第7話 外装(スキン)

 おーい、勇者様ー?

 起きてくだせえ

『……む?』


「おっ、起きましたか?」

 アルトリヱスが目を覚ますと、目の前には片目を隠すほどの長髪にマスク、細身という怪しい様相の男がいた。彼は得意げにほほ笑むと、腕を組む。

「おはようございっす。ええ、まあ今は午後3時なので、そんなに早くはないんですけどねえ」

『……なにやつだ?』

「おっと、これは失礼、僕は……」

「ヨウド・ガロアさんです」

 アルトリヱスの背後から答えたのは、テルル・シャルルだった。

「アルトリヱス様、ここが以前言っていた、ガロアさんのところです。機能材料室と言います」

『ああ、お主がヨウド殿か」

「ええ、そうでさあ」

と頷く。毛先が少し揺れた。

「そちらのシャルルさんから話聞いてますかねえ? 僕のチームでいよいよ旦那の“外装”を繕おうってことでさあ」

『外装……? 見た目の話か?』

「まあ確かに例えるなら服でさあ。旦那の場合はんで、“スキン”って言っても良いかもしんないですねえ。そのむき出しのままの金属フレームに繊維材料で外装を作って、機能を外付けしようっていう話でさ。だから単なる見た目だけの問題じゃありませんぜ」

『ふむ。なるほどな。合点がいった……しかし、このフレームも十分頑丈だと思うが、何か足す必要があるのか?』

と、アルトリヱス。

 この発言を聞いたらリンが胸を張って喜びそうだと、テルルは思った。

「へへ、いやあ、それはどうでしょうねえ。確かに頑丈ではありますが、耐水性、耐薬品性は素材そのまんまですし、それに頑丈って言っても、硬いものにぶつかると危ないですぜ? 前もヒビ入ってましたでしょ、その骨格フレーム。緩衝材もあった方が良いかもしんないですねえ」

とヨウド。

 この発言を聞いたらリンが顔をしかめそうだと、テルルは思った。


 つまるところ、リンのチームの金属だけでは不足する機能を補うのがヨウドのチームであり、二つのチームは補完関係のはずだが、実際にはライバル関係に近い。


「フレームのとっかえは手間がすげえかかりますんで、いちいち基材をとっかえなくても外装で付け足して補おうってことでさあ。例えば補修材なんかも、うちで作ることができます」

『ほお……なるほど。うむ、そういう話なら、確かに外装は重要だというのが分かる』

とアルトリヱスは頷いた。

 ヨウドの外面はどうも怪しいが、言うことは真っ当である。彼が開発した素材は確かにFORCE隊服の材料として活躍しているのだ。

『ならば、よろしく頼む』

「そりゃもちろん! そいじゃ、せっかく今日来ていただきましたんで――」

と言って、ヨウドはタブレットを持ち出す。

 両手サイズで、ディスプレイがスマホの四倍くらいある大型のものである。

 その画面には、ファッション通販サイトのように、衣服の画像がサムネイルとしてずらりと並んでいた。

「旦那の好みだけでも聞いておきましょうか!」

『………うむ。まあ結局、見た目の問題もあるのだな?』

「まあ布地そのものを纏って機能性もくそもないですしねえ……形を整える必要はあるんですが、どうせなら旦那の好みに合わせようかということでさあ」

 その「形を整えた結果」が要するに「服」ということなのだが、アルトリヱスは目移りするらしく、『む……う……』と小さく唸っている。

「まあ迷いますよねえ……僕も、旦那の姿を参考にしようかと思っていたんですが、どうも旦那の彫像は戦時の姿のものばかりでして、外装のデザインとはマッチしないもので」

と、ヨウドは頭の後ろを掻く。

『ふむ。そのうえ、今の拙者の体はカラクリだからな……。衣服のようなものが馴染むかどうか……』

 その時、迷うアルトリヱスの背中を見ていたテルルのポケットのスマホに通知が入った。

 確認すると、ステータスメッセージ曰く、


CPU:35%


だそうだ。

 CPUの使用率が1/3を超えたということで、通知が飛んできたらしい。しかし、

(なんか戦闘中よりCPU動いてる? なんで……?)

と首を少し傾げた。見れば、同じように首を傾げて、タブレットとにらめっこする勇者の姿――

(まさか……迷ってるから? 選択肢がアルトリヱス様の判断指向にマッチしてないんだ、きっと。へえ……)

と、テルルは人知れず面白い経験をして、若干口角を上げた。

 もしかすると、アルトリヱスは戦闘中の判断は早いが、このような衣服の選択――特に勇者は大昔の人間だから、最近の衣服のデザインは実質初見ということもあって、判断が難しい問題ではCPU使用率が跳ね上がるようだった。実際、服選びなら何時間も悩む者がいるものだ。

 そんな考察はさておき、勇者の助けに入った方が良いらしい。

「アルトリヱス様、せっかくですから、一度持ち帰って考えませんか?」

と提案する。

『む? しかし、ヨウド殿が――』

「ああ、気になさらないでくだせえ。ええ、今日は旦那が動いてる姿を見れただけでかなり収穫がありました。後はお部屋に戻ってから、ゆっくり選んでもらって良いでさあ――あっ、試着も請け負いますぜ」

 ヨウドは頷いてほほ笑む。

 マスクをしていて、片目も隠れているので、残りの片目がにっこりと動くだけだ。なんと怪しい奴だ、と笑顔を見るたびにテルルは思っている。ただ今までの付き合いからして、見た目が怪しいだけで、言うことも仕事もまっとうである。

 その時、彼女はヨウドと目があい、すると、彼が「あっ」と言った。


「そうだ旦那! せっかくなんで、シャルルさんに外装のアイデアをもらうってのはどうでしょう?」


「はい?!」

と、テルル。そうなるとは思っていなかった。

「な、なんで……?」

「ほら、シャルルさんは勇者様の機体のデザイナーみたいなもんでしょ? それでしたら、旦那の機体の機能性を最大限引き出せるデザインの外装も、シャルルさんが一番わかると思いまして! この際、服の形に整える事はこだわんなくても良いんで!」

と言われて、テルルは

「う……」と言葉に詰まる。

 ヨウドの言うことはやはり真っ当である。ただ、故にその矛先を向けられると反論し難い、という特徴があった。

「そ、それは確かにそうかもしれないですけど……」

「そりゃよかった! アイデアだけでも良いんで、旦那の外装を考えんのを手伝ってくだせえ! 僕からもお願いしますわ、なにとぞ!」

「うう……わ、分かった。わかりました」

と、降参といわんばかりの語気でテルルは頷いた。

「シャルルさんに一応カタログのデータは参考として送っときますんで! 何か思いついたらメールでも送って下さったらデザインはやりまっせ。それじゃあ勇者さま、シャルルさん、お疲れ様です」





『テルル殿、恩に着る。拙者はこういうものに疎く……それに、初めて見る意匠ばかりなものでな。決められなかった』

と、部屋に戻るなりアルトリヱスはいうのだった。

 テルルは可笑しそうに笑う。

「ええ、まあ私だって同じ立場にあったら同じくらい悩むと思います。でも今は急ぎでもありませんし、ゆっくり選びましょう。魔物が来てるわけではありませんし」


 考えてもみれば、難しい問題なのは明白だ。

 アルトリヱスと同じ立場というのは、すなわち例えるなら、平安時代に古めかしい着物を着ていた貴族をいきなり呼び出して、ワイシャツやフード、コート、ジャケット……などを並べて「好きなものを選べ」と言っても、選択が難しいのと同じだ。そんな現代風の嗜好が備わってないのだから。着心地すら知らない服もあるだろうし、フードの意義も知らぬだろう。


「アルトリヱス様のお役に立てるよう、私も考えますので」

『……そうか。ありがとう。優柔不断で済まぬ』

 勇者とは思えないセリフが不意に可笑しかったが、テルルは薄くほほ笑むのにとどめた。

「アルトリヱス様は、普段どんな服を着ていたんですか?」

と聞いたとき、テルルはふと、あることを考えた。


 アルトリヱスの雄姿は伝承や歴史によって、つまり、主に口伝によって知られている。反面、アルトリヱスの姿について、ぱっと思い浮かぶイメージは英雄の如き姿だけだ。さきほどヨウドが言っていたように、剣を持った鎧姿の戦時の絵や彫刻しかなく、アルトリヱスの平時の姿はまったく不明なのである。

 以前、リンがゲームで『勇者』というキャラクターを手に入れようとしていたことを思いだす――ああいうデザインは、どこから着想を得たのだろうか。開発者のイメージだろうか、とテルルは目の前のアンドロイドを眺めてふと思ったのだ。


『拙者の着ていた服か……』

「……アルトリヱス様。あの、つかぬ事をお聞きしますが……平時の貴方の絵や、彫像のようなものは作られたことはありませんか?」

 何気に学術的に非常に意義がある質問だったが、テルルにそういう意識はなかった。純然たる興味に従った――そのうえ、なにか不穏なものを感じて、明かさずにはいられなかった。

『拙者の平時の……? なぜそのような彫像があると?』

 むしろそういう質問で返されるとは思わず、テルルは何と答えたものか、しばらく考える。

「……あなたは、過去の魔物との大戦における英雄なので、そういうものがあるかと……」

『ふむ』

と唸り、アルトリヱスは腕を組む。

『そういう話なら、きっと、ないだろう』

 アルトリヱスはあっさりと、そう告げた。あっさりとした言い草のわりに、テルルは息がぐっと詰まるような思いがした。

『拙者が戦った時代――人々は聖剣を見ていた。勇者像というのは、必ず聖剣がつきものであった。聖剣が勇者の象徴であり、勇者像とは聖剣を持つ英雄のことであり……それは決して、アルトリヱス像ではないのよな』

「……あ」

 つい、テルルは一瞬だけ目を伏せた。

 勇者像……当時、彫像として形を残すべきだった英雄は「聖剣の勇者」であり、「ただのアルトリヱス」の姿ではなく――よって、その呼び名だけが残ったのだ。

 視線の先のタブレットにはカタログが映し出され、彼女の顔もうっすら反射する。なんという表情をしているんだ、とテルルは軽く首を振って、顔を上げた。


「……アルトリヱス様。私、気に入ってもらえる外装を頑張って考えますので」

『む? そうか。よろしく頼む。ヨウド殿の言う通り、機能性のためにもテルル殿の助力が必須故な』

 戦う上での機能性のため、というより、もっと純粋にアルトリヱスのために選ぶ――とテルルは決めたのである。

 しかし、このような思いは言葉でも伝えにくいものだった。

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