第6話 折れた聖剣を探せ

特別指定魔物ネームドターゲットとやら、強者揃いらしい。対峙する前に、十分な準備が必要そうだ』

と勇者が言うと、リンは肩を竦めた。

「当たり前でしょうが。特にあなたみたいに反作用でボディ壊しちゃう無茶な戦い方する輩は一瞬でジャンクになっちゃうよ……そ、れ、に」

 リンはアルトリヱスに詰め寄り、一音一字区切るように言う。



「仮に戦うとしても、雷王はよ。研究所のレポート見る限り、機体は強い磁気異常を受ける。少なくとも今のあなたじゃ無理」



『そ、そうか。うむ、難儀よな』

 アルトリヱスは気圧されたように頷く。

「でも、FORCEがサポートして、いずれ万全の状態で戦えるようにしますから! お任せください!」

 テルルは威勢よく宣言した。

『何卒頼む』

とアルトリヱスは頷いた。

『そうだ、あと一つ……アルゴ殿から言われたのだが、テルル殿に聞くことがあるのだ』

「ち、長官から? なんだろう…」

 テルルは、長官から改まって指名されていたことに少し面くらいつつ、姿勢を正した。


『なんでも、拙者なる者がいるらしいのだが、どういう意味だろうか? テルル殿が詳しいから、聞いてみろと』


「へぇっ?!」

 テルルは酸に触れたリトマス紙のようにたちまち顔色を変えた。

「くふっ」

 かたや、リンは可笑そうに噴き出す。

「く、あっはっはっは…! はあっ、く、く…」

 そして彼女は笑いを押し殺すようにして、身を震わせていた。

 アルトリヱスは首を傾げた。

『な、なにかおかしな事を聞いただろうか? アルゴ殿から、確かにこのような話を聞いたのだが…オシとは何なのだ? すまぬ、悪いことを聞いたか?』

「いや、別に悪いとかでは…! あ、えと、ええー…あっ、そうだ! アルトリヱス様、あの、先に私からも一つ、聞いていいですか?!」

 うわずった声で、あからさまに話を変えたテルルの様子に、ますますリンはツボにハマって、体を震わせて笑う。

『もちろん、構わぬとも』

とアルトリヱスは頷く。


「聖剣が折れているって言うのは、本当ですか?」


「ええええ?!」

とリンは驚いたような声を上げて、ようやくツボから復帰した。

「えっ、折れてんの……? 聖剣が? フレームじゃなくって? 聖剣が?」

 テルルとアルトリヱスの顔を交互に見て、彼女はうろたえた。

『確かだ』

 アルトリヱスはまた頷く。

『刃の長さが異なる。聖剣の全長は、このカラクリの背丈ほど長いはずだ。今の刀身では、その半身ほどだ』

「そ、そんなに長いんですか……?!」

 テルルはとっさに勇者の機体を見る。成人男性程度の身長であるが、つまり聖剣は本来180センチほどの長さらしい。

「ち、ちょっと待ってよ勇者様? じゃあ、聖剣の残りって今どこに…?」

 横からリンが恐々と尋ねる。

『分からぬ。聖剣が折れた覚えがないのよな。残りの刃がどこにあるか、定かでは無いが…』

 アルトリヱスは腕を組む。左の掌がないせいで、少し組みにくそうだ。

『聖剣の力をさらに全盛期並みに引き出すには、刃の残り半分が必要やもしれぬ。できれば、何とかして探し出したい』

「そ、それは確かに大切かも知れないけど……あたし、そんなやばい話は聞いた事ないよ。歴史の授業サボってたから?」

 リンは窺うようにテルルの方へ視線を送る。(あんた聞いたことある?)とその顔に書いてあったので、テルルは首を少し振ってから答えた。

「でもアルトリヱス様……ということは、聖剣の力は半分しかないのですか? それでも特別指定魔物ネームドターゲット第三種の魔物を倒せたのに」

「そ、そうだよ。折れてても聖剣は聖剣なんだよね? 残りの刃が必要あるの? 確かに貴方ボロボロだったけど、それでも強いし、勝てたじゃん」

 テルルとリンは口々にそう言った。

『拙者も、あの魔物を倒せるのであれば不要だと思った。しかし話を聞く限り、より強い魔物との戦いには耐えきれぬかもしれぬ』

 アルトリヱスは戦いを思い出しながら言う。

『あの聖剣は、魔を討ち祓うことはできる。しかし加護を失っておる。もし、四天王が皆、件の雷王並みの力を持つなら……聖剣の残りが、いずれ必要になるやもしれぬ』

「……わかりました。それなら、ノイマンさんがきっと詳しいです。この事を伝えてみます」

「はあ〜……それなら確かにいるかもしんないけど…でも、聖剣の破片なんて話聞いたことないし、探す手がかりなんてあんのかね?」

 リンは頬をかいた。


「リン、ちょっと私、ノイマンさんのところに行って話をしてくる。しばらくしたら戻るから、作業よろしくね」


「はいよ」

というリンの短い答えを受けると、テルルは部屋を出て行った。

「はあーあ…じゃあ、あたしは続きを再開しようかなあ」

 リンは手袋の手の甲の側で頬を拭う。

「じっとしててな、勇者様」

『うむ』


 それから数十分、リンは黙々と作業していた。金属音ばかりが部屋に響く。

 彼女の集中を乱すまいと、アルトリヱスは散髪中に顎を引いて背筋を正す客のように、静かにしていた。


「……よしおっけ! んじゃ、右腕を嵌め直そう」

というと、リンは機体から外していた右腕を両手で抱えて、勇者の前に差し出す。当のアルトリヱスは複雑そうな表情を、眼光の変化だけで表現してみせた。

『うむ。拙者の腕もカラクリということは理解しておるのだが、こうして腕を差し出されるのはな、奇妙なものよな』

「そう? 嵌めてあげようか?」

『済まぬが、よろしくたのむ』

 アルトリヱスは二の腕から先が無い右肩をリンに突き出す。その空乏に右腕を近づけると、不思議と引き寄せられるようにぴたりと収まり、右肩の筋が青く光った。パーツが認識されたのだ。


「うん、問題ないね。他の部分はとりあえず予備パーツで建て替えておくけど、また改良が終わったら交換するよ」

 言いつつ、リンはゴーグルを外す。

『あい分かった』


 ふう、とリンは息をついて、赤いスマホを取り出す。そのまま部屋の隅に置かれた丸椅子に掛けて、壁にもたれかかって画面を眺め出した。

 テルルも同じような「板」を持っていたことをアルトリヱスは思い出す。


『リン殿。その道具は皆が持っておるのか?』


「ん? 道具?」

 リンは一瞬、アルトリヱスがスパナの事を指しているのか、ドライバの事を指しているのか、あるいは、ゴーグルのことを言っているのか、分からなかった。

 そして、アルトリヱスの視線を読んで、どうやら道具=スマホらしい、と納得する。

「あー、これ? そっか、あなたは知らないか。これはスマホ」

『すまほ……』

と、ぎこちなく繰り返す。

『テルル殿もベリル殿も持っておったな。リン殿も。それはどういう道具なのだ?』

「……なに、って言われると、説明しにくいな」

 リンはスマホの画面を眺める。

「これで通話したり、仕事したり、遊んだり、調べ物したり……色々?」

『ほお?』

 まるで魔法のように用途の広い道具の存在に、アルトリヱスは関心を寄せた。

「貴方も貰ったら? 言えばくれると思う。使い道ないかもしんないけど」

『リン殿はそれで何をしているのだ?』

「なんか、子供みたいね、貴方。暇潰してるだけ。テルルが戻るまで」

 リンは少し微笑んだ。

『ふむ…?』

 しばらく彼女を眺めていたが、アルトリヱスの目から見て暇を潰しているように見えなかった。傍から見ると、掌サイズの板を指で叩いているだけである。

「そういや貴方さ、長官から何を聞いたの?」

『色々と聞かされたが…』

「ほら、“推し”の話なんてするから、おかしくって……ふ」

 彼女は思い出し笑いをこぼす。かたや、アルトリヱスは目を丸くした。

『リン殿もオシに詳しいのか?』

「詳しいとかじゃないけど……ま、が、この世界には沢山いるってこと。だから、悪い意味じゃないよ。良いこと」

 リンはスマホを構え直す。

「人気のアプリゲームなんかでもさ、勇者モチーフのアイテムっていったら、大体SSRだし。貴方のファンは多いんだよ」

『えすえす……ふむ? なんだか、よく分からんが……』

 実際、アルトリヱスはさっきのリンの発言をほぼ理解できなかった。

『応援か……悪い意味で無ければ良かった。テルル殿の気を悪くしたかと思ってな』

「ふっ、まあそれはないから安心してよ」

 リンはまた可笑そうに微笑んだ。

 テルルが勇者に気を遣われている、という構図がかなりツボだった。

 


 そうして間もなく、テルルが戻ってきた。さらにその横にノイマンが立っていた。聖剣の件を伝えにいった帰りに、彼もついてきたようだ。


「あれ、ノイマンさんじゃん」

と、リンが振り返る。いつの間にか、スマホはどこかに仕舞われていた。

「勇者様、話は聞いたぞ……聖剣が折れてるって話は本当か?」

 彼は挨拶もなく、普段よりも物静かに慎重な物言いで尋ねた。いつもと違う彼の様子に、リンは眉をしかめた。

 アルトリヱスは頷く。

『確かだ。できれば、その刃の破片を見つけ出したい』


「そうか……そうか! 勇者様よ、こう言っちゃあ貴方に悪いですが、儂はわくわくしてきたぞ!」


「えっ?」「は?」

と、テルルとリンは同時に短い声を上げた。

 アルトリヱスの眼光も、普段より少し丸みを帯びている。彼の発言に驚かされたらしい――


「聖剣が折れてるなんて言う話、儂は聞いたことがない!いや、儂に限らず学会の連中は誰も考えもしなかった話だろう! 儂も元学者の端くれ、新説には自分の行動で答えてみてえものよ!」

 新説の答えとはすなわち、聖剣が折れていることの証明、あるいは、聖剣の破片の発見である。

「その勇者様の願い、このベリル・ノイマンが承った!折れた聖剣の刃は、儂らのチームで見つけ出そう!良いか!?」


『……ふっ、そうか』

と、アルトリヱスは笑みをこぼした。

『こちらこそ頼む、ベリル殿! どうか、聖剣のかけらを見つけ出すのを手伝ってくれ』

「おう!! こうしちゃいられんな!! 儂はラボに戻る! 資料を一から漁って、何が何でも見つけ出してみせるぞ、はっはっはっはっは!!」

 彼は笑い声を残して去っていき、扉が閉まると図書館の中のように気の引ける静寂が訪れた。

 ふん、とリンは鼻を鳴らす。

「毎度毎度、ノイマンさんはうるっさいんだわ。声が」

「でも、今日はやる気がすごかったね」とテルル。

「いや、それも毎度よ」

「動くのも早いし」

「それも毎度」

「あの調子だったら、本当にすぐ見つかるかもね!」

『ははっ……あのように熱意に溢れたものは嫌いではない。それに、行動の早い者も――彼の助力をぜひ借りよう』

 アルトリヱスは細かく頷き、そんな感想を述べた。誰もその意見自体に異論はないようだ。


「あ、そうです。アルトリヱス様、実はもう一人、会っていただきたい人がいまして……機能材料室のヨウド・ガロアさんです」


 名前を聞き、リンが顔をしかめる。

「ふん。ガロアさんの助けなんて別になくても良いんじゃない? 別に追加の装備がなくたって、ボディフレームを改良すれば大体の耐久性の問題はなんとかなるしー……」

「リンはこう言ってますけど、アルトリヱス様のお役に立つと思います。どうでしょうか? また後日、ご紹介いたします」

と、テルルが再度勧めた。

『うむ。テルル殿がそう言うのなら、会っておこう――しかし、リン殿はなぜそんなにむくれておるのだ?』


「は、はは……」

と、テルルは笑ってごまかした。

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