第14話 浮かばないのは彼女の顔。


季節は春真っ盛りの6月初旬。


 春ならではの冷たくも暖かくもない心地の良い風が肌を刺す今日。1年教室で、テンションが正反対と言っても過言ではない二人が会話をしていた。


「ごめんねみっちゃん待たせて、帰ろっか」


「うん?何かあった柳永?なんか元気がないていうか」


「何もなかった、て告白されたくらいかな」


彼女は、彼と帰るのを楽しみにしていた。記憶が許す限りでは、彼と2人で帰るのは小学生以来であり、彼の彼女のシャルさんも途中で合流することも考えられたがそれでも彼と帰れるのを楽しみに待っていた。

だがその楽しみな気持ちも彼のことを見て心情に変化があった。

彼の告白されにいく前の反応は初々しいものだったが、告白から戻ってからは憂憂しく、声に元気がないのが美玲は気になった。


彼が何気なく、首を触る動作をしたその時、美玲は夕焼けに照らされたオレンジの瞳を細める。


「ねぇ?その首見せて?」


「首?いいけど?はい……」


彼は、あっけらかんとした態度で、美玲が近くに来るのを拒まなかった。首には、虫刺されのような赤い跡がついていた。それが、告白前だったら虫刺され程度で柳永がシラを切り通せば済んだことだった。

だか、今のさっきで虫に刺されたとは考えにくく、見れば見るほど、キスマークにしか見えなかった。

彼の態度から、何かいやらしいことをしてきた素振りはなく、首のキスマークを隠すこともしない様子から何をされたのかも自覚していないのだと美玲は悟った。


「ねぇ……告白してきたのて誰?」


自分でもワントーン落ちた、低い声になり、目も険しくなっていることが想像できた。誰が記憶喪失になっている無防備な彼に、何をされたか自覚すらしてない彼にキスマークをつけて牽制をしているのか、また彼はシャルさんというお似合いの彼女がいるのにだ。


「それは……言えない」


「何をしてきたのかも言えない?」


「うん、みっちゃんには悪いけど言えない……」


彼の表情は教室に戻ってきた時よりも段々暗く曇ってきたのを美玲は見逃さなかった。

彼が隠す理由は後ろめたいからじゃないと、頭の中で推測する。そして彼が何故隠そうとするのか……。その時、彼が告白される前に泣いていた友人2人を思い出し彼女の中で何かが繋がると同時に、自分の歯を噛み締めた。


「そっか……あのね柳永私ね忘れちゃったかも知れないけど柳永と付き合い長いんだよ?」


「うん?そうだよねみっちゃんとは良く隣の席になって……」


「そうだね、ずっと近くで、隣で柳永のことを見てきた。だからこんなことする人に心当たりがあるんだよ」


彼の言葉を途中で遮りながらもオレンジ色の瞳は彼を真っ直ぐに見ていた。

付き合いのなかで、こんなにも早く、そして野蛮に、大胆に行動する人物。

自分の友人2人が従うものに、心あたりがあった。

先程よりも自分で噛み締めた歯が痛く感じた。

それほどに心の中のぐつぐつと煮え切った感情が怒りが彼女の中を支配していたが、彼を心配させないようにと表情には出さない。


「どうしたの?何もなかったよ浮かばない顔しないでみっちゃん変だよ?……」


「変‥‥」


(そんなこと柳永は言わないで……)と言いかけて口をつぐんだ。彼にだけは言われたくない。

変だなんてずっと言われ続けてきた。幼馴染の彼と一緒にいる中で、私だけどこまでも普通で、周りからは金魚のフンだの、あいつだけ変じゃね?、なんで絡んでいるの?

2人は迷惑してるだの言われ続けてきた。

私も高校までまさか同じ学校であり、幼馴染の呪いのようなものを感じていたが、きっとここでも同じように、付かず離れず、同じ距離のままただ3年間を過ごすのだろうと思っていた。


だけど、記憶喪失になった彼に、私の好きな頃の彼を重ねてしまう。その真っ直ぐな綺麗な瞳を、人を思いやれる素敵な気持ちを曇らせたくはなかった。


「柳永違うよ……柳永は隠すようなならないで?サッカーボールをずっと追いかけているようなあの頃と同じような柳永でいて」



彼の目を、瞳を真っ直ぐに見つめながら彼に問いかけ私の本心を伝えお願いする。

そう、これは私の願望だ。この、胸がチクチクする感情を人はなんて表現するか知っている。だけど、ここでは伝えない。それではあの女と一緒になってしまうから。彼を困らせてしまうから、だから私だけで解決する。


「話せないなら無理に聞かない、直接聞いてくるから」


「それはダメだよ!行かないで!ダメだよみっちゃんはみっちゃんのままで……てうん?スマホがなってる?」


私が、教室を後にし今頃下駄箱にでもいるであろう3人を捕まえに行こうした時、彼のスマホが揺れる。彼が手にした画面にはシャルから着信と確認できた。

彼はきっと、私が行くことで、かなえとえりの関係が終わってしまうことを、アリスと対面するであろう、私のことを気遣ってくれているのだろうと理解する。


「出てあげて、シャルさんお迎え来てくれてるんだと思う。あとこれ、首怪我してるから絆創膏貼ってあげる。」


「ありがとう?」


自分で持ち歩いている、救急セットから絆創膏を取り出し彼のキスマークを隠すように貼る。

シャルさんがもし、アリスがしたことだと知れば、彼女は、アリスを問い詰めるだろうそして記憶のない純粋な彼はまた混乱してしまう。瞳が濁ってしまう。知らぬが吉、出来れば私が彼女を牽制して近づけさせなければ、お似合いの2人のままで……。


違うな私馬鹿だ。

(また、間違えそうになった、私は柳永を慕っているだからこれは私のわがままで行動する、いつかシャルさんにも話そうこの気持ちを)


深く息を吸い込み、これから向かう場所に行くまでに気持ちを落ち着かせ、目の前の彼に思いを伝える。


「あとね、柳永は心配しないでこれは、私がしなきゃいけないことだから。私が知らないと気がすまないことだからね?ほら早く出てあげて?後時間はずらして帰ってね。まだあいつらいるだろうから」


「はぁ、わかったよ……みっちゃんまた明日ね?」


彼も私の根気に負けたのか、微笑みながらそう言ってくる。表情が柔らかくなった彼を見て、少し安心すると共に、笑顔で彼との明日の約束を口にする。


「うん!また明日ね柳永っ」


その時柳永の瞳には、まるで告白して、気持ちを伝えられた人が、思いが届いて嬉しそうな顔をしているように感じた。



そんな彼女の表情に、何か込み上げてくるものがあり、アリスとは違い、告白なんてみっちゃんからはされていないが、今まで、見たことない幼馴染の満面の笑みに、成長した彼女の表情に。

アリスにキスをされた時とまた違う特別な緊張感を感じるとともに、不思議と心が温かくなり、この世界から一瞬空気がなくなったと錯覚するような苦しさと、心音が高鳴っていることを自覚したのであった。


そして‥‥‥彼女とアリスが対面したその次の日、アリスは学校には来なかった。 


翌日アリスから送られたクラスRainにはこう記されていた。


「月見 美玲に柳永さんのことで脅されてしまい、一睡も出来ずに心身共に弱ってしまいました。今日は学校に行けません皆さんごめんなさい」と

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