第4話 メンテナンス
起きろ
起きろ勇者!おい!!
『む?』
「あっ起きた」
アルトリヱスを覗き込んでいたその人物は、琥珀色の目をパチクリさせて顔を離した。その首にかけたゴーグルが音を立てる。髪留めで長い髪をまとめ、白衣の腕をまくり、黒いオイル塗れの手袋をしている。
『……何奴だ?』
アルトリヱスに黄色の眼光が宿る。
「あたし? あたしはリン。リン・シュタイン。
『ふむ。そうであったか。失礼仕った』
砕けた相手のあいさつに、アルトリヱスの気も抜けた。眼光も黄色から緑色へと緩やかに、時間を遡行する紅葉のような変化を遂げた。
「気にしなくて良いよ。それよりあなた、あの伝説の
『いかにも』
「へえ……マジ?」
息を呑むと、リンはまじまじとアルトリヱスの機体を眺めた。
「……なんか、まあ、当たり前なんだけど、アンドロイドの中に入ってるから、よくわかんないわ」
『アンドロイド? いや、拙者はアルトリヱスだ』
勇者が的外れな訂正をしたので、リンはぽかんとしてから、
「え? いや、私べつに言い間違えてないよ!」
と、くすくすと笑った。
「アンドロイドっていうのは、あなたのその体。人型ロボットのこと。まあアンドロイドっていうには、ちょっと味気ないかもしんないけどねー。頭なんてヘルメットみたいだし」
『む、このカラクリの体の呼び名ということか』
アルトリヱスは体を起こしつつ、その時になって、右腕が無いことに気がついた。
『ぬお!? せ、拙者の腕が…?!』
「ん? あっ、ごめんいま外してるんだわ! メンテしてるから…」
リンが指差す方には、確かにアルトリヱスの腕のパーツが丸ごと置かれていた。
『なんとも奇妙な…』と、アルトリヱスは眼光を細めた。
「あなた節々の損傷が酷くてさ、ログ見ると最初の跳躍ですでに半壊してたんだもん。この状態でよく魔物倒せたな…」
『ふむ。それはテルル殿のおかげよな』
「あー、まあそのせいとも言えるけど……あの子が最後にブースター使ったもんだから。ある種の天才なんだけど、頭のネジが飛んでるわ」
『陰口は感心せぬな』
アルトリヱスはリンを睨んだ。
かたやリンは、きょとん、と目を丸くする。
「あはっ、そうね。うん、後で面と向かって伝えとくわ。それより、あなたを直したいんだけど、パーツがなあ」
『治す? 拙者を?』
「そう。あちこちぼろぼろだよ。ボディの機械強度はあたしんチームで設計してたんだけど、この様子だと、今の素材じゃあ耐久不足そうね」
ふー、とリンは息をつく。
「いくつか質問しても良い?」
『問題ない』
「あなた魔物と戦ったんのよね。攻撃どんくらい受けた?」
『攻撃? あやつの攻撃は受けてな……いや、最後の魔法は少し当たったか』
勇者は外された右腕を見る。表面が少し黒焦げていた。
「へえー…ってことは、この破損は全部あなたの動きの反作用のせい…?」
リンは信じられないようなものを見る目でアルトリヱスを観察した。
「生身だったらどうするの? 体ぼろぼろにしながら戦うってこと?」
口調は冗談めかしく、表情は半分本気のように眉を顰めている。
『ははっ、否……。普段は聖剣の加護があった故、あまり気にはしておらんかった』
勇者は苦笑をこぼしてそう告げたのち、はたと気づく。
右腕だけでなく、聖剣もないのだ。
『リン殿、すまぬが聖剣はどこにあるか知らぬか?』
「安心しなって。ノイマンさんが持ってるから」
リンは鼻を鳴らす。
「あなたが臥蛇蓮華を討伐したあと、FORCEの事後処理が入った。あなたのボディを回収したのがウチのチーム。聖剣もノイマンさんのチームが回収していったよ。今頃、運搬ケースの中じゃない?」
『ふむ。お主に回収されたような記憶はないのだが……あの魔物を倒したあと、拙者はどうなってたのだ?』
「あはっ、簡単だよ。バッテリー切れてたんだわ」
とリンは笑う。
『バッテリー?』
「エネルギー、体力、スタミナ、気力、HP……そんなものよ」
『えいちぴー…はよく知らぬが、ふむ。体力には自信があったのだがな……?』
「そのボディは活動時間に制限がある。エネルギーが切れたら、あなたは意識を失って動けなくなるから気い付けて。ブースターとか瞬間的な電力消費ヤバいから」
『それは、なかなか難儀よな』
と、アルトリヱスは呟いた。
『この召喚魔術だが、テルル殿の考案か?』
「魔術じゃあないけど、テルル殿の考案だよ。ね? 頭のネジ飛んでるでしょ? 聖剣を使うために、機械兵に勇者様をインストールするなんてさ……その構想をサポートするFORCEも大概よね」
『ははっ、まあ酔狂よな』
と勇者は笑い、天井を仰いだ。
『しかし、いつの世もそのような者が時代を動かすものよな』
……ういん、と機械音。部屋の扉が開いたのだ。
振り向くと入口にはテルルがいる。そして、その横にアルトリヱスの知らない人物が立っていた。
白髪を後頭部で総髪にして結い、その表情は若々しい活力に満ちながら貫禄も湛え、年齢不詳な男性だ。
『何奴だ』
「あっ、こ、こら。その人は…」
リンは小声でアルトリヱスにささやく。
「シュタイン。気にかけなくても結構です。ええ、貴方がアルトリヱス様ですね」
白髪の彼は柔らかく微笑む。
「私はアルゴ・ユークリッド。FORCE長官です」
『長官というと…』
「FORCEという組織のトップですね。どうぞよろしくお願いします」
『なんと、そうであったか』
アルトリヱスの眼光が見開かれた。
それと同じように、アルゴも驚いたような表情を浮かべている。
「ほう……? これは本当に、人のようですね……」
そう呟くと、脇にいるテルルと、向かいにいるリンにそれぞれ順に目を向けた。
「シャルル。シュタイン。君たちは一度外してください。私はこの方とお話がありますので」
と言って、彼は手を振る。
「は、はい」
「はい」
二人は直ちに応じると、扉の向こうへと消えた。後に部屋に残ったのはアルトリヱスとアルゴだけである。アルゴは柔和な笑みを浮かべると、アルトリヱスの前で丸椅子に掛けた。そんな素朴な椅子が何故だか似合う、不思議な雰囲気の男である。
「さて、アルトリヱス様。この度は
『構わぬ。魔物を滅するのが使命ゆえ』
とアルトリヱスは応じた。
「貴方は当然のように仰いますが……魔物を滅するのはFORCEの一般兵力では叶わぬことです。臥蛇蓮華は二年前の発見当時、軍艦を2隻沈めたのです」
『船を2つか? それは災難であったな』
「なおも目撃情報が相次ぎ、ようやく一年前に魚雷による迎撃が可能と分かりました。好戦的で危険な魔物、すなわち
アルゴは勇者の前の椅子に座り、にっこりと微笑んだ。
「貴方はたった一度の戦闘で、ネームドターゲットの臥蛇蓮華を討ちました。驚くべきことです。讃えられるべき戦果です。もしかすると
『そうか。とはいえ、テルル殿の助けあってこそだ』
「ええ。シャルルは、魔物を討つために聖剣の運用を提案した張本人です。チーム設立からごくわずかな時間で……ふふ、過程はどうあれ、結果を出しました。此度の戦いの英雄の一人です」
と、アルゴはほほ笑む。
“過程はどうあれ”というのは、主に勇者がアンドロイドに宿った経緯の不可解さを指していた。
「もちろん貴方の実力も、疑うべくもありません。聖剣を使いこなしている……貴方が機械仕掛けの体であっても、聖剣を使いこなせる原理が不明でも、貴方の勇者としての資質は紛うことなく示されたのです」
アルゴは声を潜め、目を瞑る。
「貴方はまさに現代に蘇った勇者……人類の希望、とも言えます」
『そ、そうか……』
と、アルトリヱスは少し戸惑ったように頷く。
「どうかなされましたか…?」
『いや、気にされるな。ちと、リン殿と態度が随分差があったものでな……』
「はは、これは…シュタインがご無礼を働いたかもしれませんね……。申し訳ありません。彼女はあなたを機械だと認識しているかもしれません」
『いや、構わぬ。むしろ、堅苦しいのばかりでも疲れるものよ』
「そうおっしゃっていただけると助かります。私は貴方を一人の人間として扱うつもりですが、すぐには皆の理解まで得られないかもしれません。ご容赦ください」
そして、アルゴは咳払いを挟む。
「さて。では重大な話と、ささやかな話があります。どちらが聞きたいですか?」
彼は急にこんなことを言い出した。
『な、なに?』
アルトリヱスは一瞬困惑したが、一方を選択した。
『……では、重大な話を頼む』
「お願いがあります。どうか世界の魔物を討ち、また英雄になってください」
と彼は前置きも最小限にそう告げた。
『あい分かった』
とアルトリヱスも即答する。
これに面食らったのは、当の発言者のアルゴの方だった。
「良いのですか? そんな、あっさりと…」
『拙者にとって、魔物を討つのと、災害や疾病に抗うのは同じこと。拙者が勇者でなくとも、聖剣の使い手でなくとも、同じことだ』
「なるほど……そうですか。ふふ、そう言ってもらえれば私も少し気が晴れます。私はシャルルの助力をしてきたつもりですし、貴方を呼び覚ました当事者の一人ですのでね」
アルゴは一度目を瞑る。
「しかし、現代魔物は手強いですよ。ネームドターゲットは臥蛇蓮華一体だけではない。戦いがいつ終わるかも、終わりがあるのか自体、分かりません」
『生き死にを賭けた戦いなら、敵の強さを恐れている場合ではない。相手が手強いなら知恵を絞り、刃を磨き、上回るのみ』
「心強いお言葉ですね」
彼はそういうと椅子から立ち上がり、入り口の方を窺った。
「ネームドターゲットの詳細はまたお聞かせします。私もぼちぼち出なければならないので……残りのささやかな話でもしましょうか?」
『左様か。して、話題はどんなものだ?』
アルトリヱスは先を促す。
「貴方は現代でも大人気ですよ。御伽噺の主人公、歴史上の偉人、あるいは、伝説の英雄として」
アルゴは茶目っ気のある笑みを浮かべて、肩をすくめた。
「こういう言葉は、ご存じないかも知れませんが――貴方が推しという方は一定数いるでしょうね。私も含め」
『オシ? ……ふむ、どう言う意味だ?』
アルゴはにっこりと笑った。歯をのぞかせて。
「さあ……シャルルもかなり詳しいので、彼女にぜひ聞いてみてください。それでは」
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