第11話  I’m the bad guy

外からは、部活動をしている人達の声が聞こえる夕方の陽が東へ傾き影が窓から刺している廊下には、外の喧騒とは違いただ3人が歩く音だけが響いていた。


「…………」


誰も何も言わなかった。お昼の時には記憶はないながらも気さくに話してくれていた2人とは別人のように感じ、離れ校舎に入った時は足取りが一層重く感じた。


足が止まった場所は、離れ校舎の4階、通る途中で教室の中を見たが使われていない、机や椅子が並べられている4階はまるで物置になっているような場所だった。

ついた教室の標識には何も書かれていないそこで立ち止まった2人は頷き合いドアを開けた。


そこには、西陽が指す中、外を眺めている金髪の少女の背中と、無造作に並べられている机と椅子だけがある、少し埃ぽい、黒板には煤もついているようないかにも使われていない教室であった。

入ってきたことに気づいた様子で金髪の少女が窓の外を見ながら、ここまでの静寂を破った。


「2人とも、お昼のことはこれでちゃらでいいですから、階段のところで誰も来ないよう見張っててくれるかしら?」


「うん、わかった」

「あの‥‥約束だからね?」


金髪の彼女は2人の言葉を聞き振り返る。

西日に照らされた髪がより一層金色を強調し、風とともに、西園寺うららさんとは違う花の良い香りがする。

サファイアの瞳が2人を一瞥すると、自然な笑顔になり2人の問いに答える。


「2度は言わないですよ?かなえさん?えりさん」


その発せられた言葉は、直接関係のない柳永ですら、飲み込まれるような喉に蓋をされて息が詰まるような感覚に襲われる。

恐らく不安と緊張がそうさせているのだろうが、彼女の姉のシャルが言っていた危険な人物という言葉が柳永の頭の中で反響していたことも関係していた。


2人は何度も頷き、元きた道に走っていった。きっと言われた通り階段に待機しているのであろう。彼女が許すまでは、表面上では起こっていないが、心のうちでは有無も言わせぬ圧力を柳永は感じた。


「走るなんて行儀がわるいと思いません?柳永くん?」


「そ、それよりなんで、ここに呼ばれたか教えてくれないかな?」


言葉が震えているのが自分でもわかる。

だが彼女の言葉に返答する余裕は今はなく、記憶はないはずの身体が目の前の美少女から逃げろと本能的に警告していた。



「なんでって告白ですよ?柳永くん?」


「本当に……告白だけ?」



本当なら精神年齢10歳でも人間離れした、欧米独特の容姿の彼女に告白されるならドキドキするはずだが、彼女からは告白だけではない何かを感じる。それは出会った時の、人を値踏みするような視線だけではなく、案内してくれた2人の怯えようからも感じ取れた。

柳永が生唾を飲み込んだ時だった。

彼女は微笑みながら、こちらに近づいてきた。


それを柳永は見つめる、ただ見つめるだけまるで身体が金縛りにあったかのように、身体が動かない。実際には動けるがそう錯覚するほど、彼女の風邪で靡くスカートを手で優しく押さえる靡(なび)く髪に手を添えるその一つ一つの動作や仕草は魔法のように自分の動きを止めた。


そのまま顔と顔があと10cmという距離まで近づき彼女のサファイアの瞳の奥に薄くだが姉のように、エメラルド色を灯していることや吐息や彼女の心臓の音まで聞こえそうな距離まできた時だった。


彼女はくるりと身体を窓の方に向け、悪魔のように妖艶な声調で話を始めた。



「私はテイラー・スウィフトの自分が愛するものによって定義されたい。

嫌いなものでもなく

恐れているものでもなく

真夜中に私を付きまとうものでもなくて

ただ人は愛するものによって決まるって‥‥そう思わない?柳永くん?まぁ今の私には彼女の歌うような昼の光なんて似合わないのだけれど……それでも、私の暗黒時代にもいつか……ね?」


「え?」



彼女が何を言っているのか、全く理解ができなかった。だが、何か秘めたものを伝えたさそうにしているが、それは自分であって自分ではない、未来の自分に向けてに言っているような気がした。


だがそれも、次の言葉でまた分からなくなった。



「ふふ冗談だって流していいですからね?貴方は何も知らないのですし‥‥」


記憶喪失ということにしているため、彼女の言葉に違和感はないはずなのに…そのはずなのに、柳永は何か喉に骨が刺さったような違和感を感じたのであった。


それよりも‥‥


「ぁあ今のが告白だよね‥、終わりでいいかな?ごめんね!!」



「I’m the bad guy」


今すぐこの場から逃げたかった。今目に映る光景、耳に入る音が不安そのもののように感じ、震える声と自分でもよく分からないテンションですぐに断りをいれ、終わらせて帰ろうとしたその時だった。


「え?」



「I’m the bad guy 私は悪い人間なの悪くいることだけに長けているの」



何を言っているのか、また分からなかったが、そのわかるだけの言葉を頭の中に並べるだけでも、柳永の廊下に走り出そうとした足を止めるぐらいの恐怖を植え付けるには十分だった。


そんな恐怖の中、悪魔のような囁き声が足音をコツコツと鳴らすとともに質問をしてきた。


「お姉ちゃんからはなんて聞いてます?私のこと」


「……危険な人だって……妹なのに」

正直に話すしか、柳永に選択肢は無かった。何かその声に乗せて人を不安定にさせるような効果があるかのように、身体が震えて聞かれたままのことを口に出していた。

柳永は今すぐこの場から逃げたかった。


「ふふっお姉様らしい可愛いお言葉ですねふふふっ」


まるで気にしてもいないかのように、危険と言われて可愛いと表現するような彼女、今日大人だと感じる同級生達と接してきたが、その人たちとは全く違う、彼女からは彼等と同年代かと疑うくらい濃密な恐怖を感じた。


一通りクスクスと静かに笑った後、彼女は耳元でささやくように言葉を続けた。


「あのですね柳永くん私はね

 あなたを悲しませて

 あなたの友達を苦しませて

 あなたの彼女を怒らせて

 あなたを誘惑するようなタイプ

 I’m the bad guy (私は悪い人間なの)」


サファイアの瞳が揺らめいたように錯覚し、彼女の唇から発せられる一つ一つの動きを凝視する。I’m the bad guy そう彼女が呟いた後、彼女は顔を近づけて、首にくすぐったい感覚を覚えると同時に、急いで後ろに下がった。


「ちゅーぱっ」


「ちょ!何を……!」

後ろに仰反り、彼女に今何をされたか自覚するまでに時間はかからなかった。

彼女は首にキスをしてきたのだった。


「あらら、上手く出来ませんでした、でも最初はこれくらいで……」



自分の唇に、指を当てて、こちらを見つめる彼女。


「どうかしてるよ!あんた!!」


自分でもされたことに驚き、大きな声が出るが、教室に吸い込まれるようにすぐに静寂が支配する。


「どうかしてるですか……そうですねどうかしてるんですよ私はふふふ」


まるで会話が噛み合わない相手に畏怖を感じる。

それとともに、走って逃げようとするが、緊張と恐怖から手と、足が震えて上手く力が入らず、そのまま膝が崩れ床に尻餅をついた、「え?」その身体に起こる初めての経験に柳永は目の前の少女の対応に対して反応が遅れた。


「ちゅーーーー」


全身に柔らかさを感じ、優しい匂いが自分に覆いかぶさった。

それは、不意に起きたことで何分もしていたのか、それとも何秒かだけのことだったのか、時間がわからなくなるような

はじめての不思議な感覚であった。


目を開けるとサファイアの瞳はすぐ目の前にあり、凛々しくシュッとした鼻と、長いまつ毛が当たってこそばゆい。


それよりも。


柳永を支配していたのは、脳が溶けるような、意識が遠のくような、感覚の全てが唇に集中して、唇から脳に直接麻薬が流されるようなそんな感覚が柳永を支配した。


唇は淡いピンクで瑞々しく、近くで見る者はまず魅了されるだろう。






そんな彼女の淡いピンク色の瑞々しい唇と自分の緊張から乾いている唇はピッタリと触れ合っていた。


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