KAC20226 異世界グルメ紀行~鳩と烏亭~

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 人族の中堅冒険者であるブルック=ローは、副業として冒険者ギルドが発行しているグルメガイドのライターを行っている。


 元々ブルックは食いしん坊で、冒険者になったのも世界中の美味い物を食べ歩く為だったから、グルメライターは趣味と仕事を両立した天職と言えた。正直言って、稼ぎもそちらの方が多いくらいである。


 今彼が滞在しているのは、混沌都市の名で有名なユナークという街だった。ユナークは複数の国の国境が重なる緩衝地帯に位置する交通の要所で、特定の国に属さない独立都市的な街である。


 周辺国家の様々な種族、文化が混じり合って、文字通り混沌とした雰囲気の街である。活気に溢れ、冒険者の出入りも多い。そういうわけで、この街は食通にとっても特別な街なのである。


 今回ブルックがテーマに選んだのは焼き鳥だった。一昔前までは鳥料理と言えば野鳥を使ったまずまずの高級品で、鶏も卵を取る為の家禽というイメージが強かった。しかし、とある人族の国で成長の早い食用種の品種改良に成功してからは、値段もある程度手頃になり、その国の食文化である焼き鳥が冒険者を通じて多くの国に広まりつつある。そういった理由があり、今焼き鳥はグルメ界隈ではかなりホットな料理だった。


 ブルックがやってきたのは高級レストラン街に店を構える《鳩と烏亭ピジョン&クロウ》だ。元の国の文化では、焼き鳥と言えば庶民の食べ物である。高価な鳥料理を作った際に生じるくず肉や内蔵などを庶民向けに屋台で串焼きにして売っていたのだ。そういったイメージは他の国にも伝わって、焼き鳥は庶民の食べ物という印象が強い。


 そんなジャンクな料理であるはずの焼き鳥屋が高級レストラン街にあるのだから、食いしん坊のブルックは興味を惹かれた。


 店の外観は小さいが、清潔感があって小洒落ている。いわゆる隠れ家的レストランと言った趣である。ブルックのイメージする焼き鳥屋とはかけ離れた印象だ。店内は質素だが上品な木製の家具が余裕を持って並べられて、爽やかな森の香りが漂っている。焼き鳥屋と言えば煙の臭いだと思っていたので意外だった。厨房も店の奥に隠れていて、まるでエルフの国のレストランに迷い込んだようである。


 実際その通りのようだった。店員は皆、美しいエルフやダークエルフばかりである。鳩と烏亭という店名に合わせたのだろう。本来あまり仲のよくないはずのエルフとダークエルフが一緒に働いているというのも、いかにも混沌都市といった感じがある。


 ちなみにエルフは明るい森に住み、肉よりも野菜を好む。肉を食べる場合も、脂の少ない淡白な肉を好む傾向にある。ダークエルフは暗い森に住み、エルフよりは肉好きで狩猟文化が盛んだが、淡白な肉を好む点は一緒である。そういうわけで、肉を食べる場合、これらの種族は牛や豚よりも鳥肉を好む傾向が強い。


 取材目的である事は事前に伝えてある。色白のエルフの女給に煙臭くない事について質問すると、風の魔法がかかった特別な煙突を店の屋根まで伸ばしているからだと言われた。


 理由は二つあって、一つはどちらのエルフも匂いに敏感である事。強い匂いがダメというわけではないが、他の種族よりも香りに対して繊細な感性を持っているのである。森を大事にする彼らにとって、木の焼ける臭いを放つ煙は心地よいものではないのだった。


 もう一つの理由は店主のこだわりである。元々冒険者であった店主であるエルフの女性は、この街で食べた焼き鳥の味に感銘を受けた。一方で、ほとんどの焼き鳥屋がエルフにとって居心地のよくない場所である事に不満を感じていた。庶民の食べ物という事で繊細さに欠ける点にもである。


 そこで彼女は冒険者らしいチャレンジ精神で自ら焼き鳥屋を開く事にした。コンセプトはエルフらしい上品で繊細な店。差別化を図る為、客も富裕層を狙った。そういった手合いは衣服に煙の臭いがつくのを好まないので、店内に煙が回らないように工夫したとの事だ。


 その戦略が成功している事は、満員の店内を見ても明らかである。この店に入る為に、ブルックは五日前から予約していた。エルフや品の良い客が多いのは当然だが、女性客が多いのも特徴である。小奇麗で清潔感のある焼き鳥屋は、女性客にとっても入りやすいらしい。


 一方で粗野な冒険者のブルックは若干の居心地の悪さを感じていた。この店に足を運ぶときは、ある程度身なりに気を使った方が良いだろう。


 そんな風変わりな店だから、メニューにも特徴があった。焼き鳥に関してはスタンダードな品揃えである。モモ、ムネ、ササミ、皮、つくね、ナンコツ、ハツ、スナギモ、ヤゲン、カシラ、等々。


 変わっている点は幾つかあって、ひとつは野菜焼きが多い点である。アスパラ、トマト、ピーマン、カボチャ、ジャガイモ、タマネギ、大根、ナス、各種キノコなど。こちらは季節やその日の仕入れでラインナップが変わり、焼き鳥と同じくらい人気である。


 また、味付けは無し、塩、香草塩、秘伝の香草ソースの四種類から選ぶことが出来る。串の代わりに細長く切った特別な揚げゴボウを使っている所も目新しい。この店の焼き鳥は串まで食べられるのである。


 一般的な焼き鳥屋の3倍以上の値段がするだけあって、格別の味わいである。少し太めのゴボウ串に刺さったモモ肉はお上品な一口サイズ。外はパリっと香ばしく焼き上がり、中はむっちりと弾力があってジューシーだ。


 特別な肉を使っているのか、淡白だが鶏肉らしい風味が強く、薄めの味付けながらどっしりとした食べ応えがある。後味に、ふんわりと香木めいた香りがした。


 串代わりの揚げゴボウはさっくりと香ばしく、優しい土の香りが鶏肉や香草の風味と調和して、エルフの森にいるような気分にさせる。レバーやハツと言った内蔵系も嫌な風味が全くなく、かなり食べやすい。皮やぼんじりといった脂の多い部分は一度湯がいているのか、さっぱりした味わいである。


 女給の話によれば、この店では最近流行りのブロイラーと呼ばれ成長の早い品種ではなく、独自に契約した近隣の村の地鶏を使っているという。ブロイラーが50日程度で出荷されるのに対して、この店で使っている鶏は100日以上飼育されたものらしい。


 扱っているのは戦鶏という好戦的な品種で、身体つきがしっかりしている。元々は闘鶏に使われていたものを食用に品種改良したものだそうだ。そのあたりがむっちりとした弾力と力強い風味の秘訣らしい。


 炭も特別だ。香りの良い特別な木を高温処理して、煙の少ない白炭にして使っているそうだ。そちらの入手経路にも、エルフの伝手が生きている。


 焼き方にもこだわりがあり、食材にはそれぞれに焼き加減というものがあるので、基本的には一つの串に一つの食材。ネギまのように違う食材を合わせたりはしないという。


 炭の並べ方も、高温を維持する為に小さく割った白炭を隙間なく敷き詰めているそうだ。その中でも、微妙に並べ方に変化をつけて、焼き場の火加減を調節し、食材によって使い分けているという。全く、エルフらしい繊細さである。


 そのように至る所に工夫を凝らした店である。扱っている酒も変わっていた。焼き鳥屋ならエールや各種蒸留酒の水割りと言ったイメージが強いが、こちらでは葡萄酒を出している。種類も豊富で、メニューにはそれぞれにオススメの銘柄が記してあった。


 エルフと言えば葡萄酒である。エルフは白、ダークエルフは赤を得意とすると言われている。その評判に偽りなく、店主が直々に足を伸ばして仕入れているというエルフ産の各種ワインは香り豊かで、いかにエルフ達が香りを大事にしているかを思い知らされる。


 店主の戦略通り、この店はエルフらしい上品さと繊細さを備えてる。味の良さは勿論の事、細部までこだわり抜かれた料理と酒は、個々の香りも素晴らしいが、合わせて食べると絶妙に調和して身体の内側からホッと息つくような幸福感が湧き上がる。


 自分も美しいエルフの一人になったような、そんなロマンチックな気分に浸れる名店である。

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