第45話 “アーカイア”

「グロウムのことで話が脱線したな、戻すぜ!」

 ノイマンはタブレットをもう一度指さす。

「目指すは京都だ! とりあえず、儂らのチームを呼んで調査班を組む。数日かそこらで終わる仕事じゃねえかもしれねえが――超特急でやるぜ!」

『うむ頼んだノイマン殿! だが、どのように調査を行うのだ?』

 アルトリヱスが聞くと、「ふーむ」とノイマンは顎に手を当てた。

「今のところの調査状況を、もう一回説明しておくか」



 ……そもそも、折れた聖剣の欠片が日本にあると推測された経緯は、聖剣の発掘地点である欧州から、いわゆるシルクロード上を辿るように「呪い」と呼ばれる事象の記録が見つかり、その終着点が日本だったことである。この「呪い」は、聖剣に触れたときにおこる急速で深刻な憔悴、脱力と同じ症状であり、聖剣の欠片が移動していった「足取り」が記録として残ったのではないか、と考えられたのだ。


 ――そんな事情を、ノイマンはタブレットに地図を映しながら説明した。マップにはいろいろとメモが残されている。


「これは考古学的にも歴史学的にも提唱されてねえ大胆な仮説だ。矛盾を孕んでいてもおかしくないんだが、われながら気になるのは聖剣の影響が“呪い”として漏れ出す条件でどうやって聖剣を運んだのかってことだ」

『確かに運搬するもの自身も影響を免れないはずだ。ノイマン殿はケースに入れて運んでいるが、あれはどのように作ったものだ?』

「あれはFORCEの結成後に開発されたもんだ。純植物性の樹脂を緩衝材にして、さらに有機物の素材で厚く聖剣を包むと、聖剣の影響が漏れなかった。あの箱に詰められてるのは表面がコーティングされた高粘性の樹脂だ。BMプロジェクトの発足時にヨウドに手伝ってもらった」

『ヨウド殿か』


 ヨウド・ガロアは現FORCE隊服やアルトリヱスの放熱ケープ、銘骸羅戦での導電性繊維ケーブルなど、開発品は数多い。聖剣を運搬するケースの中身も彼の開発品だったようだ。


「儂も開発の経緯はよく知ってるが実験用のマウスは何匹もご臨終になった。それでもヨウドはかなり早い段階で樹脂を開発してくれたが……」

『む……そうか。であればもう一つ気になったのだが、聖剣を発掘したときはどのようにして運び出したのだ? その当時にはヨウド殿の作ったケースはなかったのだろう』

「はっはっは! いや笑い話にはならんのですが、あの当時の作業者はかなり大変な目にあったようですな。博物館に収められるまでに何人も入院した。当時も同じように布か何かで包んだらしいが効率的な素材じゃなく、被害は出ちまった。幸い死者が出るまでには至らなかったらしいが……」

『つまり倫敦ロンドンで発掘された当時は被害がかなりあったのだな……済まぬ』

「おう、勇者様が謝ることじゃねえ! それに当時はただ学者の意地で引っ張り出された聖遺物が思いがけず役に立ってくれた。これは冥利に尽きるってもんだ。ただし勇者様、一点“訂正”がある」

『む? なんだ?』


 勇者が尋ね返すと、ノイマンはまず咳払いで返した。


「聖剣は確かに倫敦で保管されてたが、それは倫敦に世界有数の博物館、大英博物館とその学芸員があるからであって、。英国に近い国だ」

『………どこだ?』


 ノイマンは大西洋を映し出し、とある島を指さした。英国の西で愛蘭アイルランドのさらに南。あるいは仏蘭西フランスの北西の近隣の沖。

 青く塗られた海の上にポツンと小さな島国が浮いている。



 アルトリヱスの機体の眼光が細くなり顎に手を当てる、という考え事のモーションが発生した。


『……アーカイア?』

「今はそう名前がついてる。もしかすっとピンと来ねえかもしれねえが、きっと勇者様の生まれ故郷はこの国だろう。聖剣が発掘された神殿もここにあったからな」

『おや、そうだったのか? 拙者はてっきり、あの倫敦で見つかったものだと』

「実はこっちなんですな。しかし勇者様が復活してからは現地にお連れする時間がなかった。また今度、機会があれば必ず行きましょう!」


 アルトリヱスはまだ見ぬ土地に思いを馳せた。正確には未見の地ではなくて大昔のかつての故郷であるが、街の景観などおよそがらりと変わっているだろうことは想像に容易かった。それでも一目見たいと思うのは当然である。


『うむ、ぜひ頼む!』と大きく頷いた。

「いずれな! だが直近の課題を解決するために、もう一つ聞いておきてえことがある。魔法についてだ。知っての通り現代ではもはやロスト・テクノロジーだが……かつて聖剣が運ばれた当時は魔法が残っていたかもしれねえ。つまり現代とは違う手段で聖剣を運ぶこともできたはずだ」


 それから、ノイマンは考えを説明した。

 聖剣が折れたきっかけは不明である。だが、折れて柄のついている方がアーカイア国の遺跡に埋没し、刃の破片の方が遠くへ運ばれていった。順序としては「折れて運び出された」のは、「埋没」よりも前でなければならない。それはきっと大昔――まだ魔法が残っていた世界の出来事だったはずだ。


『魔法を使って聖剣を運び出す方法か。断言してもよいが、運ぶこと自体は可能だろう』

「だ、断言できるのか?」

『仲間の魔法使いの受け売りだが……魔法の原則は、“物理的に実現する事は魔法で再現できる。魔法使いが想像できることは魔法で創造できる”――だそうだ。素質の差は出てしまうがな。ノイマン殿はこの時代で、物理的に聖剣が運搬できると証明した。魔法で似たようなこともできるはずだ』

「なるほど……魔法ってのはすさまじい技術だったんですな」


 ノイマンは息を呑む。魔法の原則というのは聞く限り「なんでもできる」と言っているようにさえ取れた。


『だが今回の場合、ノイマン殿とは少し方法が違うと思う。運搬者は聖剣の影響を免れたかもしれないが、その実、周囲に影響が出て記録されたのだろう? 用いた方法が魔法か否かは分からぬが、それは“運搬者が影響を受けない”という防御策だったのだろう』


 アルトリヱスは「だけ」という部分を強調した。


「一体、誰ならそんなことを……?」

『前提条件として聖剣をよく知っておく必要がある。聖剣の拒絶が発生する条件、あるいは無効にする方法も。魔法使いであっても、この条件を満たす者は多くない。それに多くの者は聖剣を畏怖していた。聖剣は拙者が引きぬく前、ただ地に刺さっていたときから魔を払い、国に入ることを許さなかったのだ。折ることも持ち出すことも、そんなことを望む者はいないだろう』

「おう、なるほどな! 聖剣が神聖視されてるのは、ただ存在するだけで魔除けになってたからってわけか……だが、だからこそ覚えはねえか? そういう大胆なことができそうな特殊なやつについて」

『…………』


 勇者はしばらく押し黙る。それと向かい合うノイマンは「どうです?」と何かしらアルトリヱスからの回答を促す。


『……残念だが、以前言った通り拙者の半生近くの出来事は思い出すことができない。失われた記憶の部分にそういう者がいたかもしれぬが、記憶の限りでは……』

「そうか……おう、まあ仕方ねえ!」


 ノイマンはにっと笑って数度頷いた。しかし、勇者はまだ話を続けたのである。


『――だが、運搬が可能な特殊な人間がいる。魔法のことを加味せずとも、記憶を探らなくとも、これは断言できる』

と切り出す。ノイマンは息を呑んだ。

「そんな奴が? 一体誰なんだ?」

だ』


 ノイマンが言葉を失っていると、会議室の扉がノックされた。


「アルトリヱス様、いらっしゃいますか?」

『テルル殿。どうかしたか?』

「ケイさんが、雷王の専門チームに知り合いがいるらしくて……よければ今からつないでくれるそうです。よろしいですか?」


 アルトリヱスはノイマンを一瞥する。彼は数回細かく頷いて、解散に賛同を示した。


『分かった、行こう。ノイマン殿、聖剣のことはなにとぞ頼んだ』

「お、おう……」


 それから勇者とテルルが部屋を出ていくと、まるで潜水を終えた後のようにノイマンは息の塊を吐き出した。


「確かに勇者様なら可能だろうが――」

 独り言をつぶやく。

 確かに勇者様なら可能だろうが、なんでそんなことを――。

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