りんりんと愉快な仲間たち 4

 命の、時間。






 セツが言うそれの、意味することが、分からなくて。



 俺は次の言葉を待った。






 もう、心臓が痛いぐらい、どきんどきんしてた。






 長いのか短いのか分からない沈黙が流れて。



 それを破ったのは。






「そう。セツは一度失った命を再び得て、そのかわりに命の長さを失った」






 おりさん。









 きいぃぃぃぃぃんって。









 耳鳴りとは違う。



 言うなれば静寂の音。に。






 耳が、痛い。






「………どういうことだよ、それ」






 そんなの聞いてない。おりさんからも、セツからも聞いてない。知らない。どういうことだよ。






 長さってつまり寿命ってこと?



 じゃあセツは?また消えるのか?あんな風に。俺の前から。






『あの時』の『あの瞬間』を思い出して。



 気づいたら勝手にぼろって涙が溢れてた。






 何度見ても毎日見てても、息を飲むほどキレイなセツが、俺のコイビトが。



 そんな俺を見て倫って、笑った。






 違うよ、大丈夫だよって。






 俺の側に来て、俺の涙を指で掬ってくれた。






「僕たちはヒトとは違うから、元々ヒトよりも時間の流れが緩やかなんだよ」

「………え?」

「元々ね、ヒトの何倍も生きられるようになってる。でも、今回のことでそれがなくなった。それだけだよ。僕がすぐ死んじゃうってことじゃないんだ。僕のこれからが、倫と同じスピードになったってことだよ」






 だから大丈夫。泣かないでって。



 セツが俺を、ふんわりと抱き締めてくれた。






 え?






 大丈夫?



 大丈夫って、今。






「………じゃあもう、消えたりしない?」






 セツに聞いた俺の声が、自分でもびっくりするぐらい、情けない声だった。ガキみたいな声だった。



 セツの服を掴んで。でも、聞かずにはいられなかった。






 好きなんだ。



 セツが、好きなんだ。






 遭難して世話をしてもらってた時より、あの時より、セツが消えたあの瞬間より、今の方が、こうして触れてキスして抱き合って、何度も何度も身体を重ねた、今の方が何倍も。何倍も、以上に。もう果てしなく。






「消えないよ、倫。大丈夫。それにね、確かに僕は雪女としての長い寿命は失ったかもしれないけど、でもきっと、倫と同じぐらいの長さの命は、ちゃんと保証されてると思うよ?」






 ね?って。セツが多分、俺を抱き締めながら、おりさんの方を、向いた。






 おりさんは、答えなかった。



 だからそれが、そうって答え?






「僕が知ってる神さまはすごくすごく優しい神さまだから、僕の寿命があと1年しかないとか、助からないような大きな病気になるとか、大怪我とか、そういうことがないように、ちょっとのことで熱が出たりとか、花粉症とかのね、小さな不調が出てるんじゃないかなって思ってるんだ」






 え?って、またなって。俺は。



 思わずセツから身体を離して、おりさんを見た。






 おりさん。神田織波。



 年がら年中アロハにハーフパンツの、季節感ゼロってか、クレイジーな。






 ………神さま。






 おりさんは言った。



 プラスが増えればマイナスも増えるって。確かにそうかもって、言われてみて思った。



 そして、もしかしたら、の、俺の勝手な想像だけど、大きなプラスが増えればそれだけマイナスも大きなものになる?って。






 もしかしたら。もしそうなら。






 命と同等のマイナスって。






 おりさんは、むくって起き上がってぽりぽり頭を掻いた。



 そして俺を見て。






 ふふん。






 笑った。






 その顔はドヤ顔にも見えたし、イタズラがバレたガキみたいにも見えたし。






 すべてを知り尽くした、神さまの顔にも。






 見えた。






 だから、そうなんだ。セツの言う通りなんだって、確信で安心した。






 神さまって、おりさんって実はすげぇんだなって、俺はそこですげぇじーんってしてたのに、おりさんは。



 おりさんは。






 おりさん、は。






「あ、ユキオ」






 ぼそっと言って、指をパチンって鳴らして。






 消えた。






 おりさんは、神さま。



 イエティユキオをこよなく愛する、超絶うさんくさい、アロハな神さま。






 だけど。






「熱が出たって、花粉症になったって、雪女の寿命がなくなったって、僕は倫とこうすることができる毎日に心から幸せって思うよ」






 柔らかな穏やかな声と言葉とともに、俺はまた、ふわんってセツに抱き締められた。






「………セツ」






 うんって。



 言って。






 俺はセツの、冷たくない唇に、唇を重ねた。

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