第2話 暗視のアプリケーション
「アルトリヱス……?!」
テルルは機械兵の返答を繰り返した。この機兵は伝説の勇者を名乗った。アルトリヱスと。
「アルトリヱスって、あの伝説の勇者の? 聖剣の英雄の……?」
『伝説…? それは知らぬが……』
機体は肩を竦めた。人臭さ極まれり、というモーションである。当然、こんな挙動を登録したAIは作っていない。
『ただ、勇者とは呼ばれていた。聖剣も知っている。これであろう?』
と、アルトリヱスは右手に持った短剣を掲げてみせた。
「……!」
テルルは言葉を失う。とんだ誤作動だ。
機体に握られた錆びついた聖剣は、伝説の光を灯している。まるで機体に宿った人格に応えるように、錆びを物ともせずに輝く。
「聖剣が……!?」
「おう、光ってやがる! まさか、聖光か…?!」とノイマンも声を上げる。
「ええ? じゃあ本当に、勇者アルトリヱスなの!? でも、えっと…ええ? どういうこと?」
考えを巡らせたが、意味は分からない。なぜ、こんな不思議なことが起きたのか。
『"本当に"とは? いまいち、話が分からぬ……』
アルトリヱスは顎に手を当てようとして、ようやく体のことをちゃんと見たようだ。金属光沢を放つフレームを見つめ、驚いたように眼光が丸くなる。
『うお、なんだこの体?! からくり? 召喚魔術か?!』
戸惑った機械音声を上げて、自身の体を見える範囲で観察し始めた。
その困惑した勇者を前に、テルルたちも戸惑う。
(これ……勇者を再現したAIというか)
(勇者の人格そのものじゃねえか…?)
その振る舞いはAIの応答というには機械らしからぬ。再現されたAIというより、きちんとした記憶を持っている。
勇者そのものが機体に移行されたように見えるのだ。
「なんで…? AIじゃ、こんな人みたいに反応できないのに…」
その時、聖剣が機体の胸部に突き刺さったのを思い出した。CPUは配線的に最もバランスの良い位置に内蔵されており、いわば心臓の位置だった。
(まさか……CPUに聖剣が刺さったときに勇者の人格が宿った!??)
意味不明な結論だったが、剣が突き刺さりながら機体が勝手に起動したことも含め、結論以外も何から何まで意味不明と言ってよい。テルルには理解できない出来事が起きているが、アルトリヱスにとってもそれは同じだった。
『これは一体……、カラクリに魂を宿すとは高度な魔法よ。周りの景色も随分と風変わりだな。お主らが拙者を呼んだのか? ここはどこだ?』
「……えっと」
なんと答えたものか、彼女は考える。思考はほとんど止まっているが、無理やり突き動かして現状に対する考察結果を、次のように得た。
(……いや、分かんない! なんでえ?!)
分からなかった。
科学的な考察はもう、通じないらしい。
「……えっと、ここは"
彼女が分かるところだけ答えると、機体は頷く。
『聞いたことのない町だ。ここは遠い世界か。だが、聖剣もあるのよな。随分と錆びたものだが……』
そこではっとして、
『待て…、まさかここは、未来か?』
と呟くと、アルトリヱスは首を回して周囲を改めて見渡す。
錆びた剣と様変わりした世界の様相が、「未来である」というアイデアを不意にもたらしたようだ。
「あ、そっか……貴方から見ると、ここは未来なのですね…?」
テルルは頷く。周囲の僅かなヒントから、よく結論を導き出せたものだと驚きながら。
『本当か? お主、未来から拙者を召喚したのか。未来の魔法は末おそろしい』
そう言いつつ、アルトリヱスは改めて聖剣の姿を見つめる。
『む? この刃、なにか……』
――遠くから大きな咆哮が響く。テルルはびくりと肩を震わせた。アルトリヱスの眼光が赤く鋭く豹変し、声の方へ振り向く。
『……今のは?』
「そ、そうだ! こんなことしてる場合じゃない! すぐ逃げないと!」
「おう、そうだった! なんだか分からんが、お前さんも早く逃げるぞ! 安全第一だ!!」
『逃げるとは?』
アルトリヱスは二人の発言の真意を尋ねた。
「すぐそこに、魔物が来てるんです! だから、早く避難しないと―――」
そこでテルルは気付く。
今、目の前にいる存在は、伝説の聖剣を持ち、勇者の人格を得た機械兵である。
『魔物がいるのか? やつら、こんな所にもおったか――ならば、拙者が討とう』
そう呟くと、聖剣はずっと強い光を放った。さらに眼光も鋭くなる。
「え……」
『このカラクリの魔法の事情はよく分からぬが、ともあれ拙者に任せよ。魔物を討ち、人々を守るのは拙者の使命ゆえ』
自ら討伐を担おうとするその発言にテルルは息をのみ、
(ゆ、勇者だ……解釈一致すぎる……)
などと感動したが、そんな場合ではない。はっとした。
「いやでも機体はテスト段階に近いし、魔物との戦いに耐えられるかどうか――」
ずずん、と地鳴りが遠雷のように響く。ついさっきよりも、ずっとずっと遠い音だった。
「おうおう!? あの魔物、どんどん市街地に向かってねえか?
「え?」
テルルは背伸びをして遠くを見る。ここからでは、つま先立ちしても魔物の姿は見えない。地響きの音はどんどん小さく、遠くなっている。
「うそ、FORCE軍隊が対応してるんじゃ…」
「このままじゃ、街にでかい被害が出んぞ…!」
テルルとノイマンは顔を見合わせ、それからアルトリヱスを見た。
「あ、あの…! いろいろ説明できてないことばかりで、貴方の機体もまだ試作機で、話も急で、申し訳ないですけど――」
「魔物討ち、なんとかお願いできねえか?! 体裁にこだわってる場合じゃないんでな!!」
ふ、とアルトリヱスは機械音声で笑みをこぼす。
『あい分かった』
*
雲に覆われた夜に、FORCE軍のライトに照らされて魔物のシルエットが浮かび上がる。
悲鳴が入り混じり、夜更けのなか人々は魔物から一心不乱に遠ざかる。この流れに逆らって魔物へ近づく一行がいたら、FORCE軍隊のように使命を担う一員でもない限り、"勇者"と呼ばられてもおかしくない。
――さて、テルルたち一行はノイマンの車に乗り、魔物に近づく方へ一直線に向かっていた。魔物の影が見えたところで停車し、三名は降車する。ちょうどその時、甲高い咆哮が夜空をつんざく。
「アルトリヱス……様、魔物が見えますか?」
とテルル。人臭いロボットを相手に、つい敬称がついた。
『仔細は光に照らされた部分しか見えぬ。しかし、随分とでかいな』
「おう、そうか! 慌てて出る前に『暗視』だけでもアクティブにしときゃよかったな!はっはっは!!」
ノイマンは笑う。
「テルル、スコープは機体に入ってるか!? この場でアクティベートするぞ!」
ノイマンは白衣のポケットから、スマートフォンを取り出し、電源をつける。暗闇の中で、四角い光は煌々とした。
『む? それはなんだ?』
勇者は光に反応した。
『魔法か?』
「いえ、魔法ではありません。機械です。……今や、魔法はロストテクノロジーの類ですから」
と、テルルが答えた。
『なんと、誠か? であれば……魔物を討つのは難儀よな。奴らに通用するのは、魔力か聖剣の力だけ故』
アルトリヱスは、虹光の聖剣を掲げた。
伝説の聖剣の力がまさに今、発揮されようとしている。テルルは内心、興奮していた。理解は及ばなくとも、内なる好奇心が彼女を掻き立て――
「おうテルル、権限を貸してくれ! 認証が超面倒だぞ! それに、もうちっとこの煩雑なUIもだな、整理してだな……」
ノイマンが後ろからクレームを入れてきた。
「て、体裁はいいんでしょ! 私がやりますから!」
テルルもスマホを取り出し、そしてごく短い操作の後、ポンと軽い機械音。
『む! なんだこれは……? 何か、拙者の目の前に浮かび上がって――』
(『
「OK」「キャンセル」)
『これは……なんだ? 何をすれば良い』
困惑したような声色でつぶやき、眼光が細められる。
「……何も。私が操作致しますから」
ピロン、と高い音。すると、アルトリヱスの目に写っていたメッセージが消えると同時に暗闇が晴れ、一気に光に満ちた世界に切り替わる――その視界の果てに、巨大な魔物の姿の一部が映し出された。
『なんと……素晴らしい! 暗闇でも千里先まで見通せそうだ! まるで魔法……詠唱もないとは、まさに未来魔法よ』
「おう! だろ?!」
とノイマンは笑う。
「そ、そうですかね?」
テルルは若干照れ臭そうにはにかむ。
『あやつ、見た事のない魔物だな。ここが未来だからか、拙者が見てきた魔物と比べても随分異形よ』
その視界の中では、小高い丘ほどの巨躯と触手をうねらせる怪物が映っていた。無数の触手の先には、頭部らしき構造と、一つ目がぎらつく。
「倒せそうですか…?」
『どうであろうな。周りに飛んでいる、小さなほうも厄介そうだ』
「周り? 飛んでますか?」
テルルはつま先立ちで、遠くを眺める。
『ほれ、あれだ。あそこにも』
と、アルトリヱスは夜空をあちこち指差した。
「……い、いえ! アルトリヱス様、それは魔物ではなくて…」
「ヘリだな! 味方だから、気にしなくて良いぞ!」
とノイマンは言った。
『味方? そうであったか。ただ、此度の戦いでは援軍は要らぬ。皆に一度退くよう、言ってくれぬか」
「えっ」「なに?」
二人は驚いたように顔を見合わせた。
「良いのですか?」
『周囲に人がいるのは危険だ。聖剣で魔物と戦えば、彼奴の攻撃はより苛烈になる。あの魔物とは、ひとまず拙者が一対一で戦う』
そう言うと、勇者は真っ直ぐに魔物を見つめる。
「おう一理あるな! 街中で魔物と戦うのも珍しいのに、今日は勇者殿が戦うわけだ! どうなるか予測不能だ。援軍は一度待機して、統制をとれるタイミングで援護すべきだな!」
と言って、ノイマンも頷く。
「でもノイマンさん、あんな大きな魔物に一騎討ちなんて、いくらなんでも…」
『テルル殿。魔物を討つには、魔力に対抗する力が決定的となる。もし誰も魔法が使えぬというなら……此度は拙者が出る』
「……分かりました」
テルルもはっきりと頷いた。
「おう!! だがテルル、お前は勇者様のサポートだ! その権限を持ってっからな!」
「はい! 当然です!」
そう言うと、テルルはアルトリヱスに一歩だけ近づいた。
『しかし、テルル殿……この戦いが安全とは限らぬぞ?』
「やらせてください! 聖剣の戦い方を、私は見ておかないといけません。それに、貴方の体に何かあった時に対応できるのは、今は私だけです」
『……あい分かった。よろしく頼む。しかし、無理は禁物よ』
アルトリヱスとテルルは頷き合う。
「おう! そんじゃあ、儂はFORCE空軍にすぐ撤退するよう連絡するからな、しばらく待ってな!」
ノイマンがスマホを構え、車のほうへと向かっていった。通達に行ったのである。
――直後、魔物の眼光が鋭く光り、空気が音叉のように震え出す……
「な、なにこれ、何の音…!?」
テルルはとっさに耳をふさぎ、声を上げたが、空気の振動により声が響かない。
『……魔法だ。身を伏せておれ。あれは拙者が止める』
「え……」
テルルがアルトリヱスを窺ったときには、既に彼はそこにおらず、一陣の風だけが残された。
*
FORCE空軍は、軍用ヘリで魔物の周りで応戦し、市民に矛先が向かないように立ち回っていたが、上手くいかない。魔物は人々に吸い寄せられるように動く。
『隊長…隊長ォ!!
『火力を一部に集中させろ、分散させるな!視線を釣れ!避難地区に向かわせるな!!』
『市街地に向かって発砲しないよう気つけろ!ヘイトに気を取られ過ぎるな!』
隊は十分に統率のとれた、訓練通りの動きをしていた。魔物はダメージ受けた方向に敵意を向けるはずだ。
しかし今日の魔物は通説を裏切って一直線に市街地へと侵入していく。
魔物の眼光が鋭く光る。さらに銃火器の苛烈な音をかき消すほどの、稲光のような音が断続的に響く。
『わああ…!****あっっあァ!…』
『視線…導……ろ……市街地に…!』
無線の音も割れ、ノイズが混じる。やがて魔物の眼が光に満ち、雷鳴のようなノイズが途絶えた。嵐の前の静けさ――市街地に魔法が、放たれる。
その瞬間。
『――市街地方面より高速の飛翔体!総員、備えろ!』
その無線通信の直後、赤い閃光の尾を引き、高速の飛翔体が一直線に魔物へと接近して、魔物を蹴り上げたのだ。
その拍子に魔物の放った魔法の閃光は、扇の弦を描くように市街地の上空へと逸れ、街は直撃を免れたのだ。
『な、なんだこいつは…!?』
敵か味方か、赤い閃光の飛翔体に困惑する隊員たちの耳元から、無線がこう告げた。
『総員、撤退!!ただちに撤退せよ!繰り返す、総員ただちに撤退せよ!!!』
『て……撤退!?』
*
魔物を蹴り上げ、地面に着地したアルトリヱスは赤い眼光で空を見上げる。空軍ヘリは次々と離れていき、夕方の鴉のようだ。
残ったのはアルトリヱスと、巨大な魔物だけである。
『いつの世も、平穏は続かぬものよな』
アルトリヱスは短剣を構える。その動きに息を合わせるように、剣は再び聖なる光を灯した。しかしアルトリヱスは、その従順な呼応に対して、首を傾げた。
『やや、まさかまさか…、さすがに拙者の勘違いかと思うたが』
この剣を掲げたときに抱く違和感。
アルトリヱス自身にとって、信じがたいことだったから、確信を得られていなかった。
……頭上から、アルトリヱスを叩き潰すように思い切り魔物の触手が振り下ろされ――アルトリヱスは素早い太刀裁きで、振り下ろされた全ての触手を切断した。地上に大粒の血飛沫と生々しい触手が落下する。
魔物が甲高い悲鳴をあげ……
勇者は首を傾げ、息をついた。手に持った短剣で魔物の肉体を斬ったとき、抱いていた違和感に対して、ついに確信を得た。
『やはりこの聖剣、折れておるわ』
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