第50話 光

「私はあの時、多分グロウムを見たんだと思う。銀色の球体なんかじゃなくて、私が見たあの光が、パパの飛行機を落としたんだ」

「リン……」


 テルルは彼女の経験の概要を聞いて、表情を複雑に歪めていた。人は知れば知るほど蛮勇ではいられなくなる。その意味では、リンはグロウムのことを誰よりも知っているのかもしれない。幼い時に知らされた父親の最期と、空に見た謎の光のシルエットが、FORCEに入ってから結びついたのだ。

 幼いころに親の仇と生身で対峙していたという事実が、「雷鳴」の音声データ一つでフラッシュバックして、彼女の中で恐怖症のように後を引いているのだ。


(けど、“光るエイ”って……?)


 リンの記憶がどれだけ鮮明に残っているのか、定かではないが、一つ言えることは、「光るエイ」と「銀色の球体」は見間違えるはずもないもの同士だった。もしリンが見たものがグロウムなのであれば、FORCEで「グロウム」として知られているあの球体は何なのか――?


(そっか、あれは“電子殻”……じゃあ、本当のグロウムの周りを包んでるだけ?)


『父親をか……』

 アルトリヱスはつぶやく。『リン殿、話してくれてありがとう。グロウムに対し、お主が格別の警戒を抱いている理由も分かった』

「――なら私の願いを聞いてよ。FORCEで観測された雷王あいつの力は常軌を逸してる。目に見える“電子殻”なんて異常なの。電磁パルスに対抗する手段はないわけじゃないけど、あいつの底力が分からないから、ダメージを防げるかも予測できないんだわ。電磁波は物理攻撃だから、聖剣でも跳ね返せない。今のあんたが戦ったら最悪CPUが壊れて、あんたを失うかもしれない……」

『……お主の言うことは分かる。だが』

「な、なによ?」

『それほど恐いのなら、どうしてそれほどグロウムを調べてきたのだ?』


 リンは目を細めてとっさに顔を伏せた。


『雷王が恐いのにFORCEに残って、情報を集めたのはなぜだ? ここに残ればいずれお主は戦う立場になるかもしれないと分かっていたのだろう。それが恐くても、それでも残ったのだろう――リン殿』

「うう……」

『お主には戦う意思もあるはずだ。恐怖を抱いても逃げてはいない。恐くて動けなくても目を背けているわけではない。父の仇を放っておけぬのだろう』

「…………」

『お主はさっき“今の”拙者には勝てない、と言ったな。残念ながら拙者も“今は”同意見だ。だが、お主はいずれ勝てる方法が見つかると思っておるな?』

「………!」

『すべての物理干渉を防ぐ聖剣の“加護”が取り戻されるのを待っているのだろう。希望が残っているから、お主も諦めきれぬのだ』



「あーっ! もう! そうだよ、もう!!」

 リンは声を上げた。感情が高ぶって涙目になっていた。

「あんただったら仇を討ってくれるかもって思ったよ、でも頭じゃ機械の勇者じゃ“勝てない”って思っちゃうんだよ! 戦って、って言いたいよ――でもFORCEとして言っているのか、世界のために言ってるのか、パパの仇討ちのためなのか、自分でも分かんないんだよ! 私怨なんかのために勝てない戦いに行かせて、あんたが死んだら――!!」


『拙者はお主の仇討ちのために戦える。それに、死ぬつもりもない』


 リンは押し黙り、勇者を見つめた。勇者は『ははっ』と短く笑った。


『拙者が聖剣を引き抜いたのは……きっかけは仇討ちだった』

「え……?」

 リンとテルルが、同時に目を丸くした。

『引き抜くまえから聖剣のことは知っていた。触れれば只では済まぬことも――だから、手が震えていたのを覚えている。それでも、聖剣は拙者を選んだ。“格”なき者を拒絶するはずの聖剣が恐怖に震える拙者を選んだのは、恐怖を知ってなお戦う意味のために聖剣に挑んだからだと思う。その時の拙者の戦う意味は、仇討ちだった』

「……そうだったの?」

『そうだ』


 アルトリヱスが頷く。どんな歴史学者でも、勇者が仇討ちのために聖剣を引き抜いたなど知らないだろう。


『やがて魔物の王を討つまでに至った。それでも、こうして魔物は復活してしまった。拙者は世界を救うには少し力不足だったかもしれぬ……だからせめて、お主の仇のために戦わせてくれ』


 リンは呆れたように笑った。その拍子に涙が一粒、頬を伝った。

「……じゃあ、あんたは死なないでよ」

『無論だ』

「絶対……、絶対よ!?」

『約束する。だから任せてくれ――いや、共に戦ってくれ』

「……………」


 一呼吸ほどの沈黙のあと、リンは頷いた。



「おや、シャルルさん。お探しのシュタインさんは――おっと、無事見つかったんですねえ!」


 基地の建物に戻ると、ヨウドが声をかけて来た。


「え、ええ」

とテルルはぎこちなく頷く。後ろにはリンとアルトリヱスが並んでいた。

「皆さんお揃いで何よりでさ。実はついさっき、FORCEの通信で連絡が入りましてね。キュリイさんも合わせて、皆さんにお伝えしようと思いまして、良いですかい?」

「通信? どなたからでしょうか?」

「ノイマンさんでさあ」


 その名を聞くと、テルルたち三名は顔を見合わせた。現在、彼は京都に向かい、聖剣の欠片の調査に出ているところだ。そんな彼からの通信は、誰しもが気になる物だった。


「ここで話すのはあれなんで、会議室に来てもらえますかね? もうキュリイさん待ってますんで」

「はい、お願いします」


 それから、会議室にノイマンを除くBMプロジェクトメンバーが集まった。セレンはPCを前に、難しそうな表情を浮かべている。テルルはその表情を見て、悪いニュースが来たのではないか、と予感してしまった。


「よ、ヨウドさん。話というのは……?」とこわごわとテルル。

「そうですねえ、“悪いニュース”と“良いニュース”がありますが、どっちからお伝えしたもんか――」

「良いニュースで!」「良い方!」『吉報から頼む』

「そうですかい? 満場一致なら、良いニュースからお伝えしましょうか」


 ヨウドは肩を竦めると、アルトリヱスのことを見た。


「旦那、欠けた聖剣の片割れが見つかりましたぜ」


 アルトリヱスは目を丸くして、リンは口に手を当てて絶句していた。


「せ、聖剣の欠片、見つけたんですか?! ノイマンさんが?!」

「ええ、ついさっきそんな連絡が来ました。想像より早すぎて僕も驚きましたが」


 いくらなんでも早すぎだった。なにせまだ一日である。ほとんどノーヒントで聖剣の欠片を探すようなもので、見つからなくて当然だというつもりでいたが、奇跡的な進捗報告だった。


「ノイマンさんはすでに撤収準備に入っています。明日にはここに戻ってくるでしょう」

「良かった――!!」

『しかし仕事が早いな。ノイマン殿の手腕を疑っているわけではないが、さすがに昨日今日で見つかるとは思っておらんかった』

「んで、もう一個のニュースですが……詳しくはノイマンさんが戻ってから聞く必要がありますが、現地で撮影された画像が送付されてきまして――」


 ヨウドは咳払いをして微妙な表情を浮かべつつ、セレンの方を見遣った。彼女は視線に気づくと頷いて返す。

「な、なんですか?」とテルル。

 セレンが手元のPCの画面が見えるようにテルルたちに向け直した――そこには、ある魔物を捉えた一枚の画像が映し出されていた。

 たてがみが白く鱗が黒く、尻尾が3本、角が4本の、馬のような魔物。

 もはや誰しもが知る特別指定魔物第一種の姿がそこにあった。 


「――ネロが来てます。すぐそこの日本まで」

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