほど、無残な姿である。


「ともかく、探るしかねえか……失礼させてもらう」

 そう言うと、ノイマンは手を合わせた。「倒壊した建物は近寄るなよ、形の残っているところから取り掛かれ!」


・・・


 捜索開始から数十分。

「ノイマンさん、ちょっと来てください――!」

と、一人が声を上げた。

 その声につられて、ノイマンだけでなく他のメンバーも集う。視線の先に蔵のような建造物があり、その中に、真っ黒な金属の箱があった。


「……なんだ、こりゃ……」


 ノイマンが顔を顰めたのは、「札」のようなものが複数、箱の表面に張られていたからである。文字の意味は分からないが、「触ってはならない」と直感させる雰囲気をまとっていた。メンバーたちもみな、顔を顰める。


「いや、いやいや……これは違うよ、絶対呪物だよこれは」「聖剣を収める箱のビジュアルじゃねえな」「でも、聖剣の拒絶が呪いって記録されてるくらいだしな…」


 ノイマンは箱に近寄る。目を凝らすと、さらに異質な状況に気付く……


「………は? おい、この箱……蓋がねえぞ?」

「え?」

 その観察結果を聞き、皆が顔を寄せる。ノイマンの言う通り、入れ物には「継ぎ目」があり、それは溶接された痕だった。開けられる場所はなく、外装の箱を破壊することでしか、中身は確認できない。あまりに異質すぎる箱は、他に置かれている木箱や旗などの品と比べると、目立ちすぎていた。

 ノイマンは胸ポケットからボールペンサイズの小さなライトを取り出す。所定の位置を回すと細い光が蔵の中を照らした。溶接痕を確認する。やはりがっちりと封じられていた。

 

「これ、聖剣の欠片なんでしょうか……?」「さあ、さっぱり……」

「……確認すりゃいい」


 そう言うと、ノイマンは明かりを付けたままのライトを、箱に指が触れないようにそっと置いた。じっと見つめていると――

 やがて、ペンライトの光が弱まり。

 点滅し、

 ――ついには消えたのだ。

 全員が息を呑む。聖剣の拒絶という現象は、電気的に接続されたものから電力を奪うことができるのだ。

 金属の箱の上に置いたライトから明かりが奪われたということは…


「まさかこれ――」

「本当に、聖剣の欠片……?」

◆◆◆

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