第3話 ステータスメッセージ

 テルルは呆気に取られていた。

 目をほんの少し離した隙に、一陣の風だけを残してアルトリヱスは消えていた。咄嗟にスマホを確認すると、マップ上を高速で移動するピンが映し出される。表示されているのはアルトリヱスの現在位置だ。驚くべきことに、一呼吸、ふた呼吸の間に数百メートルほど彼女と隔てていた。

「は、はっやっ……?! って驚いてる場合じゃなかった! まだまともにテストできてないのに、あんな動きして大丈夫なの!?」

 小走りで勇者を追う方へ向かいつつ、スマホを操作する。勇者の機体パーツのステータスを確認する画面が開く。いわく、リストの上から――


ステータス

状態:臨戦・赤(68.541秒)

CPU:14%(▼詳細を確認)

アプリ:『暗視』(▼詳細を確認)

損傷

頭部:正常

脊椎:正常

右腕:温度異常

左腕:!エラー(パーツ接続失敗)

右足:!エラー(▼詳細を確認)

左足:損傷12%・温度異常


――とのことだ。ステータスメッセージの文字はほとんどが赤色だった。まるで、警戒色である。

「あっ……うわあああっ?! 1分で? 1分でこのエラー!? 頭部ヘッド脊椎バック本当に無事?! いやステータスメッセージのほうが間違ってるのかな……?!」

『なんだ、やかましい。この声はテルル殿か? ほお、これは音魔法か』

と、スマホの向こうから機械音声。テルルの声がスマホを介して、アルトリヱスの頭の中にも届いていた。

「アルトリヱス様!聞こえますか?! お身体、大丈夫ですか?!」

『ははっ、心配めされるな』

と勇者。

 その言葉に、テルルは胸を撫で下ろしかけた。

『右足首の先がどっかに飛んでいってしまったし、左足から異音と煙が出ていて、右腕は赤熱しておって左手首は上手く動かぬが、大方このカラクリは動けておるし特に問題なかろう?』

「問題――ばっかりなんですが!? 嘘でしょ、数分足らずでこんなに不具合が……?!」

『とはいえ…ガシャァァッ*―**ンン!!……はなかなか、***――ははっ、難儀であるな』

 スマホから聞こえる向こう側の音は壮絶であり、テルルは驚いてスマホからのけ反る。見れば、ステータスメッセージはますます赤く、そして彼女の顔が青くなった。

「いや、ちょ……あの、もうちょっとご自愛を! 魔物より先にボディが壊れる!!」

『拙者は無事だ、安心せよ。ただ、魔物に打撃を打つと反作用で体に…ガシャ―ァァ*!!*ァン……で、肉弾戦はちと勝手が違うものでな、ハハハッ、加減が難―ガッシャアアアアア***!!』

「どうか加減してください!! ていうか肉弾戦って、聖剣は……?!」

『うむ。まさにそこが難儀よな』

「え?」

 テルルはきょとんと、目を丸くする。


『どうも急な戦ゆえ、気づくのが遅れたのはご容赦いただきたいが……この聖剣、。拙者の知る聖剣と柄の長さは同じだが、刃の長さが短いようだ』


「えっ……え?」

 そんなに大量の情報を与えられたわけではないのに、テルルの脳はごくわずかな情報を処理できずに混乱した。

(せ、聖剣が折れてる…? ボディフレームとかじゃなくて? 聖剣が…?)

 走馬灯のように今までの見聞がおさらいされたが、伝説、口伝、神話など培ってきた常識の中で「聖剣が折れている」などという大事件は登録されていない。


『テルル殿? 無事か?』と声。

「あっ、はい! えと、ちょ、ちょっと驚いてしまって…!」

『そうか。それでお主に頼みたいことがあるのだが、良いだろうか?』

「え…? な、なんでしょう」

 テルルは、まさかあの勇者アルトリヱスの方から何かを頼まれるとは思わず、不意に誉れのようなものを感じた。

 しかし同時に、この状況で何を頼まれるのか少し怖い。

『こやつは触手をいくら斬ってもたおせぬようだ。この折れた聖剣で、こやつの急所を狙いたい。テルル殿は知らぬか? 此奴のこと』

「あ……そう言うことなら! これほどのサイズの魔物なら、FORCEにデータがあるかも知らないです! 少々お待ちを――」

 そうは言ったが、サイズ感だけでデータベースの検索などできようはずもない。

 ただし今は、暗視状態のアルトリヱスが魔物を目で捉えている。

「……アルトリヱス様! 魔物のことを見てくれませんか?! 出来るだけ、からだ全体が見えるように!」

『見るだけで良いのか? 任せておけ……バッァぁ*ぁッン!*!!』

 スマホが音割れして、同時に左足のステータスが損傷29%となった――思い切り。ふと空を見上げると、アルトリヱスの赤い眼光が空高く、打ち上げ花火のように上がっていく。

 頭痛がしてきそうな損傷っぷりと奔放っぷりに目を瞑り、テルルは画面に目を移した。スマホにアルトリヱスの視界が映し出されている。

 あっという間に信じられないほど上空から、魔物を俯瞰していた。どれだけの力で飛んだのか……「加減しろ」という彼女は聞こえていなかったらしい。

 さておき、スマホの画面には巨大な魔物の全体像がはっきり見える。

 大きな花のような中枢部。

 そこから伸びる蛇のような無数の触手と一つ目のような構造……

 データベースで探すまでもないほどに、はっきりとした特徴――FORCEの一員として、テルルも知った魔物であった。いわゆる特別指定魔物、あるいは、ネームドターゲットの第三種として分類されている特別な魔物だった。


「これは……"臥蛇蓮華がじゃれんげ"です! 以前、FORCE海軍が魚雷で撃退した記録があります! 花のような中枢部を狙ってください!」


『ま……体の中心が弱点なのは世の理よな』

 アルトリヱス側から聞こえる音声に、空気の流れる音が混ざる。跳躍して最高到達点に達し、今は落下し始めたらしい。

「アルトリヱス様! 私の方で魔物の中枢部に行けるようサポートします! 合図してください!」

『あい分かった。なら、今だ』

と短い音声。

「え? あっ、はい!!」

 テルルはスマホを素早く操作し、画面を切り替える。


(『ブースター』を有効にします。

 「OK」「キャンセル」)


「脊椎ステータス正常ヨシ! ブースター、アクティベート!!」

『ゴッッオ*オ*――*オッ!!』

 機体の側からジェット機のような爆裂音が響いた。

 テルルが夜空を見上げると、青い流れ星が見える。ブースターバーナーの炎だ。

 あの彗星の先に、勇者がいる。

 スマホの画面では、魔物へと向かう様子が一人称視点で映し出されていた。その時、魔物の中枢に光が宿り、地鳴りのような音が夜空に響き渡る――!

(この音、さっきの魔法…?! いや、音がもっと大きい!)

 テルルは生唾を飲む。

 このままでは、アルトリヱスは直撃を免れない。

「アルトリヱス様、避けて!!」

 自分で言っていて、どうやって避けるのだと思った。ブースターは直線しか動かない。このままでは、勇者は死地一直線だ。


『心配ご無用!!』


 地鳴りが止み、同時にテルルのスマホの画面の向こうが光に満たされる。魔物の本気の魔法が放たれる……!

「ア、アルトリヱス様……!」

 テルルは思わず、上空を見上げた。

 暗い夜空に向かって、臥蛇蓮華の放った閃光が一直線に伸び、射線上のアルトリヱスに直撃する――

 しかし突如、その閃光が二股に分かれた。

 その分岐点において、アルトリヱスの眼光が描く二筋の赤色と、ブースターの青い炎と、聖剣が描く光が混じって彗星の尾を引く。

 まるで、魔法の閃光の方が勇者を避けていくようだった。

 ふいにテルルは伝説の一つを思い出す――"聖剣の刃はあらゆる魔力を打ち払い、魔物を討ち祓う"と、伝説は語るのだ。

「これが――聖剣の、魔を打ち払う力?!」

 臥蛇蓮華の閃光は裂けた竹のように二筋に裂かれて、勇者の彗星が魔物の中枢部へと落ちていき……

 そして、


 ――嫌嗚呼嗚呼嗚呼ッ!!!!!――


 甲高い魔物の咆哮がさらに響くと、最後には静かになった。夜空に煌く閃光の衝突も消え、暗い空に戻る。街にようやく、夜らしい静寂が戻った。

 FORCE空軍のヘリが、どこからか一機動き出して、トンボのように魔物の方面へと向かっていった。事後処理のために、部隊が動き出したようだ。

「…………」

 テルルはしばらく、空を見上げて呆けて、立ち尽くした。

「おう、テルル!!」

「うひあっ!? あ……ノイマンさん」

「こんなとこにいやがったか…! 勇者殿は? 魔物を討ったのか?」

 ノイマンの言葉に、テルルは空を見上げる。

 あの巨大な魔物の影は、今や細かく崩れて、舞い上がる灰のように天へと吸い込まれていく。

「……どうやら、そうみたいです」

 震える声でテルルは告げた。

「はあ……っ! アルトリヱス様……!」

 深いため息と共に、テルルは膝から崩れた。腰が抜けたようだ。

「おう!!いっっ……っよっしゃああああ!!FORCEの勝利…いや!勇者様の大大大勝利だ!!!」

 かたや、ノイマンは双拳を天に突き立てた。いわゆる、万歳である。

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