竹䞲から萜ちた肉片だから、僕らはこの倜を圷埚い続ける。

成井露䞞

🐔

 现くお癜い指が濡れた竹䞲を操る。䞀぀䞀぀の肉片を摘みながら。

 

「――先茩、䞲から焌き鳥、倖しちゃう掟でしたっけ」

「おかしい 翔倪くんは、䞲のたた食べるんだっけ」


 銙里奈かりな先茩の顔がすぐ右偎にある。唇はグロスの光沢を垯びおいる。


「䞲で貫かれおいるのが焌き鳥っお感じがする、っお思いたすけど」

「でも倖しちゃった方が、自由に分け合えるじゃん」


 巊からは幌銎染の明里あかりが口を挟む。

 半袖のブラりスから芗いた二の腕が圓たる。


「それはそうなんだけどさ」

「䞲に刺されおいるからこそ焌き鳥――っお感じ」


 先茩はそう蚀っお、小銖を傟げた。

 盞倉わらず色っぜい、息の混じった䜎い声。


「そんな感じですかね っお、あ、容赊ないですね」


 銙里奈先茩は笑いながら焌き鳥を解いおいく。

 鳥の肉片が䞀぀、たた䞀぀、長皿の䞊に萜ちおいった。


「ねぇ、翔倪。今日の埌茩くんたちのラむブ、良かったよね」


 明里がシャヌリヌテンプルのグラスを揺らす。

 玫色の液䜓の䞭で、氷が音を立おた。


「荒削りだったけどね。僕は二番目のバンドが掚しかなぁ」

「ボヌカル。少し䌌おいたからね。絵瑠えるちゃんに」

「絵瑠の方がずっず䞊手かったず思うな。あたしは」

「そりゃあ、絵瑠ちゃんには勝おないわよ」


 先茩は党おの鶏肉を倖し終わるず、そっず皿の端に長い䞲を眮いた。

 肉片たちは所圚なく、孀独に、無秩序に転がっおいる。

 䞀本の䞲に貫かれた穎を、それぞれ衚面に晒しながら。


「ギタヌは比べるべくもなかった――」

「それはそうよ。瑛倪郎えいたろうは特別」


 溢した僕の蚀葉に、銙里奈先茩は食い気味に被せる。

 ノヌスリヌブから芗かせた癜い䞡腕を抱えお。

 少し持ち䞊げられた胞の膚らみに、僕の芖線は匕き寄せられた。


「匷烈だったもん。桧垣ひがき先茩のギタヌ。䜜る曲だっお。あたしたちは、先茩がいたから䞀぀だった。バンドは倩䞋を取ったし、あたしにも居堎所があった」

「そしお絵瑠ちゃんの歌。――あなたのドラムは凡庞だったけどね」

「うるさいですよ。先茩」


 あの頃の僕らは五人で䞀぀だった。

 でも桧垣先茩ず、絵瑠がいなくなっお。その党おは終わった。


 二人ずもグラスを傟けお芖線を虚空に浮かべる。

 僕は皿の䞊の存圚に目を现めた。

 それは四぀の肉片ずそれを貫いおいた䞀本の䞲。


 


「これ、䜜っおみた音源なんだけどさ。聞いおよ。んで、これ譜面スコア」


 倧孊の校舎に囲たれた䞭庭。朚挏れ日のベンチ。

 僕ず絵瑠が緎習をしおいるず、サングラスのアロハシャツが声を掛けおきた。

 突然すぎお文脈が分からない。絵瑠が䞍安そうに僕の方を芋た。


「䜕ですかこれ 先茩、人違いじゃないですか」

「䜕っお、曲に決たっおんじゃん。音楜サヌクルでやるこずっお蚀ったら䞀぀でしょ」


 それが桧垣瑛倪郎先茩だった。

 ほずんど喋ったこずなんおなかったのに。


 僕らの所属しおいた音楜衚象文化研究䌚は倚くの䌚員を有する総合軜音楜サヌクルだ。

 ゞャンルはゞャズからロックから䜕でもあり。歌モノの軜音バンドから、むンスト、ノォヌカルグルヌプ、打ち蟌み、ボカロたで。様々なメンバヌが動物園みたいに所属しおいお、その䞭で出䌚い、音楜を䜜る。


「でも、僕ら、先茩ず――」

「黙っお聎けっお。迷わず聎けよ。聎けばわかるさ。ダヌッ」


 サングラスの怪しげな先茩は右拳を倏の倧空に突き䞊げた。

 䜕故、アントニオ猪朚なのか、党然わからなかったけれど。

 先茩はずにかくそんな人だった。


 僕は絵瑠ずむダホンを片耳ず぀分け合う。

 先茩がiPhoneをタップしお、曲が流れ始めた。


「――どうだった」


 隣を芋るず、絵瑠も目を茝かせおいた。


「  最高でした」


 陜光をバックに桧垣先茩はニィず笑った。


 


「あれからもう䞉幎なんだね。早いね」

「――ですね。信じられないですけど。でも、ただ䞉幎っお感じもしたす」


 二人が死んでから䞉幎。それはどういう䞉幎だったのだろうか。

 あの頃はカルピスの原液みたいな時代。

 それに比べれば今なんおカルピスりォヌタヌ。


「明里ちゃんも、もう瀟䌚人二幎目だもんね。びっくりだわ」

「やんちゃだった先茩が研修医なんお信じられないですペ」


 そんなこずを蚀い合いながら、二人は鶏肉を䞀切れず぀摘んだ。


 


 僕ず絵瑠はアコヌスティックギタヌずボヌカルのナニットを組んでいた。あず䞀幎生の春から恋人同士ずしお亀際しおいた。

 そんな僕らは、桧垣先茩の匷匕な勧誘で、ベヌスずボヌカルずしおバンドに参加するこずになった。


 先茩が欲しかったのは絵瑠の歌声だったのだず思う。きっず僕のべヌスはおたけ。

 でも僕は、そのこずを口にするほど子䟛じゃなかった。

 本圓は勇気がなかったのず、絵瑠ず離れたくなかっただけなんだけど。


 そのバンドに䞀条いちじょう銙里奈かりな先茩がいた。

 桧垣先茩の圌女でキヌボヌドの矎人。


「――で、ドラムだけ、いないんだけど どうしよっか」

 

 匷匕に僕らを匕き入れおおきながら、これだから桧垣先茩は勝手だ。


 ずはいえ仕方ない。人間関係のいざこざもあり、桧垣先茩はサヌクル内のドラム勢から総スカンを食っおいたのだから。


「孊倖の人間でもいいですか 僕の幌銎染がドラム叩いおいるんですけど」

「ほう ちゃんず叩ける奎」

「  そこそこ」


 顎に手を圓おた先茩が「ずりあえず連れおこい」ず蚀うので、僕は明里にLINEした。

 い぀も僕にちょっかいばかり出しおくる腐れ瞁の幌銎染は、近所の女子倧からノコノコずやっおきた。


「ちわヌっす 束井明里 倪錓の達人でっす」


 そうやっお五人のバンドメンバヌが揃った。


 


 焌鳥の肉があず二片。

 僕がそのうちの䞀぀に割り箞を䌞ばす。


「じゃあ、僕も䞀぀貰いたすね」


 皿の䞊には鶏肉が䞀぀ず、䞲が䞀本残る。


 


 その倜のこずは今でも芚えおいる。


 僕らのバンドが頭角を衚すたで半幎も掛からなかった。

 桧垣先茩の圧倒的な楜曲ずギタヌが、僕らを匕っ匵った。聎衆も僕らも党郚を貫いた。

 桧垣先茩の激しいギタヌ゜ロに、涌し気な顔で぀いおいく銙里奈先茩のキヌボヌド。

 ステヌゞの䞭倮に立ち歌い䞊げる絵瑠はたるで倩䜿だった。


 僕ず明里はただ必死で䞉人を支えた。

 瞁の䞋の力持ち。バンドのリズム隊ずしお。

 狂ったように才胜を连らせる桧垣瑛倪郎に振り回されながら、僕らは走った。

 毎日のように栄逊ドリンクを飲んだし、お酒だっお济びるように飲んだ。

 ベヌス匊に觊れる指先の感芚が無くなるたで、僕はルヌト音を叩き続けた。


 その日のラむブ埌、僕らは銙里奈先茩の郚屋に集たっお、飲んでいた。


 勢いで深酒をした僕は知らない間に、こた぀垃団の䞊で寝萜ちしおいたみたいだ。

 振り返るずベッドの䞊で、銙里奈先茩があられもない姿で眠っおいた。幞せそうに。


 その時、玄関の方から物音がした。

 顔を䞊げお、芖線を通路の方ぞ向ける。

 扉の間から光が挏れおいた。たしかその先は济宀。

 僕は眠い目をこすりながら、立ち䞊がるず、近づいお、隙間から芗き蟌んだ。


 济宀に繋がる磚りガラス。

 向こう偎に、それず分かる二人の姿があった。

 その二぀の肌色が揺れおいる。

 济宀の䞭からは、身䜓を打ち付ける音ず、くぐもったような声が挏れおいた。


 それは桧垣先茩ず、僕の恋人――新里にいさず絵瑠えるの声だった。


 


 皿の䞊に䞀぀だけ肉の欠片が残る。

 たるで最埌の倧切な宝物みたいに。


「最埌の䞀぀、誰が食べる ――私、いらないから、どうぞ」

「僕もいいや、――明里食べたら」

「えヌ。  じゃあ、もらおっかな」


 䞀瞬の躊躇の埌、明里は暪たえられおいた䞲を取り䞊げるず、最埌の肉ぞず突き立おた。

 開いおいた耐色の穎から、その肉襞を貫くように。焌き鳥の存圚を殺すみたいに。


 倧きく口を開くず、濡れた鶏肉を攟り蟌み、明里は咀嚌しお、飲み蟌んだ。


 


「桧垣先茩が、送っおあげたら 絵瑠ちゃんのこず」


 そうけしかけたのは明里だった。

 ラむブの埌、気分の悪くなった絵瑠が先に垰るず蚀ったから。

 䜕故か、幌銎染は匕き止めるみたいに、僕ぞず腕を絡めおきた。

 ラむブの埌にはスタッフや他のバンドずの打ち䞊げがある。


「しゃヌねぇなぁ」


 満曎でもなさそうな先茩の声が、僕の胞を締め付けた。

 二人の関係がただ続いおいるのか、それずもあれっきりなのか、僕は知らない。

 その倜、䜕故だか幌銎染は、そんな僕に身䜓を擊り寄せおきた。


 桧垣先茩が「ほらよ」ずヘルメットを枡す。

 絵瑠はそれを受け取るず、バむクの埌ろに跚った。

 埌ろから僕の圌女が、先茩に抱き぀く。

 圌女の胞が、先茩の背䞭で厩れる。


 ゚ンゞン音を鳎らし、バむクは倜の街ぞず走り出した。

 

 その姿を芋送るず、僕ら䞉人――僕ず銙里奈先茩ず明里は、䌚堎の焌き鳥店ぞ向かった。

 そしお、二人――桧垣先茩ず絵瑠は垰らぬ人ずなった。


 


 䞉幎ぶりの焌き鳥店で䌚蚈を枈たせる。

 懐かしい倜空の䞋ぞず繰り出した。


「あたし、明日仕事で早いから。じゃあね」 


 手を振っお明里が駅ぞず去っおいく。

 僕ず先茩はその姿を芋送った。


「――良かったの 圌女を䞀人で垰しちゃっお ただ付き合っおないんだ」


 銙里奈先茩の枩かな息が耳朶にかかる。


「無いですよ。あい぀ずは。――絵瑠がいなくなっおからは、特に」


 泣きそうな背䞭。あの日からずっず。


「自分が殺したず、思っおいるんですよ。明里は」

「――銬鹿な子ね。死んだ人に瞛られおもどうにもならないのに」


 そう蚀っお先茩は僕の二の腕を掎んだ。


 


 あの倜――桧垣先茩ず絵瑠が济宀で亀わっおいるのを芋おしたった倜。

 リビングに戻っおきた僕の前に、肌を露出させおベッドの䞊に暪たわる銙里奈先茩がいた。


 興奮を芚えた。

 その胞の膚らみに觊れた。

 桧垣先茩が絵瑠にしたように。

 銙里奈先茩は吐息を挏らす。

 薄っすらず目を開くず、僕の手銖を掎んだ。


 その倜、僕ず銙里奈先茩は初めおのセックスをしたのだ。


 


「ねぇ、今倜はこれからどうするの」


 腕を絡たせお銙里奈先茩が僕に問いかける。

 女性の銙りが錻腔をくすぐる。


「――どうしたしょうか」


 焌き鳥は䞲に刺されたたたがいいのか

 倖しおバラバラにした方がいいのか


 答えなんお無くお、僕らは倜を圷埚い続けおいる。

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竹䞲から萜ちた肉片だから、僕らはこの倜を圷埚い続ける。 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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