後編

「いや、それじゃ、お付き合いの間とか、関係を持つからと援助した分とか」

「取られっぱなし!」

「三度とも?」

「三度とも!」

「……大丈夫かいその家」

「そんなことある訳ないでしょ! で、さすがに私がこれだけ怒ってるから、向こうのお宅とうちって、昔から付き合いあるんで、お父様が向こうのご両親にお話に行ったのよ。そしたら」

「そうしたら?」


「『あれは駄目だね』」

 両手を挙げて、声を低くして、父上の真似をする。ぷ、と僕は吹いてしまった。


「曰く! お金が勿体無い、そんなおおごとじゃないんだ。弁護士をそんなことに頼むなんておかしいんじゃないかと思うし もしおかしくないとしても、うちがそんなこと頼むのは世間に恥ずかしいし。そもそも弁護士にそんな家の恥をいちいち言うなんて。恥そのものが判断材料になるって言っても、それ自体そんなおおごとじゃないんだ。――ってね!」

「おおおおお、見事なデモデモダッテなループだ!」


 僕は思わず拍手をしてしまった。


「こういう家なのよ! で、両親がそうだから、もうマリッサの言い分が全てこうなの! あーもう苛々するったら!」


 どうどう、と斜め前の彼女の肩をぽんぽんと叩いた。


「まあいいじゃないか。ともかくお父上もちゃんと相談は聞いたんだ。エリー、君だってマリッサの話を聞いた上でちゃんと怒ってるんだろ? それは誠実な対応だよ」

「そう?」

「そうだよ。だから、さ、そろそろ僕等の結婚式の話をしよう」

「ああ、そうよね!」


 抱きついてくるエリー。

 僕は背後のメイド達にさりげなく任務遂行のサインを送った。



 さてそれから程なくして僕等は結婚し、新居に移ったのだけど。


「ああお帰りなさいジェームズ、聞いてよ!」


 入り口で帽子とステッキをメイドに渡しながら、飛びついてくる彼女を受け止める。


「今度は何があったんだい、可愛い人」

「手紙がきたの~…… マリッサから」

「え」


 何か嫌な予感がしつつ、僕は彼女の横に座り、その手紙とやらを開いた。

 すると。


「弁護士に頼めば良かった

 何故頼まなかったんだろう

 どうしてもっと強く言ってくれなかったんだろう」


 白く硬い紙の真ん中に、それだけ。


「……何これ怖い」

「怖いでしょ! 四度目ですって」

「四度目!」

「完全にあの家、舐められてるんですってば。でももう知らない!」


 そう言って彼女は手紙を僕の手から取り戻し、びりびりと破きだした。

 そして紙吹雪くらいにまですると、ぱあっ、とその場にまき散らした。

 僕はお茶だけは避難させた。


「もー嫌っ。私もう何も関わらないからね! こんなこと私に言うくらいなら、ちゃんと初めっから頼みなさいよって!」

「まあまあ、そう苛々しないの」


 僕はそう言って、妻の肩を抱き寄せる。


「あんまり苛々すると、胎教に悪いよ」

「あーそうだった! そうねそうね」


 そう言ってエリーは愛おしそうにお腹を撫でる。

 僕もその上から手を当てた。

 そうなんだよね。

 幸せは歩いてこない。

 だから歩いて行くんだよ。

 あいにく、求めよさらば救われん、だけど、求めなければ救われないんだからね。


 そしてこの五年後、マリッサの家は破産したとか何とか。

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それはもう、舐められてるの一択だろうさ。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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