第15話 結局同じこと(前編)

彼と別れて彼女がいるであろう昇降口へと向かう私の足取りはいつもよりも重く感じる。アリスとは、5年生で彼女が転入してきた時から友達だった。


 今も消して仲が悪い訳ではない。むしろ彼女の性格から悪くなる方が難しい。誰とでも分け隔てなく接し、自分の容姿を鼻をかける様子もない。だけれどそれは表の顔、柳永以外の人に向けた顔なのを知っていた。3年前の冬にあの事件さえ起きなければ彼女は表の顔のまま可愛らしく成長し、柳永も、あんなに影を落とした表情になることもなかった。


 柳永は確実にあの事件のことを記憶喪失で忘れている。じゃなければアリスが告白の相手だと知ったら会話もせずその場を後にすることを選択したはずだからだ。

 彼女はおかしい、あの事件で彼を拒絶し、誹謗中傷や罵倒することは彼に非がなくても心情から理解できる。だけれど彼女はあれから異様に柳永に執着していた。それは愛とかただの単語で片付けられるようなものではない、何か信念に近いものを感じていた。

 彼自身も、そのことを感じたのか4人で帰ることも、遊ぶ時や集まりにもアリスの姿は見なくなり彼は距離を置き回避してきていた。

つい先日記憶喪失になる前までは……。


アリスは高校生になってから、自分の存在感をさらに強めている。お金や、権力をちらつかせるのは元々貧乏だった彼女の環境からまだ心情は理解できるが、それをすべて行使した時は全て柳永絡みのことだったため、高校での行動ではまた何か柳永が巻き込まれるのではないかと美玲は心配していた。


当の本人も警戒していたのか、学校での様子しか知らないが何か切羽詰まった様子で、入学式から慌ただしい様子だった。


今回のキスマークのことも彼女なら、記憶喪失の柳永への恋心からの独占したい気持ちの表れ。

それか、あの事件に関する美玲から見たらお門違いな復讐の始まりのような気がした。

何より、幼馴染にアリスがそんなことをしたことを私自身が許せなかった。


 今でもその懐疑的思考は続いている。それほど美玲の心には傷がついた。だからこそ今行動している。


昇降口に向かう途中には、屋根だけついた通路があり、自動販売機が何台かその通路と対面するように並んでいる。このまま真っ直ぐ進めば昇降口。左に見える屋根付きの通路を進んだ先にはお昼に柳永と食べた学食がある。また途中、花壇がある1番最初の右にいた道を行けば別校舎があった。

左側の学食へと続く通路を通り過ぎて昇降口に行こうとした時だった。


私は誰かに話をかけられる。


「今おかえりですか?美玲さん」



それは今ちょうど探していた相手、アリスだった。

彼女はいつも通りの表情で、口元に穏やかな笑みを浮かべている。ただ夕日に照らされているだけなのに絵になるような彼女、それとは対照に、アリスの両隣にいるかなえとえりは夕日が落とした影のせいか、はたまた後ろめたさからなのか浮かばない表情だった。


「ちょうどよかったアリスちゃん、貴方を探してたの今時間もらってもいい?後そこの2人も」


「お話しですか?私はいいですけど……お2人は今そこでお会いしまして3人で帰る途中ですの、立ち話もなんですから一緒に帰りますか?」


アリスの発言を聞き2人も、アリスの供述と合わせるように口を開く。


「そうなんだよ、そこで偶然あってさなえり?」

「うん!そうなのアリスちゃんが声をかけてくれて帰るところなの」



だからね?と言いたげな様子でアリスの後ろで顔の前に小さく手を合わせてお願いするような仕草をするえり。


その言動と様子から荒事にしたくないのだろうと察する美玲。

このまま、「そうだったんだ」と話を合わせて4人で世間話をして帰れば何事もなく、アリス。かなえとえりとも友達のまま明日も一緒に学食でたわいない話ができる。

けれど偶然3人が一緒に帰るのは、告白をしたい相手がいると2人から聞いた手前、目の前のアリスを偶然で片付けることはできなかった。

女の子同士でなら同調しその場に合わせて、胸に暗いモヤモヤした気持ちを秘めながらも表面上では笑顔でいつも通りに会話をするのだろう。

 また親しいからこそ、相手が傷つかないように選択することは間違いじゃない。でも、それは正解でもない。少なくとも美玲の中では前者は正解ではなかった。

3人とも付き合いは長い友達だけれど、

それは本当に友達なのだろうかと自分に問いかける。


少し考えた後口を開いた。


「時間はアリスちゃん次第だけど取らないから?本当に少しだけどうしても聞きたいことがあってさ?いいかな2人もね?」


そう伝える美玲の口は笑っていたが、目は一切笑っておらず、我慢はしているが眉間に皺が寄っているのを目の前の3人は見逃さなかった。

美玲の目からはアリスは何か考える仕草を取っていたが、かなえとえりの表情は美玲からの言葉を聞き落胆しているようにも見えた。

緊張感が走る中口を開いたのはアリスだった。


「聞きたいことですか?長くならなければいいですけど、私次第ということはわたし関係なのですね?ならお2人には帰ってもらってもいいでしょうか‥。

私のお願いで一緒に帰ってもらっているので……ご迷惑をかけるのは忍びなくて」


(どの口が言うんだ)と美玲は心の中で愚痴る。

これが、私を怒らせるためにやっているなら彼女は策士だとすら錯覚した。


「時間は取らないからさ?いいよね2人とも?電車1本ぐらい遅れるかもしれないけど」


「う、うん美玲が言うなら私たちはね?いいよね」


2人は頷く、その2人の様子を見てアリスが申し訳なさそうな表情で続ける。


「お2人がよければ良いのですが、立ち話もなんなので学食でお話など如何でしょうか?」



 後少ししたら電話を終えた柳永もここを通る。そのため美玲にとっても有難い話であり、アリスの提案に乗るかたちで学食へと向かった。


 アリスのたちの後ろについていく途中悪寒と共に身震いがした。



 失うのは恐ろしい、向かう途中の身震いはは友失うことへの震えなのか、それともまた違うこの先何かが起こることに対しての畏怖からなのかその時の美玲はこれから先起きる事を、自分が陥る状況についても知る由がなかった。

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