第暇話 挑戦と書いてガチャと読む

※流れ上読まなくてもOK


 ―――これは、BM-12Ⅻが勇者として起動する少し前の出来事である。


 昼休みがあと数分で終わろうというもどかしい時間帯に、テルル・シャルルは食堂の隅の小さな円卓で友人と同席し、すでに食事を終えて駄弁っていた。

 テルルはお茶を飲み、彼女の友人がスマホでゲームをしている様子を眺めて、たまに他愛のない会話を挟んで過ごしている。

「ああ~……出ねえーい、勇者ぁ」

などと、彼女は気の抜ける発音で、ぽつりと呟いた。

「また課金したの? ほどほどにね……」

 テルルは眉を下げて、友人らしく忠告した。

「課金? これはただの通行料必要経費なんだわ」

 一方で友人はこの言い草である。

「はいはい……」

 テルルは彼女の言い分に対して、あきれ気味に苦笑いを返した。


 テルルの友人はいろいろとスマホでゲームをやるタイプだが、今やっているゲームは、歴史に名を刻む英雄がモチーフのキャラクターが登場するという趣旨のゲームである。ただし、キャラクターを使うために挑戦ガチャが必要だ、というのは友人談だ。

 武将、将軍、軍師、王――そして勇者。過去の英雄もいろいろであり、英雄の解釈もいろいろいろである。この手のゲームはかつてありふれていたが、勇者は当時のほとんどのタイトルにおいて、何かしらのレアリティで登場していたようだ。ちなみに彼女が遊んでいるのは以前から覇権と言われていた有名タイトルで、テルルも名前くらいは知っているゲームである。


「テルル、このゲームやってなかったっけ?」

と、友人はスマホの画面を人差し指と中指で交互にタップして、ゲームの演出画面をスキップする。

「やってないよ。ていうか、ゲーム自体ほとんどやんないし……」

「勇者オタクなのに?」

「お、オタク? いやいや、私なんて別にそれほどでもないよ」


 厳密には歴史オタクといえば良いか、神話オタクといえば良いか、考古好きといえば良いか――何はともあれ、テルルが勇者のことに詳しいのは事実である。彼女の職業はシステム系の技術者に近いのだが、どうも偏ったルーツがあって、一般人より勇者に詳しい考古学者的側面を持っていた。

 よって、テルルは否定したが、オタクといえばオタクである。あるいは専門家ともいえる。傍から見れば、それらの区別はつかないし、つける必要もない。


「世の作品に出てくる勇者様はみんな強いんだよねー、これが……」

「もちろん。魔物をせん滅した英雄だもの」

 テルルは得意げに話す。

 "英雄"と謳われていても人殺しの多い歴史の中で、勇者は唯一、人を殺さずに英雄になったと言ってよいかもしれない。

 そういった意味で誰にとっても特別なのだ。

「なんとか一枚引けないか……この残りの、このわずかな、残りの課金石挑戦権で」

 彼女は息まき、画面をタップする。テルルもそれを眺めている。すると、画面に虹色の光が――

「あ、確定演出……!?」

と、友人は小声で叫ぶという器用なアクションを起こした。世にいう確定演出である。SSRである。

 テルルは漫然と、画面を眺めていた。

 そして現れたのは―――

 女性キャラだった。テルルはゲームのことはよく知らないが、これは勇者じゃない、とすぐに判断したのは、性別がどうこうより、それが“弓を持ったキャラ”だったからだろう。この手のゲームにおいて、モチーフによらず性別や性格は割と何でもあり得るが――勇者が剣を持っていなかった試しは、ないのだった。剣を持たぬ勇者は、誰にとっても解釈違いらしい。

「アッ……ダブッタ……」

と、彼女は致命傷を負ったような声を漏らしてから短く呟き、アプリを落とした。そして、スマホを机に置く。

「ここの電波はだめだわ。ピックアップキャラが入ってない」

 神妙な面持ちで告げられた見解にテルルは吹き出した。

「いや多分、そんなことはないと思うけど」

 もしかすると、ないとは言い切れないかもしれないが、十中八九・九分九厘、気のせいだ。電波に罪はないはずだ。

「ま、電波があるだけましか」

 友人は食堂の窓から、外を見遣る。

「……それに、ゲームのサービスが続いてるだけマシだわ」

「……うん。そうかもね」


 テルルたちは、まだ幼いころ――魔物が復活する前の時代も経験した。世界の情勢がその時、どうして変わっていったのか、子供の頃はわかっていなかった。今、振り返ってみればわかることもあるのだ。あの時の世界の激動の大きさが。

 そういう世界の変遷を鑑みると、言ってしまえば、ただの娯楽に過ぎないものがまだ続いていることは、実は奇跡的だったのだと思えた。

 友人が覇権タイトルを遊んでいる、というのは――ほかのタイトルが、駆逐されたからだった。魔物にまつわる諸事情により、データ通信のハードルが格段に増し、ほとんど撤退していったのだ。


「……魔物がみんな死んだら、また昔みたいに戻るのかな……」

 友人のリン・シュタインはそう呟くと、机に突っ伏し、そして別のアプリを立ち上げたのである。

 リン、懲りないなあ……とテルルは思った。




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