第5話 "ネームドターゲット"
「本当なのテルル? あの
「うん」
テルルはリンの質問に素直に頷く。
この会話は、彼女らがアルゴ・ユークリッドによって部屋から退室させられたあと、そばの廊下でひそひそ行われていた。
ほお、とリンは珍妙な生物を見つけた動物学者のように、静かな興奮を示す。
「なになに、どういうことなの、それ? テルルが作ったんじゃないの? あんたが研究して、割と良い線まで行ったんじゃ?」
「惜しい所までね。聖剣がロボットに触れたとき消費される電力を減らせるようになった……あ、リンさ、“聖剣の拒絶”って知ってる?聖剣ってね、選ばれた人以外のものが触れるとエネルギーを吸い取っちゃうんだけど機械もそうなの!機械が触れると電力が消費されるんだけど最近かなり消費電力が減ってきてて内蔵してるAIの判断指向と相関してるってことが――」
「ああ、はいはい、もう、分かったんだわ。確か前も聞いたよ」
と、リンはあきれ気味に早口のテルルをなだめる。「じゃあ誰がどうやって、あの勇者様をインストールしたの?」
リンの追加の質問に、先ほどの饒舌が嘘のようにテルルは言いよどんだ。
「えと……聖剣がね、機体に突き刺さって、なんやかんやで、それで、何もしてないのに動いた。まるで、本物の勇者様と同じ
「……何もしてないのに壊れた、の間違いじゃない? 誤作動なんだわ」
「うん……だよねえ」
と、テルルは眉を下げた。
彼女自身、なぜ勇者が起動したのか不思議でならない。原理的に可能でない。
聖剣が、何かしたのだ。
「あの人、まるで本当の勇者様みたいな反応をするっていうか、聖剣が何か作用して、本当にアルトリヱス様が機体に入ったのかも、って思って……」
言っていて、なんだかテルルは気恥ずかしくなっていく。子供のような言い分ではないか、これは。
だが聖剣を人型ロボットに刺したら勝手に動いたことに、嘘偽り無い。
「ふーん。まあ確かにAIとは思えない古風でおじいちゃんみたいな感じだったけど。不思議なことがあるもんだね…」
リンは肩をすくめた。
「くふっ。まあテルルも勇者様と会えて良かったね、勇者推しなんだし」
「推し……いや、別に、私は、そんなものではありませんけども」
と、しどろもどろ妙な敬語でテルルは言い返す。
ふーん、とその反論に興味なさげに、リンは鼻をならす。
「そういや、長官も勇者ファンなんだわ。知ってた? 小さいころから時代劇とか良く見てたんだって」
「へえ、小さいころからって渋いね。私、中学生くらいからは見てたけどなあ」
「へえ、見てたんだ……」
と、リンはつい失笑する。
リンは時代劇を一度も見たことがなかった。
部屋の扉が開く音がした。二人が音のほうを見ると、長官が出てくるところであった。
「お待たせしました、お二方。シュタイン、仕事に戻って良いですよ。シャルルも手伝ってあげてください。アルトリヱス殿も聞きたいことがあるでしょうからね、その対応を他の一切の仕事より優先してください。疑問を可能なかぎり解消してあげてください。では」
一口にそう言い切ると、彼は足早に立ち去っていった。
リンはそれを見届けると、肩をすくめる。
「やっぱ長官かなり忙しいんだね。聖剣が使えるようになったのに、たった数分でもう帰るなんて」
「ま、まあ、また話す機会があると思うしさ。アルトリヱス様が動いて、聖剣が運用できたから、長官もさらに忙しくなったんだよ」
「それもそっか。じゃ、あたしは行くよ」
リンはそう言い、部屋の扉を開ける。
「長官も言ってたけど、あんたも手伝ってよ。あり得んくらいボロッボロなんだから、勇者」
「うん」
二人は揃って部屋に入る。中ではアルトリヱスが扉の入り口を見つめていたようで、二人とも同時に目が合った。
リンは顔を顰めて、ため息を吐く。
「はあー……?? 何遍見ても気が滅入るぶっ壊れっぷりな。これ直すんかあ」
『すまぬな、リン殿』
と軽く告げる。
「軽く言いやがって、この勇者様野郎…」
リンは目を細める。
睨みつけるような態度に、テルルはハラハラとしていた。
『誠に面目ない。次は気をつける故』
「私も手伝うから、ね。また魔物が来る前に、復旧の目処を立てないと」
テルルも間に入って手を合わせる。ちなみに、彼女は『ブースター』を焚いて背面に焦げを付けた張本人である。
「あー、分かったよ」
二人に説得されて、リンはしぶしぶと頷く。そもそも長官命令を却下するなどありえない。それから、アルトリヱスの亀裂だらけのボディを検分し始めた。
「足と腕のフレームは総とっかえしても良いくらいだわ。けど脊椎、ヘッドは頑丈なもんね。表面が焦げてるだけね」
「うん。いっちばん屈強な設計にしてあるからね!」
とテルルが頷く。
「予備パーツがある所だけでも替えれば、すぐ前みたいに動けるでしょ。微調整はそれからね」
リンは腕を組む。ゴーグルに腕が当たり、かちゃんと音を立てた。
「足首だけでも先に修理したいなあ。吹っ飛んでったっていうパーツ、回収されたんかなー…」
「進められるとこだけやっとこうよ」
テルルは作業に入る。リンも息をつくと、それを追うようにゴーグルを掛けて、作業を開始した。アルトリヱスは黙っていたが、間がもたなくなってきた。
『――聞きたいことがあるのだが、良いだろうか』
「えっ? あ、はい」
と先にテルルが頷く。
彼女が応えたからか、リンの方は黙々と整備を続けていた。
『この体について、詳しく聞かせてくれないか? 先刻は火急ゆえ聞かなかったが、どうも通常の身体と勝手が違うようでな』
「はい、えーと……――」
「そりゃあ先端技術を結集した対魔物決戦兵器兼聖剣運用調整人型機械兵・通称“
と、答えたのはリンである。
いつもの気の抜けた口調と比べて格段に饒舌であった。
「……ね」
テルルは苦笑混じりに頷く。
その息遣いを耳にして、リンは我に帰ったようにはっとする。
「あ……んん、えと、まあウチらで作ったってことよ」
と、リンはいたたまれない様子で、声量が減衰していった。
『あい分かった。ありがとうリン殿。お主らが作ったカラクリに拙者の意識が入っているということだな』
「ええ、その通りです」
とテルル。
『しかし、いかように拙者の意識を? 魔法はないと聞いたが、ほかにどんな手段で…』
「……え、と………」
つい、テルルは言いよどむ。
リンが彼女を見ると、彼女は「あ……」みたいな口の開け方でフリーズしていた。その様子が可笑しくてリンは笑いを堪える。
「あの、せ、先進技術と、聖剣のおかげ……?」
『ほお。そうか。聖剣にそのような力があるとは、拙者も知らんかった』
と、アルトリヱスは感心したように頷く。
『話は概ね理解した。聖剣の力も借りて、この人造のカラクリに意識を宿した……魔法なしに、これほどのことを成すとは驚いた』
その言葉に、テルルは深く、静かに息を吐く。安堵が漏洩するようだった。
『先ほどアルゴ殿から聞いたが、拙者は名の馳せた魔物を討てば良いのだろう。任せておけ。この身が続く限り、その使命全うしよう』
「あ、ありがとうございます、アルトリヱス様……!」
と、テルルは反射的に頭を下げた。
「甲斐性があるねえ…あなたのボディを存続させるのは、実質あたしらなんだけどさ…」
リンは肩をすくめた。
『すまぬな、リン殿。よろしく頼み申し上げる』
アルトリヱスはそう言って頭を下げる。
『続けて聞いて申し訳ないのだが、良いか?』
「え?はい!どうぞ」
『名の馳せた魔物……ネームドターゲットとやら、どんなものか聞かせてくれぬか? 数も一体や二体ではないのだろう』
「
テルルは手を止めて、アルトリヱスに向き直った。
「FORCEが確認している限り、という話ですが……例えば、最大級の脅威に定められている特別指定魔物"第一種"は、計4体です」
『4体…』
「通称、四天王ね」
と、リンはそんな補足をした。
FORCEが観測した魔物の中でも別格の危険度を誇り、他の魔物と区別される魔物である。さらに危険度に応じてランクがあり、その頂点は第一種として登録される。第一種の登録数は長きに渡り4体から変わらず、その数から、特別指定魔物第一種は通称“四天王”とも呼ばれる。
すなわち、
雷王 グロウム
白王 ヴァイス
骸王
星王 ラア
4体はそれぞれ己が領分を持ち、等しく人類最悪の脅威として、最大級の警戒を払われている。
しかも他の特別指定魔物の一部は、四天王の魔力の影響で生まれたと予想されている。つまり、四天王は現環境の魔物の根源である可能性さえあった。
故に、四天王の対処は可能であればFORCEの最優先事項であった。もっとも、それが可能であった時代は一遍も無かった……勇者が復活するまでは。
「四天王の脅威は別格です。FORCEが過去に交戦をした経験がある
とテルル。
『全滅……』
「ほんの一瞬でね」
リンは付け足す。「雷王との戦闘は、ほんの一瞬で終わった……あの時何が起きたのか分からないほどにね」
といって、ふん、と鼻を鳴らした。
リンの発言に、テルルがさらに付け足した。
「それから雷王は、ずっと“太平洋”上空にいます。おかげで、広域にわたり海は荒れ、雷が轟くようになりました……FORCEは先の大敗をきっかけに、当時明らかになっていた魔物に対して特別指定魔物による分類を始め、対応の仕方を整理し、雷王を最初の第一種としました。それから、人類に甚大な被害を与えたか、与える可能性が高い魔物がさらに指定されていき――今の4体となりました」
『なるほど。故に、四天王か』
「第一種への対応では、通常兵器による戦闘は一切禁止され、極力関わらずに済むよう離れ、徹底した観察を続けることが定められています」
『戦闘が禁止? なにゆえだ?』
テルルの代わりに、リンが肩をすくめて、軽い口調で答えた。
「あいつらの
『……』
アルトリヱスは天井を仰ぎ見て、小さく呟いた。
『全く、いつの世も、魔物というものは人の手に負えぬものよな…』
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