骸王御成りに頭蓋を垂れよ

第9話 急襲、骸王『銘骸羅』

 テルルがスキンを選んでいたころ、外ではFORCEの隊員たちが瓦礫の撤去を進めていた。

 FORCEの仕事は魔物の撃退だけではない。魔物の襲来にあった町の復旧にあたることも多い。行政とともに作業に当たる。

 それで、先日の臥蛇蓮華がじゃれんげの襲撃にあった町の復興作業が急ピッチで進められていた。道に積み重なった瓦礫をどけて、インフラを回復させていく。回復したインフラが、さらに復旧を加速させていくのだ。

 しかし今回の襲撃では、どうやら道よりも河川の被害が大きいらしい。

「あの魔物め……川を遡上して、町に侵入しやがったな」

 FORCEの隊服を着て、ヘルメットをかぶった隊員が恨めしそうにつぶやく。亀裂だらけになった堤防は、見るからに危険である。川の流れを、瓦礫が捻じ曲げ、水流も乱れている。

「行政も最優先で河川を復旧するように動いています」

「こんな日に大雨でも降って河川が氾濫したら、ひどい二次被害が出るぞ。すぐに直さないと」

「上流側には、すでに行政も入っているそうです」

「うし……そんなら、俺たちは下流だ!行くぞ!」

 こうして、一つの班は車に乗り込み、川に沿って移動を始めた。ある程度瓦礫が撤去され、車一台なら支障なく道を利用できる。多くの一般市民は、まだ避難所で待機中だった。

「BM-12Ⅻのおかげで最小限の被害にとどまったとはいえ、ひどい有様ですね……」

「仕方ねえよ、それは……こんな町中にまで入り込まれたら」

 町の様子を確認しつつ、車を走らせる。

 すると、道の向こうに浜が見えた。川の最下流だ。瓦礫はないが、湿った砂浜に、よれたカーペットのような模様が残されている。

 その時、がしゃん、とひどい音がした。車からだ。なにか折れたようだ。

「おい、なんだ?」

 車内は揺れて、乗車する隊員たちは慌てだす。「パンクか?瓦礫でも踏んだのか」

「わ、わかりません」

「おい、とりあえずいったん止めろ」

 きい、とブレーキ音――の後に、また何かが折れる音がした。

「なんだ、一体……」

「故障か?」

 続々と隊員が車から降りる。そして、ドアを閉めるときに異変に気付いた。ざらり、と滑らかなはずの車体からは想像できない質感が手袋越しの摩擦で伝わったのだ。

 車体を見る。

 ざらざらの表面…

 色が茶色がかっている。

 さびていた。さびていたのだ。

 数年前に廃車になって、沖に放置されて、誰にも気づかぬまま、茶色い錆をくまなくまとったような、廃れた車体がそこにあった。

 しかしながら、それはさっきまでメンテナンス後の、多少水垢があるくらいの車体だったのに。

「お、おい!なんだよこれは……ごほ、ごほっ!!」

 そして、異様な空気に気付く。刺激臭――どころか、もはや臭いとして感じることすらままならないほどの、強烈な刺激が粘膜という粘膜を刺激する。

「はあっ、はあ!! ぐっ、く…」

 隊員は使う予定のなかった防毒マスクを装備し、ゴーグルを装着する。耳鳴りがやまない。目から涙がこぼれる。息を吸うとのどが痛む。炭酸の熱水に、ミントと、アンモニアを混ぜて飲みこんだような、息苦しい刺激が気道を満たして、たちまち空気に溺れそうになる。

 皆がうろたえる中で、隊員の一人が海辺に目を向けた。


「……ひっ!? あ、あれはっ……!!」


 それを合図に、ほかの隊員も浜辺に現れたに気づき、ゴーグル越しに目を見開いた。

 ……が何か、と言われると、いかんとも形容しがたい。プールいっぱい分くらいの不定形のヘドロか、ウミウシのようなものが動き――無残な骸を無数に纏っている。骸骨同士があたって、がちゃがちゃと、がちゃがちゃと、がちゃがちゃと、鎧のような音を立てた。

 がこちらに近づいてくる。敵意があるのかないのか、悪意があるのかないのか、まったく不明だが。

 それはかつて、"極東の一国"を丸ごと錆の荒野に変えた超危険生物。特別指定魔物第一種、通称――


「め…、銘骸羅メイガイラ……?!!?」

「な、なんでこんなところに……!!? にいるはずじゃ……!!ここまで海を渡ってきやがったのか?!」

「良いから撤退するぞ!! 急げ!!」

 隊員が車のドアに手をかけ、開けようとした。しかしすでに錆びつき、癒着したようにドアは車に張り付いている。

「こ、このっ……!!」

 強く引くとボキッと音をたててドアノブが折れた。尻もちをつくように隊員は転ぶ。

「は、はあっ?! 折れた…?!」

「くそ野郎ッ…!近寄んじゃねえ!!」

 使う予定のなかった銃を構える。しかし、すでに弾丸は砲身とくっついてジャミングしていた――もともと第一種を刺激することは禁じられているが、もはや刺激を与えることすら叶わないらしい。

「は、はあ、ぐ……」

 銃を落とすように捨てると、乾いた泥団子のように砕けてしまった。緊急連絡を試みてスマホを取り出し、画面を指でなぞるが――すでにガラスカバーは腐食し、指でこすれた部分がやすりで削ったように濁った。反応がない。壊れている。


「畜生っ、なんなんだこの冗談みてえな悪影響は……!!」


 目がかすれて、次第に傷んでくる。

 ガラスが腐食したように、眼球の水晶体すら次第に瘴気に侵されていく。ゴーグルの内側に封じ込められた、正体の分からないガスが、眼球を犯していく――

「うっっ……!?!?」

「走って退くぞ!!急げ、死ぬぞ!!」

「立てるか!?」「急げ急げ、武器は使えない!!」

「基地に連絡を――ごほ、ごぼっ!」

「とりあえず走れって!!速く!!」


 背を向けて逃げる隊員たちを骸の王は追わなかった。あんな衣服と肉がくっ付いただけの矮小な骸骨のことなど、どうでも良いらしい。それよりも気になることがあったのだ。

 ここに来るまでに追いかけてきた、大きな魔物の気配がぷっつりと途絶えた。

 ――を誰かに奪われたのだ。





 倫敦FORCE基地内にて、けたたましいアラームと、アナウンスはまだ続いていた。

『第一種戦闘配置……!? テルル殿、さっき、銘骸羅と聞こえたが』

「はい、私も聞こえました。し、信じられないですけど……」

 廊下からばたばたと足音が響いてくる。隊員たちが配置に向かっているようだった。只ならぬ事態であることが容易に察せた。

『拙者の覚えだと、銘骸羅とやらは……例の四天王の一体よな?』

「そうです」とテルルは一度頷く。そのまま俯いた。「でも……こんなところに来るなんて、信じられない。あれは、日本という遠い国にいるはずなんです」

『ニホン…?』

 アルトリヱスは言葉を繰り返す。

『聞いたことのない国だ』

「アルトリヱス様の時代だと、別の名前だったかもしれません。ともかく、こんなところまで銘骸羅が来るなんておかしいです。まさか、移り住んだ……?」

 自分で言っていて、テルルはぞっとした。だとしたら最悪だ。この上なく最悪で、その下なく最悪である。

『銘骸羅とやらは、どんな魔物なのだ』

「…は、わかりません」

と首を振るテルル。

「厄介な能力が多すぎて、そして計器がことごとく破壊されるので、解析しきれていないのが現状です。数ある能力の一つは、遠距離腐食テレコロオジョンだといわれています」

『テレ……コロオジョン?』



「要するによ!」


 声のするほうに二人は振り向く。リンが部屋に入ってくるところだった。彼女はつかつかと、アルトリヱスのほうへ向かってくる。

「あんたの今のボディは、銘骸羅なんてエグイ化け物との戦闘は想定してない。予備フレームよ。あんなのとやり合うとしたら腐食耐性を付与しない無理だわ。無策で戦いに出たら錆びついて壊れて死ぬわ! ここにいなさい! 良い?」

 釘をさすように、リンはアルトリヱスの機体に詰め寄る。

『しかし――』

「良い!?」

『あ、あい分かった』

と、気圧されて勇者は頷いた。


「そこで僕の出番でえ!」

 声のするほうに三人が振り向く。ヨウドが部屋に入ってくるところだった。


「旦那、スキンをお持ちしましたぜ!」

『ほお?』と勇者。

「えっ!?」とテルル。「いや、でもついさっき私が発注したばっかりなのに……」

「はは、シャルルさん嫌だなあ、の一つもないと思ってたんですかい?まあデザインはともかくとして、今回の案件にぴったりのもんをご用意しましたぜ!」

 ばさっと、ヨウドは手に持っていたスーツを広げた。黒く、つやのある生地はいかにも化学繊維だ。フルフェイス型のフード付きで、見通しの良い透明な部分もある。

「腐食に強いのはやっぱし化学繊維ですねえ! 金属と違ってイオン化の余地がなければ遠距離腐食テレコロオジョンなんて怖くありませんぜ!」


「はああ?」とリン。「なんですかそれ、言っときますけど、うちらが作ってる素材だって錆に強いんですからね! あの化け物が異常なだけだし! もっと錆につよいフレームもあるし!!」

「分かった分かった! リン、変な張り合いしないで! 落ち着いて、それどころじゃないから!」

「だいたいそんな装備で大丈夫なんですか?! そんな雨合羽みたいなのでさ!」

「はあ~雨合羽ぁ? 失敬ですねえ、これはフーディ×コート。いわばフードコートでさあ」

「ショッピングモールか!」

 リンは勇者に向き直る。

「ともかく勇者、今は駄目だよ! いくら外装で防いだとしたって、錆と金属は犬猿の仲――」




「おうおうおうおうおう!!!!!」

 声のするほうに四人が振り向く。ベリルが部屋に入ってくるところだった。

「おうこれは皆さんお揃いだな! 勇者様、聖剣お持ちしました!」

と言って、彼は大きな運搬ケースを床にどすんと置いた。そのケースの中に、聖剣が保管されているようだ。


 アルトリヱスが無言で、ちらりとリンを窺う。額に手を当てて顔をしかめ、しかし言葉を失っているようだ。

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