第47話 聖剣を見つけ出せ

 リンとテルル、ヨウドは磁気異常に備えた対応を急ピッチで進めていた。米国に渡ると同時に必要な対策を講じることができるように、現地に装備品を手配していた。一方、ノイマンが倫敦から呼び寄せた調査チームが沖縄分室に到着すると、彼らはすぐに京都へ調査に出向いた。まず船で日本海沖に向かい、そこからヘリで出発する。翌日に降りた地点に再びヘリが来てバイクを置き、調査継続の是非を決める予定となっていた。

 ノイマンはここ長らくBMプロジェクトとして活動してきたため、聖剣管理室としての活動は久々であった。だが聖剣が勇者の手元にある間も管理室は情報収集を進め、聖剣の欠片がありそうな候補地を絞りつつあった。ノイマンはその候補地をすでにマップにいくつか記していた。


「博物館に大学、あとは寺か……ただ、ここからさらに絞らねえとな」


「どこにあると思います?」と誰かが尋ねると、皆が口々に話始めた。

「博物館じゃないか? ふつうに考えれば剣の切っ先の形をしてるんだろう? 刀剣を展示する博物館があるはずだ」

「でも聖剣だよ? そんな平然とあるかな」

「日本だと勇者の伝説はあまりポピュラーじゃないし、意外とその辺に飾られてるかもしれない。“由来の分からない剣”みたいな感じで」

「まあそもそも、博物館が銘骸羅に襲われた後で残ってれば良いけどな」

「それに聖剣の拒絶ってのもあるんだ。日本の学芸員のことは知らないが、取り扱いはかなり難しいはずだ」

「聖剣の拒絶のことを考えれば、寺も捨てがたいぞ。きっと大昔の人々から恐がられて、お祓いを受けたりしたかも」

「あり得るな…」「あり得る…」


「……………」

(怖がられるか……)


 ヘリから臨む眼下には無残な光景が広がっていた。大きな瓦礫は残っていないがゆえに走行などはかえって容易だが、銘骸羅が討たれてから三日が経過しただけでは環境は回復しておらず、かつての街の代わりに荒野が広がっていた。もともと山だった場所にはあまり銘骸羅が立ち入らなかったのか、森が残っていたが。

「これは、酷い……」「これ全部、銘骸羅のせいなのか?」「なんも残ってねえ。大学とか建物あんのかな」とメンバーが呟く。

 一方、マップを眺めつつ、眼下の光景を見比べていたノイマンはふと、あることに気付く。聖剣はただ突き刺さっていた時代にも魔除けになっていたという事実を。


「おう、そうか!」

「うわ、なんです!?」

「聖剣だ! あれは魔除けになるはずだ! 銘骸羅に襲われずに残った地も候補になるかもしれねえ!」

 

 ノイマンはそう言うとスマホに俯瞰写真を映す。先の作戦で銘骸羅の消滅を確認した軍が残した記録である。銘骸羅の金属を求める性質を考えれば、通常の街は悉く飲み込まれてしまっているはずだった。逆にもし残っている街があれば、そこには銘骸羅を寄せ付けない特別な事情があったに違いない。

 写真をじっと睨み、「――ここだ!」と彼は指を差した。町の中に不自然なほど建物のシルエットが残った地点があったのだ。


「おいマップを送るからそこに向かってくれ!」





 人工衛星が軒並み破壊された現在、GPSもカーナビも作動しないが、方位磁針は単に地磁気を利用しているがゆえにまだ有効であり、FORCEの開発したガイドアプリによって走行距離の記録と方位磁針を補正することで、出発地点の座標を決めておけば高い精度でナビゲーションが可能になっている。

 ――そんなわけで、1時間ほど移動した先でヘリは調査隊を下ろした。テントが手早く展開される中、ノイマンは周囲の光景を見渡してグラスの奥の目を細めた。


「すげえな……。ここはまるで無傷だ」


 彼の評する通り、まるで銘骸羅の存在など一片たりとも接近しなかったかのように街の姿が残されていた。果てに見える山には、ところどころ白く変色した木々があり、もしかするとすぐ近くまで来たのかもしれない。それでも、ここは呑まれずに済んだのだ。背の低いビルが壁を成すように広い道の脇を挟んでいる。光を失ってはいるが信号機の姿も残っていた。


「よし! 少なくともここは、調査するうえでは条件はかなり良いな! ここの聖剣の欠片がありそうな候補地は――」

「そう都合よくありますかね?」

「安心しろ! ここは無数に寺があるからな! 自分が立っている場所の半径100メートルに常に寺があると思って良いぞ!」


 ノイマンはマップを確認する。京都は寺が無数に置かれている街であり、適当に街の中に立てば半径100メートル以内にきっと寺があるといって過言ではない――というのが実際のところ過言かどうかはともかく、付近に寺院はあった。ただし大学と博物館はないようだ。


「ってことは、やっぱこれはお祓いパターンじゃないか?」

「予想外れたかぁ」


「気を緩めるなよ! 銘骸羅がいなくなったとはいえ魔物に警戒が必要だ!」


 そういうわけで一行の装備は学者と言うよりも軍隊に近かった。FORCEの一員だけあって、敵視誘導の心得などには詳しかったが、生身での戦闘をするわけではなく、隠れるようにして行動するのが基本である。


「準備が整ったら行くぞ!」



 一方そのころ。

 ノイマンたちを送ったヘリは空母へと戻るところだった。かつては人類の魔物防衛線の要だった日本海も、銘骸羅が滅んだ今となってはかつてほど要というほどではない。だが雷王グロウムへの警戒、およびBMプロジェクトが沖縄分室にいる間の補佐のために、いまだに数隻の軍艦が日本海に残っていた。

 さて、ヘリは比較的低空を飛んでいた。晴れ間はあるものの少し風が強く、これから天気が崩れそうな気配が感じられる中、操縦士はまっすぐに帰還する――


――その時、不意に、視界をがよぎった。

 何かの比喩ではなく、ただ上空から注ぐ光の一部が何かに遮られて、視界が暗くなった。それは一瞬の出来事だったが、操縦士は雲だとは思わなかった。遠くに厚い雲が見えているが、自分のヘリのすぐ上空は、青い空が広がっているはずだった。

 渡鳥か何かか――と考え、そのまま基地へと向かっていく。だが実のところ、渡り鳥はもういないのだ。雷王が太平洋を占拠して以来、とっくに海を横切る鳥はいなくなったのだから。その影を落とした物の正体は渡鳥ではなく、まして雲でもない。



 上空。

 晴天を背に空に足を下ろす黒い4本角の影は、白いたてがみを揺らすと、ゆっくりと日本に向かって歩いて行った……

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