第56話 RoalingThunder!!

 露府支部CPT基地にて。

 夜明けが近づく空の赤い光のもとに、暗雲が黒く空を染めている。観測台はその雲の到来をすぐさま報告した。


《グロウム接近確認!! 射程圏内!》


 それを耳にしたピタゴラスが小さく頷く。

「現時刻を持って位置誘導作戦を終了、荷電粒子砲の充電状態はどうなってる?」

「いつでも行けます!」

「よし。BMプロジェクトメンバーは配置に着いたか?」

「――ついてます! 準備完了!」


 すべての準備は整いつつあった。残るは、「照準合わせ」である。数十~100キロ離れた位置にいるグロウムと荷電粒子砲を撃ちあう。西部劇のガンマンのような早撃ち勝負――ピタゴラスは、まさに自分の指をトリガーに掛けようとしている。そんな感覚だった。そんな彼がポケットから取り出したのは、アナログの羅針盤コンパスだった。

 今から始まる対決において、FORCEの砲撃はである。グロウム側の荷電粒子砲を基地に向けて誘発し、ファランクスのような防壁で威力を殺したその瞬間、弾道をなぞるように撃ち返す。

 その撃ち合い、推定わずか3秒。

 同時に、FORCE作戦史上最大の破壊力を持つ作戦である。


「荷電粒子砲安全装置を解除――敵視誘導作戦、開始!!」


 荷電粒子砲CPTの左右に設置してある砲塔4台から、一定間隔の射撃が始まった。砲弾はグロウムを正確に狙い、その電子殻に着弾する。立ち上る黒い煙は、グロウムのリアクタによって何か得体の知れない微結晶に変化し、きらきらと散る。

 ……そして砲撃を繰り返すうちに、グロウムの周囲広域に不穏な音が響き始めた。自然界の音とは思えない機械的な高音でありながら、息遣いのようなリズムを孕む音だ。

 魔力が結集することで響く音、すなわち魔力鳴りだった。同時にコンパスの磁針がガタガタと狂いだす。


「――磁界変化、確認!」

「来るか……! 照準計算急げ!」


 照準計算機は地場の狂いを加味した、非常に簡単なつくりだった。かつて調査船ゴーストシップに積んだのと同じ方向補正装置と同じである。

 磁場の狂いからグロウムの位置を逆算し、「いなさそうな場所」に対する照準設定をすべて除外した。ファランクスの盾にグロウムの荷電粒子砲が直撃した瞬間、地場の影響下でも狂いのない大電流を感知してCPTは自動で撃ち返す。

 あとはただその時を待ち、砲台の反射神経を信じるしかない。人間の反射神経で対応できる撃ち合いではない。

 モニターには、CPTの様子が映し出されている。

 じっと、その時を皆が待つ。


「…………」

「…………」

「………――」


 静寂のなか、コンパスが震える音だけが響く――その刹那、モニターが光に呑まれ、ノイズに呑まれた。

 海が割れんばかりに荒れ果てる。すぐさま、ファランクスの盾がマシュマロに針を立てるかのように歪む。そして赤熱する。

 光が着弾した瞬間、轟音が響き渡り、暴風が吹き荒れた。基地の計器が次々に悲鳴を上げ、ノイズを吐いてダウンした。

 魔法が直撃して無残に変形した盾が崩れ落ちる……。

 否、仕掛け通りに、“正常に”取り外された。

 弾丸を撃ち返す、射線を通すために――!


 CPTから一筋の閃光が放たれ、海の向こうの暗雲を目掛けて、一直線に向かっていった。本来であれば空気抵抗によって通らないはずの射線が、今は通っている。グロウム自身の使用した弾道をなぞり、まっすぐに、閃光が迸る!

 狙う必要は無かった。その射線を辿り自動的にその一矢はグロウムに至った。

 ……銀色の球体の表面が、まるでマシュマロに針を立てるかのように歪む。たちまち赤熱し、小さな穴が空いた。そんな、僅かな欠陥を発端に球体は大きく変形し、弾けるように崩壊したのだ。

 そして、銀の球体の中から、眩い光が漏れだした。



 ――勇者たちが待機する離島でも、閃光の撃ち合いの様子がはっきりと見えていた。撃ちあいのようにも見えるし、居合切りの対決のようにも見える。

「すごい……」

 テルルは空の光の一筋を観察して息を呑む。グロウムの外殻がはじけ飛んだとき、放出されたエネルギーが天候を大きく変化させた。空一体の雲が一気にはねのけられて、青と橙に染まる暁の空が現れた。


『撃ったのか?』と、アルトリヱスが空を見上げて呟く。

「どうやら、そのようです。でも、当たったのかどうかは……ここからでは、分からないですね」


 そういうテルルの背後から、チェスターが声をかけた。

「こっちで映像が見えるぞ! グロウムの状態も分かる、来てくれ!」

 彼はそう言うと、PCを掲げた。テルルたちは急いで彼の下へと向かう。

 すでに、彼女たち以外のBMプロジェクトメンバーは、モニターに映し出されるグロウムの様子を見ているところだった……セレンが顔を顰め、睨みつけるような表情をしている。その様子が、テルルには不思議だった。モニターが見える位置へとたどり着き、皆が怪訝そうな表情で見つめる画面を彼女も確認した。

「……え? なにこれ?」


 ――電子殻の中に収められていたものが、ゆっくりと姿を現していた。CPT観測台がその中身をリアルタイムで捉え、ピタゴラスたちが見つめる露府支部のモニターも様子を映していた。


「……なんだ、これは?」と、ピタゴラスが呟く。


 灰色のノイズが混じり、コマ送りのように視認性の悪い動画越しでも、映し出されたものがはっきりと見えたのだ。うっすらと光を灯すその物体は、まるで、薄い布を筒状に丸めて、赤子のおくるみのようであった。中身のないフードのようにも見える。

 他の作戦部隊も、その中身を見てざわつき始める。


「あれが……グロウムなのか?」

「どういう構造なんだあれは…」

「布……? 生き物なのか? なんなんだ?」


 しだいに、その形状が変化していく――。蕾が花開くように包みが少しずつはがれて、6枚3対の羽のように広げられた。空に向かって羽ばたくように羽を動かすと、内側に折りたたまれていた長い長い尾が露になる。

 大きな羽をゆっくりと動かすその姿は、エイのようでもあるし、トンボのような昆虫にも見える。しかし眼球や頭部、節のような構造は、ただ、まるで影絵のようにのっぺりとした光のシルエットが、海の上に立ち上がるように広がったのだ。

 その姿を見た隊員はみな息を呑む。グロウムは羽を悠々と動かして、甲高い咆哮を轟かせた。

――毘沙嗚呼唖唖唖唖唖暗!!!!―――

 その咆哮を合図に、最後の作戦が始まった。

「――グロウム討伐作戦、開始! 全部隊、攻撃開始!」



「砲撃許可! 全部隊、攻撃開始!」

 ピタゴラスの号令を合図に、グロウムへの集中砲火が始まった。その薄い肉体目掛けて、無数の兵器が降り注ぐ。

 グロウムは光輪のような構造体を生み出し、周囲へと拡散させた。光輪が直撃したミサイルは切断されて、推進力を失って海へと落ちる。さらに空に大きな光輪が空に浮かぶ――それはまるで、魔法陣のように薄暗い空に投影された。

 そして、雷がカーテンのように降り注ぐ。着弾寸前のミサイルが粉砕されて、粉々に砕け散った。

「手を緩めるな! 勇者がたどり着くまで――!」





「アルトリヱス、移動合図だ! いよいよグロウムのもとへ向かうぞ!」

『うむ、行こう!』


 グッドイナフに追随して、勇者は作戦基地を立つ。その向かう先には、船が一隻エンジンをかけて待機していた。すでに乗船し、デッキの上でラプラスが手を振る。特殊なスーツを着込んでいる。


「よう、いよいよだな。勇者殿、準備が終わってたらそこのステップから乗ってくれ」

 彼がそう言うと、アルトリヱスは迷いなく船のステップに足を掛ける。

「アルトリヱス様、お気をつけて! ラプラスさんも、よろしくお願いします」

 テルルが声をかけると、勇者と船長は同時に頷き返した。

『出してくれ、ラプラス殿。準備はできている』

「イエッサー、じゃあ行くぜ」

 ラプラスはそう言うと、黒いフルフェイスメットを被った。その姿は船の操舵手というより、バイクの運転手のようだった。スーツとメットは磁気と電流対策で用意されたものだ。光を反射する面当て越しに、彼は勇者の顔を見る。


「さすがに俺が雷に打たれたら不味いんでな。この姿で行かせてもらう」

『うむ、構わぬ。よろしく頼む』


 そして船が動き出し、浜を離れた。高い波を切り裂くように船は進んでいく――船頭はまっすぐにある方向を目指していた。

 電子殻を打ち破られたグロウムの周囲にもはや暗雲は残っておらず、代わりに謎の光を放つ大きな6枚の羽が、水平線のかなたに見えた。ラプラスは全くの迷いなく、光の方へ向かって、ますますエンジンをふかした。

「ヨーソロォー! 全速前進!」


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