『浦島の國』編
「赤鬼か?どうしてお前がここにいるんだ?」
豪華な衣装を身にまとった美女が赤鬼にそう尋ねた。
「よぉ、乙姫。久しぶりだな!」
「『久しぶりだな!』じゃないわよ!すぐに自分の國に帰りなさい。私達のような神話の中の人間は、他の神話の國へ行くことは固く禁じられているのよ。そんなことも忘れたの?」
「そんな細かいこと言うなって。別に少しぐらい別の國へ行ったっていいじゃねーか。そんな事より、実はお願いがあるんだけど―――」
すると青鬼が、
「・・・あの、赤鬼さん。すいません。そもそも、この方はどなたなんですか?」
しびれを切らして、赤鬼にそう尋ねた。
「こいつか?こいつは乙姫といって、この國のヴィランだよ。こいつが、“白い魔女”さ」
「え!?こんな綺麗な方がヴィランなんですか?」
すると赤鬼は、
「聞いたか?お前のこと、綺麗だってよ」
と、ニヤニヤしながら乙姫にそう言った。
「なに笑ってんのよ。それで、私にお願いがあるんでしょ?一応聞くだけ聞いてあげるわよ」
赤鬼は桃太郎の事や、諸々の事情を乙姫に説明した。
「なるほど、そういう事ね。でも、残念だけど私は力になれないわ。さっきも言ったように、私達のような神話の中の人間は、他の神話の國に行くことは禁止されている。だから、私があなたの國へ行くことはできない」
すると赤鬼は土下座をして、
「そこをどうにか!頼むよ、俺と青鬼の二人であの人数はさすがに厳しい。このままじゃ、俺たち死んじまうよ」
そう言って乙姫に懇願した。
「あんたね・・・。一國のヴィランともあろう人間が、そう簡単に土下座なんて・・・」
「しょうがないだろ。土下座して生き延びられるなら、土下座くらい何度だってするさ」
「・・・わかったわよ。あなたと私の仲だから、特別よ」
そう言うと、乙姫は赤鬼の目の前に大きな木箱と小さな木箱の二つの木箱を置いた。
「この二つの木箱のどちらかには、私の力の欠片が入っているわ。もしあなたが見事その欠片の入っている木箱の方を当てられたら、私の力をあなたに貸してあげる」
大きな木箱と、小さな木箱。
乙姫が言ったように、片方の木箱には彼女の力の欠片が入っている。
しかし、もう片方の木箱の中には、一瞬にして年を取ってしまう毒ガスが充満していた。
「さぁ、どっちの木箱にする?」
すると赤鬼は、
「じゃあ、こっちの木箱で」
間髪入れず小さい方の木箱を指さしてそう言った。
乙姫は驚いた。
強欲な赤鬼のことだから、大きい方の木箱を選ぶに違いないと思っていたからだ。
もし赤鬼が大きい方の木箱を選んだら、
その隙に彼の國を乗っ取ってやろうと、乙姫はそんなことを考えていた。
ヴィランの中でも最強と謳われた赤鬼でも、
年を取ってしまえば、乙姫にも勝てるチャンスは十分にあるだろう。
「本当に小さい方の木箱でいいの?」
「ああ。デカい方は、持って帰るの大変そうだし」
理由を聞いた乙姫は、思わず笑ってしまった。
「さすがは最強とまで言われたヴィランね。実力だけじゃなく運もいいなんて。木箱を開けてみなさい。その中には私の力が入っているから」
赤鬼が小さい方の木箱を開けると、中には手のひらサイズの白く光る玉が入っていた。
「その玉には私の力がこもっているわ。その玉を握りながら、『徐ノ刻(スロウ)』と叫びなさい。少しの間だけれど、その玉を握っている者以外の森羅万象の刻の進みがとてもゆっくりになるわ」
それを聞いた青鬼が、
「凄いじゃないですか!やりましたね、赤鬼さん!」
とテンション高めに言った。
「でも、注意して。『徐ノ刻(スロウ)』の効果は一回につき十秒~十五秒ほど。それに、徐ノ刻が使えるのは三回までよ。三回使ったら、その玉は粉々に砕け散ってしまう。だから、使うタイミングはよく考えなさい」
「めっちゃ助かるよ。それじゃ、他の國の奴らにも力を借りようと思ってるから、そろそろ行くわ。本当ありがとな」
そう言うと、赤鬼は『日本國神話(ヒノモトノクニノシンワ)』を開いた。
「ちょっと待ちなさい。ねぇ、赤鬼。その桃太郎ってのがどんな奴かは知らないけど、あなたは最強のヴィランなの。だから、そんな奴に負けちゃダメよ。たとえあなたがヴィランで、そいつがヒーローだとしても、今がそうなだけ。結局は、最後まで生き残っていた方が正義になるんだから。わかった?」
「ああ、わかったよ。ありがとうな、乙姫。それじゃあ、行ってくるわ」
そう言うと、赤鬼と青鬼の二人は本の中に吸い込まれていった。
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