第8話 Brave ex Machina

 テルル・シャルルが外装のデザインに頭を悩ませているころ、他の仲間たちもそれぞれ仕事を進めていた。彼らはBrave ex Machinaプロジェクト所属にあり、その使命は聖剣の運用……すなわち、アンドロイドBM-12Ⅻ、勇者アルトリヱスのサポートということになる



 機体開発室のリン・シュタインは、アンドロイドの骨格に使う金属フレームの試作会議に出ていた。試供品が提出され、リンはそれを手に取り、数十秒ほど観察した。

「……うん! 良い仕上がりだわ」

「提出されたデータをもとに、BM-12Ⅻの動きに最適化された構造に仕上げてます。ジョイント部分で衝撃を大きく殺して、フレーム自身はしなやかに――素材だけじゃなくて構造から刷新しないといけませんでしたが」

「あの勇者様、私らが想像してたより動きがはちゃめちゃで負荷が大きいから、手間がかかるんだわ」

と、悪態をつくリンの表情は、なぜだか少し楽しそうであった。

「全身ぶんのパーツ仕上げるのにどんくらいかかりそう?」

 リンに尋ねられた職員はメモ帳を開き、指を数本折り、工数を述べた。それを聞いて、リンは肩をすくめた。

「ま、あの勇者様にはしばらく予備パーツで我慢してもらおっか」

「ええ、すみません……普段ならもう少し急げるんですが、先日の魔物の襲撃によって、動力の点検から始めなければならない状況でして――」

「良いって。そういえば、被災地にロボット回せてんのかな?」

 ここでいう被災地は、魔物に襲撃された地区と、墜星があった川の話である。こんな短期間に二か所も魔物の被害を受けるのは稀有である。

 相手は唸る。

「べつの伝手で聞いた話ですが、汎用機兵を初め警備ロボットまで、ほとんど総動員だそうです。ロボットの負荷も大きく、整備室リペアは大忙しとか」

「そ。まあ、人命と暮らしのために作ったんだし良いんじゃない? ロボットが代わりに壊れても面目躍如って感じだわ」

 リンの発言にあっけにとられて職員は笑った。勇者機兵向けの壊れにくいパーツを作る打ち合わせをした傍から、この言い草である。

 勇者の機体と汎用機兵は単純に比較できないのは当然だが、だとしても「壊れてなんぼ」という旨は、設計当事者しか言えない発言というものだろう。

 


 聖剣管理室では、文字通り聖剣の管理――だけでなく、新たな業務として欠けた聖剣の行方を捜していた。彼らは元学会員たちであり、FORCEの中でも珍しい完全研究特化である……とはいえ、歴史資料にその行方をたどるための情報は、室長のベリル・ノイマンの知る限るでは残されていない。

「……やっぱ、学会データベースにはなにもねえな」と彼はつぶやく。

「そうですね――古い情報から洗ってますが、どこにも記録はないようです」

 作業に当たるベリルチームの一員も賛同する。

「おう。だとすっと……折れたのは勇者様の死後から、発掘される前って可能性がたけえか」

「しかし……聖剣が発掘された神殿の周りの調査はもう手が尽くされてますよ」

と、メンバーの誰かが言う。

 それを契機に、皆口々に意見を述べ始めた。


「聖剣神殿って、世界で一番調査された遺跡ですもんね。聖剣のかけらが見逃されてるなんて、まさか……」

「探知機の精度が上がったから、聖剣も簡単に見つかったんだしな」

「もし遺跡の中にないなら……まさか欠片だけ、むっちゃ遠くにあるん?」

「経緯は全く分からんが見つかってない以上、その可能性はゼロじゃない」

「そうだとすると、世界各地で金属探知調査をしないと……なんてな」

「私たちが行かなくても、現地のスタッフとか学会員と連携してなんとか――」

「ハードルが高いな、衛星通信は……宙にはあの“ラア”もいるのに」



「おうおうおう!!! 分かった分かった!! ともかく手の届くところからきっちり調査すんぞ! できることから即実行だ!」

 ベリルの号令に対し、チームは思い思いに返事をして、作業に戻った。





 ――長官

 長官、聞こえますか?


「――うん、聞こえているよ。申し訳ない、少し音声の調子がね」

 FORCE長官であるアルゴ・ユークリッドは、モニター越しから聞こえる声に返答した。複数人が出席するリモート会議に参加中だった。

『ええ、問題がなければ話を続けさせていただきます。ABプロジェクトのBM-12Ⅻ……“勇者”についてですが、此度の臥蛇蓮華がじゃれんげ討伐において、戦力として投入された経緯をFORCE全軍へ通達して構いませんか?』

と、進行係が告げる。

「ああ、それで良――や、少しまってくれ」

『? はい』と声は答えて、静かにアルゴの言葉を待った。


「……うん。通達についてだが、一部支部にはまだ連絡しないでください」


『え? 一部支部、ですか…?』

「ええ。特別指定魔物ネームドターゲット第一種を現在監視している支部に情報を伏せておいてください」


 モニターの向こうで、ざわめきが広がる。

『その……なぜでしょうか?』

「勇者が討った臥蛇蓮華はだから、です。まだ比較的対処が易しい部類の魔物を討ったにすぎません」

とアルゴは答えた。

「一応断っておきますと、勇者――BM-12Ⅻですが、確かに絶大な戦力であることに違いありません。魔物を討てますから――しかし第一種の四天王どもに通用するかは見定められませんし、なんなら試運転の段階です。それに。全軍に通達しても、即時配備できない。新兵器情報のように知らせだけ届けても、意味がないのですよ。あくまで現段階では、BM-12Ⅻはローカル運用を想定すべき……というか、それしかできない」

『……しかし……この知らせは鼓舞にもなりうるのでは……?』

「なるでしょうね。ただ、第一種への対応が浮足立つような事態は避けたい。エールだけで勝てる相手なら、逃げるための策を必死に定めないさ。もし下手に動いて四天王らの敵意が動いたら、今度の被害は空母や基地では済まないでしょうね――特に雷王グロウム白王ヴァイスは」

『…………』

 モニターの向こうで沈黙が広がったが、誰かが口を開いた。

『私はそれで構いません。まずは安定した運用。勇者殿の配置が可能な目途が立ち次第通達して準備。そうするほうがよいでしょう。同時に配置できるのはどうせ一か所ですから』

「そうですか。はは、まあ貴方は現在BM-12Ⅻが配置されている“倫敦ロンドン支部”長ですからね、ほかの方のご意見もいただければと思いますが」

『……賛成』『異議なし』『さんせー』

『……では、まず倫敦支部周辺で、第二種以下に対応する支部へ限定的に通達するとします』

 そうして、また一つ議題が消化された――

『さて、次の議題ですが……“西班牙イスパニア支部”より、近海の沖合にて、詳細不明の影をレーダーで見たと複数隻の漁船が報告しているそうです』

『ああ、それはくだんの臥蛇蓮華じゃないのかね? まったく、西班牙はいつも報告が遅いことだ。今日も欠席しておるし――』

と、一人が空席の西班牙支部長をたしなめる口調で告げる。


『いえ、報告内容は、それだけではなく――』

と、座長が続きを述べる。『船底、錨、漁船のワイヤー……様々なものに、出航前になかったはずのひどいが残っている、と』


 アルゴは目を細め、彼には似つかわしくない不快感を露にした表情を浮かべる。実は、出席者全員が同じような形相となっていた。

 本来錆に強いはずの漁船が錆びていた……FORCE職員であれば、みな、「錆」という言葉を聞いて同じように嫌な表情をするかもしれない。それほどまでに、彼らにとって、これは不吉な単語なのである。




 さて、テルルが外装のデザインを決定するのにかかった時間は、彼女がショッピングモールで自分の服を決めるのに要する時間の三倍くらいであった。「服の形にこだわらなくても良い」というヨウドの提言があったせいか、むしろ考えがまとまるのに時間がかかったような気がした。

 テルルがふっと顔を上げたので、アルトリヱスも彼女が外装のアイデアを思い付いたのだと察した。

『いよいよ決まったか?』

 彼女がアイデアを出すまで、時折質問に答えつつも待っていた勇者は、テルルを窺う。彼女は頷いて、小さく息を吐いた。

「はい……とりあえず、ヨウドさんにアイデアは送ります」

と言って、彼女はメールを送信する。これでヨウドは、スキンの仕立てを始めるはずだ。最初は試供品か何か来るのだろうか、と彼女はぼんやり思考する。

「次に魔物が来る前に、届くと良いですね―――」

と言って、テルルは頬を緩めた。今まで石化していたのかと思うほど、顔が固まっていたのを自覚した。

 また結果論ではあるが、こういうことを言うから、予兆フラグは引き寄せられ、弾けるのだ。






 ビービービービーッ!!!!






と、フロア全体にけたたましい高音が響き渡る。

 あまりの音量に、すべての職員は話をやめて、唖然とした表情で天井を見上げた。自分の声も、相手の声も聞こえないほどにうるさく、不協和音のような音律のアラートなのだ。

『今のは?』

「………………」

 アルトリヱスの問いに答える代わりに、テルルは愕然と、スピーカーを見つめていた。「そんな……うそ、今のアラートって……」

 彼女の声は、悲劇に見舞われたように震えている。アルトリヱスはその只ならぬ様子に、息を呑んだように沈黙した――そのアラート音は、めったに聞くはずのない、のアナウンスを告げる前のものだったのである。

 続けて、フロアにアナウンスが流れた。

 スピーカー、曰く。


《第一種・緊急戦闘配置!!!》


《繰り返す!第一種・緊急戦闘配置!!!――南東海岸に第一種、銘骸羅メイガイラ、上陸確認!!!》


《これは訓練ではない、繰り返す――!》


 銘骸羅――アルトリヱスも最近聞いた覚えのあるその名は、四天王の名だった。

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