後編
「いや、それじゃ、お付き合いの間とか、関係を持つからと援助した分とか」
「取られっぱなし!」
「三度とも?」
「三度とも!」
「……大丈夫かいその家」
「そんなことある訳ないでしょ! で、さすがに私がこれだけ怒ってるから、向こうのお宅とうちって、昔から付き合いあるんで、お父様が向こうのご両親にお話に行ったのよ。そしたら」
「そうしたら?」
「『あれは駄目だね』」
両手を挙げて、声を低くして、父上の真似をする。ぷ、と僕は吹いてしまった。
「曰く! お金が勿体無い、そんなおおごとじゃないんだ。弁護士をそんなことに頼むなんておかしいんじゃないかと思うし もしおかしくないとしても、うちがそんなこと頼むのは世間に恥ずかしいし。そもそも弁護士にそんな家の恥をいちいち言うなんて。恥そのものが判断材料になるって言っても、それ自体そんなおおごとじゃないんだ。――ってね!」
「おおおおお、見事なデモデモダッテなループだ!」
僕は思わず拍手をしてしまった。
「こういう家なのよ! で、両親がそうだから、もうマリッサの言い分が全てこうなの! あーもう苛々するったら!」
どうどう、と斜め前の彼女の肩をぽんぽんと叩いた。
「まあいいじゃないか。ともかくお父上もちゃんと相談は聞いたんだ。エリー、君だってマリッサの話を聞いた上でちゃんと怒ってるんだろ? それは誠実な対応だよ」
「そう?」
「そうだよ。だから、さ、そろそろ僕等の結婚式の話をしよう」
「ああ、そうよね!」
抱きついてくるエリー。
僕は背後のメイド達にさりげなく任務遂行のサインを送った。
*
さてそれから程なくして僕等は結婚し、新居に移ったのだけど。
「ああお帰りなさいジェームズ、聞いてよ!」
入り口で帽子とステッキをメイドに渡しながら、飛びついてくる彼女を受け止める。
「今度は何があったんだい、可愛い人」
「手紙がきたの~…… マリッサから」
「え」
何か嫌な予感がしつつ、僕は彼女の横に座り、その手紙とやらを開いた。
すると。
「弁護士に頼めば良かった
何故頼まなかったんだろう
どうしてもっと強く言ってくれなかったんだろう」
白く硬い紙の真ん中に、それだけ。
「……何これ怖い」
「怖いでしょ! 四度目ですって」
「四度目!」
「完全にあの家、舐められてるんですってば。でももう知らない!」
そう言って彼女は手紙を僕の手から取り戻し、びりびりと破きだした。
そして紙吹雪くらいにまですると、ぱあっ、とその場にまき散らした。
僕はお茶だけは避難させた。
「もー嫌っ。私もう何も関わらないからね! こんなこと私に言うくらいなら、ちゃんと初めっから頼みなさいよって!」
「まあまあ、そう苛々しないの」
僕はそう言って、妻の肩を抱き寄せる。
「あんまり苛々すると、胎教に悪いよ」
「あーそうだった! そうねそうね」
そう言ってエリーは愛おしそうにお腹を撫でる。
僕もその上から手を当てた。
そうなんだよね。
幸せは歩いてこない。
だから歩いて行くんだよ。
あいにく、求めよさらば救われん、だけど、求めなければ救われないんだからね。
そしてこの五年後、マリッサの家は破産したとか何とか。
それはもう、舐められてるの一択だろうさ。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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