第8話 Brave ex Machina
テルル・シャルルが外装のデザインに頭を悩ませているころ、他の仲間たちもそれぞれ仕事を進めていた。彼らはBrave ex Machinaプロジェクト所属にあり、その使命は聖剣の運用……すなわち、アンドロイドBM-12Ⅻ、勇者アルトリヱスのサポートということになる
*
機体開発室のリン・シュタインは、アンドロイドの骨格に使う金属フレームの試作会議に出ていた。試供品が提出され、リンはそれを手に取り、数十秒ほど観察した。
「……うん! 良い仕上がりだわ」
「提出されたデータをもとに、BM-12Ⅻの動きに最適化された構造に仕上げてます。ジョイント部分で衝撃を大きく殺して、フレーム自身はしなやかに――素材だけじゃなくて構造から刷新しないといけませんでしたが」
「あの勇者様、私らが想像してたより動きがはちゃめちゃで負荷が大きいから、手間がかかるんだわ」
と、悪態をつくリンの表情は、なぜだか少し楽しそうであった。
「全身ぶんのパーツ仕上げるのにどんくらいかかりそう?」
リンに尋ねられた職員はメモ帳を開き、指を数本折り、工数を述べた。それを聞いて、リンは肩をすくめた。
「ま、あの勇者様にはしばらく予備パーツで我慢してもらおっか」
「ええ、すみません……普段ならもう少し急げるんですが、先日の魔物の襲撃によって、動力の点検から始めなければならない状況でして――」
「良いって。そういえば、被災地にロボット回せてんのかな?」
ここでいう被災地は、魔物に襲撃された地区と、墜星があった川の話である。こんな短期間に二か所も魔物の被害を受けるのは稀有である。
相手は唸る。
「べつの伝手で聞いた話ですが、汎用機兵を初め警備ロボットまで、ほとんど総動員だそうです。ロボットの負荷も大きく、
「そ。まあ、人命と暮らしのために作ったんだし良いんじゃない? ロボットが代わりに壊れても面目躍如って感じだわ」
リンの発言にあっけにとられて職員は笑った。勇者機兵向けの壊れにくいパーツを作る打ち合わせをした傍から、この言い草である。
勇者の機体と汎用機兵は単純に比較できないのは当然だが、だとしても「壊れてなんぼ」という旨は、設計当事者しか言えない発言というものだろう。
*
聖剣管理室では、文字通り聖剣の管理――だけでなく、新たな業務として欠けた聖剣の行方を捜していた。彼らは元学会員たちであり、FORCEの中でも珍しい完全研究特化である……とはいえ、歴史資料にその行方をたどるための情報は、室長のベリル・ノイマンの知る限るでは残されていない。
「……やっぱ、学会データベースにはなにもねえな」と彼はつぶやく。
「そうですね――古い情報から洗ってますが、どこにも記録はないようです」
作業に当たるベリルチームの一員も賛同する。
「おう。だとすっと……折れたのは勇者様の死後から、発掘される前って可能性がたけえか」
「しかし……聖剣が発掘された神殿の周りの調査はもう手が尽くされてますよ」
と、メンバーの誰かが言う。
それを契機に、皆口々に意見を述べ始めた。
「聖剣神殿って、世界で一番調査された遺跡ですもんね。聖剣のかけらが見逃されてるなんて、まさか……」
「探知機の精度が上がったから、聖剣も簡単に見つかったんだしな」
「もし遺跡の中にないなら……まさか欠片だけ、むっちゃ遠くにあるん?」
「経緯は全く分からんが見つかってない以上、その可能性はゼロじゃない」
「そうだとすると、世界各地で金属探知調査をしないと……なんてな」
「私たちが行かなくても、現地のスタッフとか学会員と連携してなんとか――」
「ハードルが高いな、衛星通信は……宙にはあの“ラア”もいるのに」
「おうおうおう!!! 分かった分かった!! ともかく手の届くところからきっちり調査すんぞ! できることから即実行だ!」
ベリルの号令に対し、チームは思い思いに返事をして、作業に戻った。
*
――長官
長官、聞こえますか?
「――うん、聞こえているよ。申し訳ない、少し音声の調子がね」
FORCE長官であるアルゴ・ユークリッドは、モニター越しから聞こえる声に返答した。複数人が出席するリモート会議に参加中だった。
『ええ、問題がなければ話を続けさせていただきます。ABプロジェクトのBM-12Ⅻ……“勇者”についてですが、此度の
と、進行係が告げる。
「ああ、それで良――や、少しまってくれ」
『? はい』と声は答えて、静かにアルゴの言葉を待った。
「……うん。通達についてだが、一部支部にはまだ連絡しないでください」
『え? 一部支部、ですか…?』
「ええ。
モニターの向こうで、ざわめきが広がる。
『その……なぜでしょうか?』
「勇者が討った臥蛇蓮華は第三種だから、です。まだ比較的対処が易しい部類の魔物を討ったにすぎません」
とアルゴは答えた。
「一応断っておきますと、勇者――BM-12Ⅻですが、確かに絶大な戦力であることに違いありません。魔物を討てますから――しかし第一種の四天王どもに通用するかは見定められませんし、なんなら試運転の段階です。それに聖剣は一本しかない。全軍に通達しても、即時配備できない。新兵器情報のように知らせだけ届けても、意味がないのですよ。あくまで現段階では、BM-12Ⅻはローカル運用を想定すべき……というか、それしかできない」
『……しかし……この知らせは鼓舞にもなりうるのでは……?』
「なるでしょうね。ただ、第一種への対応が浮足立つような事態は避けたい。エールだけで勝てる相手なら、逃げるための策を必死に定めないさ。もし下手に動いて四天王らの敵意が動いたら、今度の被害は空母や基地では済まないでしょうね――特に
『…………』
モニターの向こうで沈黙が広がったが、誰かが口を開いた。
『私はそれで構いません。まずは安定した運用。勇者殿の配置が可能な目途が立ち次第通達して準備。そうするほうがよいでしょう。同時に配置できるのはどうせ一か所ですから』
「そうですか。はは、まあ貴方は現在BM-12Ⅻが配置されている“
『……賛成』『異議なし』『さんせー』
『……では、まず倫敦支部周辺で、第二種以下に対応する支部へ限定的に通達するとします』
そうして、また一つ議題が消化された――
『さて、次の議題ですが……“
『ああ、それは
と、一人が空席の西班牙支部長をたしなめる口調で告げる。
『いえ、報告内容は、それだけではなく――』
と、座長が続きを述べる。『船底、錨、漁船のワイヤー……様々なものに、出航前になかったはずのひどい錆が残っている、と』
アルゴは目を細め、彼には似つかわしくない不快感を露にした表情を浮かべる。実は、出席者全員が同じような形相となっていた。
本来錆に強いはずの漁船が錆びていた……FORCE職員であれば、みな、「錆」という言葉を聞いて同じように嫌な表情をするかもしれない。それほどまでに、彼らにとって、これは不吉な単語なのである。
*
さて、テルルが外装のデザインを決定するのにかかった時間は、彼女がショッピングモールで自分の服を決めるのに要する時間の三倍くらいであった。「服の形にこだわらなくても良い」というヨウドの提言があったせいか、むしろ考えがまとまるのに時間がかかったような気がした。
テルルがふっと顔を上げたので、アルトリヱスも彼女が外装のアイデアを思い付いたのだと察した。
『いよいよ決まったか?』
彼女がアイデアを出すまで、時折質問に答えつつも待っていた勇者は、テルルを窺う。彼女は頷いて、小さく息を吐いた。
「はい……とりあえず、ヨウドさんにアイデアは送ります」
と言って、彼女はメールを送信する。これでヨウドは、スキンの仕立てを始めるはずだ。最初は試供品か何か来るのだろうか、と彼女はぼんやり思考する。
「次に魔物が来る前に、届くと良いですね―――」
と言って、テルルは頬を緩めた。今まで石化していたのかと思うほど、顔が固まっていたのを自覚した。
また結果論ではあるが、こういうことを言うから、
ビービービービーッ!!!!
と、フロア全体にけたたましい高音が響き渡る。
あまりの音量に、すべての職員は話をやめて、唖然とした表情で天井を見上げた。自分の声も、相手の声も聞こえないほどにうるさく、不協和音のような音律のアラートなのだ。
『今のは?』
「………………」
アルトリヱスの問いに答える代わりに、テルルは愕然と、スピーカーを見つめていた。「そんな……うそ、今のアラートって……」
彼女の声は、悲劇に見舞われたように震えている。アルトリヱスはその只ならぬ様子に、息を呑んだように沈黙した――そのアラート音は、めったに聞くはずのない、最悪のアナウンスを告げる前のものだったのである。
続けて、フロアにアナウンスが流れた。
スピーカー、曰く。
《第一種・緊急戦闘配置!!!》
《繰り返す!第一種・緊急戦闘配置!!!――南東海岸に第一種、
《これは訓練ではない、繰り返す――!》
銘骸羅――アルトリヱスも最近聞いた覚えのあるその名は、四天王の名だった。
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