我らが焼き鳥
ちかえ
異世界に焼き鳥があるなら食いたい!
これ、焼き鳥じゃねえ!?
読んでいた小説に出て来た食べ物の描写を見て、俺はついつい叫びそうになった。でも、休憩室とはいえ、職場で叫ぶわけにはいかないので必死に答える。
「なにかあったんですか?」
でも表情には出てしまったらしい。一緒に休憩を取っていた同期が不思議そうな顔をする。
彼はこのマナ研究所では期待の新人と呼ばれている。この世界では『害獣』と呼ばれている魔獣を一撃だけで何十匹も粉砕してしまうのだ。文字通りレベルが違う。
彼とはあまり話した事はないが、いつも仕事が終わると会話もしないでさっさと帰ってしまうので、皆を見下していると言われている。
そんな将来のエリート様に焼き鳥がどうとか言いたくない。きっと鼻で笑われるのだろう。
大体、俺が転生したこの世界には『焼き鳥』などないのだ。鳥を焼くというとみんな鳥の丸焼きを想像する。この鳥の丸焼きは有名で、『丸焼き専門店』まであるくらいだ。
あれはあれで美味しい。俺も買った事があるから知ってる。
でも、焼き鳥があるなら食べたいのだ。前世でビールをお供に食べたあの焼き鳥が食べたいのだ!
この小説は確か翻訳本だった。後ろのページで作者の出身国を確認する。
つい『ふふふ』と笑いが漏れる。
次の長期休暇のヴァカンスはその国に行くのだ。
待ってろよ、焼き鳥。俺がたらふく食ってやるぞ!
***
結果は惨敗だった。
あの国のどこのレストランにも『焼き鳥』なんか売ってない。
地元民に聞いてみても『え? レストランにはそんなもんないよ』なんて言われる。
説明が下手だったのだろうか。それで理解してもらえなかったのだろうか。
でも俺はちゃんと『鶏肉を串刺しにして塩か専用のソースをかけて焼いた料理』と言ったのに。通じなかったんだろう。残念だ。
結局、食べられずに帰って来てしまった。
職場の休憩所でぐったりする。
「あいつどうしたんだ?」
「なんか旅行で食べたい料理にありつけなかったらしい」
「マジか。かわいそー。あー、かわいそー」
口の悪い先輩たちが何かを言っている。腹が立つ。でもまあ、俺が『かわいそー』なのは真実だ。
「なあ、お前もそう思うよな」
先輩が部屋に入って来た未来のエリートくんに声をかけている。しかも来たばかりで状況が分からない彼にわざわざ説明をして来る。なんてヤツだ。
説明を聞いても未来のエリートくんは眉一つ動かさない。『ああ、そうなんですね』とだけ言ってさっさと適当な席に座る。
先輩は『お高くとまりやがって』なんて言っているが、正直助かった。これ以上いじめられたら立ち直れない。
***
その一月後、職場で持ち寄りパーティーがあった。
何人かは手製の料理や菓子を持って来る、と言っていたが、俺は料理なんか出来ないのでテイクアウトのお惣菜を持参した。
パーティには意外な事にエリート候補くんもいた。職場のマドンナ的存在である女性と仲良く話している。
例の先輩達が『あんなのがいいのかよ』とか『気取っているだけのくせに』などと陰口を叩いてるが、職場のマドンナちゃんも、こいつらなんかよりはエリート候補くんと一緒にいた方が楽しいだろう。
マドンナちゃんが『そんな事マナで出来るの!? すごーい!』と言っているが、何がすごいのだろう。何か魔法でも披露したのだろうか。持ち寄りパーティで? そんな事あるわけない。未来のエリートくんは困っているようで苦笑いを浮かべてるし、もしかして無茶ぶりでもさせられたのだろうか。
でも、持って来た料理を見せているだけにしか見えない。
当のマドンナちゃんは自分の支度があるようでオーブンの方に歩いていった。確認と聞こえたのでもうオーブンに料理は入っているのかもしれない。
未来のエリートくんもグリルの前に歩いていく。
きっと二人は魔法の保存箱に下ごしらえだけした食材を入れて持って来て、ここで仕上げをするつもりなのだ。熱々の食事が楽しめるのはいい事だ。
何を作るのだろうと彼が手に持っている箱の中を見る。そして目を見開いた。
あれは、つくねか!? いやいやそんなわけない。俺どうかしてる。脳みそが焼き鳥になっているみたいだ。
きっとあれはハンバーグの串刺しだ。ってハンバーグの串刺しって何だよ! 絶対俺混乱してる。
ふと、未来のエリートくんと目があったような気がした。なんか俺の混乱を見て面白がっているような気がするのは気のせいだろうか。
とりあえず落ち着くために他の人の持って来た食べ物をチェックする。サラダとかスープ、それに例の鳥の丸焼きの姿も見える。買って来たの誰だろう。
マドンナちゃんがオーブンから大きな容器を取り出すのが見える。あれは夏野菜のグラタンか? すごいもの作って来たな、あの子。
そろそろ乾杯しようか、という所長の言葉でパーティーが始まる。
「少しずつ焼いていくから取りに来てください」
未来のエリートくんが声をかける。本当にあれは何だろう。
みんなは興味津々でそこに近づいて行く。もちろん俺も側に寄った。
そして今度こそ目を極限に見開いてしまった。
それはまぎれもない『焼き鳥』だった。塩焼き鳥である。
皮、もも、むね、さっき見たつくね。おまけに、ねぎままである。しかも串は竹串だ。
俺は相当間抜けな顔をしていたのだろう。未来のエリートくんが小さく笑った。だが、それは馬鹿にするような感じではなく、なんというか『ドッキリ大成功』のようなイタズラめいた笑みだった。
「美味しい。こんなの食べた事ない」
「どこの料理?」
皆が口々に尋ねている。俺でさえ、この世界に転生して以来食べた事ないのだから、いわんや現地人をや、である。
しかもみんなの言う通りめちゃくちゃ美味い。
「こんな料理どこで知ったんだ?」
「ずるいぞ。共有しろ」
あの嫌な先輩達がそんな事を言っている。
「つい最近本で見たんですよ。美味しそうだと思っていろいろ調べて、それで再現してみたんです」
竹串をわざわざ外国から取り寄せてまで作ったらしい。すごい行動力だ。
「そこに行けば本場ものが食えるのか?」
「多分。僕はそこまでは知りませんけど……」
あ、罠にはめた。先輩達の目がキラキラしている。
俺しーらないっと。
そう心の中でつぶやく。未来のエリートくんが小さく指で手招きする。
「この串焼きは家庭料理なんだって。観光客がいるレストランでは出て来ないらしいよ」
そっとささやかれ何だか恥ずかしくなる。かなり遠回りをしてしまった。そういえば小説の主人公も家族のために家で調理していたな。
うつむいていると、目の前につくね串が差し出される。
「さっき見てただろ。食べる?」
「食べる」
すぐにつくねに飛びつく。
彼はまた笑った。
我らが焼き鳥 ちかえ @ChikaeK
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